【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(23)川の氾濫
身分を隠したまま、候女エレオノーラの再教育係になった一行は、トリネア侯爵家の離宮に遷ることになりました。他の人びとに見られずに、トリネア候国の内情について知ることのできる絶好の機会ですが、もちろん身バレの危険性とも隣り合わせですね。さて、今回は、その教育が始まる前に起こってしまった、とあるハプニングの回です。
そういえば、この川流れのシーン、どこが元ネタだっけとずっと考えていたのですが、ようやく思い出しました。「信じられぬ旅」(ディズニー映画『三匹荒野を行く』の原作ですね)で、シャム猫が流されたシーンでした(笑)
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森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(23)川の氾濫
翌朝エレオノーラは使用人たちに滞在の準備をさせるからといって、一足先に去って行った。
午後に、5人は支度を済ませて離宮に向けて出発した。昨夜に激しい雨が降ったため、修道院周りの道はひどくぬかるんでいた。
川に向かって進んでいると、見慣れた一団が野営していた。
「やあやあ、みなさん。こんな所でお目にかかるとは奇遇ですな」
もみ手で近づいてくる南シルヴァ傭兵団の副団長レンゾの姿を認め、マックスとレオポルドは急いで視線を交わした。
「てっきり城下町の高級旅籠にでも泊まっておられるかと思いきや、あの修道院にいらっしゃったんで? 物騒じゃありませんかい? 護衛が必要なら、いくらでもお力になりますぜ」
大声で騒ぐので、他の団員たちも一行に氣がついて近づいてきた。
「いらん」
憮然としてレオポルドがいうと、レンゾは「おお、こわい」と言って、一歩下がった。本当に怖がっているようには全く見えず、むしろ面白がっている。
「で、どちらに向かわれるんで? 城下町への道は、あっちですぜ」
レンゾの問いに、一行はうんざりした。
「どこであろうと、お前の知ったことではない。いいか、我々は貴族ではないことになっているんだ。まとわりつくな」
それでも付いてこようとするレンゾたちを振り切ろうと、一行は馬の歩みを早めた。
「おい。待て、そんなに急ぐな」
少し遠くで見ていた、例の女傭兵フィリパが何かを告げようとしているのがわかった。だが、ガヤガヤさわぐ近くの男たちと馬の蹄の音、それからぬかるんで歩きにくい道にもっと氣を取られた。
渡ろうとしている川はさほど大きくはない。ただし、昨夜の雨のせいか、かなりの濁流が大きな音を立てている。ずいぶんと増水しているようだ。
目指している渡り場所は、なんと『死者の板橋』であった。
グランドロンでもかなり細い小川などによく架かっているのだが、葬儀の時に死者を載せて運んだ板に、その死者の名前を刻み小川に架けることがある。人びとがその橋を通る度に、死者の魂のために祈る習わしがあり、そうすることで死者は早く煉獄から脱出することができる。つまり、ある程度の財力のある死者の親族がこのような『死者の板橋』を架けさせるのだが、このように流れの速い時にはもう少ししっかりとした橋の方が安全だ。
マックスは、一瞬どうすべきか迷った。流れが穏やかになるのを待つ方がいいのだが、そうすればうるさい傭兵団に囲まれてしまう。
「行こう。あの候女だって、さっさと渡ったんだろうから」
レオポルドが言った。
マックスは頷いた。まず渡るのは自分だ。橋に何かあっても、レオポルドの安全は確保できる。同じ馬に乗るラウラに囁いた。
「降りて渡る方がいい」
ラウラは頷き、2人は馬から降りた。橋板に申しわけ程度につけられた欄干に、ラウラは両手で、マックスは馬の手綱を握っていない片手で掴まりながら、慎重に歩いた。轟音を立てる濁流と、頼りない板橋のきしみが恐ろしかったが、なんとか渡りきった。
それを確認した後でレオポルドが渡った。フリッツは「馬は私が」と言ったが、レオポルドは「急げ」と言って断り、マックスと同じように渡った。レオポルドが渡るときに、橋板はひどくたわみ、不快な音を立てた。
渡りきった、レオポルドは振り向いてフリッツに叫んだ。
「氣をつけろ。この橋は……」
「やめろ! その橋は!」
後ろから馳けてきたフィリパが叫んでいるが、その時にはフリッツとアニーは既に橋を渡りだしていた。
フリッツと馬が向こう岸に着くのと同時に、メリッという音がして、橋が折れた。まだ渡りきっていなかったアニーは投げ出され、フリッツは手を伸ばしたが馬を抑えていたために届かなかった。
濁流はものすごい勢いでアニーを押し流し、あっという間にその姿を見えなくした。
「アニー!」
ラウラは取り乱し、すぐに川に入ろうとしたが、マックスが必死で止めた。
「だめだ、君も流される!」
動転してもがきながら泣くラウラをマックスが止めている間に、レオポルドはフリッツに命じた。
「すぐに探しに行け」
すぐに下流に身体が向いたものの、フリッツは立ち止まって言った。
