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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (23)京都、 翠嵐

日本に来たら、ここには行かないとね。すべてのガイジンが知っている古都です。もっとも、東京との地理関係はほとんど知られていませんが。旅行パンフにはたいていフジヤマを背景に舞妓さんが映っています。一緒には観られませんから(笑)

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大道芸人たち Artistas callejeros
(23)京都、 翠嵐



「ヤス! 三味線!」
蝶子がそう叫ぶと、稔の肩から三味線の入った袋が奪い取られていた。そして何が起こったのか把握する前に上から水が降ってきた。

「うるせえ。この毛唐ども!」
上から、怒号が聞こえて、ぴしゃりと窓が閉められた。

 四人は京都の西陣の近くを歩いていた。『鰻の寝床』というにふさわしい京町家がたくさんあったので、物珍しさも手伝って冗談を交えながら楽しそうに話していた。ただ、そこは本来は観光客の見て回るようなところではなかったらしい。しかも、その家では夫婦喧嘩の真っ最中で、亭主の機嫌の悪さは並大抵でなかった。だいたい亭主は京都人ではなかった。氣の短い江戸っ子だろう。

 蝶子はかなり離れたところからひらりと戻ってきて、稔にまったく濡れていない三味線の袋を返した。それから突然の襲撃に呆然としている三人を見てけたけたと笑った。
「なによ、あなた達、水をかけられた事ないの?」

 みごとに蝶子はどこも濡れていなかった。水がかかる前に素早く安全な場所に逃げたのだ。
「お前はあるのかよ」
濡れた背中を氣にしながら、稔は言った。

「ありますとも。何度も。真冬にもね」
「なんですって。どうしてそんなことに?」
レネは自分が濡れて惨めな氣持ちでいる事もすっかり忘れて訊いた。

「私ね。家で練習するの、禁じられていたのよ。日本の家屋事情を考えたら、しかたないわよね。でも、練習しないとどうしようもないじゃない? だから、近くの原っぱに行ってそこで吹いていたのよ。その前にある家にしてみたら迷惑だったでしょうね。それで、よくうるさいって言って、こういうバケツの水が降ってきたものよ。一度なんか、バケツごと落ちてきたから、危うく怪我するところだったわ」

 蝶子は笑ってその話をしていたが、稔は、その時の蝶子の惨めさを思ってやるせなくなった。大学時代、蝶子は練習をしてこないクラスメイトにひどく辛辣だった。稔は邦楽科だったが、ギター好きが高じてアンサンブルの授業を受講し、そこで蝶子と一緒になった。一人や二人の練習不足のために授業が進まないと、みんなは迷惑そうに眉をひそめたが、本人に激しく抗議したのは蝶子一人だった。

「おお、怖い」
そういって、舌を出していたクラスメイトは、夏の間はハワイの別荘でサーフィンをして過ごすと自慢していた裕福な家の一人娘で、親にすべての授業料を出してもらい、卒業後は親の関係する学校で教職に就いた。

 いつもどこか構内でフルートを吹いていた蝶子に「あてつけみたいで、嫌みよね」と言ったあの女は、きっと知らなかったのだろう。稔も知らなかった。蝶子には心置きなくフルートを練習する場所が他のどこにもなかったのだ。練習できる場所があるから、どうしても大学に入りたかったのだ。

「さ。日光にあたって乾かしなさいよ。どこに行く? 京都御所? それとも北野天満宮?」
「そういう目的で行くところか?」
ヴィルが言った。

「なんで、お前、ほとんど濡れていないんだよ」
稔はヴィルに抗議した。

「一番、手前にいたからだ。運が良かったみたいだな」
一番運がなかったのはレネだったらしい。ほとんどびしょぬれだった。

「カードは大丈夫?」
蝶子は訊いた。確認したところ、全部プラスチックの箱の中に入っていたので、ほとんど被害はなかった。ただし、ハンカチ類や布でできた花などは全部濡れていた。
「これ、みんな干さなきゃダメですね」

 稔は蝶子が三味線を守ってくれたその判断に感謝した。
「金閣寺まで歩いていこうぜ。この暑さなら服は直に乾くだろ」
稔がそういうと、レネのハンカチを数枚荷物に掛けて干しながら歩き出した。ヴィルも黙ってやはりレネの手からハンカチ類を取ると、同じようにして歩き出した。蝶子は花を受け取って荷物に刺した。レネは嬉しくなってニコニコして後を追った。


「金ぴかだ……」
今まで見てきた日本の寺社とはひと味違う派手な建物に、レネは呆然とした。

「あれって削り取ったら、本物の金なんでしょうか」
「さあな。本物だったら、もうなくなっているんじゃないのか?」
稔が答えると蝶子が説明書きを読んで訂正した。
「本物だって。二十四金。ただし金箔だそうよ。つまり表面だけ」

