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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(25)密会 -2-

『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、第25回『密会』3回に分けた2回目をお届けします。

さて、フィリパが修道院にアニーの様子を見にいってくれている間、目立たぬように近くの屋敷の影に潜んでいるフリッツ。やることもないのでグルグルどうでもいいことを考えています。フリッツって、本当に結婚やら男女交際に向いていない人なんだろうな。何が悪かったのか、本氣でわかっていませんね。こりゃ。

そして、最後の方にだけ、ちょっと本題が……。


トリネアの真珠このブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(25)密会 -2-


 インゲの方も、夫にスダリウム布の1つすら贈ろうとしなかった。レオポルドに従いノードランド戦に出征したときにすらだ。それについてフリッツは不満に思ったことはない。既に夫婦なのだからそんな甘ったるいことは不要だと考えていたからだ。

 それを知ったとき、副官のブロイアー中尉は驚愕し、周りにはそのことが一両日中に知れ渡った。レオポルドまでが呆れていた。
「そなた、インゲをそうとう怒らせているのではないか?」

「なぜですか」
「なぜって……。本物の戦に旅立つ夫にスダリウムを贈らない妻なんぞ、聞いたこともないぞ。それはつまり、『安全に帰ってこなくてもよい』という意思表示ではないか」
「まさか。そう思うのなら、はっきり口でそう言うでしょう」

 もちろんインゲはそうは言わなかったが、もしかしたら本当にそう思っていたのかもしれない。何も言わないから、生活に満足しているとは限らないのだとフリッツが学んだのは、インゲがドライス伯爵のもとに走ってからだった。

 表向きは、インゲはまだヘルマン大尉夫人だった。彼女は離縁を求めてこなかったし、フリッツもそうする必要は特に感じなかった。ほかにつきあいたい女性がいたわけでもなければ、そもそも誰かと知り合う機会も時間もなかった。まだ結婚している身であるという自覚と節操を持ち続けることが自分に合っているとも思っていた。

 エマニュエル・ギースとアニーの様子は、もうほとんど思い出さなくなっていた不快な感情を再び喚起した。去ったインゲが恋しいと思ったことはない。寂しさも感じなかった。それは失敗からくる苦さであり、何が間違っていたのかわからない事に対する苛立ちに近かった。

 そして、いま見た2人の様子に対する戸惑いは、宮廷でドライス伯爵とインゲを見かける時の感情とは少し違っていた。そもそもフリッツはレオポルドやフルーヴルーウー辺境伯夫妻ほどルーヴラン語に堪能ではないので、2人の会話の詳細まで理解したわけではない。だが、ギースがさまざまな言葉を尽くしてアニーの身を案じ、再会の喜びを表現していることはよくわかった。

 もし、あの男が現れず、フリッツが溺れかけたアニーと再会していたとしたら、彼はどんな態度を取っただろうかと考えた。

 川に落ち、溺れそうになった彼女を見て、役目もすべて忘れ飛び込み助けたいと思ったことを、彼は伝えただろうか。伝えないだろう。

 宝物を抱えるようにリネンに包みその胸に愛しげにかき抱いて馬を走らせたりするだろうか。しないだろう。もちろん風邪をひかないように布を用意してやることくらいはしたに違いない。そうして、いつものように一緒に馬に乗り、お互いの主の待つ場所へ戻る、それだけだ。

 あの娘はこの旅での『設定』とは異なり、彼の妻ではない。節度ない振る舞いをすれば彼女は拒み、いつものように生意氣な態度で抗議してくるに違いない。

 だが、あの男は、アニーにとってあのような振る舞いを許す存在のようだ。それが、フリッツをひどく苛つかせていた。様子を見にいかせたフィリパはいったいどうしたのだろう。あれからしばらく経つのに。

 辻の方を見ながら思いをめぐらせていると、反対側から誰かが近づいてくる音が聞こえた。フリッツは、人狼騒動のおりに近隣の村の者たちの恨みを買ったことを思いだした。何かあってもあの程度の男たちに負けるような腕前ではないが、エマニュエル・ギースがすぐ近くの修道院にいるのに、ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。見つからないように身を潜めた。

 すぐに、つる性植物の下でギィと音がして、そこが屋敷の裏木戸であることがわかった。中から男が顔を出し、やって来た男と顔を見合わせて頷いた。あたりの様子を慎重に確認している。どうやら見られたくないと思っているのはこちらだけではなさそうだ。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れさまでした。

