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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(22)男姫からの依頼 -1-

『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、第22回『男姫からの依頼』をお届けします。今回は少し長いので3回にわけます。

首尾よく修道院で宿泊するチャンスを掴んだレオポルド一行。今回は、我らがヒロイン(?)のどこが残念なのか、具体的に明かされます。本当に残念なんですよ、この人。

さて、説明を忘れていましたが、修道院長マーテル・アニェーゼのマーテルとは院長に与えられる敬称です。日本でもごく普通の尼僧がシスターと呼ばれるのに対して修道院長がマザーと呼ばれますよね。この敬称を設定するときにイタリア語にしようかとも思ったのですが、中世だしラテン語風にマーテルにしておきました。


トリネアの真珠このブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(22)男姫からの依頼 -1-


 レオポルドが聖キアーラ修道院に半ば強引に滞在しようとしたのは、トリネア候国の事情に明るそうなマーテル・アニェーゼと親しくなり、候国や候女についての情報を得るつもりだったからだ。ところが、一行をここに連れてきた男装の娘こそが、よりにもよって縁談の相手である候女エレオノーラだった。

 夕食の時に現れた彼女は、まだ少年の服装をしたままだったし、女性らしい振る舞いや口調になることもなかった。マーテル・アニェーゼをはじめとした修道女たちや下男たちも、この姫君の変わった振る舞いに慣れているらしく、そのままにしていた。

 アニーは、長らくルーヴの王宮で侍女として働いていたので、貴婦人の模範とまで謳われたラウラだけでなく、王族や貴族の奥方や姫君の立ち居振る舞いを近しく目にしてきた。

 おしゃべりで会話の内容に問題があった伯爵夫人や、いろいろな香水を混ぜすぎて同席した貴人たちを戸惑わせた令嬢はいたものの、本当に貴族なのか疑うような行儀作法の侯爵令嬢が存在するとは考えたこともなかった。

 語学や政治情勢、歴史、詩作などでは、宮廷教師だったマックスを悩ませるほど劣等生だったマリア=フェリシア姫ですら食卓では、そこそこの振る舞いができた。

 だが、エレオノーラの振る舞いには、そのアニーですら時おり目を疑いたくなった。スープを食べるときに音を立てていたし、肉を触った指をフィンガーボールで洗う前に杯に触れてベタベタにしていた。極めつけは肉汁が口についたときに、置かれているリネンではなくテーブルクロスで口を拭いていた。

 ラウラは顔色一つ変えずに、やはりまるで何も見なかったように振る舞う尼僧たちと会話をしていたが、レオポルドは時おり目を宙に泳がせていたし、マックスとフリッツは不自然なほど違う方向を見ていたので、やはり衝撃的だったのだろうとアニーは思った。

 アニーは、もしかして来月を待たずにグランドロン国王は帰るかもしれないと考えた。マリア=フェリシア姫よりひどい結婚相手なんてこの世には存在しないと思っていたけれど、この姫君はあまりといえばあまりだ。

 だが、アニーの予想に反して、レオポルドは翌日もトリネア城下町を去りたがる氣配を見せなかった。それどころか、港を訪れたり、市場を回ったりしながら、トリネア城下町を見て回った。確かに、候女と結婚しなくてもトリネア候国のことを近しく目で見る機会そのものは、そうそうはないのだから、急いで帰る必要もないのかもしれない。

「ずいぶん若い修道院長だと思っていたが、あの女は相当の切れ者だな」
アニーは、港から修道院に戻る道すがら、レオポルドがマックスと話しているのを聞いていた。

「そうですね。それに、薬草についても医学者なみに博学で驚きました」
グランドロン王国一の賢者であるディミトリオスの弟子だったマックスが驚くというからには、並みならぬ知識を持っているのだろうとアニーは考えた。

「有力とはいえ家臣のベルナルディ家が、あそこまでの教育をほどこせるのに、なぜ候女がああなのか、どう考えてもわからぬ」
レオポルドが小さな声でつぶやいた。

 修道院に戻ると、その候女が再び来ていた。もう二度と会うこともないだろうと思っていたので、一行は驚いた。奥で治療中と聞いた、例の人狼を騙っていた男トゥリオの様子を見に来たのだろうか。

「私もしばらくここに泊めてもらうことにしたんだ」
エレオノーラは言った。

「そんなに何度もお城を抜け出してよろしいのですか?」
ラウラが訊くと、エレオノーラは「今日はあそこにいたくなかったんだ。……あんなのと縁談を推し進められるのはまっぴらだ」とつぶやいた。

「恐れながら、誰との縁談ですか?」
もしや自分との縁談の件かと好奇心に駆られてレオポルドが訊くと、エレオノーラは「カンタリアの王子だよ」と答えた。

 聞き捨てならないな、カンタリアの王子がたった今トリネア候国を訪れているのか。これは詳しく話を聞き出す必要がありそうだ。

 レオポルドは、エレオノーラに近づいた。
「カンタリアの王子とおっしゃいましたか?」

「ああ。私の母親は、カンタリア王の従姉妹なんだ。カンタリアの第2王子のエルナンドっていうのが、ルーヴラン王国目指して旅をしているらしいんだけれど、その途中に母上に挨拶するってことで立ち寄っているんだ」
エレオノーラは、身震いをした。

 あからさまな嫌悪の表情を見せるのがおかしくて、レオポルドは訊いた。
「あなた様にとっても親戚なのに、会えて嬉しくないのですか?」

 エレオノーラは口を尖らせた。
「嬉しいもんか。そなただってあの野蛮な男たちを目にしたらうんざりするに決まっている。あいつら、まともに立てないくらいに酔って、中庭に母上から贈られた豚を連れてきてその場で殺したんだ。腸を切り開いて、馬鹿笑いしていたんだぞ」

