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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(14)鉄の犂

『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』の第14回をお届けします。今回は1回で発表できる量でした。

今回のテーマは農業です。王都ヴェルドン近郊の農地と、山岳地帯のフルーヴルーウー辺境伯の農地はかなり差があるもよう。現代社会ではトラクターや電動犂などが、どんな土地でもなどがしっかりと耕してくれますが、中世は立地によって先進農具が簡単に普及できる場所とそうでないところがあったようです。また、農地の規模も地域差があったのでしょうね。今でもスイスの農地はわりとこぢんまりとしています。


トリネアの真珠このブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(14)鉄の犂


 このまま森の中だけを進んで山頂まで行くのかと思っていた一行は、突如としてごく普通の農村にたどり着いたので一様に驚いた様相だった。

「なんだ。まだこんな平地だったのか」
レオポルドは、さっそく馬にまたがりマックスに話しかけた。

「ええ。そうです。フルーヴルーウー城下町から街道をそのまま通って進んでもここにたどり着きます。ほら、あの後ろに見えている非常に狭い渓谷を通ってくる道です」
マックスは後方を指さした。

「わざわざ傾斜の激しい森の道を選んだ理由もおありになるのでしょう?」
フリッツが訊くと、マックスは肩をすくめた。

「あの道は、たいていの人が使うんですよ。『男姫ヴィラーゴ祭』で我々はすべての民たちに見られましたし、あの狭い渓谷を通るとなると、この格好とはいえ見破られる危険もありますしねぇ」
それを聞いて、一同は納得した。このあたりまでくると旅人はそう多くない。よほどのことがない限り顔を知るものとすれ違うことはなさそうだ。

 王都ヴェルドンや、フルーヴルーウーまでの道すがら馬車の窓より見学したグランドロンの農地の数々と違い、農村はかなり狭く小規模に見える。それは、フルーヴルーウー辺境伯領やその他の《ケールム・アルバ》の麓にある村々は、渓谷地のわずかな空間に広がるからだ。

 丘陵地に向かって農地は緩やかに傾斜している。果樹が植えられ家畜を放牧している地域が多い。家畜は下草を食んでは、果樹の木陰の下で休んでいるが、これが土地を休ませ新たな肥料を与えることになるのだ。

 穀物、豆類や野菜、そして放牧による三圃農業は傾斜した山岳地方に合っていると聞いていたが、実際にそのさまを目にしてラウラはなるほどと思った。

「規模は小さいけれど、だいたいの作物は育つのですね」
ラウラが訪ねると、同じ馬の後ろに乗っているマックスは頷いた。

「このあたりはまだ小麦も育つんだ。もう少し高度が上がると、小麦は難しくなる。そうなると放牧が中心になる。フェーンという南からの風が多い地域では葡萄が栽培できて収入も増えるが、それは限られた例外だな」

 アニーも、初めての光景にキョロキョロと見回していた。同乗しているフリッツが小さく言った。
「おい。転げ落ちるなよ」
「落ちるわけないでしょう!」
「どうだか」

「アニー」
「フリッツ」
ラウラとレオポルドが、ほぼ同時にたしなめたので、2人は黙った。

 ずっと上流にあるためマール・アム・サレアなどで見るほどの大河ではないが、現在一行が遡っているのは間違いなくサレア河だ。

 蛇行する川はよくその進路を変え、かつて川が流れていた土地には山からの肥沃な土砂が溜まり、そこを農民たちは耕していた。

 泥の多い場所らしく、農民たちは馬ではなく牛につなげた木製の犂を使っている。

「ここでは今どき木製の犂を使っているのか?」
レオポルドが少し驚いたように言った。

 温暖で肥沃なセンヴリ王国では、土が軽めなのでいまだに木製の犂を使っているというが、重く湿った土質の多いグランドロン王国では先代王の奨めた政策で、既に鉄製の重量犂が普及したと老師に教わっていたからだ。

