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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】ミストラル Mistral

scriviamo!


今週の小説は、「scriviamo! 2023」の第5弾です。

山西 左紀さんも、プランCでご参加くださいました。ありがとうございます! プランCは、私が指定した題に沿って書いてくださる参加方法です。


山西左紀さんの書いてくださった「モンサオ(monção)」

今年の課題は
以下の課題に沿ったものを150字から5000字の範囲で書いてください。また、イラストやマンガでの表現もOKです。
*ご自分の既出のオリキャラを一人以上登場させる
 メインキャラ or 脇役かは不問
 キャラクターであれば人どころか生命体でなくてもOK
*季節は「冬」
*建築物を1つ以上登場させる
*「大切な存在」(人・動物・趣味など何でもOK)に関する記述を1つ以上登場させる


山西左紀さんは、SFを得意としていらっしゃる創作ブロガーさん。お付き合いのもっとも長いブログのお友だちの一人で、このscriviamo!も皆勤してくださっています。

左紀さんが書いてくださったのは、私の『黄金の枷』シリーズとも縁の深いミクやジョゼの登場するお話でした。

お返しをどうしようか悩んだんですけれど、今回のサキさんのお話に直接絡むのはちょっと危険なのでやめました。だって、ミクの昔の知りあいですよ。ミクの方が何を考えているかは知らないし、勝手に過去を作るわけにもいかないし。

なので、左紀さんの書いてくださったお話を骨格にしたまったく別の話を書いてみました。あちらの飛行機は夜行列車に、そして季節風はミストラルという風に……。そしてせっかく夜行列車を描くなら、長いことイメージとして使いたかった曲があって、それも混ぜ込んであります。


「scriviamo! 2023」について
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ミストラル Mistral
——Special thanks to Yamanishi Saki-san


 雨のパリは煙って見えた。夏であれば、天候など氣にしない。いずれにしてもオステルリッツ駅まではメトロで行くし、たとえ悪天候だろうと出張に陽光は必要ないのだ。

 だが、冬の雨は身に堪える。雪のように美しくもなければ、仕事が遅れる言い訳にすらなってくれない。

 ファビアンは、20時半に駅に着いた。出発までは20分ある。彼にしては早く着いた方だ。コンパートメントのあるワゴンを探すのに手間取るだろうと思ったからだ。

 構内は天井のガラス窓に雨が打ち付けられて、電車のモーター音に混じりとてもうるさかった。頭端式ホームの並び、色とりどりの車両が並んでいる。オレンジ色に照らされた夜の駅は、いつも必要もない悲しみに近い感傷を呼び起こす。

 探している列車は、機関車牽引のアンテルシテ・ド・ニュイ5773、ニース行きだ。

 かつてTGVの普及とともに夜行列車は次々と削減された。が、ニース路線などの場合、6時間弱の乗車時間を過ごしたがる乗客は少なく、かえって格安の航空便に客を奪われる結果となった。

 ここに来て夜行列車を復活する動きが出てきているのは、環境に優しい移動方法をSNCFが推奨したいからという建前になってきているが、おそらく他国における夜行列車ビジネスの成功を見ての動きだろう。

 実際にファビアンも、ニースで中途半端な1泊するなら、夜行列車で早朝に着く方を選んだ。一連の復活した夜行列車のうちで、最初に運行が始まったのが、このICN 5773、パリ-ニース路線だ。

 この路線は、かつてかの『青列車トラン・ブル』が走っていた区間だが、ファビアンにとっては、『ミストラル号』の印象が強い。なぜなら彼自身が子供の頃に乗車したからだ。

 それは特別な夏だった。6歳だったファビアンは両親に連れられてニースへのバカンスに行った。乗ったのは1等車のみの豪華列車『ミストラル号』。全車にエアコンが完備され、食堂車はもちろんのこと、バーや秘書室、書籍の販売スペース、美容室なども揃っている贅沢な列車だった。後から知ったのだが、1982年、それは『ミストラル号』の走った最後の夏だった。

 今から思えば、父親にとっては精一杯の背伸びだったのだろう。そんなに豪華なバカンスはその年だけで、それどころか数年後には事業に失敗した父親が破産したため、学校を卒業するまで家族バカンスの思い出はない。

 乗り合わせている他の乗客たちは、みな裕福であることが子供のファビアンでもよくわかった。着ている服が違ったし、夕食前にバーに行くか値段をひそひそと語り合っていた両親と違い、メニューすら見ずに無造作にシャンパンを注文していた。

