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Posted by 八少女 夕

【小説】シャリバリの宵

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

今日の小説は『12か月の店』の11月分です。このシリーズでは、このブログで登場するさまざまな飲食店を舞台に小さなストーリーを散りばめています。

今回の舞台は、『カササギの尾』です。といっても、この店がどこにあるかを憶えていらっしゃる読者はいないかと思います。『森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架』で、主人公マックスが、ルーヴラン王国の王都ルーヴで滞在した旅籠です。

この作品はヨーロッパの中世(1400年代)をイメージした話ですが、あくまで架空世界の話なので、細かいツッコミはなしでお願いします(といって逃げ道を作っている)。ルーヴランは当時のフランスをイメージした国で、『カササギの尾』はそんな感じの店だと思ってください。

今回主要登場人物は誰も出てきませんので、改めて本編などを読み返す必要はありません。でも、読みたい方のために下にリンクもつけておきます。

短編小説集『12か月の店』をまとめて読む 短編小説集『12か月の店』をまとめて読む

【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読む「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読む
あらすじと登場人物

森の詩 Cantum Silvae 外伝



森の詩 Cantum Silvae 外伝
シャリバリの宵


 石畳に枯れ葉が舞い始めるようになると、午後早くに最後の光を投げかけたきり、通りには陽が差さなくなる。

 冬はもうそこまで来ている。聖マルティヌスの祝日がくれば本格的な冬だ。あちこちに支払いの準備をしなくてはならないが、客たちがこの日までにきちんとツケを払ってくれるかどうかは定かではない。だが、マリアンヌは、先のことを思い悩むのはやめようと思った。

 少なくとも、今宵の婚礼祝いは旅籠『カササギの尾』にとっては実入りの多い予約だった。

 ルーヴランの王都ルーヴの城下の中心部にサン・マルティヌス広場がある。一番大きな市場の立つ賑やかな界隈だ。『カササギの尾』はその広場からはさほど遠くないが、往来の埃っぽさや物騒な輩の心配をせずに落ち着けるほどよい裏道に建っていた。

 旅籠といえば、相手にしている客は旅人ばかりかと思われるが、実のところ地元の客や半年以上滞在する逗留客の方が圧倒的に多い。女将マリアンヌの人柄がついつい長居をしたくなる居酒屋にしているだけでなく、頑固親父の作る料理がやたらと美味いのだ。

 肉の扱いは天下一品で、豚のローストやガチョウの丸焼きを食べるために裕福な商人がわざわざ通うほどだ。それほど裕福でない民も、去勢鶏、鴨などが上手に煮込まれて深い味わいを出すスープや、豆の煮込みに舌鼓を打った。

 そういうわけで、『カササギの尾』は酒と料理を求める客でそこそこ賑わっている。

 さて、この晩には、婚礼を祝う客からの大人数の予約が入っていた。これは、あまりあることではない。というのは、大がかりな婚礼を祝うような裕福な客は酔客も来るような場に混じって祝うよりも、自宅に料理人を呼び寄せてもてなしを画するのが普通だからだ。また、貧しくて立派な婚礼を出せないような者たちは、多くの席を占めるような客を招待したりはしない。

 まことに予約をしてきたのはありきたりの客ではなかった。商売の上手いこと王都でも10本の指に入ると噂のバルニエという毛織物商だ。64歳になるこの男は、昨年に長年連れ添った妻を亡くし、皆が心を尽くして慰めの言葉を掛けていた。ところが、先月になって後添いをもらうと言い出して、周りを驚かせた。さらにその花嫁が17歳だというので、非難する声もあちこちから聞こえてきた。

 マリアンヌと亭主にとってはありがたい大口の客だが、そのような曰く付きの婚礼祝いを誰もが入ってこられる街の居酒屋で行うのは尋常ではない。何事もなく、無事に終わるといいけれど。マリアンヌは、心の中でつぶやいた。

