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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(27)特訓の始まり -1-

今日は『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、第27回『特訓の始まり』をお届けします。

えーと、この小説、憶えていらっしゃるでしょうか。年末で中断してから4か月以上経っているので、自分でもどこまで公開していたか確認しなくてはいけませんでした。

トリネア候国の残念なお世継ぎ姫エレオノーラは、縁談でやって来るグランドロン国王の前に出るために行儀作法を取り繕おうとラウラに特訓を依頼しました。残念ながら、その一行こそが縁談相手レオポルドとフルーヴルーウー辺境伯夫妻なのですが、それも知らずに。

さて、というわけで、今回からはその特訓が始まったという話です。少し長いので4回に切ってお送りします。


トリネアの真珠このブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(27)特訓の始まり -1-


「そうではありません。念入りには洗いますが、そのように水をあちこちにはまき散らしません」
ラウラからの指摘が入ると、エレオノーラは動きを止めて、うんざりした顔をした。

 貴婦人教育は、まず立ち方、座り方、お辞儀などの訓練から始まった。ラウラの物腰は柔らかく指摘する言葉は丁寧だったが、一切の妥協を許さぬ正確さを求めたので、2刻ほどの訓練でエレオノーラはすでに疲労困憊していた。

 夕食時間となり、授業は終わったと思っていたのに、今度は食事前の手洗いのやり直しを命じられた。
「エレオノーラ様。私がいたしますので、よくご覧くださいませ」

 ラウラは召使いの捧げ持つ小皿から石鹸を手に取り、優美に泡立ててから指を1本ずつきれいに洗った。決して急がず、よけいなところに泡やたらいの水を飛ばすこともない。組み合わされた手を水面の上でそっと振って水を落とすと、召使いからリネンを受け取りまた優雅に手を拭いた。

 トリネアの名産の1つに石鹸がある。《中海》沿岸で育つオリーブの油に海藻灰を火にかけ幾日も混ぜながら煮込んでから冷やしてつくるこの石鹸は、樫灰と獣脂を原料とする北方産の製品と較べて硬く扱いやすい上に不快な臭いもないことからルーヴの王宮でも愛用されていた。

 グランドロン王国の宮廷でも、貴婦人方は《中海》の石鹸を好んだが、あまりにも高価なので使用人はもちろん、ヘルマン大尉のような階級であっても手の届かない贅沢品だとされていた。

 この離宮に遷ってから驚いたことに、一介の商人『デュラン』とその使用人に過ぎない一行にも《中海》の石鹸をはじめとする高価な品の使用が当たり前のように許された。離宮の多くの使用人たちは、姫の滞在する理由や『デュラン』一行がどのような素性のものなのか詳しく知らされておらず、『姫様と同じ階級の客人』のように扱った。

 ラウラは、手洗いを3度やり直させてようやく、エレオノーラが夕食の席に着くことを許可した。椅子を引く召使いは、ラウラが着席の作法を4度やり直させる度に、椅子を引いたり押したりを繰り返させられ、初めてのことに目を白黒させていた。

 もっとも、召使いたちはこの謎めいた客人たちの登場をむしろ歓迎しているフシがあった。姫君エレオノーラの粗暴さは召使いたちを戸惑わせたが、それを諫める存在は侯爵夫妻しかなく、その肝心な主たちは聞いた話によると10年近く前にさじを投げ出してしまっていたからだ。

 どこからやって来た客人かは知らぬが、あえて畏まっているようには見えないのに、作法は見事だったし、とくに姫君に厳しい指摘をしているラウラと呼ばれる貴婦人の作法は、召使いたちがかつて見たことがないほどに優美で完璧だった。

「もう1度、杯をテーブルに置いてくださいませ」
ラウラに叱られて、エレオノーラはため息をつき、従った。

「よくご覧ください。この指先を。杯の足を掴もうと伸ばしてはなりません。まずこの人差し指と中指をきれいに並べ、指先で上の部分に触れてから、こうして下に滑らせます。それから初めて親指で脚をはさみます」
ラウラがしたとおりに、エレオノーラが杯に触れる。