「ええ。ここではまだ鉄製の重量犂は使っていないようですね。まあ、この規模を耕すのに高価な重量犂を購入する者はいないかもしれませんね」
マックスは考え深げに言った。

「それでも、鉄製の道具を使う利点はあるのでしょうか」
ラウラがそっと訊いた。

「そうだね。深く耕し、さらに草を混ぜてひっくり返すことであの沼地のような湿った土を乾かしてふかふかの耕地に変えられるはずだ。それによって疫病も減らせるだろうね」
マックスは、答えた。

 農民を氣の毒そうに見やるラウラを見て、レオポルドはマックスに言った。
「そなた鉄製農具の共同使用やら普及に努めんのか」

「領主として鉄製重量犂を安く供給しろ、ですか。そうしたいところですが、財源を確保しないとなあ……」
マックスは、困ったようにあれこれと可能な財源を口にしたが、どれも決定的とは言えない。

「わかった、わかった。じゃあ、余も協力しよう」
「お。予算をくださいますか」
「他の領地からもよこせと言われるに決まっているので金はやれんが、鉄製農具を安く供給するなら課税を軽くする勅令ってのはどうだ」

 既に先王の時代に鉄製農具を導入してしまった領地は、恩恵を受けないが少なくとも税が増えるわけではないので文句は言わないだろう。

「そうですね。それによってフルーヴルーウー辺境伯領全体の生産効率が増え、年貢も増えれば、結果的に王国としても減らした分の課税も取り返すことができると」

 マックスは、鍛冶屋組合への鉄製重量犂の発注や地域ごとの共同購入のしくみ作りについて長いことレオポルドと話し合っていた。
関連記事 (Category: 小説・トリネアの真珠)
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

そりゃあ、すでに面が割れちゃってますからね、領内では細心の注意を払わないといけませんね。
フリッツとアニーのやりとり、当人たちはぎすぎすしてるのでしょうが、読者にはすでに微笑ましいです。陛下もラウラもたしなめずに、もっとやらせておけばいいのに(笑)

さて、農地と農機具の問題。これ、たぶん日本の農家でも、問題になってると思います。兼業の零細な農家なのに、高額な農機具を使わないとやっていけない。稲作なんて、年に一回しか使わない田植機やコンバインが、高級車一台分くらいの値段ですからね。まったく割に合わないんです。
フルーヴルーウー近郊の農家にとっても、鉄製重量犂なんて欲しくても手が出ないんだろうなぁ……と思っていたら、なんと陛下の大英断が。物見遊山のはずが、この面々、めっちゃ仕事してますね。感心、感心。
2022.11.30 09:33 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんぱんは。

服装が違うとはいえ、レオポルド、マックス、ラウラともに注目を浴びたばっかりですからねぇ。
レオポルドがもっと前から言っておいてくれれば、お祭りでもう少し配慮できたんでしょうけれど。

フリッツとアニー、ずっとこんな調子になります。
ラウラにとってはフリッツはお客様みたいなもので「しょーがない人だ」と思っても失礼はできないし、レオポルドはフリッツの唐変木を放置できないんでしょう(笑)

さて、農耕の話ですけれど、フルーヴルーウー辺境伯領は山岳地帯かつ僻地であることも、この施策の遅れの原因の1つなんですけれど、ずっと領主が行方不明で代官が私腹を肥やすことに専念していたもので、よけいにこうなったのでしょう。
農業もそうですけれど、中央集権国家の首都などの大都市と比べると、スイスの山奥は、全てがこぢんまりとして全体的にお金がなかったんだろうなあと思われる規模なんですよね。(巡礼地の大聖堂などは別ですが)そんな感じをイメージして当時の光景をイメージしています。

前作ではマックスは「旅する傍観者」でしたが、今回は2人とも為政者だから傍観して終わりというわけにはいきませんよね〜。
のんきな休暇のはずが、お仕事を抱えまくる2人でした。