「私はお側を離れるわけには……」
「自分の面倒はみる」
「しかし……」
「いいから行け!」
本人も氣が急いているが、染みついた義務感の方にも絡め取られているフリッツは、すぐに対岸の傭兵たちを見て頭を下げた。
「どうかしばしこのお方をお守りください」
対岸にたどり着いた傭兵たちは、橋の崩壊を見て蜂の巣をつついたように騒いでいたが、フリッツ・ヘルマンが頭を下げると一様にこちらを見た。
先ほど冷たくあしらわれたレンゾは白い目をしていた。
「なんだよ、これまで散々邪険にしておきながら、ずいぶんとご都合のいいことで。さっき『まとわりつくな』って言いやがったのは、どこのどちらさんでしたっけ」
フリッツの窮状に助け船を出したのはフィリパだった。
「いいのか。流されたあの娘は、あたし達が仕事を得られるように口添えしてくれたあの馬丁マウロの妹だぞ」
後からやって来た首領のブルーノは、それを聞くと大きな声で言った。
「なんだって。……そうか、そういうことなら話は別だ。俺たちは恩知らずじゃねぇ。ヘルマンの旦那、行きな。『旦那様』の護衛は俺たちに任せろ」
フリッツは、頭を下げて馬にまたがると、急いで下流に向かって馳けて行った。
ブルーノたちは、長い縄の一方の端をレオボルドのいる方の岸に投げてよこした。マックスと協力してそれを木にくくり付けさせると、『死者の板橋』が渡してあったいくつかの大岩を足場にしつつ縄で伝いながら5人ほどが、こちらに渡ってきた。
「さて。じゃあ、行き先まで護衛して行きやしょう。あ~、ちなみに俺たちは先払いでお願いしてるんですがね」
レンゾは、悪びれもせずに要求してきた。
レオポルドが指示するまでもなく、マックスは財布を開けて砂金を渡した。レンゾは愛想よく受け取った。
「へへへ。こりゃあ、どうも」
レオポルドはフィリパに向かって言った。
「すまないが、フリッツ1人では困ることがあるやもしれぬので、様子を見にいって必要なら手助けをしてもらいたい」
「わかった」
フィリパは、マックスから別の砂金を受け取ると、下流に向かって走っていった。
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Comment
更新、お疲れ様でした。
ちょ、ここまできてアニーが大ピンチじゃないですか。濁流の激流に流されたら、助からない可能性ありますよね。フリッツ、急がないと。
自分の安全よりアニーの救助を優先させる陛下、まあ彼ならそうするだろうなとは思いましたが、やはりいい主君です。でも、これでしばらく一行は離れ離れですかね。
それにしても「死者の板橋」って、いろんな意味でヤバイ橋ですよね。日本にそういう橋があったら、渡りたくないですねぇ。
そして傭兵団。あいかわらずですが、ここまでくるともう腐れ縁ですね(笑)まあ、実力のある連中だから、いろんな意味で心強いでしょうけど。
アニーの無事を祈りつつ、次話を楽しみにしています。
ちょ、ここまできてアニーが大ピンチじゃないですか。濁流の激流に流されたら、助からない可能性ありますよね。フリッツ、急がないと。
自分の安全よりアニーの救助を優先させる陛下、まあ彼ならそうするだろうなとは思いましたが、やはりいい主君です。でも、これでしばらく一行は離れ離れですかね。
それにしても「死者の板橋」って、いろんな意味でヤバイ橋ですよね。日本にそういう橋があったら、渡りたくないですねぇ。
そして傭兵団。あいかわらずですが、ここまでくるともう腐れ縁ですね(笑)まあ、実力のある連中だから、いろんな意味で心強いでしょうけど。
アニーの無事を祈りつつ、次話を楽しみにしています。
こんばんは。
そうなんですよ。アニー、無理やりついてきたのはいいものの、ずっと役割もなくてなんのためのキャラかわからない状態でしたが、この辺から「アニー回」みたいなのがちょっとあります。あ、死にません(笑)
フリッツとフィリパは、アニーを探しに、そして、ご一行はがめつい傭兵団に守られながらとりあえず離宮に向かいます。
「死者の板橋」実際に中世はこういうものがあったらしいです。
煉獄での責め苦を減らしてもらおう(まさに地獄の沙汰も金次第)というチートはいくつかあって、どれも生きているひとが彼の魂のために祈るというタスクをこなしてもらわないといけなかったみたいなんですね。なので、遺産から貧乏人の入浴料を残しておいて、その貧乏人に祈ってもらうほか、こうして「橋を渡るついでに祈ってね」みたいな習慣もあったらしいです。日本人的には、ちょっとぞっとしますよね。
さて、次回は、「ちょっとそんな展開あり?」みたいになっていきますが、本筋とは関係ないので、単純にお楽しみください。
コメントありがとうございました。
そうなんですよ。アニー、無理やりついてきたのはいいものの、ずっと役割もなくてなんのためのキャラかわからない状態でしたが、この辺から「アニー回」みたいなのがちょっとあります。あ、死にません(笑)
フリッツとフィリパは、アニーを探しに、そして、ご一行はがめつい傭兵団に守られながらとりあえず離宮に向かいます。
「死者の板橋」実際に中世はこういうものがあったらしいです。
