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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (24)出雲、 エレジー - 1 -

この章だけ、謎の変な奴らがいっぱい出てくると思われた方。その通りです。これはもう一つの小説、「樋水龍神縁起」の世界に「大道芸人たち」が紛れ込んだ状態です。ただ、「樋水龍神縁起」の方にでてくる超常能力や千年前の因縁の話は、この際全く関係ありません。これは「大道芸人たち」の目で見た樋水神社の話です。

例によって長いので二日にわたっての更新です。


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大道芸人たち Artistas callejeros
(24)出雲、 エレジー - 1 -


「ここ?」
バスを降りて蝶子はあたりを見回した。蝉時雨の音が激しい。これほど蒸し暑い氣候なのに不思議な清浄さを感じさせる。しかし、その第一印象とは対照的に、何もない退屈な村に見える。

「みたいだな」
稔は答えた。

「なんというか、その、ひなびた所ね」
蝶子は言葉を選びつつ言った。

 稔もべつにこの村に思い入れがあった訳ではない。ガイジン軍団に日本を見せるなら、京都、安芸の宮島、日光東照宮、それに出雲ぐらいは基本かと思ったのだ。

 新堂沢永和尚と名酒『不動』を酌み交わしている時にそんな話をしたら
「出雲に行くのか」
と、身を乗り出してきたのだ。

「出雲市からバスに乗って一時間もかからない、樋水村というところがある。樋水龍王神社という由緒ある神社があってな、そこに立ち寄ってくれんか」
「そこで誰かに逢えばいいのか?」
「いや、ご神体の瀧のある池で、三味線を弾いてほしいんだ」

「何のために?」
「その神社には千年前の悲恋の伝説があってな、その二人のためにってことにしておこうかな」
「じいちゃん。そんなこと本氣でいってんのか?」
「まあ、いいじゃないか。こっちは老い先短いんだ。多少のわがままはきいてくれないと」

「そりゃ、いいけどさ。本当にその千年前の恋人たちのためになんか弾けばそれでいいのか?」
「そうだ。向こうには連絡しておくから」
「なんだよ。じいちゃん、そこの人たち知っているのか?」

「行けばわかる。過疎の小さな村だ。外国人を二人も連れていれば、向こうがすぐに見つけてくれる。お前らは、そのくらいの寄り道をする時間の余裕はあるんだろう?」
「もちろんだよ。でも、その村に泊まるところとかあるのかな?」
「その心配はせんでいい。わしが頼んでおくから」


 バスが行ってしまったので、四人はバス降車場を離れて、参道を正面に見えている、村の規模に比べてやけに大きくて立派な神社に向けて歩いていった。

『大衆酒場 三ちゃんの店』というのがあった。なんだこりゃ。ド田舎の酒場だよ。食事をするにもこんなところしかないんじゃないか? ガイジンつれて騒いだら、そうとう浮くな。村人が買い物をするのであろう小さな用品店、流行のかけらも感じられない衣料店、それに観光客目当てと思われる土産物屋などが続く。ヴィルとレネは面白そうに見ていたが、蝶子と稔は困って目を見合わせた。

「あら? ここはちょっとまともそう……」
蝶子が足を止めたのは『お食事処 たかはし』という看板の出ている店だった。黒と木目を基調としたシックなインテリアにも好感が持てたし、表に出ている本日のメニューにも心惹かれた。

「車海老と帆立貝のマリネ、アーティチョークのサラダ? こんなところで?」
稔も首を傾げた。

 それを中から目を留めた女性が出てきた。
「いらっしゃい。あら? ガイジンさん二人……。ってことは、もしかしてあなたが新堂の和尚さまのご親戚の稔君?」

 稔はびっくりした。じいちゃんが連絡しておくって言ったのは、この人か?
「そうです。はじめまして」
「お待ちしていました。私は高橋摩利子。どうぞ、中に入って」

 都会的できれいな女性だった。蝶子や稔の両親くらいの年齢なのだろうが、日本人には珍しいくらい現役感を醸し出している女性だった。この村にはまったくそぐわない。関東の人だろう、言葉のイントネーションでわかる。

「田舎でびっくりしたでしょう? 私も初めてきた時には絶句したわ」
摩利子はにっこりと笑った。

「紹介します。俺の大道芸人の仲間で、こちらは蝶子、ドイツ人のヴィル、フランス人のレネ。お世話になります」
「よろしくね。今、買い物に行っているけれど、すぐに主人も帰ってくるから。二階に娘たちが以前使っていた部屋があるの。そこに泊まって。男三人だとちょっと狭いけれど……」