コメントありがとうございました。
2022.11.30 22:43 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
更新のたびに王様と愉快な仲間達の漫遊記の雰囲気が色濃くなってきておりますが、毎回楽しく拝読しております。コメントが追いついていなくて済みません(;_;)
読みながら何故か、水戸黄門様ご一行のような気がしてならないのですけれど(いえ、内容がじゃなくて、夕さんが楽しんで書いておられる雰囲気から察するに、夕さん大好きなワールドのにおいが)、って、誰が誰とか当てはめてはいませんが……(^^;) 何しろ、旅慣れているのはマックスだけという状況の様ですから、みんな所々でとんちんかんですよね。王様が一番とんちんかんかもだけれど、フリッツも相当な感じだし。ラウラはあれこれ辛苦をなめてきたけれど、とはいえ深窓の令嬢には変わりないし。
アニーとフリッツはこのご一行では太鼓持ち?狂言回し?うっかり八兵衛役を分け合ってるってかんじでしょうか。マックス、一人旅のころの気楽さからすると、えらいこっちゃ、ですね。
王様なんて、すぐばれそうな人だし。

世直しと言っても簡単にはいかないですよね。一国の事情となると、右を立てれば左は立たないってので、どこで折り合いをつけるか、見たり聞いたりしてしまったからには、為政者としては見て見ぬ振りはできないでしょうし。頑張れ、王様。あ、マックスもか。とはいえ、お目こぼしをしないといけないような事情もあれこれあるだろうし、そのあたりの塩梅、度量が必要ですね。

別記事だけれど、ねこさん、ますます高貴な感じになってきておられますね(猫に敬語?)。
毛長なのがそう見せるのかしら。羊といい、猫といい、スイス産はなんとなく上等そうなのは気のせいかな。
スイスと言えば、最近、フィギュアスケートの宇野昌磨君のコーチ、ステファン・ランビエール氏がちょっとマイブームです。フェデラーといい、なんか毛並みがよさそうなスポーツ選手がいますね。なんと言っても男前だし。宇野家の小さい犬を可愛がって連れて帰りたい~とか言っている姿が神のようです。「スイスにはこんな小さい子、いない」って……スイスって牧羊犬系が多いのかしら(勝手なイメージ)。
余談でした(^^;)(猫と羊からどこへ話が行くのやら)
何はともあれ、次も楽しみに待っています!
2022.12.03 14:19 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

コメントは、お時間のあるときに、まとめてでももちろん嬉しいです! お氣になさらずに。

そもそも、この王様と伯爵夫妻のお忍び旅が書きたくて続編執筆を始めたようなものですから、ようやく楽しくなってきたのですよ、書いている方も(笑)

フリッツとアニーは完全に巻き込まれて旅しているだけで、本当は旅がしたくてしかたないわけではないのでいい迷惑だったりして。
ポジションからすると、うっかり八兵衛ほどおいしい役回りではありませんが、風車の弥七ほど使える存在でもなさそうです。
っていうか、「あんたたち、ついてこなくてもよかったのでは?」程度です。

マックスは、「氣楽なひとり旅カムバ〜ック!」という心境だと思います。いろいろと面倒くさいと思いますよ。

たぶん、時代劇のような世直しは無理だと思います。
江戸時代だって、副将軍や将軍が週1ペースでお代官や勘定奉行を成敗しまくっていたら、立ちゆかなかったと思うんですけれどね(笑)
いずれにしても、2人は直接全てを変えて回ることはできないと思うのですが、少しずつ国や領地がよくなるような方向性を見つける旅になるのでしょうね。(あと、嫁! 婚活の旅ですから)

さて、うちのゴーニィですが、ますます贅沢に拍車がかかり、「本当にもと野良?」という態度になりつつあります。
幸せを感じてくれればなんでもいいのですけれど、夫婦で世話をしつつ振り回され、それをヘラヘラ喜ぶ情けない日々です。
この猫、どれだけ純潔かはわからないのですけれど、いろいろ特徴を調べたところ、かなりサイベリアンの血が濃いようです。
道理でスイスの真冬を野宿だけで乗り切ったわけです。なので冬は格別モフモフになるのですね。