 季節の幸をふんだんに使った料理が仕込まれている。鹿肉はローストされてからクミンやシナモンで香り付けをした生クリームソースで和え、雉肉はたっぷりのワインとともに煮込まれている。栗やクルミと組み合わされてテーブルに並ぶ予定だ。

 亭主に頼まれて、納屋の天井から干し肉の塊を取ってくるために店の裏手に向かうと、道の陰で誰かがひそひそと言い争いをしていた。そのようなことは、珍しくないので、マリアンヌは興味も持たずに通り過ぎようとした。

「おねがい、やめて。今夜はシュゼットの大切な婚礼なのよ」

 若い娘の言葉に、ぎょっとして立ち止まる。そっと陰から覗くと、どちらも若い男女だった。

「やめるもんか。こんな理不尽なこと……」
「でも、もう遅いわ。シュゼットのパパは支度金を受け取ってしまったもの」
「あの爺め! 金でシュゼットを買ったんだ」
「でも、彼女だって、素晴らしい花嫁衣装と装飾品に囲まれて、納得していたみたいよ」
「くそっ」

 マリアンヌは、やれやれと思った。何事もなく終わることはなさそうだ。願わくば、店の中で乱闘などだけは起こさないでほしい。だが、おそらく起こるであろう抗議行動シャリバリを未然に防ぐつもりもなかった。

 夕闇が辺りをすっかりと覆った頃、楽隊に伴われて一行が到着した。貴族などは含まれていないが、招かれた親戚や客は裕福なのだろう、それぞれに緞子や鮮やかな縁飾りのついた高価な祝祭服に身を包み、庶民の多いこの一角ではひときわ目を引いた。

 平らではない石畳の狭い道は二輪馬車で乗り付けることは不可能なため、新郎バルニエをはじめ、みな徒歩でやってきた。唯一新婦だけは新郎が手綱を引く小さい馬に乗って登場した。

 新郎新婦の衣装は、さすが有力な毛織物商人の婚礼にふさわしい豪華なもので、花嫁は、胸元の大きく開いた胴着、裾や袖には不必要なまでに長い布がついていて、地面に引きずる形になっていた上、まるで貴族が被るような先のとがったヘニン帽に長いヴェールを垂らしたものを着用していた。新郎のバルニエはふくらはぎまで覆う豪華な刺繍を施したペリソンを着用し、その財力を誇示していた。

 一行はすでにどこかでもう飲み始めていたらしく、騒がしく酒臭かった。そして、席に着くと周りもはばからずに大声で祝い歌を歌いだした。

 マリアンヌや給仕は忙しく動き回り、酒や亭主が用意した料理を次々と配って回った。店の端に追いやられた常連たちは、その豪華な料理の数々を羨ましそうに眺めた。だが、バルニエは、ケチな性質らしく、その場の見知らぬ客たちに幸せの振る舞いをしようとは考えないようだった。

 男たちは狂ったように酒を飲み、しばらく経つと、亭主自慢の雉肉の煮込みの味が、おそらくわからないほどに酔ってきた。そうした男客たちは新婚夫妻を揶揄しながら卑猥な冗談を大声で話しだし、花嫁シュゼットと招かれた幾人かの奥方たちがいたたまれなさそうに身をすくめていた。

 すると、広場の方から騒がしいラッパや太鼓の音が響いてきた。そして、大きな声でシャリバリの歌をがなり立てているのも聞こえてきた。

「トゥラ、トゥラ、トゥラ!
年寄りが若い花嫁を買った。
金貨をちらつかせて、銀貨を投げつけて。
トゥラ、トゥラ、トゥラ!
強欲な父親のポケットからは支度金があふれ
宝石に目のくらんだ娘は、将来を約束した男を捨てた。
誰も知らないと思っても
天国の鍵を持ったお方と我らは知っている。
トゥラ、トゥラ、トゥラ!」

 仮面をつけた数十人もの若者たちが、雄牛の角笛を吹き、フライパン、鍋などを木べらで打ち鳴らしていた。一行は『カササギの尾』の前でピタリと止まり、婚礼を非難する歌をがなり立てた。

