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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】Filigrana 金細工の心(11)『Canto de Amor』 -1-

『Filigrana 金細工の心』の11回目「『Canto de Amor』」をお送りします。

自分でも反省しているんですが、この作品、時系列が前後に動きすぎ。起点は1つなんですけれど、多くのエピソードが過去の回想でなり立っているせいで、読者の方を振り回すことになってしまいました。で、今回発表する部分もそうで、アントニアがまだ少女だった頃の話です。彼女が頑固にピアノを弾き続けて泣いたエピソードと、成人となりちゃっかり22との同居を決定した時期の間の話です。

長めなので2回に切りました。



『Filigrana 金細工の心』を読む「Filigrana 金細工の心」をはじめから読む
あらすじと登場人物





Filigrana 金細工の心(11)『Canto de Amor』 -1-

 11年前のことだった。24が閉じ込められた年の初め。彼女は、その時17歳だった。まだ『ドラガォンの館』に住んでいた若きアントニアは、ギターラの響きに誘われて、しばらく23の居住区の前に立っていた。

 彼が、かつての叔父のように、格子の向こうに閉じこめられてから2年近くが経っていた。もともと家族にも使用人にも打ち解けなかった23は、閉じこめられその抵抗を封じられた事でさらに自分の殻に閉じこもるようになっていた。アントニアは、出してほしいと必死に訴えていた彼への助けになろうとしなかった事への後ろめたさもあって、晩餐で見かける時もほとんど目を合わさないようにしていた。

 ただ、愛すべき弟24が彼を茶化した発言をした時だけは、隣で静かに嗜めた。24は、天使のように笑って「ごめん、もうしないよ」と言うので、彼女はその愛らしさにすぐに許してしまった。それに彼女は、24も第2次性徴期がきたら23と同じ運命になる事を知っていたので秘かに心を痛めていたのだ。

 23が家族の中で1人だけ隔離されている事への心の痛みは、その時には緩和されるだろうと考えていた。けれどその数年間が、心を開く相手もいない23にとってどれほど過酷な地獄だったのか思い至るには、当時のアントニアはまだ若すぎた。23が表現しているのは、彼女が心惹かれていた叔父の言葉にしない叫びと同じものだという事にようやく氣がついたばかり、そんな時期だったのだ。

 家族の中で、22に近づけるのは、アントニア1人だった。それも、彼が望んだからではなく、彼女の強引な好意の押し付けに屈する形で、彼女が側にいる事を許可した、それだけだった。叔父が館にいた時に無理にピアノのレッスンを受けさせた延長線で、アントニアは週に2度か3度、『ボアヴィスタ通りの館』へ通っていた。

 『ドラガォンの館』から出たにも関わらず、彼女から解放されなかった事を彼が嘆息したのか、それとも使用人以外の家族との縁が切れなかった事にホッとしたのか、叔父の乏しい表情から読みとる事はできなかった。だが、アントニアが2つの館を行き来して、その消息を伝える事は、叔父に会う事を拒否されている両親たちを安堵させた。22のわずかな変化、健康状態、それにどのような暮らしをしているのか、彼らは《監視人たち》や召使いからの報告以外でも知る事ができたから。

 だが、アントニアは、自分の行動があやふやであった己の心を、引き返せないところまで押し進めてしまった事を感じていた。ある種の同情、弟を救えなかった事に対する贖罪、両親と叔父との確執への好奇心、それら全てを超越する感情に彼女が堕ちていったのは、正にこの時期だったのだ。

 思えば、子供の頃から惹き付けられていたのはやはり、格子の向こうから響いてくる楽の音だった。いま、弟が響かせている、強く心に訴える叫びのような音色だった。この子はいつからこれほどの音を出すようになったのだろう。アントニアは訝った。ギターラを習いはじめてまだ1年と少ししか経っていないはずだ。

