【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(22)男姫からの依頼 -3-
縁談相手であるレオポルドがそこにいることも知らず、《学友》経験者であるラウラに礼儀作法とグランドロンについて特訓してほしいと頼んだエレオノーラ。確かにここにいるメンバーは、適任です。
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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(22)男姫からの依頼 -3-
ラウラは、ようやく理解した。確かに今から礼儀作法を教える宮廷教師を探し、一般論から教えを請うていたら、レオポルドの来訪には間に合わないだろう。ラウラならば、そうした場で何が求められるか、効率よく判断して必要そうなものだけを集中して教えることもできるだろう。とはいえ……。
「それは、私の一存では引き受けかねます」
そう言ってラウラはレオポルドの方を見た。エレオノーラは、ラウラの視線を追って、後ろに立っているレオポルドとマックスを見た。
エレオノーラは、ラウラの主人である商人の元に大股で歩み寄り、真っ正面から見据えて訊いた。
「秘書殿の奥方を2週間ほど貸してはくれぬか。私はまだたくさんの権限は持たぬ身だが、それでもそなたの商売に最大の便宜を図ることを約束しよう」
レオポルドは、若干面食らったようにがさつな姫君を眺めていたが、急に笑い出して、ふてぶてしく答えた。
「わかりました。せっかくなので、私の秘書もお使いください。実は、このマックスは宮廷教師の資格を持っております。グランドロン語や古典の話題、歴史などについては、彼が役に立つでしょう。かくいう私も商業や政情についての知識を多少なりともお伝えできるでしょう」
今度はラウラとマックスが驚く番だった。断ると思っていたからだ。ラウラは、エレオノーラに同情していたので、数日だけでも協力できないか頼むつもりでいたが、必要なかったようだ。
エレオノーラも若干面食らったようだが、ほっとしたようで嬉しそうな顔を見せた。
「それはかたじけない。心から感謝する。報酬についてだが……」
レオポルドは、それを遮った。
「報酬などは必要ございません。ただし……」
「ただし?」
「その教育期間、静かで、他の人びとが出入りしない場を用意していただきたい。それから、これだけ我々の時間と手間をかけるからには、その国王陛下との謁見とやらで『身代わりを立てずに済む』程度の成果は出していただきたいですな」
それを聞いて、後ろに立っていたラウラは息を飲んだ。これは明らかに、例の偽王女事件に関するレオポルドの嫌みだ。ついでに言えば、マリア=フェリシア姫の教育に当たっていたマックスに対する当てつけでもある。ラウラは、そっと唇を引き締めて、わずか挑戦的にレオポルドを見た。
部屋に戻ると、マックスは小さな声でレオポルドに詰め寄った。
「いいんですか……」
「ああ、むしろ都合がいいのだ。貴族用の旅籠よりはマシとはいえ、この修道院に居続けたら、いつ我々を知っている貴族たちに出くわすかわからん。それに、トリネアや城下町の様子は見て回ることはできるが、さすがに城内には入れないから、どう情報収集しようかと思っていたんだ。あの娘の特訓に関われば、あの娘や家族のことだけでなく、トリネアの情勢も政治に対する考え方も自然に聞き出せるしな」
「私どもの本当の身分がわからぬように、話を合わせておく必要があるかと存じますが」
「ああ、そうだな。マックス、遍歴教師だった時にラウラと出会ったことにすれば自然だろう。とにかく、我々が一丸となって協力するということにしよう」
「仰せの通りに。15日間もずっと近くにいて、バレても知りませんよ」
「そこは、上手くやれ」
マーテル・アニェーゼは、この計画を聞いて喜んだ。エレオノーラの数少ない理解者として陰に日向に支えてきたものの、エレオノーラが貴婦人としての振る舞いを身につけないまま女侯爵になることを強く案じていたからだ。本人が初めて学ぶことを決意したのと、ちょうどその時にふさわしい教師役と知り合えたことを神の恩寵と感謝した。
それゆえ、彼女はすぐに必要な準備をしてくれた。まず、侯爵に手紙を書いた。誰の言うこともきかない候女が唯一敬意を持って交流する存在であるマーテル・アニェーゼは、侯爵夫妻から何度も再教育に関する相談を受けていた。
手紙には、エレオノーラがはじめて自らの意思で再教育を受けたがっていること、そのやる氣を削がないのがとても重要であることを書き、時間が無いので再教育に関しては任せてほしいこと、静かな環境を確保するため、表向き候女は伝染性の季節性疾患に罹ってしばらくトリネア城には戻れないことにしてほしいと願った。
侯爵からの返事はすぐに来た。『候女を離宮で【静養】させるように』と書いてあり『何卒よしなにお願いする』と書かれていた。
件の離宮は、修道院から見て谷の向かい側にある。かつては夏の避暑用に建てられたが、亡くなった候子フランチェスコが長らく静養に使っていたため、ここ2年ほどは使われていない。立地からいっても、トリネア城に出入りする貴族たちに見られる必要がない点からいっても理想的な場所だった。
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Comment
更新お疲れさまでした。
エレオノーラと、ご一行の(主に陛下の)利害が、完全に一致しましたね。陛下の決定はリスクもあるけど、やはり得られるメリットは計り知れないですよね。「報酬なんていらない」というのはいささか商人っぽくないですけど、エレオノーラやアニェーゼは気にしなかったようですね。