 目をまともに見開けないほどに酔ったバルニエや花嫁の父親らは、その騒ぎが彼らに向けられたシャリバリだとわかると、怒りで顔をさらに赤くし、若者たちを追い散らそうとした。しかし、酔いが回り立ち上がっただけでふらついて倒れる者もいた。花嫁シュゼットは反対に青くなり、下を向き恥辱に身を震わせた。

 儀礼的な抗議行進シャリバリが起こることを、マリアンヌは夕方から予想していた。年老いたやもめの早すぎる再婚、しかも相手は若い娘だ。こうした社会通念に合わない行為を非難し辱めという懲罰を与える伝統を、バルニエが予想していなかったことの方が意外だ。

 祝い酒の相伴にあずかれなかった常連たちや、騒ぎを聞きつけて集まってきた野次馬たちは、シャリバリ隊側の肩を持ち、これは面白いとはやし立てた。

 花嫁シュゼットは、不意に立ち上がると、長いヴェールのついたヘニン帽を脱ぎ捨てて、入り口に向かった。そして、シャリバリ隊の端の方でラッパを吹いていた男のところへ行くと、彼の仮面をぱっと剥ぎ取りその頬をひっぱたいた。

 それから花嫁は長い衣装の裾をたくし上げると、広場の方へと走り出した。叩かれた男は呆然としていたが、我に返ると彼女の背中を追い出した。

 マリアンヌには、その男こそが、夕方に裏道で話していた若者だとわかった。花嫁の捨てられた恋人なのだろう。

 年老いた花婿は、テーブルに手をつきながらやっとの事で立ち上がり、去って行く花嫁に対して怒鳴った。
「待て、シュゼット! どこへ行く!」

 だが、花嫁は夫の声には全く耳を貸さずに一同の視界からから消え去った。

 残されたシャリバリ隊と、野次馬たちはこの展開に大喜びで、ことさら騒音を出しながら非難の歌を繰り返した。

「トゥラ、トゥラ、トゥラ!
宝石に目のくらんだ娘は、将来を約束した男を捨てた。
誰も知らないと思っても
天国の鍵を持ったお方と我らは知っている。
トゥラ、トゥラ、トゥラ!
誰も知らないと思っても
天国の鍵を持ったお方と我らは知っている。
トゥラ、トゥラ、トゥラ!」

 さてさて。花嫁はどうするのだろう。たいそうな支度金を受け取り豪奢な婚礼をしてしまったからには、老人のもとを去ることは難しいだろう。だが、婚礼の祝いの宴から立ち去ったことを夫に責められ続けるのも辛いことだろう。このことはすぐに噂になるだろうから、老毛織物商は、王都の中心で物笑いの種になり、この婚姻を苦々しく思うことになるだろう。そして、花嫁の父親も十分に恥をかいた。

 マリアンヌは、この婚姻の幸福な行く末について懐疑的ながらも、実際にどうなるかについての予想はするまいと思った。そんなことをしても、彼女には何の利もないのだから。

 ただ、バルニエからこの宴の代金は一刻も早く取り立てなくてはならないと思っている。ケチをつけられて割引を要請されても一歩も引かない覚悟を固めていた。

 それに、おそらく今後は、このような宴の予約はなくなるであろう。今宵のシャリバリ騒動は、サン・マルティヌス広場界隈で長く語り継がれる笑い話になるだろうから。

 マリアンヌは、騒ぎに乗じてバルニエのテーブルから酒をかすめ取ろうとする常連たちをひっぱたきながら、ため息をついた。寒い風が吹く通りに、まだシャリバリ隊の騒がしい演奏が鳴り響いている。

 その晩、花嫁はついに戻らなかった。豪華なヘニン帽だけが、むなしく椅子の上に載っていた。

(初出:2021年11月 書き下ろし)

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Tag : 小説 読み切り小説

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