「ドンナ・アントニア?」
振り向くと、そこに立っていたのはジョアナだった。
「お入りになりますか?」

 彼女は、1度首を振った。けれど、思い返したように、ジョアナを見つめて言った。
「ええ。お願いするわ」
ジョアナは、黙って鍵を取りに行くと解錠してアントニアを入れた。それから再び鍵を閉めて頷いた。彼女は小さく礼をすると、階下へと降りて行った。

 ギターラの響きは、近づくことでずっと大きく華やかになった。けれど、そのどこかに隠しようのない痛みが溢れている。インファンテだから。もちろん、それだけではないだろう。だが、特殊な境遇は彼の想いを研ぎすました。1人で世界と折り合いを付けることを、彼に強要した。それがこの響きをもたらすのだと感じた。

 彼女は、まるで初めて見た知らない人のような心持ちで弟を見た。子供の頃は、それでも一緒に遊んだことがあったように思う。ただ、彼女はいつも愛らしく甘えてくる24と一緒に居て、ほとんど会話もしようとしないもう1人の弟のことは、考えることすらまれだった。

 音が止まった。23はアントニアを見ていた。訝っているのだろう。彼女自身にもよくわからなかった。どうしてここに来ようと思ったのか。
「続けて……」

 彼は黙って続きを弾きだした。それは、シューベルトの『エレンの歌第三番』、『シューベルトのアヴェ・マリア』として知られる曲だった。叔父のヴァイオリンと合わせるために、アントニアが『ボアヴィスタ通りの館』でのレッスンに通いだして直に習った曲だ。難しくない伴奏にも関わらず、叔父は簡単には満足してくれず、彼女は悔しさに何度も泣いた。だが、最終的にお互いに満足のいく演奏をした時、彼が初めてアントニアに笑いかけてくれた思い出の曲でもあった。口元をほころばす程度と言った方が正しいわずかなものであったけれど。

 弾き終わっても、彼女がものも言わずに瞳を閉じていたので、しばらく間をあけてから彼は最近よく練習していた『Canto de Amor(愛の歌)』を弾きはじめた。アントニアが自分に用があるのではないらしいと判断したのだ。

 けれど、短いその曲が終わると彼女は、目を瞑ったまま言った。
「恋をしたこと、ある?」


追記


23が弾いていた曲はこちら。

Carlos Paredes - Canto de Amor

こちらは、ギターラバージョンが見つからなかったのでクラッシックギターバージョンで。

Ave Maria - Schubert (Michael Lucarelli, Classical guitar)
関連記事 (Category: 小説・Filigrana 金細工の心)
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Category : 小説・Filigrana 金細工の心
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。
週末にちょいと出かけていまして、コメントが遅れました。

思い出語りがある以上は、時点の移動があるのはしかたないですよね。小説の書き方とか見ると、順番通りに書くべし、みたいなことが書いてありますけど、構成上そうできないことの方が多い。
でも八少女夕さんは、わかりやすく書かれていますし、あまり混乱はないですよ。

さて。
恋するアントニア、23のギターラ演奏に叔父様の姿が重なりましたか。それぞれの楽器の演奏から、共通する感情を受けたということなんですね。
興味から始まって、すっかり本気になっているようですが、相手が22では難しいですよね。
この展開、まさか23に恋愛の相談を持ちかけるつもり? 23がアントニアにどう答えるのか、次話が楽しみです。
2021.04.04 15:27 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

いえいえ、いつも通りコメントをいただけてとても嬉しいです。

順番通りにちゃんと書いていること自体が少ないような……。でも、ここまで行ったり来たりは珍しいかも。
ちょっと反省しています。
もっとも、この話、順番通りに書くと、かなりつまらなくなるような。難しい問題ですね。

この回、そうなんです。アントニアの恋バナ(?)的な話です。まあ、全部話すわけではないですけれど。
それと、もう1つ、どうやってアントニアと23があれほど近くなったのかという説明でもあります。

23は、そもそもぼっちで人付き合いもよくわかっていない頃なので、まともなアドバイスはできませんが、お互いの理解には少し近づくかも。
アントニアのヤバい恋を最初にしったのは23ですしね。

コメントありがとうございました。
2021.04.04 22:42 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
確かに連続で読んでいるわけでは無いので、時系列を辿るのに若干手間がかかりますが、これくらいは何でもありません。
というか、一気に読む事ができるなら難なく読み進められるんじゃないでしょうか?