 両親との態度の違いは、ファビアンに階級の差というものを悟らせた。バーに隣接された売店スペースでコミックや興味深い図鑑、そして、オモチャなどを目にしても、ねだることがためらわれた。

 今でも憶えているのは、バー『アルックス』で楽しそうに語る大人たちから離れて、ブティックに立っていた少女と、その母親だ。少女は、スモモ色のやたらとフリルの多いワンピースを着て、髪に同じ色のリボンをつけていた。母親の方は対照的に非常にシンプルなシルクワンピースを着ていた。目の覚めるようなマラカイトグリーンで、ピンヒールも同じ色だった。

 その少女の母親の姿を見て感じた衝撃がなんであるか理解できなかった。『ミストラルの淑女ダーメ・デュ・ミストラル』。自分の母親や同世代の女性とはまったく違って見えた。単純に美しいとは違う存在。今ならたとえば「妖艶」といった単語で表現するのかもしれない。だが、当時のファビアンは、幼すぎた。

 彼女の姿が『ミストラル号』の思い出を、特別なものにしている。ファビアンは、ICN 5773の凡庸なクシェットに腰掛けて思った。同室者が1人だけのコンパートメントはどこか息苦しかった。

 ファビアンは、廊下に出て自動販売機を探して歩いた。隣の車両はクシェットではなく、個室のようだ。廊下を足早に通り過ぎようとすると、中から出てきた男性とぶつかりそうになった。

「ファビアンじゃないか!」
その男は、驚いたことに大学の同窓生だった。
「ドミニク! 驚いたな。君もニースに?」

 同じ教授のクラスでファビアンがもっとも苦手としていたのがドミニク・バダンテールだった。裕福な銀行家の息子で、常に高価なブランドものを身につけ、ポルシェを乗り回していた。苦労して学費を捻出したファビアンは、ドミニクと取り巻きがよく行くクラブには一度も行かなかった。だから、授業以外で彼と会ったことはない。もう四半世紀も前の話だ。

「ああ。君、まさかこんな時期にバカンスじゃないだろう?」
「いや、仕事だ。君も?」

 ドミニクは笑って首を振った。その時、ドミニクの隣の寝台の扉が開いて女性が出てきた。
「ドミニク? お知り合い?」

 ファビアンは、その女性を見て、息を飲んだ。まさか! 『ミストラルの淑女ダーメ・デュ・ミストラル』。

 だが、もちろん彼女ではなかった。とてもよく似ているが、ファビアンと変わらないくらいの年齢と思われる女性だ。オールドオーキッドのシックなツーピースが艶やかな栗色の髪とよく似合っている。

 ドミニクは彼女の栗色の巻き毛に触れてから肩を抱き、言った。
「ああ、大学の時の友人だ。ファビアン・ジョフレ。たしか行政書士だったよな。ファビアン、彼女はロズリーヌ、ロズリーヌ・ラ・サール。来年にはマダム・バダンテールになるんだよな」

 ファビアンは、ということはドミニクは離婚したのかと考えた。確か大学を卒業してすぐに、学内でも有名だった美女と派手な結婚式を挙げたと友人づてに聞いたのだが……。

「ジョフレさんですか。どうぞよろしく」
「こちらこそ、どうぞよろしく」

「いまファビアンに、どうしてニースに行くのかって話をしていたんだ。いい家が売りに出されたんで、一緒に見にいくんだよな。夏のあいだ過ごすとしたら、君が女主人として切り回すことになるだろうしね」

 ドミニクが、髪にキスをしたりしながら、話しかける間、彼女はファビアンの目を氣にして、居心地悪そうにしている。

「ちゃんとした食堂車でもあれば、ちょっとワインでもといいたいところだけれど、この列車にはないんだよな」
ドミニクは言った。

 親しい友人であれば、彼のコンパートメントに誘ってくれるだろうが、そういう仲でもないので、ファビアンは自動販売機のところにいくのでと話して、2人に別れを告げた。

 ファビアンは、背中の向こうで2人が夜の挨拶をしてそれぞれの部屋に戻るのを聞いた。同じ部屋で過ごすことはないようだ。ずいぶんと他人行儀な婚約者たちだな。

 だが、そのことに彼はどこかほっとしていた。彼女が、ほかでもないあのドミニクに心酔している姿は見たくない。それが正直な想いだ。

 ファビアンは、自動販売機の前でしばらく選びもせずに立っていた。

 ニースに向かうこのなんでもない夜行列車は、すでにファビアンにとって特別な世界に変わりつつあった。彼にとって特別な『ミストラルの淑女ダーメ・デュ・ミストラル』によく似た女性が乗っている。

