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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (31)アヴィニヨン、 乾杯 -1-

最近、有機ワインがマイ・ブームです。特別高いものではないのですが、飲んだ時に、喉に変な強い刺激がなくて、私にはとても飲みやすいように思います。もちろん、人によって好みがあるでしょうが。このアヴィニヨンの章でチャプター4はおしまいです。ちょっと長いので、今日と明日の二度にわけての更新です。

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大道芸人たち Artistas callejeros
(31)アヴィニヨン、乾杯 -1-


 レネがおずおずとする時は、何か頼み事があることだとよくわかっているので、稔は発言を促した。
「それで? なんか話があるんだろ?」

 レネは言いにくそうに下を向いた。
「母さんの声が聞きたくて、電話しちゃったんです」

 蝶子が笑った。
「別にいいじゃない。どんどん電話すれば」

「はあ。それが、電話に出たのは父さんで」
「ピエールは元氣だったか?」
ヴィルが優しく訊いた。

「それが、腰を痛めたんだそうです。今は家中すごく忙しいので、休んでいる場合じゃないっていうんです。それで、僕、つい、帰って手伝うって言っちゃったんです」
ひどく後悔している様子だった。

「なんで、それがダメなんだよ。もちろん行って手伝うべきじゃないか」
稔が力強く言った。

「でも、みんなにどこかで待っていてもらわなくちゃいけないし……」
「なんで、どこかで待っていなきゃいけないのよ」
蝶子がウィンクした。ヴィルも続けた。
「全員で行って手伝えばいいだろう」

「決定だな。今夜、これから行くって、もう一度電話してこい」
稔が笑いながらレネに言った。レネは泣き笑いの変な表情のまま、電話に走った。三人は素早く荷物をまとめ始めた。


「すみませんねぇ。みなさんに手伝いに来させちゃって」
ピエールは難儀そうに椅子から立ち上がろうとしたので、蝶子があわてて止めた。
「また、お邪魔しますね。私たち、どんなことでもしますから、どんどん言いつけてくださいね」

「ブドウ畑、誰もいなかったみたいだけど……」
稔が首を傾げた。それを聞いてレネとピエールが二人で吹き出した。

「ブドウの収穫はとっくに終わったよ。今やっているのは醸造だ」
「もうじき二次発酵が終わるので、瓶詰めとかラベル張りなどの手作業が待っているんですよ」

 それを聞いて三人は若干嬉しそうな顔になった。瓶に詰めるってことは、ワインは出来上がったってことじゃないか。去年の十二月に飲んで以来、ここのワインをたっぷり飲める日をどれほど待っていたことか……。

「飲むのは構いませんが、作業中のワインを全部飲まないように注意してくださいよ。うちのブドウのだけでなく、他の農家に頼まれたものもありますんでね」
ピエールが笑った。

「どの農家も自分のところで醸造しているんじゃないの?」
「いえ、ブドウだけを栽培している農家の方が多いんですよ。で、うちで預かるのは、近所でも有機農法のブドウを栽培しているところのだけなんです。そうしないといくらうちが有機農法で作っていても樽に化学肥料の残りが混ざってしまったりしますからね」

 そういって、ピエールは妻のシュザンヌに合図をした。わかっていますよ、というようにシュザンヌはグラスとデキャンタに入ったワインを持ってきた。

「どうして、いつもデキャンタに移し替えるの? 私たちがすぐ飲んじゃうのに」
蝶子は前から疑問に思っていたことをぶつけてみた。空氣に触れさせるという意味ならしばらく前からコルクをあけるだけじゃダメなのかしら。

「うちのワインには酸化防止剤を加えないので、酸化防止のために瓶詰めの時に少し炭酸ガスを入れるんです。だから飲む前には空氣に広く触れさせてガスを抜くんですよ」
レネが説明した。

「それもほとんど必要ないようになってきたけれどね」
ピエールが説明した。

 以前は多くの農家が収穫量の増加ばかりに苦心してきたため、ブドウ自体が健康でなくブドウが元から含む自然の二酸化硫黄だけでは酸化や腐敗を止められなかった。けれど農薬の使用をやめ、収穫量が減るのを覚悟で健康なブドウ作りをし、土地に伝わる天然酵母だけで作るようにしてきたおかげで、土地のテロワールを持つ健康なワインが出来るようになってきたのである。

