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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】山の高みより

今日の小説は『12か月の楽器』の8月分です。このシリーズでは、楽器をテーマに小さなストーリーを散りばめています。

今回の選んだのは、ティバです。ご存じないですよね。少し前まで私も知りませんでしたから。ティバというのはアルプホルンの原型になったといわれる楽器の1つで、スイスで中世から牧畜のために使われていた管楽器です。現在のアルプホルンは、2m以上もあるので、とてもヤギを追いながら高山に持って行って吹くことなどできませんが、ティバはずっと実用的な楽器だったようです。

ちなみに、この楽器を8月に持ってきたのは、スイスの建国記念日(8月1日)の影響で、私にとってのアルプホルン系の音は8月と結びついているからなのです。


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山の高みより

 遠くに灰色の塊がわずかに見えてから15分も経っていなかった。雷雲は恐るべき速度で遠くの山嶺に襲いかかっている。白いヴェールが瞬く間に山肌を覆う。早苗は「これは来るかな」と小さくつぶやいた。

 先ほどすれ違ったハイカーたちは、花を摘みながらのんきに下っていったが、もしかするとずぶ濡れになるかもしれない。こちらも人ごとではない。だが、あと5分も歩けば山小屋に着くだろう。そうすれば、少なくとも雨宿りはできるだろう。運がよければ。これは、雨雲との競争だ。

 轟きはティンパニーを思い起こさせる。ああ、これだったんだろうかと早苗は思った。ヨハネス・ブラームスの交響曲第1番の第4楽章の始まり。きっとあのティンパニーはいま耳にしているのと同じ雷鳴だ。

 ブラームスがアルプに親しみを持つ日々を過ごしていたか早苗は知らない。ウィーンの社交界の中で作曲を続ける偉大な芸術家は、行ったとしても旅行者としてだろう。ハンネスはそうじゃなかった。彼は、この山を日々見上げて育った。この山にもよく登り、祖父や父親から引き継がれた、いま早苗が持っているティバを吹いていた。

 早苗は、ハンネスの願いを叶えるために、ひとりでこの山に登っている。この山の頂からティバを吹き鳴らすこと。次のティバの祭典『ティバダ』には加わることができないであろう彼と、もうじき博物館入りするかもしれない楽器に最後の栄誉を与えるために。吹くメロディは決めている。ブラームスが交響曲に書き込んだ旋律だ。

「山の高みより、谷の深きより、君に何千回も挨拶を送ろう
(Hoch auf’m Berg, tief im Tal, grüss ich dich viel tausendmal!)」

 ティバは、アルプホルンの原型と言われる楽器の1つだ。スイス、グラウビュンデン州に伝わっていて、かつては放牧中の家畜を鼓舞したり、麓の村人や他の嶺にいる仲間と意思疎通を図るために使った道具であった。

 携帯電話を誰もが持ち、麓へも車で楽に往復できるこの時代には、かつての用途で用いられることはもうない。

 現代では、アルプホルンは観光産業を象徴する国民的楽器となった。3.5メートルもある巨大な角笛ゆえ演奏することも持ち運ぶこともなかなか難しい特殊な存在になっている。一方で、その原型であったティバや、中央スイスのビューヘルなどは、存在すらも知られぬマイナーな楽器としてその地域で細々と生きながらえている。

 ティバは「牧夫の角笛ヒルテンホルン」とも呼ばれる、木や金属でできた古い管楽器で、アルプホルンとは異なり、短く、たいていまっすぐな形をしている。かつては高山の牧草地で牧夫たちが使用していた。1メートルから1.7メートルまでさまざまな長さのものがあり、地面に置いて吹くアルプホルンと違いトランペットのように持ち上げて吹く。

 かつて牧夫たちが使っていたティバは木製だったが、現在では錫製のものがほとんどで、早苗も錫製の1.2メートルの楽器を愛用している。今日持ってきたのは、さらに短い1メートルのものだ。ハンネスから預かってきた。

 ティバの音色は、外国人にとってはスイスらしさの象徴であるアルプホルンと同じに聞こえるらしいが、都会から来た同国人は「郵便バスかよ」という。郵便配達を兼ねてスイス中に路線が張り巡らされている黄色いバスでは、見通しの悪い山道などでホルンに近い4音によるクラクションを鳴らす。これは、かつてヨーロッパ中で郵便配達が角笛を使って到着を知らせていた時代の名残だ。