「そうです。いいえ、直接斜めに口元に運ぶのではなく、1度胸の高さの半分ぐらいまで持ち上げてから……ええ。ずっと優美に見えます」

 言われたとおりに飲んでから、エレオノーラはタンッと杯をテーブルに置いて、口を尖らせた。
「いちいちこんなことをしながら口元に運んでいたら、全然飲めないじゃないか」

 ラウラはにっこりと微笑みつつ言った。
「『まったく杯が重ねられなくて、困りますわ』……そう言い直してくださいませ。それに、おろし方は、口までに運ぶのと全く逆の動作をします。さあ、どうぞ」

 奇妙な咳がしたので、一同がその方向を見ると、レオポルドが顔を背けて肩をふるわせていた。食卓で貴婦人たちに失礼がないように笑いを必死に堪えているらしい。横にいるマックスは、ラウラそっくりの妙に親切な笑顔でその場をやり過ごしている。無表情で食べ続けるフリッツと、それぞれ反応は違うがみな同じことを感じているようだった。

 エレオノーラは、少し赤くなりながら再び杯を持ち直し、教えられたことを繰り返した。
「困りますわ……なんてはじめて言った」
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Category : 小説・トリネアの真珠
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
トリネアの真珠の再会、待ってました!

エレオノーラ、さすがの彼女もラウラ先生にかかってはタジタジですね。丁寧に優しく指導しているようでなかなか手厳しい。冷静だし。根気強いし。完璧主義だし・・・。
でも、エレオノーラもちゃんと言うことを聞いて真面目にやっているようです。彼女、なかなか努力家のようですね。偉い偉い。
でも夕さん、こともなげにこんなに複雑な作法を書いておられますね。普段からこういう作法にも慣れておられるのかな?それとも夕さんの調査と想像力の賜物なのかな?どっちにしても凄いです。
いやいや、レオポルドが顔を背けて肩をふるわせているのもわかります。サキもエレオノーラが「まったく杯が重ねられなくて、困りますわ」などと口にするのを想像してニヤニヤしています。
エレオノーラ、ちゃんとお姫様になれるのかなぁ。

ここのところ所用でブログ活動が滞っていました。厄介事もようやくある程度片付きましたので、またそろそろと動き始めます。
2024.04.24 11:53 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
更新、お疲れさまでした。

お待ちしていましたよ、もちろん。だって、ここからの特訓が面白そうなとこじゃないですか。
で、やはりラウラの先生っぷりは、見事の一言ですね。礼儀作法が超一流なのはもちろんですが、教え方がじつに堂に入っていて。そういう才能もあったんでしょうね。この夫婦、伯爵家とかじゃなくても、この知識と技能があればくいっぱぐれることはなさそうです。
そして、オリーブオイルの石鹸。たしかに獣脂なんかで作ったものより、はるかに上等な感じがしますね。美容にもよさそうだし。ラウラはともかく、アニーがいたら喜んだんじゃないかなぁ。
エレオノーラ、ぷちキレてますけど、それすらラウラにうまくあしらわれて、これはもう陛下じゃなくても笑うしかないですね。エレオノーラがどんな淑女になっていくのか、楽しみに読ませてもらいます。
2024.04.24 12:29 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

憶えていていただき、ホッとしました。

さて、ラウラはこの役目にはあっていると思います。
なんせあのマリア=フェリシア姫に耐えたので、忍耐力は抜群なんです。そして、ヴェルドンでは宮廷奥総取締役の副官を務めているので時には厳しく、時には優しくと下の者を指導することにも慣れています。それに、実はラウラ、レオポルドの嫌みにカチンときて、この役目に意地になっていたりします(笑)

