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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (22)厳島、 海つ路

食べ物同様に私が煩悩しているのは、温泉です。これだけは日本じゃないとね〜。温泉そのものはヨーロッパにもあるんですが、水着を着て入ると感じがでないんですよね。

ようやく四人は観光らしい観光を始めました。富士山に次いで「日本と言えば」な風景。厳島です。


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大道芸人たち Artistas callejeros
(22)厳島、 海つ路



「あの島に渡るんじゃないのか?」
ヴィルが訊いた。四人は厳島を臨む宮島口に来ていた。ガイジン二人も知っている海の中の大鳥居が見えている。

「その通り。でも、ちょっと寄り道しようぜ。お蝶がこの店に煩悩しているんだとさ」
稔が、船着き場の近くにある穴子料理の有名店を指した。

「人が並んでいる」
レネは目を白黒させたが蝶子はひるまなかった。
「こんなに行列が少ないのは、お昼時じゃないからよ。ねえ、いいでしょう」

 運がよかったのか、五分も待たずに四人は座れた。ガイジン軍団が何かを言い出す前に、蝶子は素早く白焼きと一緒に日本酒を頼んだ。酒さえあればともかく二人は黙るのだ。

「穴子ってなんですか?」
「うなぎの仲間だよ」
「えっ」
レネは青くなった。レネにとって鰻とは、まずくてしかたない魚料理の代名詞だった。

「大丈夫よ。イギリス人と日本人は調理方法が違うの。そんなにまずくないから、たぶん……」
蝶子がウィンクした。

 他には何もないレストランなので、レネは覚悟を決めた。そして出てきた白焼きにおそるおそる手を出した。
「あ、美味しい」
レネは目を丸くした。

 香ばしい上に、わさびと塩というシンプルな味付けが素材を引き立てていた。ヴィルもついに完全に魚嫌いを克服したようだった。日本酒との組み合わせを堪能している。周りの客たちが、その四人を遠巻きに興味津々で見ていた。

 やがてあなご飯が運ばれてきた。稔は大喜びでかき込んだ。
「本当に美味いよな、これ。噂には聞いていたけれど」
「そうでしょう? ここに来るんなら食べないなんて考えられないわよね」
蝶子も大喜びだった。

 一方、ヴィルは首を傾げていた。レネも不思議そうな顔をして食べていた。
「美味しくない?」
蝶子が訊くとヴィルは答えた。
「美味いけれど、なぜ甘いんだ?」

 稔と蝶子は顔を見合わせてから吹き出した。
「そうか。ガイジンには新鮮だよな。日本料理にはこういう甘辛味のものがあるんだよ」
「そういえば、西洋料理にはこういうのなかったかしらね」


「あれは、どうして海の中に立っているんですか?」
船は厳島にぐんぐんと近づいていた。レネは大鳥居を指差して訊いた。

「あれはねぇ。神道のシュラインに入るための門なのよ。で、普通、シュラインは建物なんだけれど、ここは島そのものが信仰対象なの。だから島の手前に門があるってわけ」
「島そのもの? シントーは自然崇拝なんですか?」

「日本人の考え方では、何にでも神が宿るんだ。古木の生命力を信仰する事もあれば、コメ一粒の中にも神が宿るってね。だけど自然そのものでなくて名前のある人間みたいな神様もいっぱいいる。ギリシャ神話みたいにエピソードのいっぱいある神様もいるんだぜ」
稔が説明したが、レネはますます混乱するようだった。

「馬鹿みたいに思える?」
蝶子はヴィルに訊いた。理詰めのドイツ人にはついていけない感覚ではないかと思ったのだ。

「あんたたちは、その神様のエピソードが実際にあったと信じているのか?」
「まさか」
蝶子はびっくりして言った。ギリシャにだってゼウスだのアフロディテだのを信じている人なんかいないだろう。

「信じていないのに、祈るのか?」
「エピソードに祈るわけじゃないわ。でも、何百年も生きてきた大木や、千年以上前に名工が掘り出した仏像や、自分たちがどうにも出来ない運命を司るぼんやりとした存在に、尊敬の気持ちと願いを込めて手を合わせるの。その他にも、今日も無事に生きられてご飯が食べられます、おいしいお酒が飲めますって感謝したりね」
「なるほど」

 ヴィルはわかるとも下らないとも言わなかった。ヨーロッパで信じられている馬鹿馬鹿しい事、例えばイタリアの街に聖母マリアの家が空を飛んでやってきた、などという伝説には理路整然と反論する事が出来る。だが、今日、うまい酒が飲める事に感謝するのに反対する必要があるだろうか。