 山からこの楽器を吹き鳴らすと、谷では、音色がどこから聞こえてくるのかはっきりしない。が、演奏技術や事前に合意した音の並び方から、演奏者を推測することが可能だ。かつてはそうやって谷を越えた別の村に危機などを速やかに知らせることができた。

 現在では、個人の楽しみで吹くのがメインだ。もっとも10年ほど前からいくつかの村をシグナルのリレーでつなぐティバの祭典『ティバダ』が開催されており、それが愛好家たちのモチベーションの維持に繋がっている。

 かつてはその存在さえ知らなかった楽器だが、早苗は同僚だったハンネスに誘われて『ティバダ』を見にいってから、ティバをよく練習するようになった。日本では、中学も高校でも吹奏楽部に所属していたので、音を出すまでにさほど苦労はしなかった。

 ハンネス。もうずいぶん長い付き合いになるよね。ずっとただの同僚だったのが、ティバをきっかけに仕事以外でもよく会うようになって。いろいろな話も聞いてもらった。この国に来て、友達も少なかったし、本当に嬉しかったんだよ。あなたのことを話してくれるようになったのは最近だけれど。

 本名がヨハネスだということを知ったのも最近だ。ハンネスという今どき珍しい古風な通り名は、消えかけている伝統の継承をするのだという彼の意思表示なのかもしれない。そういえば、彼は恋に関しても今どきの若者にはあり得ないほど古風だ。早苗は初めて聞いたときに耳を疑った。ティーンエイジャーになれば親が避妊の心配をするようなこの国で、秘めた想いを伝えもせず10年以上も隠し通しているなんて。私も人のことは言えないけれど。

 下草を踏み分け、曲がりくねった根でできた天然の階段をいくつか登り鬱蒼とした老木の間を通ると、急に視界が開けた。すぐそこに山小屋が見えている。助かった。雨雲はもう早苗に追いついていて、ポツリ、またポツリと頭や上着を雨粒が規則正しく打ち始めた。

 走ってなんとか山小屋に駆け込む。小屋内部の屋根を打つ雨音の激しさにかえって驚く。もうこんなに降っていたのかと。

「まあ、最後の瞬間に駆け込めて幸運だったわね!」
黒いエプロンを着けた女性が言った。早苗は、頭を下げた。この山小屋で常時働いているのは夫婦と外国人スタッフだけと聞いていた。方言のなまり方からこの人はスイス人だ。つまり、この人がコリーナさんなんだろう。

「ステッターさんですか。私……」
そう言うと、彼女はみなまで言わせなかった。
「あら。あなたがサナエね。ハンネスから聞いているわ。私がコリーナよ。よく来てくれたわね。いま、ブルーノも呼んでくるわ」

 奥から現れた男性は、熊のように大きく、口の周りにしっかりと髭を蓄えていた。農家によく見るチェックのリンネルシャツを着ている。夫婦共にハンネスよりもひとまわりは上そうだ。

「ようこそ。なんでもこの山でティバを吹くんだって?」
「はい。本当はハンネス自身が来たかったと思うんですけれど」

 そういうと夫婦も沈んだ表情になった。
「病院に入っているんだって?」
「はい。今年の『ティバダ』の参加は取り下げたんです。先週、お見舞いに行ったときにそう言っていました。ものすごく残念がっていて、それで成り行きで頼まれて、ここに来ました」

 2人は頷いた。そして、早苗にテーブル席に座るように促し、何が飲みたいかと訊いた。ハンネスからの依頼でご馳走することになっていると。早苗は感謝してコーヒーを頼んだ。

 外はひどい雷雨になっていた。閉じた雨戸の隙間からも稲光のフラッシュが山小屋に入ってくる。屋根を川のように水が流れ落ちていくのを感じる。突如、激しい音が加わる。屋根を打ち付ける小石のような音。雹だ。
「おやおや。これは外にいたら大変だったな」

