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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (21)東京、 ワインを飲みながら

列車に乗るときの楽しみが駅弁やその他の食べ物にあるのって、私だけでしょうか。子供の頃は新幹線と聞くと冷凍みかんとバニラアイスを連想してものすごく幸せでした。東海道線に乗るときはお好み弁当を買うかシュウマイ弁当を買うかで真剣に悩みました。あのプラスチックに入ったお茶も好きだったなあ。あ。また食いしん坊モードに入ってる……。

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大道芸人たち Artistas callejeros
(21)東京、 ワインを飲みながら


「間に合わなかったらどうしようかと思ったじゃない」

 新幹線になんとか間に合ったので、安堵して蝶子は席に沈み込んだ。国内旅行に出る前の日に、稔は拓人と飲みに行ったまま帰ってこなかった。それで、蝶子はヴィルとレネを連れて、東京駅の新幹線の改札でぎりぎりまで待ち、発車直前に駆け込む事になったのだ。

「悪い。つい寝過ごした。結城は今日はオフだったんだ」
稔は荷物を上の棚に載せて謝った。

「結城さんが泊めてくれた上に、ここまで送ってくれたの?」
「うん。すごかったぜ、結城の億ション」


 拓人と稔は学生時代から仲が良かったわけではなかった。だが、真耶の家では稔は同い年の日本人である拓人と話す機会が多く、一緒に飲みにいかないかと誘われた時にも特に違和感がなかった。

 拓人はヴィルの言葉を信用していなかったわけではないが、念のために稔に少し話を聞き、必要とあれば様子を見るように話すつもりだった。
「真耶は、君たちが偶然旅先で会ったらしいと言っていたが、そうなのか?」

 拓人の行きつけという静かなバーで、かなり高そうなワインを飲みながら、東京の夜景を眺めつつ稔は答えた。
「そうなんだ。コルシカ島からイタリアに戻るフェリーの上でさ、フルートを吹いている女がいたんだ。よく見たらフルート科の四条蝶子だったから驚いたよ。お蝶は俺の事は憶えていなかったけどな」

「君は蝶子がそんな所にいた理由を知っているのか?」
「だいたいのところはな。ドイツで恩師と恋愛関係になったけれど、結婚したくなくて逃げ出してきたって言っていた。でも、園城の方が詳しいよ。俺はその教授とやらを知らないんだ」

「僕は、一度見かけた事がある。有名な教授だ。ドイツのフルート界では一番の権威だ」
「へえ。そういえば、あんたもドイツに留学していたんだっけ。でも、そんな権威ってことは、相当な歳じゃないのか?」

「ああ。恋人っていうよりは父親の世代だよ。もっとも女の弟子には、必ずと言っていいくらい手を出すんで、別な意味でも有名な人でね」
「え……。そうだったんだ。じゃあ、お蝶は助平教授の不実さに愛想を尽かしたのかな」
「いや、ザルツブルグで二人に会った真耶によると、教授の方が蝶子に舞い上がってたそうだ。教授は図らずも本氣になってしまったんじゃないか。婚約していたらしいしな」

「プレイボーイにもそういう事ってあるのかなあ。プレイボーイって意味じゃ、お前、その教授なみだろ。どうなんだよ」
「あるさ。普段、真剣じゃない分、いったん恋に落ちると深いのさ」

 稔は拓人をまじまじと見た。ホントかよ。拓人は、何かを思い出すように少し考え込んでいた。ふ~ん。こいつも軽い恋愛を楽しんでいるだけじゃないんだな。

「君はどうなんだ」
拓人は稔に訊いた。

「俺? 恋愛の話か? それとも大道芸人している理由の話?」
「失踪しているって聞いたぞ。それも恋愛がらみか?」

「俺の恋愛じゃないけどね」
「誰のだ」
「俺が恋愛対象に出来なかった女だよ」

 ほう。拓人は意外に思って稔を見た。
「きっかけはその女だった。でも、俺はたぶんずっと逃げ出したかったんだと思う。家元制度とか、いろいろなものから、自由を求めて。で、本当にやっちまった。やっちまったらもう後戻りは出来なくなった。したくなかった。俺にとっては正解だったと今でも思う。でも、その分いろいろな人を傷つけ、迷惑もかけた」