エレオノーラも、人にいわれてだったらここまで頑張りませんが、今回は自分で頼んだのだから渋々ですが耐えています。
なんせ時間が無いのはよくわかっていますしね。
さて、この作法は実はすべて創作ですが、参考にしているものはあります。
たとえば茶道のお作法なんかもその1つですね。
やはり小説なので、「食事の作法を教えた」という記述だけではなくて具体的なことを書く描写が必要かなと。
その辺が難しいです。

レオポルド、一生懸命我慢しています。
候女のやる氣を削がないように、また、いちおう商人ということになっているので、爆笑はできません。
こんなスタートですが、これから少しずつ向上していく(……はず)です。

サキさんもお忙しかったのですね。
ご無理のないように、でも、また小説、楽しみにしていますね。

コメントありがとうございました。
2024.04.24 20:56 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

わあ、憶えていていただいてよかったあ……。

ようやく特訓始まりました。
ラウラ、実はこういうの向いているんですね。
マックスはフルーヴルーウー辺境伯じゃなかったら、トンズラして旅する教師で生きていきたいだろうし、ラウラも喜んでついていったと思います。

さて。
中世のオリーブオイルの石鹸、めちゃくちゃ高級品で大人氣だったみたいです。
やっぱり南の方が文化は洗練して華やかなものだったみたいですね。
アニーは、喜んだかも。もっとも、いまギースに甘やかされていますから石鹸くらいあっちで使わせてもらっていたりして。

エレオノーラはしかたないです。自分で頼んだことですしね。
2週間しかないので、歯を食いしばってついていくしかないですよね。

コメントありがとうございました。
2024.04.24 21:02 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
わ~い、再開だ。前回までの展開を思い出そうと必死です。
ちょっとは頭に残ってましたよ。
それに、忘れたときのために、(ハイデルベル夫人、お付きの侍女?)って感じで
ほんの数人ですがメモってるんですよ(^^♪
表題にある通り、ほんと特訓ですね。姫が投げ出さなければいいのですが。



2024.04.25 03:02 | URL | #- [edit]
says...
こんにちは。

待っていていただけて嬉しいです。
メモまでしていただいて、嬉しいなあ。
ちなみに毎回リンクを張っている「あらすじと登場人物」には大筋に必要な人物のことだけは書いてあります。
ハイデルベル夫人はあまり重要ではないので書いてないですが、宮廷奥総取締役なのでラウラの上司ですね(笑)
お付きの侍女は、いまはぐれているアニーです。

さて、姫は2週間後に縁談相手が来るので取り繕うために必死です。
まあ、その相手がいま目の前で笑いを堪えているんですけれど……。

コメントありがとうございました。
2024.04.27 15:59 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
爆笑した(笑)。
多分、私だったら、もっど酷いことになるのは間違いない。
森の詩が戻ってきたのは個人的にはとても嬉しい。


所作に関しては、面白いですよね。
そして、やはりこういうのを身に付けておくと役立つときはある。

え~~と、夕さんには話したかな?私は看護師なんですけど、
それぞれ看護専門学校では特色があって、
茶道の授業が必須になっている看護専門学校もあるんですよ。
看護師でもそういう所作を身に付けておくと、
社会に出てからも役に立つよ、ってことなんだと思います。

当たり前ですが、私はそういう所作に関するマナーは一つも勉強してない(笑)。
2024.05.04 22:14 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

「scriviamo!」の期間中は、もう必死で書きまくっているので、『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』のことは頭からスポーンと抜けております。というわけで「どこまで公開していたっけ」と探しちゃいましたよ。

看護師さんで茶道の所作ですか!
それはびっくりです。

茶道、ちょっとだけ習っていましたが、たとえば襖の開け閉め、挨拶のしかた、和室での振る舞い方など、日本に住んでいたら普通によく使う動作を型で教えてもらって、とても役に立ちました。
なので、今回の描写にもそれをヒントにしたものを紛れ込ませました。

なにがどこで役に立つのか、わからないものですよね。

コメントありがとうございました。
2024.05.04 23:20 | URL | #9yMhI49k [edit]

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