羊は、あの写真の1週間後に、毛を刈られてすっかりスリムになってしまいました。
こんなに寒くなってからそんなことするなんて非情だ! と連れ合いと2人ぷんすかしております。

そして、今ステファン・ランビエール、日本なんですね。
あの人も、氣のいいアスリートのようですね。

スイスといえば、日本人的にはセントバーナードかもしれませんが、意外にもあまり見かけません。
多いのはアッペンツェル牧羊犬かベルナー牧羊犬、あとはごく普通の雑種がお仕事していますね。
ベルガマスク犬もよく見ます。
愛玩犬としてはジャック・ラッセルなどもよく見かけますので、小さい犬がいないということはないと思いますけれど(笑)

コメントありがとうございました。
2022.12.04 00:18 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
さっそく問題点や改善点が出てきてますね。
漫遊の効果ありといったところか。
おっと、ただの漫遊ではないんですね(^^♪
2022.12.04 04:11 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

問題は、至る所に転がっていますからね。
解決は、そう簡単にはできないでしょうが、改善は目指さないと困りますよね。

まあ、ただの漫遊をしたいんでしょうけれど、そうもいかない、というところでしょうか。

コメントありがとうございました。
2022.12.04 22:45 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
なるほど、かなり遠回りをしたというわけですね。正体がばれてしまっては元も子もありませんからしょうがないですね。「この紋所が・・・」の決め台詞は最後まで取っておかないと・・・。
なかなか旅程は進みませんが4人の楽しそうな様子に安心しています。
なかでもフリッツとアニーのやり取りなんかお約束通りで嬉しいです。

耕地の改良は農業にとってとても重要ですからレオポルドの提案は的確だと思います。
沼地のような湿った土地では栽培できる作物も限られます。鉄製重量犂の導入によって沼地をふかふかの耕地にすることが出来れば、多くの作物が健康に育って収穫量も増えるでしょうし、人間の健康にもいい影響を与えるでしょう。
2人でじっくりと話し合っているようですが、この2人ならなにか妙案を捻り出すに違いありません。ま、これくらいの減税ならすぐに元が取れますよ、王様。
何処かの国はなかなか減税には踏み切ってくれないけど・・・。
2022.12.05 11:41 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

正体がばれないようにというのは、身分を偽ってあれこれ見たいというのもあるのですが、これだけ護衛が少ないので身の安全のためでもあるのですね。なんせスーパーマンじゃないんで、うちのキャラたちは皆。印籠出しても、控えてくれる悪役とは限りませんし(笑)

なかなか進まないのですけれど、実は前作の旅と違って、出発点がかなり目的地に近いので、前作ほどのんびりと進むわけではない……はず。ラウラやレオポルドは初めての私人としての旅に喜んでキョロキョロしているでしょうね。
フリッツとアニーは、ほっておいても今のところ大丈夫です(笑)

この辺りのライン河沿いの土地も、19世紀頃までは蛇行していて、沼地が多くマラリアなどが流行ったそうです。
今は、乾燥していて、虫の害などは少ないのですが、反対に洪水の度に運ばれてきていた肥沃な土砂が来なくなったので、肥料が必要になったとか。なかなかうまく行かないものですね。
現在は、どんな土地でもトラクターで耕せますが、当時は牛や馬に牽かせて耕していたので、道具の良さは収穫に直結したようです。
こうした技術革新のために税金を減らす政策は、中世ヨーロッパでは実際に行われていた模様。
どこかの国も、課税を増やすことだけでなく、少し緩めて国力を回復する方がいいと思うんですけれどねぇ。

コメントありがとうございました。
2022.12.05 23:52 | URL | #9yMhI49k [edit]

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