ヘルマン夫妻、まあどっちもどっち、と言いたいところですが。フリッツは、夫というのは妻に生活の保証さえしておけばいい、くらいに考えているんでしょうね。そして、妻という存在がいればいいのであって、インゲ個人に対する興味はないんでしょうね。インゲが愛想をつかしたのも、そのあたりに原因がありそうですな。
気があるかどうかは別にして、エマニュエルのように自分から積極的なコミュニケーションをとることがやはり必要でしょうねぇ。「いや、しないだろう」なんて逃げてる場合じゃないですぞ。
で、もう少しグルグルと反省をさせるのかと思いきや、なんだか怪しい展開になってきましたね。アニー救出より、そっちの内偵の方が、フリッツ向きの仕事って感じです。
2023.11.08 12:14 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

ひと言でいうと、フリッツは恋愛に向いていないんですよ。
自分が興味ないもんだからって、相手がどう思うかもあまり考えていないし、インゲがなぜ愛想を尽かしたのかも、いまいちわかっていないんですよね。

そういう体たらくなので、現在自分が何ににイライラしているのかもよくわかっていません。しょーもないです。

しかし、グルグルなんてしている場合じゃないんです。これから、耳にすることになったのは偶然ですが、フリッツはお仕事モードに入ります(笑)

コメントありがとうございました。
2023.11.08 21:14 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
更新お疲れさまです。

……何も言わなかったって、そもそもそういった話をする場を設けたんでしょうか。
半ば業務的に結婚して、腹を割って話すこともなかったのに、不満があったら言ってくる、いや、言ってもらえると思ってたとか、言い訳にもならないように思えますが。
むしろ、言葉ではなくとも態度できちんと示され、周りからも異常性を指摘されていたのに、考慮しなかった時点で有罪(?)でしょう。

家をきちんと管理してもらっていたことも、当たり前だったんでしょうね。
自分が考える「仕事」だけしていればよくて、自分に不満がなければ相手もないと思っていたとか、恋愛以前の問題じゃ……これが社員に対する役員の態度だったら確実にブラック。
伺う限り、本来行うべき夫としての責務を自身の価値観のみで不要と判断し、その殆どを果たしていなかったのでは。いや、責務とか言うと重たいですけれども、家族、夫婦なら積極的ではなくても、ある程度のコミュニケーションを行うとかね、大事なことがあるじゃないですか。
それをやらずして「妻として」なんて、臍がお茶を沸かしちゃうぞ。

それでも人は変わるものですし、以前の奥さんとは性格とか相性とかの問題もあったでしょうし、状況も環境も異なりますし、この機会に是非。是非に色々気がついていただきたい。
でも、そうですよね。アニーさんみたいにバシバシ言ってくれる人のほうが、わかりやすくてフリッツさんには合ってるんでしょうね。
インゲさんも浮気する前に、それこそ直接ガンガン文句言ってれば、また違った形になったんでしょうか。
ただ、それこそ性格的な差があるし、やってもらえるか、やる価値がある相手だと思って貰えるかは……

なんだか、人ごとながら胃が痛くなってまいりました。大丈夫か、おい。
怪しい人物が出てきたことですし、お仕事も頑張らないとですね。

続きを楽しみにしております。
2023.11.11 05:02 | URL | #yl2HcnkM [edit]
says...
こんばんは。

話し合いどころか、自分が歩み寄る必要を全く感じていないでしょうね。
自分が恋愛感情もなく、日本でいうところのお見合い結婚みたいなのをしたので、相手もそうだろうと勝手に判断したという所でしょうか。
別に惚れた腫れたじゃないんだからご機嫌取りなんか不要だろうと勝手に決めつけたわけですが、相手もそう思って結婚したとは限りませんよね。
わたしの設定では、インゲの方は「この人に何を言っても無駄だわ」と勝手に判断して勝手に見限ったので、まあ、どっちもどっちと言えばそうなんでしょう。

一般なブラック企業とちょっと違うのは、フリッツの家には実際の下働きをする使用人は数人いて、その人たちは給料をもらってあれこれやっていたのでインゲが感謝もされずにただ働きをさせられていたわけではないということですかね。フリッツはお金にもまったく執着ないので、インゲはけっこう自由に使えたでしょうし。とはいえ、不満がなかったら彼女は今もいたでしょうから、後足で砂かけて出て行かれちゃったのは、ドライス伯爵が甘ったるいことばをかけたからだけではないでしょう。