「周りの農家たちに賛同してもらうのにもずいぶん時間がかかったが、最近のうちのワインを飲むとじいさんが作っていたワインを思い出すなんていってくれる人たちも増えてね」
「昔はみんなこうやって作っていたんですものねぇ」
シュザンヌは笑って言ったが、きっとそういう選択をした夫の信念に協力していくのは簡単なことではなかったに違いない。収穫・生産量が落ち、味が以前とは違うとクレームをもらい、それでも信念に従ってワインを作ってきた両親のことをレネは誇りに思ってた。


「泊まる部屋は、この間と同じ準備をすればいいわよね」
そうシュザンヌが言った。レネは首を振ってフランス語で母親に言った。
「ヤスはマリのいた部屋で、僕はもとの部屋にする。で、そっちの二人を客間に泊めればいいから」

 それを聞いてピエールがにやりと笑った。
「ほう。そうなんですか」

 それで三人にもレネたちの会話の主旨がわかった。稔はつられてニヤニヤと笑い、蝶子はただにっこりと笑った。ヴィルは何の表情もみせなかった。シュザンヌは頷いて、部屋の準備をしに階段を上がっていった。

「それで、日本はどうだったんだ?」
ピエールはレネに訊いた。

「最高だったよ。自然がすばらしくて、風景がエキゾチックだったのはもちろんだけれど、人々がみんな親切で魅力的でね。いつかまた行きたいなあ」
「久しぶりの故郷だったんでしょう、満喫できましたか」

 稔はピエールの言葉に力強く頷いた。
「おかげさまで。本当は、俺のために無理して三人がついてきてくれたんですが、テデスコやブラン・ベックも氣に入ってくれたみたいなんで、ほっとしましたよ」

「チョウコさんも」
「そうですね。普段は帰らなくてもいいと思っていても、帰るとそれなりに感慨がありますわ。やっぱり祖国ですもの。それに、私の知らなかった日本もずいぶん発見したんですよ。彼らと一緒にいなかったらきっと生涯経験しなかったでしょうね」

「そうそう。前に話をしたマドモワゼル・真耶にもついに会ったんだよ。本当にきれいな人だったな」
「なんだ、レネ。お前、日本に行ってまで女性にぽーっとなっていたのか」

「僕だけじゃないよ、父さん。ヤスだって……」
「ほう。それでうまくいったんですか?」
ピエールが突っ込むと稔は笑って否定した。
「論外ですよ。すごくかわいい女性だったんですが、人妻でしたから」

「僕も望みなしだったよ、父さん。真耶にはすごくかっこいい音楽のパートナーがいてさ。他の男なんかには目もくれないって感じだったもの」

 ピエールは大笑いした。
「まあ、この場合だけは、うまくいかないほうがいいよ。お前に日本人と結婚して日本に移住すると言い出されてもこまるしな」


 翌日から四人は作業に参加した。やる事は単純だったので、慣れるとおしゃべりしながらの作業も可能だった。レネが樽から瓶にワインを注ぐ。稔がそれを受け取って炭酸ガスを注入する。コルクをしっかりと閉めるのはヴィルで、それを受け取った蝶子がラベルを貼って行く。出来上がった瓶がある程度たまると、男三人で運び出し、蝶子は備品をきちんと揃えたり、掃除をした。

「収穫の時は、村中総出でやるし、手伝いも結構くるんだが、この時期は毎年厳しいんだよなあ。」
ピエールはぼそっと言った。

「毎年手伝いにきていた、ニコラはどうしたの?」
レネが訊いた。

「あいつは、結婚してリヨンに引っ越したんだ。来年からどうしようかなあ」
「どうせ、十一月には毎年コモにいくんだ。その前にアヴィニヨンに立ち寄るってのも悪くないよな?」
稔が言った。レネは、嬉しそうに稔をみた。

「そうよね。私たちでよかったら、手伝いにきますわ」
蝶子の言葉に、ピエールは嬉しそうに頷いた。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
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2012.10.10 13:23 | | # [edit]
says...
こんばんは。

単純に消してしまうのが嫌だったのです。
一方通行かもしれないけれど、友情って、そういうものかな〜と。

コメントと訪問、ありがとうございました。
またお待ちしています!
2012.10.10 18:40 | URL | #9yMhI49k [edit]

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