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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (19)千葉、墓参り - 1 -

ストーリーを進めるために、旅行の方はちょっとお休みです。稔が訪ねて行く「新堂のじいちゃん」は別の小説「樋水龍神縁起」の主人公のお父さんです。加持祈祷で知られた僧侶で、千葉のお寺に一人で住んでいる事になっています。今回も長いので明日と二回に分けての更新です。

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大道芸人たち Artistas callejeros
(19)千葉、墓参り - 1 -



 浅草に行ったのに、どうしても家には行けなかった。ようやくみつけた公衆電話ボックスにも入ったが、電話ができなかった。稔は己の不甲斐なさに毒づきながら、ボックスを出た。

 それから電車に乗って千葉に向かった。『新堂のじいちゃん』に会うためだった。

 浄土真宗のその寺は、人里から少し離れた緑豊かな所にあった。新堂沢永和尚は九十を超したようには見えない矍鑠たる老人で、健康のために酒と女は欠かせないと豪語する愉快な男だった。実際には稔との血縁関係はなかった。和尚の亡くなった妻が、稔の祖母の姉だったのだ。その縁で、安田家の法事はこの千葉の寺で行われた。三ヶ月前になくなった父親の墓も、この寺にあるはずだった。

 稔は『新堂のじいちゃん』が大好きだった。和尚も「どうしようもない悪ガキ」だった稔をかわいがった。稔が毛虫を従姉妹の背中に入れた事を怒られてた時には
「毛虫は腫れる事があるからいかん。やるならカエルにしろ」
と、こっそり焚き付けた。稔の弟の優が大人しくて親戚中に「さすがねえ」と誉められ、むくれているとせせら笑った。
「なんだ。誉めてもらいたいか。悪ガキは誰にでも出来る事じゃない。やるなら徹底してやれ。誉めてもらいたいなら、やめちまえ」

 それで、稔は腹を括って悪ガキ道を極めて、親に呆れられた。

「稔じゃないか」
和尚は、まるで稔が数日ぶりに訪ねてきたようなあっさりした迎え方をした。ずいぶん歳を取ったな。稔は思った。

「お前、帰ってきたのか」
稔は黙って首を振った。

「じゃあ、なんだ。幽霊か」
「まあ、そんなもんだ。じいちゃん、達者か」
「見ての通りだ。どこも悪い所はない。飯はうまいし、よく眠れる。お前、どこにいた」
「ヨーロッパ。一ヶ月したらまた行く」

「なぜ」
「もう戻らないつもりだった。戸籍謄本が必要になって取り寄せたら、親父が除籍されていたから……」
「癌だ。三年くらいだったな。最初の手術は上手くいったんだが、二度目に見つかってからは転移が早くてな。あと半年早く帰ってくれば会えたんだがな」

 稔は答えずにうなだれた。

「墓に行くか」
「ああ」

 墓石に戒名と名前が刻まれている。五年前には豪快に笑ったり、烈火のごとく怒っていたりした父親が今はこの石の下に骨だけになって置かれている。稔は墓石を両腕で支えるように立ち、そのまましばらくうなだれていた。和尚には稔の肩が震えているのが見えた。

「ごめんよ、親父……。ごめんよ……」

 稔の心には白い紙吹雪が満ちている。あの朝、俺は、こうなる事を選んだんだ。

 あの時、あんたにはどうしてもあの三百万円が必要だったよな。俺は、自分だけであの金を用意することができなかった。俺は陽子に自分を売ったつもりだった。あれはそういう金だった。だが、俺がしでかしたことで、あんたは三百万どころじゃない重荷を背負ったんだろうな。自分の事しか考えていなかった。本当にごめんよ、親父。