「世界遺産だからな。削り取ったりしていると、フランスのニュースになるぞ」
稔がウィンクした。

「一度燃えたんだろう?」
ヴィルが訊いた。

「そうなの。放火よ」
蝶子は言った。

 学僧の放火の動機について、蝶子はどこかで読んだ事があった。自分へのコンプレックスと拝金主義に陥った寺への嫌悪感、母親の過大な期待に対するストレスに結核への恐怖と統合失調症……。犯行後わりと直に亡くなってしまったので、未だに確かな事はわからない。世界的に有名な寺が焼け落ちるのを見ながら、彼はどんな事を考えたのだろう。逮捕後ショックを受けた母親が事情聴取の帰りに投身自殺をしたと聞いた時、彼は何を思ったのだろう。

「池に映っているのを逆さ金閣って言うんじゃなかったっけ」
稔が覗き込んだ。
「そうそう。修学旅行で絵はがきと同じ写真を撮ろうとしたわ。人がいっぱいいるから、同じになんか撮れっこないんだけど」

 蝶子は、葉書を買った。後で真耶に送るのだ、いつものように。


 大徳寺の高桐院に行きたいと言い出したのは稔だった。
「何があるの?」

「庭の眺めがすばらしいんだ。離れていれば行かなくてもいいけれど、この距離なら行きたいよ」
「行くのは意義なしだけど、この暑さの中また歩くのは勘弁。バスを使いましょう」
蝶子はさっさとバス停に向かった。

 稔はレネにウィンクした。
「大徳寺の裏手に今宮神社ってのがあって、美味いあぶり餅が食べられるんだぜ」
「甘いんですか?」
「甘いよ。白みそのたれだ」


 高桐院に一歩足を踏み入れると、それは別世界だった。
「誰もいない」
レネがキョロキョロした。

 金閣寺にはあれほどいた観光客たち、キャーキャー騒ぐ女学生たち、ちらほら見た外国人たち、すべてが姿を消していた。大徳寺前のバスで降りた人はいたし、高桐院は有名なので誰もいないなどという事は想像もしていなかった蝶子と稔も訝しげに周りを見回した。

 緑色の静謐なる世界だった。先程と変わりないほど蒸して暑いはずなのに、風が竹林を吹き抜けてさらさらと音を立てると、蝉の声までもが遠くなり、まるで別の世界に来たようだった。石畳の参道の左右に広がる鮮やかな苔、竹で出来た欄干、人の手で作られたものなのに、この庭はどこか自然の支配する神聖な趣があった。

 拝観料を払う窓口に来ると、中には一人の老人がいた。目があるのかどうかわからないほど細い目をさらに細めているので、寝ているのではないか、もしかしたら石像なのではないかと錯覚するほどだったが、しっかりと四人分の拝観料を請求してチケットを切ったのでやはり人間だったのだと納得した。

 暗い院内から庭を眺めると風景を額縁に切り取ったようだ。蝉の声、風の音、畳の上で動く誰か、それ以外は何も存在しなかった。

 中庭に出て、歩いている時にレネが言った。
「モネや他の芸術家が日本に惹かれたのがようやくわかりましたよ。でも、彼らの作り出したものからは、この世界はとても想像できませんでしたね」

 茶室を見た後、もとの参道を通って高桐院を後にした。翠のうねりが風に揺らされて四人を異界へと誘い続けている。ここは、本当に現代の日本なのかと訝しく思う。出口で笑い転げる女学生たちとすれ違った。四人は顔を見合わせた。ようやくどこか幽玄な世界から戻ってきたのかと疑いながら。


「ほらこれがあぶり餅屋だ」
稔は、今宮神社の参道にある二軒の店を示した。

「どっちが?」
「あれ? こっちは元祖で、こっちは本家?」

 わからないので、二人ずつそれぞれの店で買ったが、本数も値段もまったく一緒だった。味も、四人に違いはわからなかった。一人分が小さな餅十五本なのだが、レネは大喜びで食べ、さらにヴィルと稔から十本ずつもらっていた。


「そういえば石で出来た波紋の庭のある寺は、この近くにあるのか?」
ヴィルが訊いた。以前に雑誌で見た事があり、日本にいるなら一度見てみたいと思っていたのだ。

 蝶子が大徳寺の観光マップを見て頷いた。
「さっきいた大徳寺の、まだ見ていない塔頭のうち、興臨院や瑞峯院には枯山水があるみたいね。私も見てみたいわ」

 四人は大徳寺の境内を通って歩いていった。瑞峯院の枯山水を眺めているうちに、稔が言った。
「ああ、三味線が弾きてえ」

「弾くのはだめなのか」
「一応、お寺だからな。許可なく弾くわけにはいかないよ。外ならいいかもしれないけれど」

「出雲で弾くんでしょ」
「そうだな。俺、やっぱり日本人なんだな。こういう光景を見ているとたまんなくなる」
「そうね。私たち、ようやく祖国に帰ってきたのかもしれないわね。もともと京都にはまったく縁がないとしても」
縁側に腰掛けてぽつりと語り合う二人をヴィルとレネは黙って見ていた。
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Comment

says...
 こんばんは。
金色って 不思議で 神秘的で 難しい色だなと 感じます。
使い方に拠って 神々しくも 下品にもどちらにもなる色。
中世の宗教画などには 盛んに使われている色彩なのに 最近の絵画には
殆ど 使われることがなくなった。
中世の絵画 独特の 天使から言葉が書かれている あの 技法も 最近 見ないし…