「私たちいつもドミトリーに泊まっているので、べつに二人ずつでもいいんですけれど」
蝶子が言った。摩利子は目を丸くしたが、高らかに笑った。
「好きにするといいわ」

 それで、稔と蝶子には摩利子が常識にとらわれない豪快な性格であることがわかった。

「ここ、旅館じゃないですよね。お礼はどうしたらいいでしょうか」
蝶子は単刀直入に切り出した。

「あら、水臭いこと言わなくていいのよ。和尚さまの御用でここにきたんでしょ? どんなことでも協力するわ。主人は連絡がきてから大興奮していたのよ、まだかまだかってうるさいぐらいにね」

 ということは、この人たちは『新堂のじいちゃん』とかなり親しいんだな。少し事情を訊いておこう、稔は思った。

「あの……。じいちゃんは行けばわかるとしか言わなかったんですが、この村とじいちゃんって何の関係があるんですか?」
「やだ、稔君知らないの?」
「何をですか? 神社の池で千年前の恋人たちのために三味線を弾けって、わけのわからないことをいわれただけで、さっぱり……」

摩利子は呆れた顔をした。
「和尚さまの息子の朗さんが、この神社の禰宜だったのよ。私と主人の一は、新堂さんと奥さんのゆりさんの親しい友達なの。二人とも四半世紀以上行方が知れないんだけれど。だから、和尚さまは二人のために三味線を弾いてほしいんだと思うわ」

『新堂のじいちゃん』に昔行方不明になった息子がいるという話は、子供の頃に聞いたことがあった。だけど、なんではっきり言ってくれないんだよ。

「ここで行方不明になったんですか?」
稔の言葉に摩利子は頷いた。

「龍王の池ってのは?」
「お社のご神体は樋水川そのものなのよ。で、瀧壺の底にはその化身である龍がもう一匹の蛟といっしょにとぐろを巻いているんですって。池のほとりの家に、私の娘夫婦が住んでいてね。その家には、かつて新堂さんたちも住んでいたの。だから、そこで三味線を弾いてあげて」
「わかりました」

 千年前の恋人とか、何でまどろっこしいことを言ったのかなあ? 失踪ってキーワードが俺にはNGだと思ったのかな?

「私もフルートを吹いていい?」
四人で、神社に向かっている途中で、蝶子が言った。

「もちろん。失踪者ってキーワードに共感したのか?」
「ううん。息子のためにってキーワード。私はアーデルベルトのためにフルートを吹きたいの」

「アーデルベルト? 誰だよそれ」
稔とレネは疑問符でいっぱいになった。ヴィルは不意打ちに衝撃を受けたが、幸い三人はそのとき彼の顔を見ていなかった。

 蝶子は地面を見ながら続けた。
「ヤスのおじいさんは、息子さん夫婦への想いをヤスに託した訳でしょう? たぶん、もう生きていない大切な人たちへの想いを。私は、不意に親を失ってしまった一人の息子のやりきれない想いのために、弔いの音を奏でたいの」

「その息子がアーデルベルトって名前なのか?」
「そうよ」
「ドイツでの友達か?」
「会ったことない人なの。向こうは私には会いたくないでしょうね。お母様が亡くなったのは私のせいだから」
稔とレネは固まった。蝶子はそれ以上を話そうとはしなかった。

「こんにちは。母から連絡を受けています。私は娘の瑠水です」
神社の境内に入ると、松葉色の袴を身に着けた小柄な女性が笑顔で挨拶した。うわ、かわいい。稔はどきどきした。への字型の眉毛のせいで、笑っているのに泣き出しそうな顔に見える女性で、それがとてもはかなげに見えたのだ。人妻かあ、惜しい。

「ヤス、手水の取り方知ってる?」
「う……。ちょっとあやしい、お前は? お蝶」
「だめよ、全然。その手の常識に欠けてて……」

 その会話を聞いて、瑠水は微笑むと、一緒に行って手水の取り方を実践してくれた。稔と蝶子が手水をとっているのを見て、ヴィルとレネは困ったように顔を見合わせた。

「ああ、ガイジンはやらなくてもいいんじゃないか?だめですか?瑠水さん」
稔は瑠水に問いかけた。

「宗教上の理由でなさらない方もいれば、単にご存じなくてなさらない方もいますわ。私は尊敬の氣持ちさえ持っていただければ、かまわないと思うんです。宮司には内緒ですけれど…」
瑠水の笑顔に稔は顔がにやけるのが止まらなかった。

「これが伝統なのか?」
ヴィルが訊いた。

「神聖な場所で何かをする前に、自分を清めるの。それが日本の考え方の根本でもあるのよ」
そういうことならと、ヴィルもレネも見よう見まねで手水をとった。

「拝殿でお参りした方がいいのかしら?」
蝶子が勝手が分からずに訊いた。瑠水は優しく言った。
「普通の神社や、一般の方の参詣はそうなんですけれど、これから皆さんはもっとご神体に近いところに行かれるわけですから。この神社は少し特殊なんですよ。普通の神社ではご神体は本殿の中にあるんですが、ここのご神体は建物に入りきらないので……」

