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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(17)峠の宿泊施設にて -2-

『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、第17回『峠の宿泊施設にて』の後編お届けします。

睡眠と食事のために立ち寄った峠のホスピスには、一行の正体を知る南シルヴァ傭兵団が滞在していました。幸いものわかりのいい女傭兵以外はまだ寝ていて出くわさなかったので、無事に秋からの仕事とのバーターで口止めをしたマックス。

今回は、全員との再会になります。


トリネアの真珠このブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(17)峠の宿泊施設にて -2-


 一同は昼までぐっすりと眠った。アニーは、フリッツに起こされた。
「いつまで寝ているつもりだ。お前が最後だぞ」

「えっ。申しわけございません、ラウラさま!」
アニーは寝ぼけて女主人に謝り、またフリッツに叱られた。
「こら。お前のご主人様は、『デュランさま』だろう」

 支度をして食堂に降りていくと、ほかの客たちは既に食卓に着席していた。

「おお。こっち、こっちへどうぞ、『旦那様』」
ことさら大きな声で呼んだのは、あの南シルヴァ傭兵団の首領ブルーノだ。フィリパがしっかりと言い含めたらしく、「陛下」だの「伯爵様」などという発言は控えてくれている。

 見れば、彼らの用意した5つの席以外は埋まっているので、そこに座らざるを得ないらしい。ブルーノの隣にマックス、副首領レンゾの隣にフリッツが座り、その間にレオポルドが座った。向かいにラウラとアニーが座ったが、それでラウラはフィリパの隣になった。

 それとほぼ同時に、食事が運ばれてきた。宿泊施設ホスピスは、標高が高くて物資の運搬に手間がかかる上、貴賤多くの者が利用するので、豪奢なもてなしはなく、日によって決まったメニューが提供された。

 また、リネン類は清潔なものを使うように徹底され、利用者も食事前に手洗いをするように要求されるなど可能な限り疫病の巣窟にならないような工夫がされていた。干し肉、チーズ、フルーツなどに続き、豆のスープが提供される。

「なんだよ。またこのワインかよ。普通のワインはないのか」
レンゾが大きな声を出した。アロエの果肉入りワインは抗菌作用があり、聖騎士団も健康のためによく飲んだものだが、世間一般ではあまり受け入れられていない。

「ここにはこれしかないんだ。文句を言うな」
フィリパが低い声で言った。

 いずれにしても、傭兵団の男たちは、味などわからないのではないかと言うほど大量に飲んで大騒ぎをしている。昼間だというのに、売春婦相手に卑猥な冗談をいう者もいて、アニーは思わず下を見て顔を赤らめた。

 そうとうな喧噪の中、ブルーノはマックスに比較的小さな声で問うた。
「で、旦那がたは何しにここに?」

「なんでもないさ。ちょっとした酔狂だ」
「そんなわけないでしょう。ここの下男に聞きましたが、トリネアまで向かわれるらしいですね」

 あのおしゃべり下男め。マックスは思った。
「君たちこそ、センヴリには仕事で行くのか?」

「そうなんですよ。実は、来月トリネアに枢機卿猊下がいらっしゃるんでね。幸い秋までは時間があるんで、行ってみようかと。ご自分では身を守れない坊さんたちの周りには、いつもいい仕事が転がっているんでね。顔つなぎができないかってわけでさ」
ブルーノが上機嫌で言うと、レンゾが慌てた顔をした。

 マックスは、わずかに軽蔑のこもった目をして言った。
「つまり、枢機卿が割のいい仕事をくれたら、他に決まった仕事は放り出すってことかい」

 すると、ブルーノは大笑いした。
「まさか。旦那、俺たちはそんな不義理はしませんぜ。決まった仕事は、きっちりやるんだ。だがねぇ。そういう態度なのは俺たちの方だけでね」

 マックスが、わからないという顔をすると、フィリパが後を継いで説明をした。
「貴族の方々は、口約束はいくらでも反故にできるとお考えの方が多いんですよ。採用されなかったり、クビにされたりして、全員路頭に迷うような危険は侵せません。ゆえに大きな仕事については二手に分かれ半分の人員でこなします。そして、残りの半分は別の小さな仕事をこなしたり、新しいコネを探して積極的に売り込みに回るというわけです」

 なるほど。マックスは頷いた。騎士たちと違い、傭兵団は使い捨てにしても構わないと思う領主たちは多い。彼らは平民どころか周辺民扱いであり、名誉なども重んじられない。本人たちも、尊重されることなどは期待しておらず、それゆえ報酬にしか興味がなく、忠誠心などはない。

 だが、多くの似たような傭兵団の中でも、南シルヴァ傭兵団の評判は比較的よかった。要求する報酬は高いが、実力があることも知られており、従軍した戦いではほぼ負け知らずだった。

 フィリパは、もの言いたげな口調で続けた。
「幸い、つい昨日のことですが、アテにしていた仕事のうちの1つは、確実にもらえる算段がつきました。それが始まるまでに全員でトリネアへ行き教皇庁に顔の利くようにしようと今朝決めたのです」