京都は 学生の町ですからね 安くて美味しい食堂が 沢山あるから 食べ過ぎてしまう!!!!!
2012.08.15 10:38 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは、TOM-Fです。

おおっ、京都ですね。
翠嵐とはまた、粋なタイトルですね。
京都はいつ出かけても混雑していて、ゆっくりと拝観できないのが残念です。

大徳寺のふたつの塔頭は、知りませんでした。
石でできた波紋のある庭で思い出したのは、竜安寺です。
あの庭も、なかなか思索的でしたよ。

外国人の目に、ああいう庭はどう映るのでしょうね。
こちらから語りかけなければ、なにも語ってくれない、あの庭は……。

今宮神社のあぶり餅屋の本家・元祖争いは、ユーモラスでいいですね。
どっちで買うか、迷っちゃいますけど(笑)

次は、出雲でしょうか?
松江は意外なことに、和菓子が美味しい町です。
それと、皆美の鯛めし。絶品ですよ~。
2012.08.15 12:29 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

本当に金って不思議な色ですよね。
豊臣秀吉の金の茶室はわかりませんが、金閣や屏風絵のような日本の伝統的な金の使いかたは、派手で金ぴかな割には品もあるんですよね。すれすれをわきまえているという事でしょうか。

「ううむ」と言葉を失ってしまったのは、ノイシュヴァンシュタイン城の金と瑠璃色の使いかた。いやあ、綺麗なんですけれど、なぜか安っぽく見える。絶対に本物の金のはずなのに、ディズニーランドの装飾みたいに感じられました。エルミタージュ美術館などではどう感じるのか、興味があります。その内に行きたいな。

京都、そうなんですか? やっぱりお上りさんだとそういう情報はなくって、かなり高くつきましたよ〜。

コメントありがとうございました。
2012.08.15 17:55 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

外国人の日本に対するイメージは大きくわけて二つあって、「極東のよくわからない国」か「何もかも素晴らしいミラクル・ワンダホー・ドリームランド」なんですよね。で、ヨーロッパ辺りからわざわざ大金かけてやってくるのは後者が大半なので、まったくよくわかっていなくても「素晴らしい」と頷くのがお約束になっているかも。

あぶり餅は神社に向かって左の方のお店でいただきました。美味しかったです。

松江、前回の帰国ではじめて行きました。和菓子、本当に美味しかったです。なんて事のない餡子の入ったおまんじゅうでしたが。あと、シジミご飯、日本酒、特別な醤油? いいところですよね。島根はもう一度行きたいです。鯛めし? うわっ。食べ損ねてる。なんとしてでも行かなきゃ!

コメントと情報、ありがとうございました!
2012.08.15 18:03 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
一緒に旅しちゃって、ホントにやばいです~
三人の事情が大分分かってきました。あと一人^^ 
けど、言っちゃダメ(ん?)

真耶さんが色々と突っ込むところ、行け行けって感じでした。個人事情に突っ込まないこの関係、とにかく気に入っていますが、たまにはこんな新しい風が吹いても面白いと。

稔さん、超良い人ですねえ。蝶子に対する見方考え方、大人で安心します。和にも洋にも通づる演者がうちにもいて(和太鼓とドラム)、そんなキャラは案外少ないのではと思っていたのですが、ここにいた。和洋論でも二人で語り出したり、演じ合ったりしたら、きっと一晩では済まないなあと妄想してしまいました。飲み合いも含めて^^

ガイジン連れて、私も旅したことありますけど、なかなか・・・(色々あって^^;)
いえ、楽しいですよね。ガイジン連れまわすのって^^
2014.04.21 07:23 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

この話は半分は「旅行案内+異文化比較」なのでその辺を楽しんでくださって嬉しいです・
この物語は読者にはほとんど隠しているものがないので(蝶子たちは知らないけど)コメントではネタバレの心配はありません。どうぞご自由に(笑)

そうですね。四人のルール遵守の関係のままだと永遠に進まない所を、真耶と拓人がガンガン進めています。作者としてもこの二人に頑張ってもらえてラッキーでした。

おお、和太鼓とドラム、こっちも似ているようで違うから両方できる人は「おお」って思いますよね。これはいずれ面白いコラボができそうな予感。稔は彩洋さんもよく使ってくださっているキャラなので、三つ巴で遊べる日が来るかもしれませんね。飲み会も含めて(笑)

そして、ガイジン連れての旅行、いろいろありますよね。経験者なら「にやっ」としてしまうこともあるんじゃないでしょうか。「大道芸人たち」日本編から圧倒的にコメントが増えたのは、この「ガイジンin日本」が日本の読者のみなさんにはそうとう面白かったからみたいで、これは海外在住者が小説を書く大きなアドバンテージになるかもと思ったことを思い出します。現実でも、楽しいです。ガイジン連れて行く日本。新しい発見続々です。

コメントありがとうございました。
2014.04.21 16:34 | URL | #9yMhI49k [edit]

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