 雷雨に離れているのか、夫婦はさほど慌てていない。コーヒーを運ぶと、ブルーノは自分用にはビールの小瓶を持って早苗の前の席に座った。

「ハンネスはさ、小さな子供の頃から親父さんに連れられてここに来ていたよ。ティーンになってからはひとりでもよく来たなあ」

 ブルーノは、感慨深げに言った。コリーナも頷いた。
「そうね。短いティバを持ってね」

「これですか?」
早苗はリュックの後ろに下げていたティバを見せた。

「そうね、そんな色とサイズだったのは間違いないわ。もっとも私たち、違うのを見せられても、わからないけれど」

 早苗は頷いた。そうか、コリーナさんたちは、ティバには疎いんだ。それに、ハンネスの秘めた願いにもきっと氣がつくことはないのかもしれない。

 見舞いに行ったとき、ハンネスは、唐突にこう言った。
「君は、クラシック音楽を聴くんだったね。ブラームスも?」

「そうね。シンフォニー1番は大好きよ」
そういうと、彼は、ぐっと身を乗りだしてきた。

「あの曲について、言われていることも、知っている?」

 早苗は、一般的な知識を答えた。第4楽章の主題がアルプホルン由来であることや、有名なメロディーが敬愛するクララ・シューマンへの想いを込めたものと言われていることなどだ。

「山の高みより、谷の深きより、君に何千回も挨拶を送ろう」
 クララ・シューマンの誕生日に、ブラームスはそう歌詞をつけてこの主題を贈った。

 ハンネスは、考え込むように頷き、それから意を決して、早苗にこう言った。
「僕も、クララ・シューマンに挨拶したいんだ。山の高みから」

 ここまで歩いてくる道すがら、早苗は以前にハンネスが打ち明けてくれた秘密の恋について考えていた。ずっと若い時から続いている想いがあると。その女性はとっくに結婚していて、自分の願いが叶う見込みはまったくないと。

 わざわざブラームスと、クララ・シューマンに言及したのは、そういうことではないだろうか。14歳上のクララに対して、ブラームスが恋愛感情を抱いていたのではないかという話は有名だ。だが、彼はロベルト・シューマンに対しても深い尊敬を抱いており、ロベルトの死後も節度を守り続けたとされている。

「お。おさまったみたいだな」
ブルーノが言う。コリーナは立ち上がって、雨戸を開けた。強い日の光が差し込んできた。いつの間にか外は、快晴になっていた。

 山の上に清冽な風が吹いている。雨雫を受けた針葉樹が太陽の光を受けて輝いている。早苗はティバを持ち、小屋の外に出た。山小屋の建つ草原の先は崖のように切り立った急斜面で、谷底までが一望の下だ。ハンネスの入院する病院はたぶんあのあたり。早苗は地形を見ながら考えた。

 山の上からは、アルプス連峰が見渡せた。2000メートルを越すあたりから、山には樹木が生えなくなる。草原と灰色の岩石、夏でもわずかに残る雪とが稜線をくっきりと際立たせる。宇宙へと続く深い青空に大きな羊雲が悠々と渡っていく。

 鋭い鳴き声をあげながら、鷹が旋回していく。高く登っていくその姿はまるで点のように小さい。見えている町の家々も、それなりの川幅だったはずのライン河も、大きく立派な大聖堂も、この山々や大空に比べれば、とても小さい。

 ブラームスの交響曲第1番の第4楽章が、脳裏に蘇る。早苗はティバを構えて吹いた。澄み渡った空氣の中、音は谷に響き渡る。何百年もまえの牧夫たちがそうしたのと同じように、身体から漲る力が、音符やルールといった細かい決まり事から解放されて羽ばたいていく。

 ハンネスは、ここに再び登り、彼を縛り付けるすべてから解放するこの響きを吹き鳴らしたいと願っているのかもしれない。

 ブラームスがアルプホルンから着想して表現しようとしたものも、もしかするとこの開放感、この世界への讃美なのかもしれない。

 実際のブラームスとクララの関係も、それどころかヨハネス・ブラームスがクララを本当に愛していたのかも、本当のところは、誰にもわかりはしない。それを興味本位で暴くことが必要だとは思わない。そして、ハンネスの願いの本質について、あれこれ詮索することも。

 日本で交響曲を聴いていたとき、早苗はあれを楽器が作り出す芸術作品として捉えていた。それは東京で普段見かける日常生活の光景とはあまりにもかけ離れていて、コンサートホールまたはスピーカーの置かれた部屋の中で完結している抽象的な存在だった。

 でも、今、早苗が目にしている世界は、ブラームスがオーケストラに表現させ、それを耳にする者の心に沸き起こる感情と一致する。彼は、この場にいたのだ。正確にこの地点という意味ではなく、アルプスのどこかで世界を見渡し、その崇高さに頭を下げたのだ。そして、この清冽な風の中で、敬愛する人に心の中で語りかけずにはいられなかったのだ。

