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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(22)男姫からの依頼 -2-

『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、第22回『男姫からの依頼』3回にわけた2回目をお届けします。ちょっと今日の部分は長いのですが4回にするには短かったのですよね。

今回、ようやく残念な姫からの依頼内容が明かされます。エレオノーラは、ラウラにあることの白羽の矢を立てていました。


トリネアの真珠このブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(22)男姫からの依頼 -2-


 エルナンド・インファンテ・デ・カンタリアは、レオポルド自身とも親戚関係にある。レオポルドがまだ王位に就く前なのでかなり昔になるが、母親のところに贈られてきたカンタリア王家の肖像で見たことがあった。下唇が前方に突き出た特徴的なその顔つきで、レオポルドの母親とも似ていた。

 同様に氣性が激しく残虐なことを厭わないのは母親個人の性格だと思っていたが、もしかするとカンタリア王家ではさほど珍しいことでもないのかもしれない。

 同じカンタリア王家の血を継いでいるとはいえ、フリッツが指摘したとおり、エレオノーラにはそのような特徴はなかった。エルナンド王子とその騎士たちの振る舞いに我慢がならないと震えている。

「つまり、逃げ出して、嵐が過ぎるのを待つというわけですか?」
レオポルドは、挑発するように話しかけた。マックスは「あまりお楽しみになりすぎませんように」と目で制したが、レオポルドは氣にしていない。

 エレオノーラは、そう言われて悔しそうな顔をしたが、それから肩を落として俯いた。
「そういうわけにはいかない。縁談はこれからもいくらでも来る。隠れて済む問題じゃない。兄様が生きていた頃なら、それで済んだけれど、今の私は未来の女侯爵だ。……そもそも縁談は、いま2つ重なっているんだ」
「2つ?」

「ああ。実は、2週間後には、グランドロンの国王も来るんだ」
エレオノーラは肩を落とした。

「なんと」
レオポルドがわざとらしい驚き方で言うと、マックスだけでなくフリッツも「いい加減にしてください」という顔で見た。

 考え事に沈んでいたエレオノーラは、その3人の様相には氣がついていなかったが、意を決したように静かに座っているラウラの方に歩み寄った。

「ラウラ。あなたは、ルーヴラン人だよね」
「はい」
「その……。その左手首……」

 ラウラは、はっとして左手首を見た。いまはきちんとスダリウム布で覆われて傷跡は見えていないが、一同はここに着いた日にこの布を巻き直すところをエレオノーラがじっと見つめていたのを覚えていた。

 エレオノーラは、単刀直入に言った。
「もしかしてどこか貴族の《学友》だったことがあるんじゃないか?」

 ラウラは、一瞬怯んだ。他にこのような傷をもつ説得力のある経歴は思いつかない。ルーヴランに平民出身の《学友》経験者はたくさんいるし、ここは肯定してしまった方がいいと思った。

「はい。ある貴族のお屋敷で勤めていたことがあります」
「やっぱり、そうか。ひどい習わしだ。」

「《学友》のことを詳しくご存じで、驚きました」
「《中海》周辺はセンヴリ王国に属していても、ルーヴランの文化をありがたがる国が多くて、実はここトリネアも同じことをしているんだ。トゥリオの左手首、見たかどうかわからないけど、やっぱりいくつかの傷があるよ。……彼は、兄様の《学友》だったんだ。幸い、兄様はとても優秀で、トゥリオが鞭打たれることは本当に稀だったけどね」

 ラウラは、わずかに驚いた。《学友》の制度を取り入れる国や貴族の家庭は増えていることは知っていたが、マリア=フェリシア姫が好んだように、自分の代わりに受けさせる罰として鞭打ちを取り入れているのはごくわずかだと思っていたからだ。まさかこのトリネア候国が、そのわずかな例だったとは。

「ということは、姫様にも……」
「ああ、私にもいた。ほんの1年ほどだったけれどね。……ラウラ、そなたにたっての願いがあるんだ」

 エレオノーラは、ラウラの前に座った。
「私は、子供の時に学ぶことを拒否した。私が愚かな間違いをすると、代わりに私の《学友》ペネロペがひどく鞭打たれた。私はそれに耐えられなかった」

 ラウラは息を飲んだ。エレオノーラはしばらく口をつぐんだが、やがて続けて言った。
「本当は、ペネロペが鞭打たれずに済むように、私が完璧に振る舞えばよかったんだ。でも、そんなことは到底できないと思った。実際に無理だったんだ。だから、私はすべてを投げ打って、絶対に教育を受けないと決めたんだ。教育係も、乳母も、もちろん父上や母上、そして兄上、その他の誰も彼もが、説得しようとしたけれど、私は揺るがなかった」

「《学友》なしで教育を受けることは許されなかったのですか?」
ラウラが訊いた。

 エレオノーラは、首を振った。
「乳母や兄上がその妥協策を提案してくれたんだ。でも、カミーロ・コレッティ、ペネロペを養女にして《学友》として差し出した廷臣なんだが、彼からの抗議が激しくて、それは受け入れられないって言われたんだ。それで、私は意固地になって一切の教育を徹底的に拒否したんだ。教師が来たら部屋にこもるか逃げ出した。日々の周りの人びとの忠告はすべて耳を閉ざして聞き入れなかった」

