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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(11)祭 -1-

『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』の第11回前編をお届けします。

「(3)辺境伯領 -1-」の回でも一度語られていますが、今回は、マックスの領地に伝わる祭の話です。

祝祭は単なる伝統やそもそもの目的に則ったものであるだけでなく、その時代を生きる人びとにとっての長くモノトーンな生活における息抜きであり、ガス抜きでもあります。いろいろな事情はあっても、こうした祝祭にケチをつけたり、廃止させたりするような圧力は短期的には目的を達成できても、長期的にはひずみを生みいい結果を呼ばないというのが、私の持論です。今回は、その想いを軽く作品に込めてみました。

ところで、このシリーズの話をはじめからご存じない方には、仰天するような型破りな姫君の話が出てきます。主人公のひとりマックスのご先祖さまです。


トリネアの真珠このブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(11)祭 -1-


 国王の滞在中に、フルーヴルーウーの城下町では『男姫ヴィラーゴ祭』が開催された。レオポルドは、グランドロン3大奇祭の1つと言われる祭を初めて自分の目で見られることを子供のように喜んでいる。

 異装をした人びとによる祭は、フルーヴルーウー辺境伯だけではなく、グランドロン王国中、いや、それ以外のさまざまな国で見られる。センヴリ王国の水の都イムメルジアでの色とりどりの仮面をつけた人びとによる謝肉祭の行列は冬の風物詩であるし、年末には牡牛の頭部の皮を被った男たちが練り歩くカンタリア王国のタロ・デル・ディアボロ祭がある。

 フルーヴルーウーの『男姫祭』が奇祭と呼ばれる理由の1つは、他の多くの祭りと異なり中心的役割を果たすのが女性だということだ。

 この祭の由来ともなっている男姫ヴィラーゴとは、初代フルーヴルーウー辺境伯爵夫人ユリア・フォン・フルーヴルーウーのことである。史書にはグランドロン風にユリアと記載されているが、民衆の間ではバギュ・グリ侯爵令嬢であった当時の奇行の方が知れ渡っており、祖国ルーヴラン王国での発音のまま『男姫ヴィラーゴジュリア』として親しまれていた。

 国王の座を争うことができるほど由緒あるバギュ・グリ侯爵家の姫君として生を受けながら、男装して市井に出入りしていたジュリアは、自らの馬丁であったハンス=レギナルドと恋に落ちたあげく、ジプシーに加わり出奔した。その後、ルーヴランのブランシュルーヴ王女の専用女官になって、王女のグランドロン王との婚姻の際にヴェルドンに共にやって来た。そして、既にグランドロン王レオポルド1世に取り立てられフルーヴルーウー辺境伯となっていたハンス=レギナルドと結ばれた。その数奇な人生を、ルーヴランでもグランドロンでも民衆はたいそう好み、名のある吟遊詩人たちがいくつもの歌を捧げた。

 夏のフルーヴルーウー城下町で開催される『男姫祭』は、女性たちが領主夫人から賤民にいたるまでことごとく男装をすることで有名である。つまり男姫ジュリアの故事にちなむ祭であり、グランドロンの他の多くの祭と違い宗教的裏付けが全くない。それどころか代々の大司教は、この祭を嘆かわしい伝統として糾弾しており、領主に廃止の勧告を度々行っていたほどである。

 教会が何よりも問題視したのは、女性たちが男装することではなく、その日に女たちが亭主にどんなわがままでも命じることが許されていて、亭主どもはそれを拒否できない習わしだ。

 聖書には「あなたは夫に従い、彼はあなたを治めるであろう」と神の言葉が記されているのに、1日とはいえ女が夫に従わせるのは許しがたい、そう大司教は説いた。だが、年に1度の楽しみを取りあげられたら女房らがどのように怒り狂うかわかっているフルーヴルーウーの領主や男たちは、代々の大司教たちの言葉に耳を貸すことはなかった。

 祭には初めて参加するラウラも、家令モラの助言を受けて代々のフルーヴルーウー伯爵夫人たちに倣った男装をしていた。

「おやおや。わが奥方は素晴らしく女性らしいと常々と思っていたけれど、今日はまるで男姫ジュリアもかくやという凜々しさだね」

 マックスは、感心してラウラを上から下まで吟味した。男装とはいえ、品を失わないように上着には短いシュルコではなく、膝丈までしっかり隠れるペリソンを着用している。艶のある青灰色の生地は、強い主張はしないのに敬意を払わずにいられない高雅な佇まいを演出していた。

 レオポルドは、男姫由来の祭があるとだけしか聞いておらず、ラウラや侍女たちが男装をしているのを見て驚いたようだった。
「『男姫祭』とは、そういう祭なのか?」

「はい。城下町すべての女たちが、それぞれ男性の衣装をまとい、行列をするんですよ」
マックスは、そう説明したが、もう1つの厄介な伝統については口にしなかった。この場にいる女性たちの中には、その伝統を忘れている者もいるかもしれない。余計なことを口にして彼女たちの夫に不利な状況をあえて作り出すこともないだろう。マックス自身もその夫たちのうちの1人に他ならない。

「奥方さま。そろそろお時間でございます」
モラが、呼びに来た。ラウラは、レオポルドとマックスに挨拶をしてから退出した。

「僕たちも、行きましょう」
マックスは、レオポルドや護衛兵と共に馬で城下町へ降りていった。
関連記事 (Category: 小説・トリネアの真珠)
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