 蝶子は、海をわたる潮風を受けていた。コルシカフェリーの上でフルートを吹いていたとき、海は冷たかった。どこに行くのかわからず、何をしていいのかもわからなかった。広い世界にひとりぼっちだった。次に海を渡ったのは、アフリカ大陸への小旅行だった。あの時のメンバーが、いまここにいる。地中海が瀬戸内海に変わっても、いつも一緒にArtistas callejerosの仲間たちがいる。これほど感謝したくなる事があるだろうか。蝶子はフルートの入った鞄をぎゅっと抱きしめた。

 稔がインターネットカフェで予約したのは、本来ならばとても四人が泊まれるような旅館ではなかった。だが、インターネット限定プランが直前価格で激安になっていたために、一人頭で割ると朝食付きなのに素泊まりの安宿よりも安くなったので、迷いなくそこにしたのだ。それは、厳島の中にある評判のいい旅館で、頼んだのはベッドが二つと、布団を敷ける和室が一体になった広い部屋だった。

「旅館を体験できるいいチャンスだろ」
「ついでにお部屋での食事も頼んじゃえば? 滅多にできない体験づくしで」

「そうするか。部屋で飲みまくるのもいいよな。よし、ヘビ女に返してもらった金はここで遣おう」
「あら、私たちもちゃんと出すわよ。この旅行、思ったよりも全然お金遣っていないし」

「いいんだ。部屋代は割り勘にするけど、ここの酒と飯は俺におごらせてくれ。お前たちが来るって決めてくれなかったら、今でも俺はヨーロッパで家族の事を悩んでいただろうし」
そして、稔はその旅館に二泊する予約をしたのだ。

 船着き場から、島の中心の方に歩いていくと、鹿の集団が餌を求めてまとわりついてきた。ようやく梅雨が明けて、夏らしくなってきていた。したたる緑の彼方から蝉がうるさいほどに鳴いている。

「この暑さと湿氣! 忘れていたわ。これが日本の夏だったわね」
蝶子はうんざりして言った。

「この湿氣は雨が降っていたからじゃなかったんですね」
レネが汗を拭きながら言った。

「海のせいなのか?」
ヴィルの疑問には稔ははっきりとは答えられなかった。
「海辺じゃなくても湿氣はあるよな。冬は乾燥するし。わかんねえや」

「やっぱりヨーロッパの夏の方がずっと快適よね。それでも、ここは都会じゃない分、少しは涼しいはずなのよね」
蝶子がいうとレネが訊いた。
「どうしてですか?」

「都会だと、どの建物も冷房するから、そのぶん外が暑くなるんだ」
稔がそう答えた時に、蝶子が旅館の看板を見つけて歓声を上げた。

 一歩旅館の中に入ると、冷房が効いていた。入り口では従業員が深々とお辞儀をしたので、レネがびっくりして後ずさりをし、稔と蝶子はその様子を見て笑った。チェックインが済むと仲居に案内されて四人は部屋に向かった。荷物を持とうとした仲居に、レネとヴィルはびっくりして断った。従業員とはいえ若い女性に荷物を持たせるなどという事は、彼らにはあり得ない事だった。稔も笑って断ったが、仲居が本当に困っているので蝶子は自分の荷物を渡した。

 旅館の滞在は、ガイジン二人にはカルチャーショックの連続だった。お茶を淹れてくれ、館内の案内と浴衣や手ぬぐいなどの説明をにこやかにしてくれた仲居が、夕食の時も部屋にサービスに来ると聞いて耳を疑った。

 食事の前にひと風呂浴びようと、稔と蝶子は二人を連れて大浴場に向かった。

「女性とは、別れているものなんですか」
レネは入り口を見て、がっかりしたように言った。

「当たり前だろ。全裸で入るんだから、一緒に出来るか」
「ええっ。全裸? でも、知らない人もいるのに?」

「慣れれば何ともなくなるわよ、じゃあ、あとでね」
蝶子は嬉々として隣ののれんをくぐって消えた。

 露天風呂に入るのは十年ぶりぐらいだった。蝶子は蝉時雨に耳を傾けながら、思う存分手足をのばして、久しぶりの温泉を心ゆくまで堪能した。

 竹垣の向こうからは、英語で騒ぐ声が聞こえてくる。
「え。だって、外ですよ」
「そうだよ。さっさと入れよ。おっと、その手ぬぐいはお湯に入れちゃダメなんだ」
「はあ。えっ、熱いじゃないですか」