 ラウラは、複雑な思いでエレオノーラの言葉を聞いていた。この候女の頑固な振る舞いは、子供じみていて愚かだった。そんなことをしても、トリネア候国の姫君という立場は変えられるものではなく、自分の立場が悪くなるだけだ。けれど、実際に当時のエレオノーラは子供だったのだ。ほかにどうすることができただろう。幼かった彼女は、たった1人の少女を守るために必死だったのだ。その優しさにラウラは深く心打たれていた。

 静かな部屋に、エレオノーラの声が響いた。
「そして、最後には父上も、母上も諦めた。侯爵になるのは優秀な兄様がいるし、私はいずれこの修道院にでも押し込めるつもりだったんだろう。私も、トリネアの汚点として隠されて生きるんだなと氣楽に考えていた。……でも、兄様が亡くなって、すべての事情が変わってしまった」

 たとえ最低な姫君であろうと、トリネア候国を背負って行かざるを得なくなったのだ。

「さっき、城を出る前に父上に宣言してきた。グランドロン王の訪問の時に表に出るって。本当は、父上は私が病氣だとか適当なことを言って、この話をうやむやにするつもりでいたんだ」

 ラウラは、息を飲んだ。そっと目でレオポルドを追うと、後ろから身振りで「続けさせろ」と指示している。ラウラは、慎重に言葉を選んだ。
「それは、あなた様が、このご縁談をすすめたいとのお考えに変わったという意味ですか?」

 エレオノーラは、大きく笑った。
「進められるわけはないだろう。断られるに決まっている。でも、そう宣言すれば、少なくとも、それまでの間に他の縁談を進めることはできないだろう。2週間もすればあの野蛮な王子はいなくなるだろうし」

「まあ」
ラウラは返答に困った。エレオノーラ自身は、同じ国王から2度も縁談を断られるという恥辱に対して、とくに氣にもしていないようだ。

「とはいえ、いまの作法で、私がグランドロン王の前に出ることを、父上や母上も戸惑っておられる。当然だけれど……」
ラウラは、よけいに返答に困ったが、賢明にも真剣な顔で黙って続きを待つという手法をとった。

 エレオノーラは、ラウラの左手首を取って、そのスダリウム布にそっと手を当てた。
「じつは、そなたに会ってその傷に氣づいたときから、決めていたんだ。どんなことをしても助けてもらおうって。報酬はいくらでも出す、聞いてくれないか」

「私に?」
ラウラは、驚いてエレオノーラの顔をまじまじと見つめた。エレオノーラの後ろで、レオポルドとマックスが、やはり驚いて顔を見合わせている。

「そうだ。15日後に、グランドロン国王がこのトリネアにやって来る。そして、城で謁見と歓迎の会が開かれる。私がそれに出席して、取り繕うことができるぐらいまでに、行儀作法とグランドロンのことを教えてくれないか?」
エレオノーラは真剣だった。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新お疲れさまでした。

なるほど、エレオノーラの無教養っぷりには、そんな事情がありましたか。優秀な兄がいたからできたこととはいえ、思い切ったことをしたものですね。でも、それしか手はなかったみたいだし、ちょっと見直しました。
そして、エレオノーラさん、そうきましたか。気に入らないカンタリアの王子と縁談を進められるよりは、グランドロンの国王との縁談に乗り気だと思わせて置いた方が良いという作戦ですね。
しかし、まさかここで「学友」制度がまた出てくるとは。ラウラにとっては、思い出したくもない過去でしょうけど、今の自分があるのもそのおかげという、なんとも微妙なところですよね。まあ、エレオノーラの目の付け所は確かでしたけどね。この役目、いろんな意味で、ラウラは最適ですよね。
それにしても、エレオノーラの思いはともかく、その企てを当の本人にあらいざらい話してしまっていたなんてことが、あとになってわかるわけで、その時の反応がじつに楽しみです。そして、ここまで聞いてしまったら、「じつは」なんて言いにくくなったであろう陛下が、そのときにどうするのかも楽しみです(笑)
2023.09.06 11:42 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

優しい心根からとはいえ、子供っぽい強情なわがままを通してきちゃった結果ですが、さすがの本人もこのままではまずいと思っていたようです。

ただ、これでラウラは完全にエレオノーラ・シンパになりましたし、レオポルドやマックスも彼女に対する低評価を見直しましたね。

エレオノーラとしては、エルナンド王子だけはイヤみたいですね。
それに、いずれは何とかしなくちゃいけないと思っていたところ、飛んで火にいる《学友》経験者を見つけてしまったので、この機に助けを請おうと思ったみたいです。

そして、そうなんですよ。
「ごまかすから何とかして」を本人の前で頼んじゃいました。レオポルドはけっこう楽しんでいるみたいです。

というわけで、引き続き騙し続けることになるレオポルド一行ですが、それがエレオノーラにわかったときにどうなるか……お楽しみに(笑)