 ロズリーヌ・ラ・サール。小さい薔薇か。ふいに思い出した。『ミストラルの淑女ダーメ・デュ・ミストラル』は、たしか娘に「私の小さな薔薇マ・プティト・ローズ 」と呼びかけていた。

 まさか、そんなことがあるだろうか。あの時の少女なのか。

 ファビアンは、長いあいだ自動販売機の前で『ミストラル号』でのことを考えた。母親の容姿は細かく憶えているのに、少女の顔はあまりよく憶えていない。ただ、ブティックで交わした言葉は忘れていない。

「ミストラルは冷たい風よ」

 ミストラルは、ローヌ川沿いに、リヨン湾まで吹き込んでいく風を指す。低気圧がティレニア海もしくはジェノバ湾にあり、高気圧がアゾレスから中部フランスに進んでくるときに吹く。非常に乾燥した冷たい強風で、それによって湖畔などでは氷柱が横向きにできることもある。

 あの時は夏だったので、それを意識することはなかった。だが、今、冷たい冬のローヌ川に添って地中海へと進むこの列車は、痛いほどの冷たい風を呼び起こしているはずだ。

 どれほど自動販売機の前に立ちすくんでいたのか。ファビアンは結局何も買わずに、自分のコンパートメントの方へと戻りだした。個室のあるワゴンに来ると、妙に寒い。みるとラ・サール嬢が1人窓辺に立っており、窓を開けていた。

 ドミニクは寝てしまったのだろうか。どうして彼女は、窓を開けて立っているんだろうか。

「どうしたんですか」
ファビアンは小さい声で訊いた。

「見て、星よ」
ロズリーヌが指さした。

 いつの間にか雲1つない夜空が広がっていた。汚れた車窓を開けたその向こうに、冷たく瞬く星空が見える。だが、吹き込む風の冷たさに、まともに目を開けているのは難しい。
「ええ。美しいですね。でも、寒くありませんか?」

「ミストラルは冷たい風よ」
彼女は言った。

 ファビアンは、言葉を失い、ただ彼女を見つめた。その凝視が尋常ではないと感じたのか、ロズリーヌは、不思議そうに見つめ返した。

 突如として、車両はトンネルに入りひどい騒音がファビアンの思考を止めた。車内灯の作りだした写像が窓に映る。ガラスの向こうにいるのは『ミストラルの淑女ダーメ・デュ・ミストラル』だ。美しく妖艶な存在しない女。

 長いトンネルが過ぎ去るまで、奇妙な時間が流れた。お互いに窓ガラスに映る姿を黙って見つめている。どうしようもなく冷たい風が非情に強く廊下を走っていく。

 世界は再び広がり、星空と遠くに見える街の灯、ずっと控えめになった車輪の音が、2人を現実の世界に戻した。

 ファビアンは「風邪をひきますよ」と言った。頷いた彼女が腕を窓に伸ばしたので、彼はすぐに手伝い窓を閉めた。

「ありがとう」
ロズリーヌは、小さく答えた。

「82年の夏、『ミストラル号』でニースに行きませんでしたか?」
ファビアンは、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 それを知ってどうするというのだろう。『ミストラル号』は、もうない。彼は中年のくたびれた行政書士で、『ミストラルの淑女ダーメ・デュ・ミストラル』とは無縁に生きていかなくてはならない。

「おやすみなさい」
彼は、彼のクシェットに向けて歩み去った。

 振り返りたい衝動が身体を貫いた。そうすれば、世界が変わるのだと、妙に強い確信が彼にそうするように囁いた。

 しかし、彼は常識に従い、そのまま自分のワゴンに向かう扉を開けて歩み去った。

(初出:2023年2月 書き下ろし)

追記



Sting & Chris Botti La Belle Dame Sans Regrets Full HD

このMVの列車はたぶんオリエント・エクスプレスです。ま、ミストラルもワゴン・リ社の車両を使っていたとということなので、単なるイメージで。しかし、「ったく、これだからフランス人は……」というような映像ですね……。
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Category : scriviamo! 2023
Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
執筆、お疲れさまでした。