「その女性に今回会ったのか?」
「いや。たぶん一生会う事はないと思う。弟と結婚するらしい」

 拓人は黙って稔を見た。
「ほんの少しだけ、楽になったよ。あいつはヘビ女だったけれど、あんな風に恥をかかせて、苦しめていいってことはないからな。幸せになると聞けば嬉しいよ」
稔は拓人に笑いかけた。拓人も笑った。

「君はまじめだな」
「まじめな人間が失踪なんかするかよ」

「女一人を振るのに、失踪しなくちゃいられないほどまじめってことだろ。安心した」
「何が」

「蝶子のこと、氣になっていたんだ。でも、君が側にいれば安心だからな」
「トカゲ女は、俺なんかいなくても強く生きていくぜ。そんなにお蝶を氣にいっていたんだ?」
「落ちなかった女の方が思い入れは強くなるものだからな」
拓人は、こともなげに言った。
「今から名誉挽回させてくれないかしらって言っていたぜ。試すか?」

 拓人はちらっと稔を見て言った。
「本氣で勧めているのか?」

 稔は激しく首を振った。
「テデスコのいない所でやってくれ」

 拓人は笑った。
「そういうと思った。無理だよ。あのドイツ人の前で蝶子に手を出す氣にはなれない。それに、真耶と蝶子があそこまで仲が良くては」

「お前にとって園城ってなんなんだ? 親戚? 音楽だけのパートナー? それとも?」
稔は一度聞いてみたかった事を突っ込んだ。稔の観察が正しければ、真耶の方は拓人に対してそれ以上の特別な感情を持っているようだった。

「そんなちっぽけな存在ではないな。双子の片割れか、それとも自分自身の一部くらいの近さがある。たとえ誰かと結婚して、離婚してなどという事を繰り返したとしても、真耶は常に側にいるだろうな。だからこそ、僕も真耶も独身のままでいるのかもしれない。結婚する相手よりも近い人間がいるなんて面倒な事じゃないか」

「園城と結婚する氣はないのか? 親戚といったって、出来ないほど近いわけじゃないだろう?」
「真耶と結婚? あいつは僕を恋愛対象にした事はないんだぜ?」

「そうか? 俺にはそうは見えないけどな。似合うぞ。お前ら」
「ふん。そうか。お互いに誰からも相手にされなくなったら、そうするかな」
だめだこりゃ。

「君はどうなんだ、蝶子のこと」
拓人は稔に訊いた。

「勘弁してくれ。こっちにもあっちにもその氣はゼロだ」
「いや、恋愛感情は別にしての話だよ。どんな存在なんだ?」

 稔は、腕を組んで考え込んだ。そして、ワインをゆっくりと飲んだ。拓人は答えを急がせなかった。それで稔はぽつりと言った。
「たぶん、お前にとっての園城に近いのかもな」

 拓人はバーテンにもう一本ワインを開けるように言った。

「俺にとって、そういう女はずっと陽子だった。生まれてからずっと側にいて、三味線の腕を競い合ってきた。小学校でも、夏休みもいつも一緒だった。子供だった頃から、思春期も一緒で、俺が他の好みの女と恋愛している時も、いつも三味線と陽子が大きな存在を占めていた。かわいい子と付き合って、別れて、その存在が消え去っても、常に陽子だけは変わらない存在だった。でも、俺が航空券をバラバラに引き裂いて捨ててしまった時に、俺はあいつの存在を捨ててしまったんだと思う。その空間は、一人で放浪している間中、いつもぽっかりとあいていた。そこに、お蝶と、プラン・ベックとテデスコが入り込んできたんだ。酒を飲んで、馬鹿な事をいいあって、音楽や理想や思い出や行き先について語り合ったり、意見を本氣で戦わせたり、弱っている時には手を差し伸べたりさ。そういうことをごく自然にできる相手って、そんなにいるもんじゃないだろう?」

「そうだな」
拓人は、ゆっくりとグラスを傾けた。本当にうらやましいほどの友情だった。

「その中でも、お蝶はもちろん特別だ。あいつは無茶苦茶だし、ウルトラ勝手だ。かわいげのまるでないトカゲだ。だけど、自分の痛みや苦しみを武器にしたりしない。強靭でしなやかな生命力のお化けだ。言う事はきついが誰よりも信頼できる。俺の事も戦友みたいに信頼してくれている。一年ちょっと前まで、ほとんどしゃべった事もなかったなんて、信じられないくらいだ。俺はたぶんあいつのためになら何でもする。たぶん自分の好みのカワイ子ちゃんとのデートを放り出してでも、あいつのために走るだろうな。すごく変だけど、お前にはわかるだろう?」