「山の高みより、谷の深きより、君に何千回も挨拶を送ろう」

 私たちの命は儚い。私たちの存在はとても小さい。それは、世の中の不公平な格差すら豆粒のように小さく遠いものにする。忙しい生活も、果たせぬ野望も、うまくいかぬ人間関係も、この壮大さ、崇高さの中では、取るにとりないことだと笑うことを可能にする。

 ハンネス。私は、あなたのためにここにいるよ。

 早苗は、この山から麓の病院にいる彼に聞こえることを願いながら彼女なりにティバを吹く。彼が、再び自らの足でここまで来ることができる力になることを祈りながら、彼女なりのシグナルを吹き鳴らす。

 先ほどまでの雨雲はもうどこにもなく、天の青き深みと雨雫の輝く山肌に、ティバの奏でる挨拶が風に乗って羽ばたいていくのがわかった。

(初出:2022年8月 書き下ろし)

追記


というわけで、ブラームスの交響曲1番、第4楽章から再生するように貼り付けてみました。書きながら聞いていたのはフルトヴェングラー指揮だったけれど、こちらはカラヤン。これもいいなあ。



Brahms - Symphony No.1 - Karajan BPO, Live Tokyo 1988 - Remastered by Fafner
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Comment

says...
執筆、お疲れさまでした。

ティバという楽器は、まったく知らなかったです。
スイスの民族楽器といえば、やはりアルプホルンのイメージが強いですね。あれ、どうやって持ち運ぶんだろう?
短いとはいえ、1~1.7メートルあるとなると、トロンボーンくらいの大きさですかね。それを持って山に登るというのは、なかなかの重労働でしょうね。なりゆき、と言っていますが、早苗がそんなたいへんなことを引き受けた理由がずっとわからなかったのですが、ラストでなるほどとなりました。
でもそれじゃあ、早苗にティバを託して吹いてもらっても、意味ないんじゃないですかね? 思いを「届ける」んじゃなくて、「送られる」ことになってしまっていますよね。
うん、やはり恋愛ってやつは、思うに任せないものですね。
そんな人の感情をおおきく包み込んでしまうアルプスの大自然と、そこに響き渡り存在を主張するティバの音の力強さを感じさせる、清々しいラストでした。
2022.08.10 11:34 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

スイス人でも知らない人の方が多いような楽器なので、ご存じなくても当然かと。
アルプホルンは、分解して運ぶみたいです。でも、どう見ても実用的な楽器じゃないですよね。むしろ観光客用?
ティバをはじめとするもともとのホルンは、実用的な楽器だったので素朴です。オーケストラなどの演奏には向きませんが。
連れ合いは普段はこの手の楽器に全く興味が無いのですが、異国でこの音色を耳にするとホームシックにかかると言っていました。

さて、早苗です。
そう、結局、早苗が「送って」いるんですよ。「送りたかった」ハンネスの響きと一緒にって感じかもしれませんが。

この話は、もともとブラームスとクララ・シューマンのエピソードについて私が常々思っていることから組み立てました。
「周りはあれこれ言うけれど、本当のところは本人にしかわからない」って。
今の若い人たちの好む小説は、こういう玉虫色のどうとでもとれる表現はダメらしいですね。
好きとか、告白とか、あからさまに書かなくちゃ読者には伝わらないと。

でも、もちろんそういうはっきりした想いもあっていいと思うんですけれど、中には「それは本人にしかわからない」もしかしたら「本人にすらわからない」ってことだってあると思うんですよね。

早苗にとってハンネスが「特別な人」であることは間違いないのですけれど、それがどういう「特別」なのかはあえて設定しませんでした。そして細かい描写を徹底的に省きました。で、それもどうでもいいくらいの昇華した想いを、早苗にしろ、ハンネスにしろ、そしてブラームスにしろ、持たせてしまうのが、アルプスの山の上からの眺めの雄大さなのかもなあ……なんて第4楽章を聴きながら筆を運びました。

コメントありがとうございました。
2022.08.10 22:15 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
そういえば、コロナになってからクラッシックコンサート行っていないな。
・・・って思いましたね。
勿論、最初はそれどころではなかったのですが。
今年は行こうかな。
音楽は人の心を豊かにさせます。
それを教えてくれるような小説でした。
今の時代だからこそ、音楽は大切ですね。
2022.08.12 11:13 | URL | #- [edit]
says...
クラシックって難しそうで私はあまりわからないのだけど
作曲家の人生も一緒に見るととっつきやすくなりそうですね