「風」つながりで、山西サキさんのタイトルも、八少女夕さんのタイトルも、なんかすごくお洒落。
登場する女性も、二人ともクールビューティで妖艶な、『ミストラル』の二つ名を持つに相応しい存在ですね。
ファビアンが幼い時に出会った娘とロズリーヌは、同一人物なんでしょうね。でも、そうであっても、身分(階層)違いのファビアンにはどうしようもないのですね。彼女が見上げた「星」にしても、窓ガラスに映った像にしても、手の届かない存在の象徴ですしね。なんか、切ないなぁ。
物語のスジや構成をしっかりとトレースしつつ、まったく別のイメージの小説に仕上がっていると思います。さすが、という感じのお返し掌編でした。
2023.02.08 10:00 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
いやぁ、まいったまいった。
同じモチーフを使っているのに、なんていうか物語が深いです。キャストももちろんですが、周到に用意された大道具や小道具、すべてが夜行列車という舞台にピッタリの、雰囲気たっぷりの掌編でした。タイトルも素敵ですし、登場人物とタイトルの係わり方もうまいなぁ・・・。サキのなんか取ってつけた感ありありでしたもの・・・。

彼女の母親に憧れを持ったファビアン、そして時が流れて同じぐらいの年齢になった彼女の娘との再会。きっと再会だったんですね。
「ミストラルは冷たい風よ」なんて覚えていないと絶対言えない台詞ですもの。
今の彼女が幸せなのかどうかはちょっとわからないけれど、ここからファビアンとの関係が発展することはなさそうです。なんせ中年の行政書士ですからね。
最後に現実に引き戻されたファビアン。かわいそうだけどこれが現実なんですね。
でも、長い時を置いてのミストラルの淑女との再会、短い間だけでも素敵な時間だったんだろうなぁ。

素敵な物語とMV、ありがとうございました。
2023.02.08 11:26 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

サキさんのところが、モンスーンをタイトルにしていらっしゃったので、最初はアラビアやアフリカを題材に書こうかなとも思ったんですけれど、結局、自分の知っている風を題材に書くことにしました。
ミストラルって響きもなんかオシャレですよね。めっちゃ寒い風らしいのですが。

というわけで、『ミストラルの淑女』のイメージはめちゃくちゃ冷たい感じです(笑)

偶然にしてはできすぎていますが、ロズリーヌはフリルの服の少女そのものだという設定です。
ただし、その後にいきなり仲良くなれるほどのご都合主義は、5000字では無理でしょうと、あっさり退場です。
また、サキさんのストーリーと同じ結末も意識しました。

サキさんのところのミクは、まちがいなくいい人で、しかもジョゼと幸福に暮らしていると読者も安心して読めるストーリーですが、私の方はそういった安堵感のない、ミストラルの冷たさを感じるようなストーリーを目指してみました。

お褒めに与り、とても嬉しいです。

コメントありがとうございました。

2023.02.08 23:55 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

同じモチーフ、同じ結末を使っているので、骨格を組み立てるのはとても楽だったんですよ。
むしろ困ったのが、ル・ミストラルやICNの設備などを調べることでした。具体的な記述で突っ込みが入るかなと(笑)

舞台は、今回はフランスにしましたが、最初はどこかモンスーンを使えないかいろいろと考えたのです。
アフリカの話を途中まで書いていたのですが、うまく交通機関が組み込めなくて、あきらめてミストラルを使うことを思いついてからは、順調に進みました。

私の中では、(できすぎた偶然ですが)ロズリーヌは82年にミストラル号に乗っていた少女です。
ただ、本人が「あの時の男の子だ」とわかって発言していたかどうかは決めていません。
この時期には、ほんとうにミストラルが吹くので、たまたまそれについて口にしただけかもしれませんし。

今の彼女が幸せかどうかはわかりませんが、まあ、5000字でこれ以上の展開は無理なので、これでおしまいです。
長い作品なら、この後で略奪を目指したりとか、あるのかもしれませんけれど、まあ、ファビアンには無理でしょう(笑)

ただ、女性はともかく、素敵な夜行列車の旅は、これからもできるでしょうから、それに目覚めることはあるかもしれませんね。
TGVなどで速く行くのも悪くないですが、夜行列車は別の趣がありますよね。

サキさんのお話のおかげで、書きたかった夜行列車の話を書くことができました。
今年も素敵な作品でのご参加ありがとうございました。
2023.02.09 00:07 | URL | #9yMhI49k [edit]

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