 ラウラだけでなく、レオポルドとマックスも顔を見合わせて眉をひそめた。それは国によって作法が違うといって済まされる程度の無作法ではない。

「王子様がたはその作法で、ルーヴ王宮に行くつもりなのですか。それはさぞ……」
レオポルドは、ことさら取り澄ましたルーヴランの貴族たちがさぞ驚くだろうと、残りの言葉を飲み込んだ。

「なのに、母上ったら、あの王子は第2王子だから、結婚すれば婿入りしてくれる。氣に入られるように振る舞えなんて言うんだ。だから、急いで逃げ出してきたんだ」

 マックスとレオポルドは、再び顔を見合わせた。
関連記事 (Category: 小説・トリネアの真珠)
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新お疲れさまでした。

なるほど、言葉遣いや身なりだけでなく、行儀作法もまったくなっていない、ということなんですね。しかし、それなりの躾はされて育ったのでしょうから、どうしてこうなったのかは気になりますね。
陛下たち、城下町の検分に精を出していますね。まあ、せっかく来たのだから、自由があるうちに見ておこうというところでしょうか。
すでにエレオノーラは眼中にない感じですが、カンタリアの王子との縁談となれば、さすがに捨て置けないというところですね。まあ、当人が嫌がっていますから、さすがに無理強いはないのでしょうけど、陛下とすればこの話は確実に潰しておきたいくらいの気持ちはありそうです。
エレオノーラが何を依頼するのか、陛下たちがどう応じるのか。次話が楽しみです。
2023.08.30 06:56 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

はい、そうなんです。
単におかしな格好をしているだけでなく、徹底的になっていないんです。
そして、それには理由があるのですが、それは来週更新分で明らかになります。

そしてレオポルドはほぼエレオノーラとの結婚はなかったものと思って行動していますが、カンタリアに出てこられると捨て置けないんですね。
そりゃそうでしょう、もともと候女よりも港に興味があったくらいですから、大っ嫌いなカンタリアに目の前でかっさらわれるのはちょっと(笑)

次回は、ようやくレオポルドたちにとっても予想外の展開になっていきます。ま、どっちにしても渡りに舟ですけれど……。

コメントありがとうございました。
2023.08.30 20:09 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
いやぁ、思っていたよりもずっと粗忽ですね。
それを気にしているふうもないし。本当にこれが素なのかな?実はちゃんとした振る舞いもできるとかはないのかな?夕さんの残念の意味がようやくわかってきました。
でも、残念上等ですよ。これくらいアクが強くないと面白くありません。
レオポルドのお眼鏡にはかなわなかったようですが、まぁ人の心は移ろいやすいといいますし・・・。
夕さんはどう移ろわせるつもりなんだろう?ちょっと(まったく)予想できないなぁ。
レオポルドは縁談相手の調査を終え(即終了!)、トリネアの調査と情報収集の方に精を出していますが、せっかく抜け出してきたんですからね。きっちり仕事をこなすのは流石レオポルドです。
と、ここでカンタリアの王子登場?この人もかなり粗野なようですが、こっちの動きもレオポルドには気になるところですね。レオポルドたちを絡めてどのように動いていくのか、エレオノーラが何を依頼するのか、え?予想外の展開?ますます気になりますね。
2023.09.05 12:07 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

本当にダメダメです。「じつはできないフリをしている」なんてことはありません。
でも、これからですから、応援してやってくださいね。
マリア=フェリシア姫とは、明らかに違うところがあって、だから改善余地があるんです。

さて、レオポルドは結婚に関しては今の時点では「ないな」と思っていますが、かといってカンタリアの王子が出てきたら
「それは困るな」と思っていますね。カンタリア大嫌いだし(笑)

レオポルドたちにとっては予想外の展開になりますが、読者のみなさんには何も目新しいことのない予定調和な話です。
って、私の小説、そんなのばっかりだな。ま、いっか。ミステリーじゃありませんしね。

コメントありがとうございました。
2023.09.05 21:59 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
お姫様との縁談もいわくありげ。
何かと得ることの多い旅になりそうですね。
2023.09.06 05:07 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

2人とも、もともとはこの縁談がまとまるといいななどとは全く思っていなかったところからの出発ですが、どうなることやら。
少なくともレオポルドたちにとっては縁談はともかく実りの多い旅になりそうです。

コメントありがとうございました。
2023.09.06 22:34 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
私も食事マナーや行儀作法が壊滅的に悪いので人のこと言えない(笑)。
毎年、忘年会があって、
その時に主任と一緒に理事長やら院長やらに挨拶しないといけないけど、
主任に「ちゃんとしてよね」って牽制されるぐらいには作法が悪い。


しっかし、理事長にしても、院長にしても、スーツ姿が端正でカッコいい。
同じ人間ですか?って問いかけるぐらいに、身だしなみも作法も良いので、
やっぱり公式の場?で働く人の作法は違うわ、って思った。




私は面接にしても、何にしても、公式の場では、
あらゆることを、笑顔とお喋りでカバーする人生。
されど、それでなんとかなっている人生。
2023.09.11 11:55 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

私も会食は苦手です。
美しく食べようとすると、時間がかかって1人だけ残っちゃうし。

いつも不思議に思うのですが、話題の中心にいて、にこやかにたくさん話しながらも、きれいな所作でバンバン食べていかれる方っていらっしゃいますよね。
私は、ぽつんとしながら、必死で食べても遅れがちです。

笑顔とおしゃべりは大事です。
多少のことならきっとそれで許されちゃうでしょうね。

コメントありがとうございました。
2023.09.11 22:35 | URL | #9yMhI49k [edit]

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