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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(13)森の道 -2-

『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』の第13回後編をお届けします。

さて。ついに5人での忍びの旅が始まりました。

前作では、こうした森を氣ままに旅していたのはマックス1人でした。その旅を通して、当時のさまざまな人びとの生活や、当時の制度についてがあれこれと見聞されるという形を取りましたが、今回も旅の間はそうしたあれこれがランダムに記述されます。


トリネアの真珠このブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(13)森の道 -2-


 フルーヴルーウー城を出てまだ半日ほどだったが、これまで経験したことのない多くにラウラはときめいていた。

 ラウラはルーヴランの王都ルーヴで生まれ育った。生まれ育った貧民街であれ、バギュ・グリ侯爵家に引き取られて形だけ養女にされた後であれ、目にしてきたのは常に街の光景だった。

 そして、王都からの旅の間に目にしたものも街道沿いの光景であり、たとえそれが森《シルヴァ》の一部であろうと、森林管理官の手が入り管理された「人の住む地」の一部だった。

 いま、一行はその地から《シルヴァ》の奥に入っていこうとしているのだ。

 爽やかな香りが風に乗って漂っている。ラウラは周りを見回した。すぐにレースのように広がる白く丸い花が視界に入った。
「これは、ニワトコかしら?」

 アニーは頷いた。
「はい。ちょうど盛りですね」

 ラウラはニワトコの花で薫りづけた発泡酒はよく知っていたが、実際に咲いているのを見るのは初めてだった。

 アニーにとっては、子供の頃から馴染みぶかい花だ。有用なニワトコは村になくてはならない木だったからだ。

 花の時期は夏の到来を知らせるだけでなく、香りのいいシロップは頭痛や発熱に効く薬湯として、葉の浸出液は炎症や打撲に効く家庭薬として使われていた。また、秋になって熟した黒い実がつくと、女たちは競ってこの実を集めてシロップを作った。濃い紫のシロップは流感や氣管支炎の予防または薬として用いられるのだ。

 森のニワトコは、アニーの生まれた村にあったものよりも小ぶりで花も少ない。背の高い木々に覆われて、日の光があまり当たらないからだろう。

 歩いていくうちに見かける足下の花も、王城や村で見かけるものよりも小さく見えた。おだまきも、山百合もよく見ないと見過ごしてしまうほどひっそりと花をつけていた。

「足下に氣をつけて」
マックスが、注意を促す。馬車が使う街道は遠回りなので、馬と徒歩用の道を行っているのだ。半刻ほど前から、一行は馬を降りて歩いていた。

 それは川沿いに人びとによって踏み固められた道で、大きい石や張り巡った木の根で、自然の階段になっている。苔むして、慣れていないものには滑りやすい。

「このまま峠まで徒歩なのか?」
レオポルドが問うと、マックスは笑って頭を振った。
「まさか。あとしばらく行けば、あとはまた馬に乗れる平坦な道に出ます」

 その時、目の前を大きな鳥が羽ばたいて横切った。一行が立ち止まると、右前方の茂みでガサリと音がした。誰かが蹲っている。

 フリッツが身構える。レオポルドは片眉を上げて「早まるな」といいたげに制した。

 茂みから男が出てきて何も言わずに反対側の茂みの中に歩み去った。右手には弓矢を持っているが、それが目立たないように身体で隠しているような歩き方だった。

「ここは、誰でも狩猟していいのか」
レオポルドは小さな声で訊いた。

「いえ。狩猟指定地にはなっていなくとも《シルヴァ》全体で、狩りには森林管理官の許可が必要という建前になっています。もちろん、あの弓で鳥を捕るくらいは、森林管理官の目の前でやらない限りは……」

 森林管理官どころか、領主と国王の目の前なのだが……。2人は目を合わせて肩をすくめた。身分を隠して旅をしている以上、どうしようもない。

 表向きは国王や領主に属するといっても、森で得られるさまざまな資源や生物なしに村落の人びとの生活が成り立たぬ事はレオポルドやマックスも理解している。貴族にとって狩猟は大きな楽しみだが、貧しい人びとは危険を承知で村落生活で欠落した生活の手立てを補いに来るのだ。

 薪や木材、食べ物となる植物や小動物は森の奥に進めば進むほど無尽蔵に存在した。炭、皮革、蜜蝋、ある種の宝石なども、森の奥に眠っている。もちろん毒草や毒キノコを持ち帰ってしまうこともある。狼に襲われることもある。道に迷ったり、素人が木を切ることで下敷きとなって誰の助けも得られずに屍となって忘れ去られることもあった。