煉獄での責め苦を減らしてもらおう(まさに地獄の沙汰も金次第)というチートはいくつかあって、どれも生きているひとが彼の魂のために祈るというタスクをこなしてもらわないといけなかったみたいなんですね。なので、遺産から貧乏人の入浴料を残しておいて、その貧乏人に祈ってもらうほか、こうして「橋を渡るついでに祈ってね」みたいな習慣もあったらしいです。日本人的には、ちょっとぞっとしますよね。
さて、次回は、「ちょっとそんな展開あり?」みたいになっていきますが、本筋とは関係ないので、単純にお楽しみください。
コメントありがとうございました。
こんな橋があったんですね。でもいくら弔いのためとはいえ、死者を乗せて運んだ板の上を歩いて渡るなんて、サキとしてはあまりいい気持ちはしませんね。
だからほらぁ、言わんこっちゃない。アニーが流されてしまったじゃないですかぁ。
これは思いがけない南シルヴァ傭兵団の登場がいけなかったんでしょうけど、そんなにじゃけんにしなくってもねぇ。
お邪魔虫の傭兵団ですが、フィリパを含めてっこからまたどのように係わってくるのか、エレオノーラとの絡みも含めて楽しみにしています。
そしてフィリパの再登場、嬉しいです。やっぱり彼女は冷静沈着だなぁ。もうレオポルドの正体なんかバレちゃってるんじゃぁ・・・。
あ、アニーについては全然心配していませんが、あんな風に流されてしまって、こんなに救助にモタモタしていたら、ふつうは死んでしまうかもしれませんね。
だからほらぁ、言わんこっちゃない。アニーが流されてしまったじゃないですかぁ。
これは思いがけない南シルヴァ傭兵団の登場がいけなかったんでしょうけど、そんなにじゃけんにしなくってもねぇ。
お邪魔虫の傭兵団ですが、フィリパを含めてっこからまたどのように係わってくるのか、エレオノーラとの絡みも含めて楽しみにしています。
そしてフィリパの再登場、嬉しいです。やっぱり彼女は冷静沈着だなぁ。もうレオポルドの正体なんかバレちゃってるんじゃぁ・・・。
あ、アニーについては全然心配していませんが、あんな風に流されてしまって、こんなに救助にモタモタしていたら、ふつうは死んでしまうかもしれませんね。
こんばんは。
実際にこんな橋があったようです。違う文化では違う習慣があるものですね。
さて、アニー、流されてしまいました。
といっても、大して怪我もせずに助かっているのですが、追う方がモタモタしていたせいで、ちょっと意外なことに。
そして、この事件をきっかけに結局は南シルヴァ傭兵団たちは、この一行とわりと近くなっていきます。
一行から見れば、国王と伯爵のご一行であることはしっかりとわかっている上、庶民やトリネアの宮廷などあらゆる場所に出入りできる傭兵団の存在は、(正体を黙っていてくれさえすれば)意外と便利な存在だったりして。
というわけで、サキさんお氣に入りのフィリパも、だんだんと準レギュラー化していきますので、ご期待くださいね。
コメントありがとうございました。
実際にこんな橋があったようです。違う文化では違う習慣があるものですね。
さて、アニー、流されてしまいました。
といっても、大して怪我もせずに助かっているのですが、追う方がモタモタしていたせいで、ちょっと意外なことに。
そして、この事件をきっかけに結局は南シルヴァ傭兵団たちは、この一行とわりと近くなっていきます。
一行から見れば、国王と伯爵のご一行であることはしっかりとわかっている上、庶民やトリネアの宮廷などあらゆる場所に出入りできる傭兵団の存在は、(正体を黙っていてくれさえすれば)意外と便利な存在だったりして。
というわけで、サキさんお氣に入りのフィリパも、だんだんと準レギュラー化していきますので、ご期待くださいね。
コメントありがとうございました。
おお、なかなかな急展開。
最近ではこういうのは全くないですけど、
日本では「石橋を叩いて渡る」という言葉もある通り、
木の橋が多かったですからね。
あんまり日本でこういう昔話というか
聞いたことないな~~という感じではありました。
こういう橋もあるんですねえ。。。
最近ではこういうのは全くないですけど、
日本では「石橋を叩いて渡る」という言葉もある通り、
木の橋が多かったですからね。
あんまり日本でこういう昔話というか
聞いたことないな~~という感じではありました。
こういう橋もあるんですねえ。。。
こちらにもありがとうございます。
石橋が架けられるところはまだいいんでしょうけれど、小さな村だったりすると頼りない木の橋というところは、現代でもけっこうあるんですよね。
で、こういう「死者の板」をつかった橋は、中世ヨーロッパでは実際にあったようです。
せっかくなので、ここで使ってみました。
コメントありがとうございました。
石橋が架けられるところはまだいいんでしょうけれど、小さな村だったりすると頼りない木の橋というところは、現代でもけっこうあるんですよね。
で、こういう「死者の板」をつかった橋は、中世ヨーロッパでは実際にあったようです。
せっかくなので、ここで使ってみました。
コメントありがとうございました。