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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (33)ミュンヘン、 秋

さて、今回のお話は、怪我からなんとか生還した金髪の誰かさんの方でございます。お父上様の屋敷に幽閉中です。

追記にですね。canariaさんからのリクエストにお応えして、一枚画像を……。しかしですね。ええと、やっぱり絵師様に描いていただいた方が。すみません。イメージ壊したかも。


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大道芸人たち Artistas callejeros
(33)ミュンヘン、 秋


「息子さんの回復ぶりには驚くばかりですな」
主治医のシュタウディンガー博士は、診察の後、エッシェンドルフ教授の書斎を訪れて経過を報告していた。
「私の予想では肺の傷が完全に塞がるのに一年かかるはずでしたが、まだ七ヶ月なのに既にほぼ正常化しています。何か特別のスポーツでもしていらしたのでしょうか」

「さあな、そんなはずはないと思うが。もっともここ四ヶ月ほど、毎日フルートを吹いている」
「なんですって?あの肺でフルートを? とんでもなく痛いはずですぞ」
「そうだろうな。最初はとても聴けたものじゃない音だった。ここ一ヶ月ほど、まともな音が出るようになってきた。いいことじゃないか? リハビリテーションになる」

「もちろんです。回復が早いはずだ。さすが教授の息子さんですね。不屈の意志の為せる技ですか」
「理由はともあれ、あれほど言っても再開しなかったフルートをようやくやる氣になったんだ。しかも、以前よりいい音を出している。私に異存はないよ。フルートも領地の方でも私の後継者にするために、急がなくてはならない。いつまでも病人のつもりでいてもらっては困る」

「しかし、教授。お言葉ですが、もう一つ申し上げたい事が」
「なんだ」

「息子さんが奇跡的に回復しているのは肉体的な部分だけです。私は精神的なケアをお勧めします」
「何が言いたい」

「息子さんには喜怒哀楽がほとんど見られない。事件のトラウマを考慮しなくてはなりません。一度専門医にご相談なさる方がよろしいかと」
「心配するな。事件のトラウマなどではない。あれは子供の頃からそうだった。もともと喜怒哀楽などほとんどないのだ」
「なんですって」

「フルートのコンクールで優勝したときも笑顔すら見せなかった。母親が死んだときも悲しそうな顔一つしなかった。だが、私は心配した事などない。音楽の表現力は十分に備わっているし、領地の支配にも喜怒哀楽は必須条件じゃない。感傷はむしろ邪魔だ」

 医者が去っていくのが窓から見えた。ほぼ傷は塞がったとシュタウディンガー博士は言った。ということはまだ完全ではないという事だ。ヴィルは胸に手を当てた。できれば半年でなんとかしたかった。だが、無理なものは無理だ。立って歩けるようになってすぐに逃げ出したかったが、自分を必死で抑えた。もし、途中でおかしくなったら、三人の足を引っ張る。再び父親につかまる。そうなったら次のチャンスはないだろう。逃げ出すのは一度だけだ。完全に健康になってから。

「時間がかかると思うけれど、あきらめないで。約束よ」
ささやきが甦る。諦めるものか。フルートを吹くときの肺の痛みは、日に日に減ってきている。けれどもう一つの痛みはそう簡単に消えはしない。

 そろそろ秋になる。季節は容赦なく移り変わっていく。三人は冬支度を始めるだろう。今どこにいるのだろうか。スペインか、フランスか、それともイタリアに移っているのか。バルセロナのコルタドの館でタンゴを踊っているかもしれない。コモ湖を見渡すバルコニーでまたカードゲームに興じているのかもしれない。

「やっと私にも笑顔を見せてくれたのね」
シーツにくるまりながら嬉しそうに微笑む蝶子の記憶。

「真耶にはこの素敵な笑顔を簡単に見せていたから。彼女に敵わないのはわかっているけれど、あれを見たときは死ぬほど悔しかったの」
「彼女は無害だから笑えたんだ。あんたには二十四時間振り回されているのに笑顔になんかなるか」
「もっと振り回したい」
蝶子は微笑んでヴィルの胸に顔を埋めた。二人だけの時にしか見せないはにかんだ素直な横顔。