コメントありがとうございました。
2023.09.06 22:50 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
なるほどぉ・・・こういういきさつでしたか。
こんなところで学友制度が絡んでくるとは・・・。
それに優秀だった兄様の存在も大きかったんですね。両親にも諦められてしまったんですから。まさかこんなことになるとは、まさに誰にとっても想定外だったのでしょう。
こういう経緯なら、エレオノーラがこうなってしまってもしょうがないかなぁと、納得させられてしまいました。
まだ幼かったから変に意地になってこんなことになってしまったのでしょうが、その愚行の中にも彼女の意志の強さが感じられます。いっさいの教育を拒否した結果のこの残念さなのですから、彼女のこれまでのふるまいから見ても、ベースはちゃんと出来ているし、切れも鋭いんじゃないかなぁ。ちょっと無鉄砲だけど・・・。

でも面白くなってきましたよ。目の前に当のグランドロン国王が居るのに、すべてをぶちまけてしまったんですから。そのうえラウラに先生になってくれるようお願いしちゃうとは!
うってつけの先生ですが期間は2週間、この間に残念姫様がどれくらい変身できるか見ものです。
いまの打ち明け話でレオポルドのエレオノーラに対する見方は少しは変わったと思うのですが、レオポルドが驚くくらい変身できるといいんだけれど・・・。マイフェアレディみたいなわけにはいかないかな?
2023.09.08 14:13 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
更新お疲れさまです。

姫様の心意気は立派ですね。
だからこそ、教育すべてを放棄する以外に他に方法なかったのかなと私も思います。
教育を受けない事自体が罰の対象にならなくてよかったです。
折角、わざわざ養子を取って学友にさせたんだから続ける、のであれば鞭打ちは辞めるとか罰の方法を変えるとか、周りももっと融通効かせればよかったのに。
ほとぼりが冷めた辺りで別の場所でこっそり教育を受けるとか。
でも、駄目だったんだろうな。
継承されてきた歴史って多々、さも大切なものであるかのように扱われますけど、結構ろくでもないのも多いですよね。

それを取り戻すには、ラウラさんの指導と姫様のやる気次第なのでしょうが、此処は大丈夫そう。
頑張れ。姫様、頑張れ。
しかし、姫様は見直されたかも知れませんが、王様の方の評価が後で結構下がりませんか。
タイミングを選べばいい感じな演出にもなるかもしれないけど、ネタばらした後、必死で謝り倒す事にならなければ良いんですが……いや、それはそれで面白いから有りだな。

続きを楽しみにしております。
2023.09.09 17:48 | URL | #yl2HcnkM [edit]
says...
こんばんは。

お返事遅くなってごめんなさい!

こういう(本人にとっては)ちゃんとした理由がありました。
そっくりの(ルーヴランのを真似した)《学友》制度があったので、ラウラの元の職業にすぐに氣がつきましたし、ラウラとの絆にもなるエピソードができたというわけです。

候子フランチェスコがいた頃は、エレオノーラのことは「この子はもうダメだからいないものと思っておこう」くらいの扱いで、好きなようにさせていてもらっていたのですが、その兄が亡くなってしまったので、みんな大慌てしているという状況でした。そこにレオポルドが(フルーヴルーウー辺境伯領に遊びに行きたいがためにほぼ口から出任せで)急に縁談を持ちかけたりしたので、さらに慌てているというわけです。

幸いというのか、マリア=フェリシア姫とは違い、本来、性格はいい娘なのと、頑固ですが、やるとなったら歯を食いしばるタイプですので、これから2週間の付け焼き刃、頑張りますよ。

マイフェアレディほどは大変じゃないことだと思います。育ちが悪いわけではないので。でも、レオボルドが驚くような変身はしないんじゃないでしょうか。だって毎日横で見ているわけですし(笑)

これがこのストーリーの本筋ですので、ここからお楽しみください。

コメントありがとうございました。
2023.09.09 21:13 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

子供ながらも、当時の唯一の友達を守ろうと頑張ったのだと思います。ちょっと愚かな方法でしたけれど。
教育を受けないなんて姫様はそれまでいなかったので、その放棄に対する罰は決まっていなかったのかもしれませんね。幸い。

両親も娘の教育にはさほど危機感がなかったというか「修道院にでも閉じ込めちゃえばいいか」と軽く考えていたのかもしれません。
まさか優秀な息子が早死にするとは思っていなかったようで。

さて、本人のやる気はバッチリです。
これまでの経緯から引っ込みがつかなくなっていたものの、さすがに本人も、これではまずいと思っていたところに《学友》経験者とおぼしきラウラが登場してしまったので絶対に助けてもらおうと食いついてきました。

王様、ろくでもないですよ。
これ、結婚でも決まったら、生涯ネチネチ言われる案件ですよね。
もっとも「本当はフルーヴルーウー辺境伯領に遊びに行きたいから、適当に言い出した縁談だった」は、墓場まで持っていったほうがいいでしょうね。

続き、楽しみにしていただけて嬉しいです。

コメントありがとうございました。

2023.09.09 21:22 | URL | #9yMhI49k [edit]

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