陛下の意趣返しはともかく、願ったりかなったりの状況を手にしたご一行、15日間、うまく身バレしないように立ち回るのと、教育の成果を楽しみに読ませていただきます。
エレオノーラと、ご一行の(主に陛下の)利害が、完全に一致しましたね。陛下の決定はリスクもあるけど、やはり得られるメリットは計り知れないですよね。「報酬なんていらない」というのはいささか商人っぽくないですけど、エレオノーラやアニェーゼは気にしなかったようですね。
陛下の意趣返しはともかく、願ったりかなったりの状況を手にしたご一行、15日間、うまく身バレしないように立ち回るのと、教育の成果を楽しみに読ませていただきます。
こんばんは。
レオポルドのトリネア訪問の目的は偵察がトップですので、これは本当に渡りに舟です。
そして、エレオノーラのほうも、宮廷教師と元《学友》にタダで集中特訓してもらうのですからメリットはありまくりですよね。
レオポルドは、やはり王族なので、金銭感覚は浮世離れしていますよね。
エレオノーラも、アニェーゼも「こいつ、商人ではないな」くらいは感づいていますが、まさか縁談相手がその場にいるとは想像してもいません。
さてさて、15日後にどうなっているか、お楽しみに。
コメントありがとうございました。
レオポルドのトリネア訪問の目的は偵察がトップですので、これは本当に渡りに舟です。
そして、エレオノーラのほうも、宮廷教師と元《学友》にタダで集中特訓してもらうのですからメリットはありまくりですよね。
レオポルドは、やはり王族なので、金銭感覚は浮世離れしていますよね。
エレオノーラも、アニェーゼも「こいつ、商人ではないな」くらいは感づいていますが、まさか縁談相手がその場にいるとは想像してもいません。
さてさて、15日後にどうなっているか、お楽しみに。
コメントありがとうございました。
これねぇ。15日後のレオポルドの反応も気にはなりますが、サキはエレオノーラの両親の驚き様も気になるんですよ。離宮でこっそり教育を受けるんですから15日間は両親と接触することはないと思うんで、学習を終えたエレオノーラをいきなり見ることになるんですよね。アレがコレ?な~んて、ちょっとこっちも楽しみになってきました。
そして離宮を使わせてもらうというのは上手く運びました。さすがレオポルド、やりますねぇ。侯爵のお墨付きだし、設備や環境が最適なのはもちろん、情報収集もできますしね。これなら報酬などなくてもペイするとは思うんですけれど、商人としては失格かな?
でもレオポルド、嫌味も言うんだ。まだ根に持ってるんだなぁ。
エレオノーラは自分から提案しておおいに助けてもらったんだから、あとでいろいろな策略がバレても、あまり強く言える立場じゃなくなっているような気がします。
最適最強の教育チームの活躍を楽しみに待ちます。
そして離宮を使わせてもらうというのは上手く運びました。さすがレオポルド、やりますねぇ。侯爵のお墨付きだし、設備や環境が最適なのはもちろん、情報収集もできますしね。これなら報酬などなくてもペイするとは思うんですけれど、商人としては失格かな?
でもレオポルド、嫌味も言うんだ。まだ根に持ってるんだなぁ。
エレオノーラは自分から提案しておおいに助けてもらったんだから、あとでいろいろな策略がバレても、あまり強く言える立場じゃなくなっているような気がします。
最適最強の教育チームの活躍を楽しみに待ちます。
こんばんは。
そうですね。もともとこういう貴族たちは、親子でもそうしょっちゅう顔を合わせないこともありますし、とくにエレオノーラは『黒い羊』扱いであまり両親と一緒に過ごしたりすることが少ないので、15日間に親の偵察が入ることはなくて、親はびっくりすると思います。付け焼き刃ですけれど。
レオポルドの目論見としては、報酬を要求すると侯爵夫妻が出てきて、どんな教師なのかチェックしてきて身バレする可能性があるから、むしろ無料の3食昼寝付き(昼寝の時間はないか?)だけで、うまく内密に事を運ぼうとしているみたいです。ただ、その辺が商人っぽくないというところが、本人はあまりわかっていないのかも。
レオポルド、もちろん根に持っていますよ。っていうか、まだラウラに未練あるし(笑)
エレオノーラは、あれですね。身から出た錆のオンパレードですから、もちろん後から強くいえませんが、腹は立つと思いますよ。みんな嘘つきだし。
というわけで、ようやく本題に入ったこのストーリー、もう少しあれこれをお楽しみください。
コメントありがとうございました。
そうですね。もともとこういう貴族たちは、親子でもそうしょっちゅう顔を合わせないこともありますし、とくにエレオノーラは『黒い羊』扱いであまり両親と一緒に過ごしたりすることが少ないので、15日間に親の偵察が入ることはなくて、親はびっくりすると思います。付け焼き刃ですけれど。
レオポルドの目論見としては、報酬を要求すると侯爵夫妻が出てきて、どんな教師なのかチェックしてきて身バレする可能性があるから、むしろ無料の3食昼寝付き(昼寝の時間はないか?)だけで、うまく内密に事を運ぼうとしているみたいです。ただ、その辺が商人っぽくないというところが、本人はあまりわかっていないのかも。
レオポルド、もちろん根に持っていますよ。っていうか、まだラウラに未練あるし(笑)
エレオノーラは、あれですね。身から出た錆のオンパレードですから、もちろん後から強くいえませんが、腹は立つと思いますよ。みんな嘘つきだし。
というわけで、ようやく本題に入ったこのストーリー、もう少しあれこれをお楽しみください。
コメントありがとうございました。