アントニアの立ち位置がとても面白いですね。
こんな生活環境と人間関係、なかなかないですよ。というか、あり得ません。22、23、24と思い人や兄弟は実際には居ないことになっているし、彼らは何らかの壁の中に閉じこもり、実際に閉じ込められているし・・・。
アントニアはいい耳を持っていますから、22と23の演奏に共通点を感じたのですね。1度首を振ってからお願いするあたり、彼女の心の揺れが感じられます。彼女、凜としているように見えるけど、ずっと揺れ続けて育ってきたんだなぁ。
アントニアがどうやって現在のアントニアになったのか・・・興味深く拝読しています。
そうか、小さいころは23があまり係わりを持ちたがらなかった事もあって、アントニアは23より24と一緒にいることの方が多かったんですね。
成長し、22との経緯があって、23と24への見方に変化が現れたのかなぁ。
アントニアの質問に、彼は何と答えるんだろう?
この時点の彼の中で、マイアはどんな位置を占めているんだろう。
ギターラ、素敵でした。
2021.04.05 11:53 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

この話ほど回想が大きな意味を占める小説って書いたことがなくって。
いや、回想ではなくて本当に時系列で書いていってもいいのですけれど、そうするとエピソードごとに何年もブランクが入って奇妙な感じになりますし、その間をしっかりと人生のエピソードで埋めて大河小説にするほどのこともないかなと思い、こんな構成になりました。こういう小説はもうないかもしれませんが、あるとしたら次回の課題ですね。

アントニアの立ち位置は確かに特殊ですね。
インファンタというのは、本当に特殊なのです。名前はもらっている、洗礼も受けている、望めば婚姻もできるのですけれど、ドラガォン的には裏方に近い存在になります。インファンテはただのスペアですけれど、インファンタは当主に代わり表に立つこともあり、自分の力も発揮できる。でも、ドラガォン的には「この当主の時代にはこういうことがあった」としか残りません。つまり女性(当主夫人とインファンタ)も、インファンテと同じく当主の影みたいな存在。そういう存在として、身内である21(祖父)、亡くなったドン・ペドロ(表向きの祖父)、カルルシュ、マヌエラ、アルフォンソ、22、23,24を見て、関わってきていますので、半分人ごとではなく、でもインファンテほど切実でもなくその存在を凝視しているわけです。

17歳の彼女は、まだほかの人のことよりも自分の想いを優先して行動しています。思いやるような発想がまだそんなになくて、自分が習いたいから音楽を習い、自分が可愛いと思うから24と接し、相手も素っけないので23は別に……みたいな感じで。それが、大人になるともう少しいろいろと考えるようになります。事情もまるっきりわからずにぽーっとなすがままのマイアとは、この辺りで違いが出てくるのかも。

24は、外から見ている分には「人なつっこくて明るいいい子」が強く、特に閉じ込められるまではまるで天使のように振る舞っていました。
なので家族中で可愛がっていたのです。23はそれもあってよけいにいじけていた感じはあります。この歳まではひとりだけ閉じ込められていましたし。背中のこともあって余計に暗かったし。

マイアの件は、次回にご期待。
アントニアには「?」なことでもきっとサキさんにはわかると思います。

このカルロス・バレーデスは、ポルトガルのギターラの世界では神様みたいな方です。
いい曲でしょう?

コメントありがとうございました。
2021.04.05 19:01 | URL | #9yMhI49k [edit]

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