 和尚は稔が落ち着くのを黙って待っていた。それから稔を本堂に連れていき、野菜と日本酒を出した。

「まだ昼前じゃないか、じいちゃん」
「お前が昼前は飲まないなんてクチか」

 確かにArtistas callejerosの仲間とは、朝とか夜とかつべこべ言わずに勝手に飲んでいる。とはいえ、今はそういう状況かとも思う。

「こういう状況だから飲むんだ。ほれ」
稔は肩をすくめて杯を受け取った。

「美味い……」
「そうだろう、ヨーロッパじゃ飲めない酒だぞ」
「うん。じいちゃん。ごめんよ」

「わしに謝る事はなにもないだろう。それより家には帰ったのか?」
「昨日、日本に着いたんだ。今朝、浅草まで行った。でも、行けなかった。電話も出来なかった。だから、ここに来たんだ」

「そうか。じゃあ、家の状況は知らないんだな」
「うん。何か、変わったのか」

「優くんが嫁をもらうことになった」
「へえ。五年も経ったからな、彼女が出来て、結婚しても不思議はないよな」
「相手は陽子さんだ」

 稔は目をしばたいた。え~と。今、なんて言った? どのヨウコさん?
「お前が失踪して以来、いろいろあってな。陽子さんは頻繁に出入りする事になり、そのうちに優くんと仲良くなったってことだ。隆の看護も未来の嫁として献身的にしてくれたし、周子さんとも上手くやっているよ」

 そりゃあ、おふくろは陽子に頭が上がらないだろう。長男が結婚資金をだまし取って失踪したんだから。結局の所、陽子はやっぱり安田家の嫁になるってわけか。優にあのヘビ女の相手が務まるのか疑問だが、本人がそれを望んでいるなら俺がどうこう言う事はないよな。

「そうか。じゃあ、俺が今更、のこのこ顔を出したりしない方がいいのかもしれないな」

「周子さんはお前に会いたいだろう。自由意志で帰ってこなかったのわかっているし、ヨーロッパ各地を移動しているらしいと陽子さんが言っていたから、みな大きな心配はしていないけれどな」

 稔は黙って酒を飲んでいた。和尚は、にやりと笑って言った。
「こうしよう。明後日、ここにもう一度来い。お前の家族が皆で法事にくる事になっている。お前は、みんなに見えない所にいて、もし会いたければ、出てくればいいだろう」
「じいちゃん」

「お前が、日本にきちんと帰ってきてやり直すつもりなら、こんなことは言わん。だが、お前は一ヶ月でまたいなくなると言う。それならば、却って大騒ぎにしない方がいいかもしれない。そうだろう」
「うん。ありがとう、じいちゃん。恩に着る」


 真耶の家に戻ると、居間では蝶子が真耶のヴィオラの伴奏をしていた。フォーレの『夢のあとに』か。テデスコほどではないけれど、お蝶のピアノも大したものだ。この曲、初見なんだろうに、ちゃんと形になっているじゃないか。レネは真耶の父親のカルバドスを、ヴィルはヱビスビールを飲んでいた。

「このビール、美味いな」
ヴィルは日本のビールに合格点を与えた。

 あれ、変だな。稔は首を傾げた。なんか今日はやけに嬉しそうじゃないか? ガイジン軍団は。

「今日は、何をしたんだ?」
稔が訊くとレネは嬉しそうに答えた。
「インペリアルホテルで食べ放題のデザートを食べたんですよ。それに真耶さんと皇居の散歩」

 なんだよ、それ。ブラン・ベックはともかく、なんでテデスコがそれでこんなにリラックスするんだ?

「ヤスの方はどうだったんです?」
レネが直球を投げてきた。

「うん。明後日出直しだ。お前ら、旅行に出るなら、先にいってもいいぞ。追いかけるから」
「いや、明後日ならすぐじゃないですか。明日から、パピヨンが東京や横浜を案内してくれるって言っていましたから。旅行の事は明後日以降に考えましょう」
「テデスコもそれでいいか?」

 ヴィルは黙って頷いた。それからまたグラスを傾けながら、二人の演奏に意識を戻していた。ふ~ん。稔はわかったような顔をした。トカゲ女と何かあったんだな。何にせよ、嬉しいなら何よりだ。
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Tag : 小説 連載小説

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