 蝶子は声を立てて笑った。さぞかし周りの日本人たちは奇異な目で見ている事だろう。

「おい、お蝶。何笑ってんだよ」
稔が竹垣越しに声をかけた。

「大変だろうなと思って。何もかもはじめてでしょう、その二人」
「ブラン・ベックがまだ入ろうとしなんないんだよ」
「テデスコは?」
「平然と入っているぜ」
「本当に熱いな、このお湯」
案の定、文句を言っている。蝶子は爆笑した。稔たちの周りの男性客だけでなく、いまや蝶子の周りの女性客も遠巻きに見ていた。

「真冬に、露天で雪見酒飲んだら美味しいでしょうね」
蝶子がいうと稔は叫び返した。
「よし、次回は冬に来ようぜ。それで、露天の部屋風呂のある宿にしよう。感じでないけど海水パンツ着てさ」

 蝶子は笑った。日本に再び来るかどうかわからないけれど、その時はまたこの四人だといい、そう願って。


 蝶子が部屋に戻ると、間を置かずに稔たちも帰ってきた。
「浴衣を着せるのもまた一苦労だったんだぜ」

 蝶子は感心して三人を見た。
「悪くないじゃない。似合っているわよ、二人とも」

 レネとヴィルは黙って顔を見合わせた。まんざらではない。

「でも、ヤスは本当に板についているわねぇ」
蝶子はため息をついた。単に日本人として浴衣が似合うというだけではなく、その着崩し方までが自然でいなせだった。蝶子は改めて稔が邦楽家であることとを思い出した。

「当たり前だ。俺はこういうのを着て育ったんだ。でも、お蝶も粋だぜ」
「そう? ありがとう。浴衣って、このくらい衣紋を抜いていいんだったかしら」
「ああ、だが、髪はアップにしろよ。そのほうが色っぽくなるからさ」
稔はウィンクした。あまり色っぽすぎても困るけどな、そう心の中でつぶやいた。


 仲居がどんどん食事を運んできた。
「お料理の説明をさせていただきます。季節の先付はサーモンとすり身の寄せものでございます。お造りは鮪とイカとカンパチになります。こちらは茶碗蒸しでございます。焼物は生帆立貝柱バター焼、揚物は鱧とお野菜の天麩羅でございます。こちらのお一人様用の鍋は和牛のミニステーキの野菜添えでございます。固形燃料の火が消えるまで、蓋を開けないようにお願いいたします。白飯と香の物、最後に水菓子となります」

 一氣に言われた説明を、蝶子と稔は放心して聞いていた。ヴィルとレネは通訳を待ったが、稔は簡単に言った。
「あ~、魚と野菜と肉だ。食う時に訊いてくれ。憶えている限り説明するから。とにかく乾杯するか」

 飲み放題コースを頼んでおいたので、四人はスペインでのペースで飲みだした。

「なんてきれいなんだろう。これ、食べるの、もったいないじゃないですか」
レネがいちいち感心していった。

「作るのは大変だけれど、食べるのは一口よねえ」
蝶子が先付けをつるりと食べていった。

「魚ばっかりだけど、大丈夫か?」
稔はヴィルに訊いた。

「生なのに、まったく生臭くないな。この変な草以外」
そういって海藻をよけた。

「これは確かにハードル高いわよねぇ」
蝶子は熱燗をヴィルの盃に満たして笑った。

「このキモノコスチュームを着ると二人とも急に変わるんですね」
レネが言った。

「どう変わった?」
自覚のない稔は蝶子と顔を見合わせた。

「動きが、柔らかくなっている。力も抜けているな」
ヴィルが言った。

 稔はどっしりと安定してリラックスし、蝶子は柔らかく色っぽくなっている。酒を注ぐときも片方の手が袖を押さえる。それがとても美しい。ヨーロッパではほとんど男性に酒を注がない蝶子は、ここ日本では率先してその役目をし、反対にヨーロッパではマメな稔はほとんど何もしなくなる。彼らは今、日本人の男女に戻っているのだ。


 朝、目を醒ますと蝶子と稔がいなくなっていたので、レネはキョロキョロと見回した。部屋の窓辺に座っていたヴィルが言った。
「温泉に行っているよ」

「またですか?」
「朝に入るのは格別なんだそうだ。俺はシャワーで十分だから遠慮したがな」

 ぼーっとしていると、昨日の仲居が入ってきた。
「おはようございます。お食事の用意ができています。食堂へどうぞ」

 もちろん二人は何を言っているのかわからない。片言の英語で意思の疎通をしようとする仲居の相手をしている所に、稔と蝶子が相次いで帰ってきた。仲居は心からほっとしたようだった。