「男姫祭り」、舞台となっている中世では、たしかに奇祭といえそうですね。でも面白そうです。
でも、どうなんだろう、宗教的なしばりはあっても、実際の生活ではカカア天下という家庭も多かったんじゃないのかなぁ。家内繁盛、夫婦円満には、そちらの方がよさそうな気がするし(笑)
司教も、堅いことを言わずに見過ごせばいいのに、と思いますが、権威がどうのこうのという意識があって融通が利かないんだろうなぁ。
ユリアって誰だよ、と一瞬思いましたが、そうかドイツ語圏ではジュリア=ユリアなんですね。
さて、ラウラにはぜひはっちゃけた「わがまま」をマックスに命じてもらいたいものですが、彼女のことだから優等生的なことになりそうな気がします。
次話、そのあたりの話を楽しみにしています。
2022.10.12 14:29 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

実際には、カカア天下は多かったでしょうね。
下層社会においては、女性は子育てだけでなく労働力として重要な存在でしたし、上流貴族などでもけっこう財産などをガッチリ持って、夫に譲らなかったなんて奥方もいたみたいですし。とはいえ、この時代は宗教の人びとの考え方に対する影響はとても強く、表だって男女平等を叫ぶのは難しかったのかも。

教会は、そもそも「できることなら純潔でいるのが理想」という立場で人びとを支配していたので、女性は「立派な男性を堕落させたろくでもない存在」として扱い、まあ、うるさいことを言うんでしょうね。

さて、そうなんですよ。ヨーロッパで面倒なのは、言葉によって固有名詞が変わっちゃうんです。
ジュリアは、フルーヴルーウー辺境伯夫人となってからは「ユリア」でした。でも、ハンス=レギナルドは、そっちの名前じゃないんですよ。この人は、もともとグランドロンの出身だったようですね。って、ただの馬の骨ですけど。

さて、これだけフラグを立てていますし(笑)、ラウラは「わがまま」を発動しますよ。
っていうか、それがないと、肝心な本筋が成立しなくなっちゃうので……。

ただ、来週発表分ではないです。もう少々お待ちください。

コメントありがとうございました。
2022.10.12 21:22 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
西洋の祭りか。
確かに参加したことないから興味がありますねえ。。。
ってそもそも日本の祭りにもあまり参加していないのですが。
・・・そろそろ旅行にも行こうかな。。。


祭りは祭りを実行することが目的になって。
観光化するのが目的にになって、
本来、もとい起源の目的、とズレることはよくありますよね。
それは古今東西同じってことでしょうね。
2022.10.15 23:58 | URL | #- [edit]
says...
今回のお祭りの解説で男姫への理解が深まりました。
何度も説明を受けているはずなのですが今さらです。それにしてもやっぱり良いキャラクターだなぁ。彼女に憧れているエレオノーラの本格的な登場がますます楽しみになってきました。絶対に残念なんてことはありません。

お祭りって日常生活とはまったく異なった状況で行われますので、見方によっては祭り自体がほぼ奇妙な行為だと思うんですよ。
ですから実際に『男姫祭』が行われていたとしてもまったく違和感はないですね。
でも宗教が絶大な力を持っていたこの時代に、教会に問題視されていた祭りを継続できたのは初代フルーヴルーウー辺境伯爵夫人由来の祭りということもあるのでしょうが、この祭りにかける民衆の(特に女房連中の)底力も大きいのかもしれませんね。
さてマックスにラウラはどんなわがままを命じるのでしょう?
レオポルドに命じる人がいないのが残念。
え?ラウラのわがまま発動がこの物語の本筋を動かすんですかぁ?興味津々です。
2022.10.16 12:13 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

そうですね。
日本のお祭りは、毎回言っていなくても、想像はつきますよね。
西洋のお祭りは、もちろん今のお祭りと中世のものは違うんでしょうけれど、私が目にしたものを総合すると何となく想像できるのですよ。

お祭りのもともとの意味合いは、日本のお祭りでもそうですけれど、たとえば神様への感謝とか、あれこれ意味はあるのでしょうが、やはり日常とは違う「ハレ」でめいっぱい楽しむことも大切な目的になっていると思うんですよね。いつもは出来ないこと(飲んだくれたり、踊ったり)をすることで、生活に彩りを添えて、ストレス発散もする、こういう効果は世界共通だと思っています。

コメントありがとうございました。
2022.10.16 22:12 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

男姫ジュリアは、中世の中でもさらに大昔の人で、まだ貴賤がはっきり分かれていなかった頃の人という設定です。
それにしてもとんでもない型破りな人なんですけれど、私の脳内に残っているこの『森の詩 Cantum Silvae - 姫君遁走』というストーリーでは、美貌馬丁と落第姫君のカップルと、醜男ながら名君である王様と絶世の美女で器も大きい王女様カップルの2組の対比で1つのお話になっていました。マックスのご先祖と、レオポルド2世のご先祖の話です。で、男姫ジュリアはどう考えてもおかしな姫君なんですが、世間には人気があるという設定です。エレオノーラは、憧れているだけで、ここまでおかしな姫ではありません。別の意味でいろいろと残念な人ですが、それでもジュリアと比べれば読者の共感は得られそうなキャラクターだと思います。(と思いたい)

祭は、本文にも書きましたが、民衆にとってはガス抜きでもあるので、フルーヴルーウーの女たちにとっては、絶対に譲れない開催でもあるんですよね。民衆は、年に1度の祭を楽しみにしていますし、そこで新しい領主夫妻がお披露目されることにもなっていますし、教会の文句は誰も耳を貸さないでしょうね。

さて、ラウラの「わがまま」についてはもう少々お待ちください。大したわがままじゃないんですが、ストーリーの運びではとても大切なものになります。

コメントありがとうございました。

2022.10.16 22:38 | URL | #9yMhI49k [edit]

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