良いのか悪いのかはよくわかりませんが、フリッツは大恥をかかされたのですが、そのことをあまり深刻に受け止めていないというか、よくわかっていないことかもしれません。インゲとしては、もう少し青くなってくれた方が、溜飲も下がったかも。そういう意味でもフリッツは鈍いです。志士朗さんのおっしゃるとおり、生意氣娘にポンポン言われる方が、意外と学ぶのではないでしょうか。今回のことは珍しく刺さったみたいですし。

ま、でも、この2人のことは、ストーリーからすると本当にどうでもいい件でして、実はこの後、大して進まないかも(笑)

このストーリー、人格的にものすごく問題ある脇役たちがゴロゴロ出てきます。そして、そのうちの1人がようやく登場。こっちの方がフリッツよりもはるかにヤバいです。フリッツは、これからお仕事モードに入ります。

コメントありがとうございました。
2023.11.11 18:56 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
まぁ、どっちもどっち・・・なんですが、フリッツの方のマイナス点が高いのかなぁ?
元々の相性も悪かったのでしょうが、恋愛に向いてないを通り越して、これではもうどうしようもないですね。彼の育った環境や教育の問題もあるのかな?役目が役目ですから仕事の面では問題なしなのですが・・・。
このまま現代にタイムスリップしても色々と問題を起こしそうですが、今ならこんな奴いないでしょう。
でも、彼が超堅物であるがゆえにこういう展開は美味しいんですよ。上から目線で偉そうに見物しています。
え?この件、大して進まないんですか?それは残念。フリッツ、アニーのそれぞれの顛末が少しでもわかると嬉しいのですが・・・。
お?怪しげなニューフェースの登場でフリッツが仕事モードに復帰しますね。
新展開、楽しみに待ちます。
2023.11.12 11:06 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

ま、フリッツは、仕事に98%くらい意識が行ってしまっていますので、これは期待しない方がいいと思いますね。インゲもそれで早々に彼に対する感情を切り捨ててしまったんだと思います。

もっとも、今でもこの手のタイプはいますよ。
日本の若者とという範疇では珍しいかと思いますが、もっと広い範囲では何人かこの手のタイプを目にしています。
もちろん家庭生活が上手くいくわけはありません(笑)

さて、フリッツの私生活なんて、ほんとうにどうでもいいのですよ。っていうか、他にどこにも入れる場所がないので、無理やりここで記述しただけで、本編には1ミリも関係してきませんから、この件は、すっぱり忘れてしまって問題ありません。

というわけで、怪しげなニューフェース、こちらの方が今後としては重要かもしれません。ま、どちらかというとまだ書くかわからない第3作の方ですけれど……。

コメントありがとうございました。
2023.11.12 18:36 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ヤバい。
フリッツの気持ちが丸わかりだから、
凄く笑いながら読んでしまうのだが・・・
って夕さんのコメントよろしく、あんまり本編と関係ないのだけど(笑)。


凄い個人的な感情を言えば、
私は3日間ぐらい家に帰らずに仕事に没頭したいわけですよ(笑)。
職場は寝床もあるし、シャワーもあるし、メシもあるわけで。

家族がいて、現代社会に即して生きる以上、
役割は真っ当しないといけない訳であって。
現在において、そこに家族愛以外のモノがあるかは微妙(笑)。

致命的なのは、私以外、家族が金遣いが荒いというか、
全く節約志向がないので、私が家計の管理をしないと、
家族の欲しいものを買わせてあげられないレベル。
「○○がコレ欲しいっていうから、節約しているんでしょうが!!」
って言うと、大体納得してくれる(笑)。
現代社会においては、家族の生活欲求を満たしてあげれれば、
家庭生活は上手くいくんじゃないですか(笑)。
2023.11.22 00:44 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

いやいや、大いに関係ありますよ。あ、関係なくても大丈夫ですけれど。

フリッツ、結局、インゲいなくても困っていないんですよ。
好きだったから結婚したわけでもないし、いない方が仕事に集中できるし、家には給料払っている使用人もいますしねぇ(笑)

蓮さんのご事情とは違うかもしれませんが、レオポルドの安全が関係している重大局面もあるし、「妻がうるさいから家に帰るか」なんてことは全く頭にないでしょう。で、王宮にはそれこそ詰所でも眠れるし、ご飯もそれなりにありますしね。

しかし、蓮さんったら、お仕事も忙しいのに家計管理もしなくちゃいけないのですね。
大変だなあ。
きっとご家族も感謝していらっしゃるでしょうね。

コメントありがとうございました。
2023.11.22 22:37 | URL | #9yMhI49k [edit]

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