 拓人は頷いた。これなら安心だ。たとえ、蝶子があのドイツ人の正体を知って、人間不信に陥るほどのショックを受けるとしても、稔が蝶子を支えるだろう。恋愛感情の有る無しは関係ない。そんなものはどうでもいいことだ。

 拓人自身も蝶子を女として愛しているわけではなかった。だがやはり特別な存在だった。ちょうど稔をただのかつての同窓生として以上に信頼しているように。そして、拓人は同じ感情をヴィルに対してすら持っていた。それは音楽が結びつけた感情だった。稔の奏でる三味線が、ヴィルの弾くピアノが、蝶子が吹くフルートが、拓人には真耶の響かせるヴィオラの音と同じ尊敬を呼び起こした。

 ヴィルのやっている事は褒められた事ではない。けれど、拓人はヴィルがそのフェアではない自分の行為に対して、既に十分すぎるほどの罰を受けている事を知っていた。


「よく泊めてもらえたわね。結城さんって、世界中を飛び回っていて忙しいだけじゃなくて、デートしたい女性が行列して待っているのよ」
蝶子は、買ってきた缶ビールをガイジン軍団に渡しながら言った。

「たまにはオフにしたいんじゃないか? 女の相手って、いろいろと面倒くさいし」
稔は、蝶子が大好物のシュウマイを取り出したのを見て、氣もそぞろになって言った。

「ヤスとは違って結城さんはそういうことが苦にならないのよ」

 お前の事を心配して、わざわざ時間をとったみたいだぞ。稔はそう言いたかったが、ヴィルがいたので黙っていた。その代わりに機関銃のごとき箸使いでシュウマイをぱくぱく食べた。

「ちょっと! 一人で食べちゃうつもり?」
「直に車内販売が来るからまた買えばいいよ」

「これ、日本料理ですか?」
レネがおずおずと手を伸ばした。

「シュウマイは本来は中華料理だよ。こっちはさきいか。お、柿ピーもあるぞ。よくわかってんじゃん、お蝶。日本のものだけど、料理って言うよりつまみだな。俺たちみたいに飲んで騒ぐやつらの食いもんだ」

 ヴィルはヱビスビールに満悦して、窓の外を眺めていた。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
 こんばんは、TOM-Fです。

 男と女、イコール、恋愛。
 そういった関係以外に、音楽(芸術)を通じて結ばれる関係もあるんですね。
 友情とも、ちょっと違うのかな。
 共通の価値観、お互いへの尊敬と信頼。
 「○○のためなら、なんでもする」
 男女を問わず、そこまで言い切れる、言い切ってもらえる相手がいるというのは、幸せなことですね。
 結城拓人くんも、なかなかいい男じゃないですか。
 三人組はもちろん、カルちゃんに拓人。なんだかんだ言っても、蝶子の周囲にはいい男が揃っていますね。あとは、彼女に見る目があるかどうかですね……。

 えっと、一箇所だけ、気になったところが……。
 「ヤスはと違って(略)」→「ヤスとは違って(略)」

 崎○軒のシュウマイ、横浜に行くと、なんだか買いたくなっちゃうんですよね、アレ。
 上の記事のウナギも美味しそうだったし、ああ、お腹すいた~。
2012.08.01 11:26 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

ご指摘ありがとうございました。とっても、とっても、助かります。直しました。

蝶子の周りにいい男が鈴なりなのは、私がいい男が好きだからです。で、いい男は、いい女にしか寄ってこないので、これはあくまで願望なんですが。個人的には、ヴィルに好かれるみたいに愛されたいという願望はあまりありませんが、稔みたいな親友は欲しいですねぇ。

蝶子の見る目ね……。まあ、悪くはないんですが、いいとも言えませんかね。音楽に対する耳ほどではありません。

崎○軒のシュウマイは、中華街の本格的なものと較べるとなんなんですが、全く別物として好きですね。前を素通りできない魔力があります。かといって稔のようには食べられないので、「ポケットシュウマイ」よく買っています。しかし、最近の私、記事が食べ物に集中し過ぎ! 食いしん坊がバレてしまう(今さら発言)。ちょっと反省。

コメントとご指摘、ありがとうございました!
2012.08.01 21:59 | URL | #9yMhI49k [edit]

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