「瑠水さんはいつ神主になられたの?」
蝶子の問いかけに瑠水はまた笑った。
「まだです。私と主人はまだ見習いの出仕という身分で神職ではないんです」

「それなのに、ご神体のそばにお住まいになっているの?」
「ええ。この神社だけに存在する、ちょっと特殊な役職があって、それで私たち夫婦はここに住むことになっているんです。でも、私たちはまだその役職になりたてで、資格も取っていないので、二人とも前の仕事も兼任しているんです」

「前の仕事って?」
稔が訊いた。

「私は地質の調査、主人は彫刻師です」
「神主さんって、兼業したりするの?」
蝶子は知らない世界のことに興味津々だった。

「事情はあちこちで違いますね。神社の台所事情から兼業せざるを得ない神職の方もいらっしゃいますし。私たちは、まだ神職の世界になれていないんで……」

「お寺の息子が、神主になるなんてこともあるんだね」
稔は訊いた。

「新堂先生とゆりさんは、特別な事情でこの神社にいらしたと伺っています。でも、私が生まれる前のことで、詳しくは存じ上げていないんです」

 蝶子と稔は交互にヴィルとレネに会話の内容を通訳した。瑠水は感心した様子でそれを見ていた。
「お二人とも、英語に堪能なんですね」

「まあ、毎日こいつらと一緒にいるから、それなりに上達するんだよ。俺は、学校で習っただけで、本来は英語なんてからきしだったんだけどさ。お蝶はもっと出来がいいぞ。ドイツ語もぺらぺらだし、イタリア語もできるんだ」
「まあすごい」

「八年も外国にいると、簡単に上達するのよ。日本のことは、手水の取り方もしらないんだけどね」
蝶子は自嘲的に言った。

 瑠水は海外に行ったことがなかったし、こんな近くで外国人を見たこともなかった。こういう組み合わせのグループがしょっちゅう訪ねてくるわけではないので、興味津々だった。

「蝶子さんがお持ちになっているのも、楽器ですよね」
「ええ、フルートよ。私もお許しがいただけたら吹かせていただこうと思って」
「まあ。主人が早く帰ってくればいいのに。私たち二人ともクラッシック音楽の大ファンなんです」
「そうなの? だったら、どこかにピアノがないかしら。この人はとてもピアノが上手なのよ」
そういってヴィルを示した。

「ピアノ、うちの居間にあります。たいしたことのないアップライトピアノですけれど、本当に弾いていただけますか?」
「弾いてくれるわよね? もっとも、ご神体の側でそんなにいろいろ演奏して宮司さんに怒られるかしら」
蝶子は周りを見回した。

「大丈夫です。習いたての私のひどい練習ですらも、奉納ですからのひとことで済ませていますもの。上手な方の演奏なら、龍王様もお喜びになるわ。たまにはまともな音楽が聴けるって」
蝶子も瑠水が大好きになった。

 瑠水は四人を家に案内した。居間から続く大きな広縁があり、そこから荘厳な池が見えた。緑豊かなすばらしい景色で、一番奥の正面に瀧が涼しやかな音を立てていた。その美しい光景に四人はため息をついた。

「真耶のところもいいけれど、こういうところに住むのも、本当に贅沢よねぇ」
「俺、結城拓人の億ションより、こっちの方が好みだあ」

 蝶子と稔の会話に、瑠水はびっくりして訊いた。
「え? 結城さんと真耶さんをご存知なんですか?」

「知っているも何も、私たち東京に来てからずっと真耶のところに居候していたのよ」
「瑠水さんこそ、あの二人を知っているのか?」
稔も驚いて訊き返した。

「ええ、東京にいた時に……。二人ともお元氣ですか」
「ああ、達者に大活躍しているよ。それにしても君があの二人を知っているなんて、偶然とはいえ、すごい縁だな。世間は狭い」
稔は三味線を取り出しながら言った。

 それを機に、Artistas callejerosの四人の表情ががらりと変わった。誰も何も言わずに、広縁から池の方をみつめた。瑠水も静粛な心持ちで、四人の後ろの畳に黙って座った。

 蝶子は広縁の上に正座し、外国人二人は腰掛けた。三人に囲まれる形で背筋を伸ばして正座した稔はしばらく全く音をさせずに座っていた。蝉の声と木々をわたる風の音、そして途切れなく響く瀧の水音だけがあたりを支配した。
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