>それを興味本位で暴くことが必要だとは思わない
さっそく駄目出しされたけど…
私は俗物なのでそっちの方が気になってしまいます
早苗さんとハンネスさんの今後の関係も気になりました
2022.08.13 10:56 | URL | #- [edit]
says...
そうか、あえてあんまり説明せずに高い視点から俯瞰しているような書き方なのですね。ついつい答えを求めてしまう読者は、あれ?これはどういう関係で?どうなってる?って思っちゃうけれど、夕さんが目指したものはそこじゃないんですよね。

ブラームスとクララの関係は確かにほんとのところは何もわからない。早苗とハンネスの関係も読者にはわからないけれど、具体的に何というよりも、大切である(あった)ことは間違いがないんですものね。
そういえば、朝、ケーブルテレビをつけたら、丁度『アルプスの少女ハイジ』のハイジがフランクフルトから山に帰ってきた回をやってて(もちろん条件反射でダダ泣きする私でした)、こういう大きな景色の中で生きていると、世界は違って見えるんだろうなと思いました。毎日、富士山見て暮らしている人と、六甲縦走路じゃね~だいぶ違う。どっちが良い悪いはないけれど、感性自体が変わってしまうんだろうなと。

楽器は民族の音楽を伝えていくためには欠かせないモノだけれど、時代の中でどんどん意味合いも形も、そして人々の意識も変わっていくんでしょうね。コロナ不況で大手の三味線屋さんが倒産の危機になって、演奏者さん達が必死で支えてたというのが少し前にあったけれど、維持していくってほんとに大変。もっとも、同じ形で維持しなければならないってものでもないのでしょうけれど。ハンネスのティバへの思いは、ただ楽器どうのこうのではないんでしょうね。

今、レッスン曲のひとつがブラームスなんですけれど、なんかね~、ブラームス、ちょっとしつこいのよ。ブルックナーほどじゃないけれど、繰り返しが多くて(^^;) あちこちにクララの音階が隠れているそうで、恋愛感情かどうかはともかく、深い想いがあった……んでしょうね(そう思って音楽を聴いたり奏でたりする方がいい)。個人的にはクララの方が本当のところはどう思っていたのか、興味があります。そもそも精神を病んだ旦那と残されたたくさんの子供達を抱えてたら、もうひたすら働くしかないですよね。

夕さんのスイスの大きな景色への想いがたくさんあふれていて、素敵な作品でした。
2022.08.13 15:46 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

他の国では、コロナの医療逼迫は既に過去のことになっていますが、日本はまだ真っ最中なんですよね。
ちょっと政策に問題があると思いますけれど、それはまた別の問題。

そうですよね。もし余裕がまたできたら、以前は普通にしていた余暇の過ごし方も取り戻したいですよね。
そういうことってとても大切だと思います。

コメントありがとうございました。
2022.08.13 22:56 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

あはは。クラシック音楽界のエピソード、けっこうドン引きする話もありますよ。
某天才音楽家がスカトロだったとか、別の有名作曲家は生徒だった貴族の子息のオ○マ掘っちゃって、そのためにロンメル死させられたとか、本当かどうかわからないトンデモエピソードが散見されます。それこそ嘘だったらひどすぎる濡れ衣ですけれど。
そういう話の方が、頭にこびりつきますよね。

早苗と、ハンネスですか?
あ〜、きっと何にも無さそうな……。伝わらない人たち臭がプンプンしていますよね。

コメントありがとうございました。
2022.08.13 23:03 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。「ブラームスとクララからしたら、余計なお世話だ、だろうなあ」ってところから組み立てた話なので、あえて何もわからないようにしてあります。っていうか、何も設定していないし。常々思っているんですけれど、「大切な人」って、色恋に直結とは限らないんですよね。もちろんそこにたどり着いたり、抜け出したりすることもあるんですけれど、それがメインテーマかというとそうじゃない関係もあるんじゃないかなあと。

さて、ハイジ。今でもやっているところがあるのですね。
私は東京の光景と、スイスの現在住んでいる光景と、両方経験があるんですけれど、やはり田舎に戻って見慣れた自然を見るとものすごく安心するというのか、特別な感情がわいてくるように思います。スイスに住んで5年くらいしたら、東京が何となく落ち着かない場所になってしまいました。

でも、六甲の山も、熱海の山も、子供の頃の原風景と結びついているのでハイジにとってのアルプスと同じくらい「ぐっ」とくるかも。
彩洋さんにとっての六甲はなおさら大切な光景じゃないかしら。