 朝食の内容にガイジン軍団はまたしても目を白黒させた。
「魚? 朝から?」

 稔と蝶子はほらきたという顔をして笑った。
「今日と明日だけだから、日本の朝ご飯を堪能してよね」
「あとの宿は素泊まりにするから、喫茶店とかで洋風のものが食べられるしな」


 朝一番で、四人が行ったのは厳島神社だった。朱色の柱の鮮やかな回廊、海の上に張り出す舞台。そのエキゾチックさに感動していた上、歴史についての説明を聞くと、ますますレネは興奮した。ヴィルは台風で何度も壊れた神社がその度に再建されてきた事に興味を持ったようだった。

 それから四人は大層心惹かれるものを目にした。奉納された酒樽の山だった。
「昨日の酒は美味かったな。今夜もあれを頼めるのか?」
ヴィルの問いに稔は大きく頷いた。
「飲み放題にしおいて大正解だったな。旅館の方は迷惑かもしれないけれど、二晩だから、いいだろう」

「午後はどうするんですか?」
レネの問いに蝶子は地図を見ながら答えた。
「裏の方の山をハイキングできるみたいよ。暑いからイヤというなら、旅館にいてもいいけれど」

「冷房の中だけにいるのも体に悪そうだよな」
稔が言うとヴィルも頷いた。
「汗をかいたら、また例の風呂に入ればいいんだろう」

「温泉、好きになってきたの?」
蝶子はおもしろがって訊いた。
「あの熱い湯から出ると、暑さが氣にならなくなる」
稔と蝶子はゲラゲラ笑った。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
こんばんは、TOM-Fです。

子供の頃、日本三景を覚えたのですが、天橋立、松島と、「秋」の宮島だと思っていました。
季節限定の日本三景って、どうよ。

厳島神社は、ほんとうに美しいところですね。
満潮の海上に浮かぶ朱の社殿の美しさたるや、筆舌に尽くしがたいものがあります。

宮島で泊まったことはありませんが、いい旅館がいくつかあるようですね。
ガイジンさんには、純和風の旅館は、めずらしいものだったでしょうね。蝶子と稔の「日本人」的な
面も含め、ヨーロッパと日本の違いというものを、読ませていただきました。
2012.08.08 16:59 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

「秋」の宮島……。子供はそう思いますよね。実際に行くと「厳島」と書いてあるし、さらにわけわかりませんよね。

旅館の話は、かなり実話です。うちの旦那の騒いだポイントをみな入れてあります。私たちが泊まったのは「有もと」というところで、サービスも食事もとてもよかったですよ。偶然、ついてくれた仲居さんがドイツ語をちょっとかじった事があって、彼の相手をしてくれたので、とても嬉しかったです。

コメントありがとうございました。
2012.08.08 17:31 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012.08.10 09:56 | | # [edit]
says...
おおお。
お忙しいのに、本当にありがとうございます。

コメの長さは、お氣になさらないでください。お名前を出したくないときだけ、ご自由に鍵コメでどうぞ。

小説家たる者は、本当は自分の事以外の事も書けなくちゃいけないんですが、私はどちらかというと自分が感じたり、相手の現実を見て思った事しか書けない人でして、だからいろいろな小説で似たようなモチーフや葛藤が出てきます。自分なりにいろいろなアプローチはしているのですが、テーマは一緒で、それが「ざわざわ」するのなら、伝わったという事なので、ニンマリでございます。

この話に、キャラたちに共感していただけて嬉しいです。私は、どんなものを書くときも「面白いか面白くないか」よりも「本当にいる人間や想いが書けているか」を優先していまして、そのために読者によっては「重いし、つまんないから興味なし〜」になることを覚悟しています。そちらのブログで書かれている作品は、その両立ができていて、それでいつもすごいなあと思っているのですよ。

どんな人間関係も、時間とともに動いていきます。彼らは一年経ちましたが、やはり動いて揺れています。そういう現実にもある不安な感じがなんとか出せたのかなと、この感想をいただいて嬉しく思っています。

ちょうど半分ぐらいです。まだまだ続きますが、もっと動きますので、見捨てずにおつき合いくださいませ。
ありがとうございました。
2012.08.10 16:57 | URL | #9yMhI49k [edit]

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