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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(17)峠の宿泊施設にて -1-

『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、第17回『峠の宿泊施設にて』の前編お届けします。

めちゃくちゃ寒い思いをした一行は、峠のホスピスでひと休みすることにしました。

そういえば、架空世界での話を書くときに、氣にしているのが度量衡の名称です。例えばメートル法は使わないようにしています。それだけで嘘っぽくなりますから。とはいえ、完全に架空の用語を散りばめると、読む方はそのスケールが想像できなくなります。なので、「なんとなくそれっぽい」用語を作り出すようにしています。この辺はあまりこだわらずにスルーしていただくとありがたいです。


トリネアの真珠このブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(17)峠の宿泊施設にて -1-


 1時間ほど歩いて、一行はフルーヴルーウー峠にたどり着いた。グランドロン側は2本の道がこの峠の3森里シルヴァ・ミレ 手前で1つになる。

 巨大な山嶺である《ケールム・アルバ》を越える峠は東西にいくつもあるが、通年低地から全行程にわたり2頭だての馬に牽かせた4輪馬車が通れるのはフルーヴルーウー城下町からこのフルーヴルーウー峠を越えてセンヴリ王国のイゾラヴェンナに至る俗にいう《フルーヴルーウー街道》だけである。

 たとえばルーヴラン王国のタタム峠は大きく宿泊施設も立派だが、王都ルーヴと結ぶ街道の中央に非常に狭く危険な《悪道峡谷》があり、荷をロバに載せ替え2日ほどかけて通る必要があった。一方、2輪馬車であれば通れるアセスタ峠は雪深く10月末から4月末までは通れない。

 《ケールム・アルバ》にあるほぼすべての峠には、公的な宿泊施設ホスピスがある。フルーヴルーウー峠の宿泊施設は、フルーヴルーウー辺境伯爵領とトリネア侯爵領が共同で経営している。

 昨夜ほぼ眠れなかったため、マックスの提案で半日だけ宿泊用の部屋を借りて休み、昼食を食べてからイゾラヴェンナに向けて降りていくことにしていた。

 その手続きをマックスがしている間、フリッツを除く3人は食堂で暖かい茶を飲んでいた。誰が聞いているかわからないので、お互いに何も言わずにいたが、しっかりと温まった食堂は心地よく、ほっとしていた。

 フリッツは馬の世話をする下人たちに心付けを渡すために馬小屋にいた。下男の1人とともに彼が宿泊施設に向かうとき、旅立ちの支度を済ませた男とすれ違った。

 フリッツは、その男の顔を覚えていた。おとといの旅籠でのことだ。旅籠の女将がその客が泊まることを拒否したのだ。服装をみればかなり裕福だと思われるのに、女将は「今夜はいっぱいで」と言っていた。だが、どう考えても宿には十分な余裕があり、断る前に女将がレオポルド一行をちらりと見たことから、何か理由があるのだろうと思っていた。

 下男が男を振り返り、軽蔑を意味する舌打ちをしたのでフリッツは「なんだ?」と訊いた。下男は、はっとふり返り不躾な振る舞いを詫びてから言った。

「いまの男、立派な旦那様のように振る舞っていますが、ヴォワーズで刑吏としてしこたま儲けたヤツですよ。昨夜は傭兵団は泊まるわ、刑吏が来るわで、周辺民だらけでございました。旦那様がたが今朝到着したのは、むしろ幸運だったかもしれませんよ」

 宿泊施設ホスピスは、国や貴賤を問わず必要な保護を与えるための施設だ。必要最低限の簡素な設備だが、馬の世話をし、十分な量の食事を取り、夏でも雪の消えない土地で凍えずに一晩を過ごすことを約束する。

 それゆえ、商人や農民などの単なる平民だけでなく、刑吏・傭兵・売春婦・異教徒など周辺民として蔑まれていた人びとでも分け隔て無く宿泊することができるようになっていた。

 もちろん全行程を馬車で行くような貴族たちは、はじめからこの簡易な宿泊施設で一夜を過ごすことは予定していないが、馬の世話や休憩で立ち寄るため、平民たちとは区切られた若干豪華な食堂も用意されていた。

「傭兵団といったね。彼らはもう発ったのか?」
フリッツは、嫌な予感がして下男に訊いた。

「とんでもございません。ヤツら、昨夜遅くまで飲んで騒いでいましたからね。まだグースカ眠っています。なにやら、秋からはこの近くで仕事をするかもしれないとかで、ずいぶんと態度が大きく辟易しました。売春婦なども同行しているようで、目を覆いたくなるような醜態を晒しましてね。給仕の者たちはうんざりしておりました」

 下男と別れて廊下を進むと、マックスが見覚えのある女傭兵と小声で話している場を見えた。フリッツは、泊まっていたのはやはりあの南シルヴァ傭兵団だったかと思った。彼を見るとマックスは「ああ」と手を挙げた。

 女はフリッツを見ると「やあ」と言い、マックスに「じゃ」と言って立ち去った。

「頼むよ」
「わかった。ちゃんと皆に口止めしておく。その代わり、頼んだよ」

 フリッツは、マックスのところに歩いていき、言った。
「あの女は、たしか……」

「フィリパというんだ。そこで出くわしたときには仰天したけど、いたのが話のわかるあの女だけで助かったよ。他の男たちは酔い潰れてまだ寝ているらしい。僕たちの本当の身分について仲間たちに口止めをして欲しいと頼んだ。秋からの仕事と引き換えなので、上手くやってくれるだろう。おかげで騎士ゴッドリーを説得しなくちゃいけなくなったよ」