三味線、たいへんでしょうね。
ティバはもともと絶滅危惧種だったようで、産業としての浮き沈みという段階ではないようですが、やはり心ある人が必死になって守らないと次世代には伝わらないでしょうね。

ブラームス、しつこいんですね(笑) うん、「何千回も挨拶しよう」なんて書いているし、ちょっとしつこいタイプなのかも。
クララもけっこう踏んだり蹴ったりな人生だったと思いますね。女性だったがために、後世の人にはヴィルトォーゾとしてよりも「シューマンの奥さん」のイメージがついちゃったし、旦那もなにもあんなに子供作んなくてもって思うくらい苦労満載だし、そもそも、旦那の精神疾患の原因は梅毒ではなんて話を読むと、そうだとしたら言いたいこともあっただろうにって思うし。それこそ「本当はどう思っていたんだろう」が気になりますよね。

お忙しい中、彩洋さんに読んでいただけて、嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2022.08.13 23:24 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
アルプホルンって
写真等でよく見ることのある長~い、あれですね。
音ものんびりしていて、いいです。
スイスの山岳地域が思い浮かびほっこりなります。

自分、記事にも書きましたがネット利用を減らす
ことにしました。
そのためにブログの訪問も間遠になります。
ちょっとゆっくりさせていただきます。
少なくとも週一ではお訪ねできるかとは思います。
すみません。よろしくです。
2022.08.14 01:38 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

その通りです。たまに州都で有志が吹いていますが、かなり遠くまで聞こえるんですよね。
でも、山の上に持って行くには、ちょっと大きくて大変そうです。車なしでは無理ですね。
ティバの方は、持って行って吹いている人もいます。もちろんとても珍しいですが。

訪問のことは、お氣になさらないでください。
ご自分の生活ペースが一番大切ですから、ご心配なさらずに!

コメントありがとうございました。
2022.08.14 21:34 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ブラームスとクララ・シューマンはそういう関係だったんですね。
2人それぞれの気持ちは今となっては想像するしかないのですが、やっぱり邪推しちゃいますよね。それにしても旦那のシューマンはどう思っていたんだろう。案外わかってなかったとか?そんなことないか。
ハンネスの秘密の恋もそんな感じですが、人間ってこういう恋ができるんですね。さっさと諦めたらいいのに(と、身も蓋も無いことを言う)。
早苗はハンネスにどういう気持ちを持っているんだろう?
> ハンネス。私は、あなたのためにここにいるよ。
おそらく単なる友情ではないんでしょうね。

ティバという楽器はまったく知らなかったのですが、現代では錫製だということなので、ホルンを引き延ばしたようなイメージなのかな?
美しいアルプスの風景に響き渡るティバの挨拶。
通じればいいのになぁ・・・。
ティバの音色がわからないのが残念ですが、精一杯想像してしまいました。
2022.08.17 14:06 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

少なくとも、「非常に親しかった」は間違いないのだそうです。Duという二人称を使っていることからも、それがわかります。
ただ、どういう関係だったのかは、本人たちにしてみたら「君たちの知ったことじゃない」ではないでしょうか。
ロベルト・シューマンは、最後の方は精神疾患に苦しんだそうなので、クララとヨハネス・ブラームスの仲を邪推する余裕はあったのかなかったのか、ちょっとわかりません。

自分の過去も含めて若い人だと、「14歳も年上の既婚女性? あり得ない」で終了するんですけれど、これ、年をとってくると自分がどうかは別として「まあ、そういうパターンもあるかも」と。昔の作曲家はともかく、自分の創作の中にそれを織り込んだのは、そうした心のままならさもこの作品群にはバラエティとしてあってもいいかなと思ったからです。

早苗の感情も、ハンネスが特別な存在というところまでは間違いないのですが、どう特別であるかは、簡単には記述できないあれこれがあるんだろうなと、あえて設定も記述もなしで流してみました。

ティバを日本在住のサキさんがご存じであれば、その方がちょっと怖いです。スイス人でも知らない方の方が多いくらいですから。
かなり原始的な管楽器で、角笛みたいなものだと思っていただければ。

ティバの見た目と音色に興味を持たれたなら、このあたりでご確認ください。

https://www.youtube.com/watch?v=bAT5qPwP-co

早苗のティバの音色がハンネスに届くといいですね。想いは氣づかれないかもしれないけれど。

コメントありがとうございました。
2022.08.17 23:39 | URL | #9yMhI49k [edit]

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