 マックスは、軽くフィリパを睨み返した。『商人デュラン一行』の正体を吹聴しないでいてくれることを盾に脅されたようなものだからだ。

「ところで、5人だけで『買い付けの旅』をするなんて物騒じゃないですかい。よかったら、俺たちが護衛しますぜ」
レンゾがこれまた意味ありげにいった。

「君らの申し出はありがたいが、我々には護衛としてこのフリッツもついているし、私自身も、それなりに鍛えているんだ。身軽に旅をしたいので、ついてこられるのは遠慮したい」
商人デュランことレオポルドはきっぱりと断った。

 いい金づるになると期待していたレンゾは、少しがっかりしたようだったが、すぐに氣持ちを切り替えて大いに飲み始めた。

 一方、『商人デュラン一行』は、さっさと食事を済ませると、イゾラヴェンナに向けて出発した。
関連記事 (Category: 小説・トリネアの真珠)
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Category : 小説・トリネアの真珠
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

このメンバーが一堂に会して、こんな近い距離感で会食するなんて、まず普通ならありえない状況ですね。おしのびの陛下や旅路のマックスとなら、個々にはありえそうですけど。
騎士団長もちゃんとわきまえてはいるようで、御一行の正体が知れるような発言は控えていますね。で、こういう場だからこそでしょうけど、またまたシモジモのことが分かる話もできて見識が深まったようですね。
いくら優秀な傭兵団でも、雇い主からの扱いがそんなふうにいい加減なのでは、彼らもしたたかに対応しておかないと、くいっぱぐれてしまいますよね。それに、そういう算段ができるからこそ、いい人材も揃えることができるんだろうし。
行きがけの駄賃に一仕事という目論見は外れましたが、行先は同じ方面ですよね。この連中、トリネアでもまた絡んできそうですね。
2023.05.17 08:18 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよ。ここは個室とか、別のテーブルとか、あまりわがままがきかないので、「ここに席とっておきました!」と言われちゃったらしかたなく一緒にご飯食べるしかありませんでした。向こうは同席して探りを入れるつもりありありですし。

傭兵団の団長ということになっているブルーノは、脳みそまで筋肉タイプ。でも、フィリパの言うことはよくきくので、ちゃんと発言には注意しているようです。レオポルドたちは、そもそも軍人というときちんと忠義をわきまえた騎士たちとしか関わっていないので、こうした傭兵団の世知辛い事情や、それやえに「カネカネ」となってしまう背景についてもこの旅で理解していっていますね。

そして、ご明察の通り、こいつらはなんだかんだ言ってこの物語の重要サブキャラとなっていきます。
一行は、関わらないようにさっさと逃げますけれど、そうは問屋が(笑)

コメントありがとうございました。
2023.05.18 21:57 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
傭兵団というのが気になります。
昔は実際にこんな者たちがいたのでしょうか。
複雑な関係ですね。
2023.05.19 14:14 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

中世ヨーロッパには騎士などの正式な部下の他に傭兵がいたのは事実です。
とくにスイスの傭兵は有名だったのですよ。
牧農家の多かったスイスでは跡継ぎは1人だけで残りの男性は何か他の仕事を見つけなくちゃいけなかったのですが、傭兵となる人が多く、しかもすこぶる評判がよかったので、どちらの陣営もスイス傭兵だらけになったこともあるそうです。それで、自国民同士で殺し合いをすることが問題となり、現在ではスイス国民は傭兵になることが法律で禁じられています。(ローマ法王の護衛を除き、ですが)

中世に単なる傭兵だけでなく傭兵団と言われる存在がいたことも間違いないみたいです。
ただし、詳細に関しては私の創作も混じっていますので、史実ではなくて小説として楽しんでいただけると幸いです。

コメントありがとうございました。
2023.05.19 21:25 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
傭兵って大変なんですね
いくら傭兵たちが時には命がけで役目をこなしても、口約束だけだからと約束は反故にされ、使い捨てになんかされたら、たまったもんじゃぁありませんよ。
そりゃぁしたたかになりますよね。隊員を半分に分けて不測の事態や裏切りに備える、そうでもしないと命が幾つあっても足りそうにありません。
マックス、すこしムッとしているようですが彼らにとっては当然の行動なのではないでしょうか?レンゾ、さすが副首領、抜け目が無いなぁ。フィリパの物言いも、脅しに聞こえたのかもしれませんが許してやってほしいです。
スイスの傭兵は有名ですが、それにはいろんな事情があったんですね。生きていくのは大変です。
商人デュラン一行、早々に出立したようですが、この傭兵団、まだまだ絡んできそうな様子、楽しみにしています。特にフィリパね・・・。
2023.05.23 11:53 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

傭兵に限らず、「名誉のない」人たちは軽く扱われていたようですね。
特にこの時代の平民では読み書きもできない人たちも多かったでしょうし、契約に関して騙される人も多かったかも。
抜け目なくしていなくては生き残れなくなったのかも。

マックスやラウラは、その出自もあって、格別に平民にも優しいタイプですけれど、それにレオポルドもかなり特殊な王様ですが、おそらくこれはかなりの特殊例だろうなあと、書いている自分でも思います。

サキさんの氣にしてくださっているフィリパ、しばらくしたらまた出てきます。
この人はけっこう活躍する予定ですよ!

コメントありがとうございました。
2023.05.23 22:18 | URL | #9yMhI49k [edit]

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