 マックスが手配したのは、5人で1つの部屋だった。単に仮眠をするだけだし、フリッツが警護上の心配をしなくても済むだろうと考えたからだ。部屋は簡素だが清潔で、マックスは、後で管理人に領地から慰労と賞賛を伝えようと思った。
関連記事 (Category: 小説・トリネアの真珠)
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Category : 小説・トリネアの真珠
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
執筆、お疲れさまでした。

フルーヴルーウーって、ほんとに交通の要衝でもあるんですね。そんな街道を有しているとなれば、それだけでもあちこちから狙われそうですね。
それにしても、通行する者にはどんな身分であれちゃんと寝食を提供する施設が整備されているなんて、交通の重要性がしっかりと認識されていて感心します。もっとも、だからこそ、しっかりと通行税は取っているわけですが。

やっと人心地がついた御一行ですが、ここでまさかの連中と遭遇するとは。身バレ寸前でしたが、話の通じるフィリパと交渉できて一安心ですね。マックス、ツアコンだけじゃなく、大活躍ですね。ちゃっかりと「褒美」は要求されちゃいましたが。
2023.05.10 09:13 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよ。
前作でザッカやバギュ・グリ侯爵がフルーヴルーウー辺境伯領を狙っていたのも、この峠の存在も大きかったのです。
金山丸ごとぶんどっちゃえ、みたいな(笑)
ダメでしたけれど。

さて、このホスピスの存在は、中世ヨーロッパで実際にこんなかんじだったという話が残っています。
そして、ホスピスに関しては「周辺民は来るな」とか言えなかったみたいです。
現在でも、峠には必ず簡単な宿泊付き食事処が必ずあって、もしかするとその名残なのかもしれませんね。

昔、島国から来た私は、ヨーロッパの国境警備というものが今ひとつよくわかっていなくて、「密輸をするなら検問のないところを通ればいいのに。こんなにたくさんの国境線があるんだし」と首をひねっていたのですが、実際に住むようになって「あ、他の道なんてないわ」ということがよくわかりました。谷に沿って歩く以外どうしようもないというか。そこに道が出来ているんですね。そして、その道すべてに通行税をぶんどる城塞が建っています(笑)

さて。結局、逢いたくないヤツらにバッチリ見つかってしまうことになりました。
でも、まずはフィリパだけに見つかったので、他の人たち(ホスピスの従業員や他の客たち)にまで身バレすることはなんとか避けられた模様。
マックス、冷や汗たらたらですよ。

コメントありがとうございました。
2023.05.10 19:05 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
公的に運営されている誰でも受け入れる宿泊施設ですか。まぁそうでもしないと遭難する旅人がたくさん出るのかもしれませんね。あの小屋も含めて旅人の往来を盛んにするためには良い方策なんじゃないでしょうか。交易が盛んになれば得るものはたくさんあるでしょうし。通行税も取っているのでしょうからこれくらいの出費はどうってことないでしょう。ウィンウィンですね。
おお、フィリパの登場ですね。待ってました。
あっさりとした喋り方、素敵です。
宿としては少し迷惑そうですが、この傭兵団にフィリパが所属していたのは幸運でした。あいつらペラペラとなんでも喋ってしまいそうですからね。フィリパなら上手く計らってくれそうですが、ちゃっかり何かをせしめているのかな?流石です。
超寒い夜を経験した後のこの暖かい清潔な部屋、マックス、せいぜいご褒美を弾んであげてください。
さて、フィリパに注目しながら次話を待ちます。
2023.05.11 09:06 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

中世ヨーロッパというと「何もない暗黒時代」というイメージが強いのですが、少なくともこうした峠のホスピス制度はすでに確立していたようです。今のように車ですぐに越えられる時代ではなかったので、よけいに必要とされたのでしょうね。

そして、そうです。フィリパの再登場です。この傭兵団には売春婦を含めてかなりの数の女性が同行しているのですが、女兵士は1人で、この人にはあまり女性的なところはありません。なので話し方もこんな感じです。

傭兵団長ブルーノをはじめとして、どちらかというと脳まで筋肉のような男たちが多く、「黙っていれば自分たちに優位に物事を運べるかも」などという計算を瞬時にできる人たちではないので、人のいないところでそうした計算のできるフィリパと交渉できたのはラッキーでした。

次回もフィリパ、登場しますのでお楽しみに。

コメントありがとうございました。
2023.05.13 23:19 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ううむ、やっぱり夕さんのこうした冒険記というか、
道中などの描写についてはとても秀逸なものを感じます。
とても勉強になります。

後は、やっぱり峠の宿泊施設でしょうか。
やはり日本とは違った制度や文化を感じることができますね。
勿論、日本でも峠の宿泊施設はあったでしょうけど、
公的なものってあったんですかねえ。。。


島国では感じられない、描写を感じられる夕さんの文章は
やはり素晴らしいですね。


2023.05.18 22:35 | URL | #- [edit]
says...
こちらにもありがとうございます。

今回のホスピスに関しては、実際にあったものをメインに書いてみました。
ホスピスは、公的に運営されていたみたいです。
現在の豊富な食材や、峠くらい車で簡単に行ける事情などから、当時の大変さはあまりわからないのですけれど
こうして調べて書いてみると、普段何氣なく享受しているあれこれのありがたさを今さらながら噛みしめたりもできますよね。

お褒めに与り、とても嬉しいです。
これからも精進して書きますね。

コメントありがとうございました。
2023.05.18 22:52 | URL | #9yMhI49k [edit]

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