「今日は12使徒の祝日じゃないか。禁猟に決まっているだろう。まったく……」
レオホルドは、小さな声でブツブツ言った。

 マックスは、だからだろうなと考えた。他の村民はこんな日にあえて狩りに出て捕まる危険は起こさないだろう。それはすなわち、誰にも会わずに獲物を手に入れられる機会が増えるということだ。あの男は、おそらくこういうことをし慣れているのだろう。

 禁止と管理にも限りがある。マックスは、そのことを実感しながら歩いていた。おそらく後ろを歩く国王もそのことを考えているのではないかと思った。
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Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

シルヴァの旅が始まり、わくわくしています。
整備された街道を外れて裏道を行くと、いろいろと面白いことがあるものですね。
ニワトコって、あまり気にしたことがなかったのですが、このお話を読んで改めて調べてみると、なんとも万能な植物だったんですね。驚きました。科学的な知識もないのに、この植物の効能を見つけた先人たちは、ほんとにすごいと思います。
そして密猟者。なるほど、禁猟の日だからこそ、密猟者には狙い目というわけですか。まあ見つかったのがお忍びの国王一行だからよかったものの、森林管理官だったら処罰されちゃったでしょうね。レオポルドとマックス、森の資源の管理と利用に、どんな折り合いをつける策を講じるのか、旅のあとの宿題ができましたね。
2022.11.23 09:10 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

かつてのマックス一人旅の時は、べつに「知りあいに会わないように」といった心配はしなくてもよかったのですが、今回は王様一緒だし、自分も領主様になっているし、加えてつい先日、祭で庶民にも顔がばれちゃっていますからね。けっこうコソコソ旅をする羽目になっています。
まあ、城からかなり離れてしまえば、だいたい大丈夫だと思いますが。

さて、ニワトコ。この花、何よりもとっても香りがいいんですよ。見かけは可憐で、しかもめちゃくちゃ有用植物。
これが咲くと「ああ、夏が来た!」って思いますね。

そして、今回のもう1つのトピックが、森をコソコソ利用する人たちの話です。
レオポルドとマックスは、この旅でやたらとたくさんの宿題を抱えることになります。
お忍びの旅といっても、羽目を外して遊びまくるわけにいかないのが、北海道オフ会との違いですよね(笑)

コメントありがとうございました。
2022.11.23 21:17 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
そうですねぇ。二人共立場が立場ですから色々と目に付くこともあるでしょうし、物見遊山で遊びまくりとはいかないですよね。
でもこの2人、見かけよりずっと自分の立場に忠実で、お忍びの立場を利用して得られる物はちゃんと得ていくと思います。今回の密猟者を手始めにあまりの宿題の多さに驚きそうですが・・・。
旅程の先にもっともっと大きな宿題が出て来るのを楽しみに待っています。

反面ラウラは旅を楽しんでいる様子ですね。でもニワトコは知らないなぁ。ちょっと地味な花だけど、どんなにおいがするんだろう?香りと言うからにはいい匂い?いかにも何かに効きそうな匂いがするのかな?

お二人さん、北海道オフ会では羽目を外して楽しんだんですから、ここはちゃんと義務を果たして欲しいですね。我慢我慢・・・。
2022.11.28 11:00 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
やっぱり密漁の問題はどこでもあるものですねえ。。。
ってところを読んでいて感じますね。
日本では漁業との兼ね合いもありますし。
本音と建て前もあるんでしょうけど。
歴史的にも感じる部分ではありますね。

2022.11.28 11:44 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

マックスも、昔の旅はある意味氣楽だったんですよね。
何か社会の問題に直面しても、自分にできることはあまりないとスルーできましたから。
今は、スルーはできますが、罪悪感を持つことになってしまいますものね。でも、できないこともあるんですよ。その辺が前とは違うかも。
レオポルドは、もっとそうかもしれませんよね。

ラウラと他の2人は、そういう意味では、為政者2人よりは楽かもしれません。
他人ごととまでは行きませんが、決定権がないというのは、悪くないことかもしれませんね。

ニワトコは、英語ではエルダーといいます。ただ、ここでは英語名は使いたくなかったので和名を使っています。とてもいい香りですよ。
なにかの機会にエルダーフラワーシロップを入手したらわかるかも。花粉エキスとレモンと砂糖で作ったシロップで、こちらでは馴染みの深い飲料の素なのです。明治屋や成城石井といった洋物を扱うスーパーにはあるかもしれませんよ。

というわけで、5人旅、このように始まりました。
もうしばらくおつきあいください。

コメントありがとうございました。
2022.11.28 23:35 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

この作品では猟の方ですけれど、密漁もありますよね。
本来は森も海も誰かのものではないので、自由に狩りができたのでしょうが、中世以降はすべて為政者のものということになってしまったので、生活に困って狩りをする人たちは、コッソリとやらざるを得なくなったのだと思います。

コメントありがとうございました。
2022.11.28 23:43 | URL | #9yMhI49k [edit]

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