 ヴィルはフルートを手に取った。息を吸い込むときの痛み。吐き出すときの痛み。思い出すときの痛み。


「アーデルベルト。一つだけ正直に答えてほしい」
ハインリヒは息子に静かに、しかし、いつもの有無を言わせぬ調子で問いかけた。ヴィルは黙って父親の顔を見据えた。

「私は、お前がなんと答えようとも、お前を責めるつもりはない。だが、知りたいのだ。お前とシュメッタリングは二人で示し合わせて私の前から姿を消す事にしたのか」

 ヴィルは首を振った。
「一度も会った事のない人間と、どうやって示し合わせられるんだ。俺はミラノで偶然会うまであいつを知らなかったんだ」

「私がそれを信じると思って言っているのか」
「信じられないなら、なぜ質問するんだ」

「お前たちが、なぜ出て行ったのか、それなら説明がつくからだ」
「俺はドイツであいつに会ったことはなかった。これは事実だ。あんたを納得させるために、真実でない事を告白するつもりはない」
「では、なぜ出て行ったのだ」

 あんたにはわからないだろう。俺があんたから受けた全ての恩恵に感謝しつつ、それでも出て行こうとする心は。あんたが愛し全てを与えた蝶子もまた同じ結論に至った理由も。俺は一度はあんたの言うように生きようとした。蝶子もそうだった。だが、あんたは俺たちをペットのように従わせる事はできない。そうしようとすればするほど、俺たちの心は自由に憧れ、あんたを憎むようになる。

 答えない息子を責めるようにハインリヒは続けた。
「お前は出て行く前にはその指輪をしていなかった。それには意味があるのか」

 ヴィルは何も答えなかった。細くねじれた銀の指輪。病院で見た蝶子の薬指に光っていた指輪と同じデザイン。それ以上質問する必要はなかった。答えを待つまでもなかった。この世で、誰よりも愛した二人が私を裏切った。ハインリヒは怒りを隠しきれずに息子の部屋を出た。

 ヴィルは父親が出て行ったドアを冷たく見つめていた。

「運命は偶然ではない」フランス人が、俺に無理矢理引かせたカードだ。運命や馬鹿馬鹿しい占いを信じるようになったわけじゃない。だが、俺にまともな説明はできない。少なくとも俺は、理性に従ってあいつに惹かれないように抵抗した。だが、そんな努力は全て無駄だった。愛は強制でも懇願でも理性ですらも得られない。しかし、それはそれらの努力を軽々と飛び越え、向こうから襲いかかってくる。あんたがあいつに与えた芸術も、宝石も、俺にはあいつに与えることはできなかった。あいつに愛を要求することもできなかった。それでも、あいつは俺のためにニース行きの電車から飛び降りて、無償の愛を注いでくれた。この指輪はその証だ。どう説明できるっていうんだ? あんたには理解できないとわかっているのに。

追記




【小説】大道芸人たち (33)ミュンヘン、 秋

というわけで、いつものなんちゃって画像で作ったヴィルです。なんか暗いんですけれど、まあ、このシーンに合わせたので余計。これが私には限界です。絵師様、ひきつづき募集中です。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
まずは、麗しき憂いのヴィル様をあああああああああありがとうございます!
追記を開けた瞬間「王子が、王子がいらっしゃる・・・!」思ったんです。
白い肌に、金髪の方って、普段リアルで街でお見かけしないので、ハリウッド映画の俳優さんを参考にするしかなくて、でも、自分の中で、ヴィルさんはハリウッド映画の俳優さんとは違ったイメージがあって・・・ドイツ人ですし、自分の中で「こう・・・かな?」というイメージはあったのですが・・・今、イメージが明確になりました。やはり、ヴィルさんは「貴族」なのだなあ・・・と・・・ご本人が意識するしないに係らず、気品さが溢れてるような・・・粗野を振る舞っていても、粗野にならなくて。稔さんが、椅子に腰をかけるヴィルさんを観察されてる時に「何かが違う」と思われていたシーンが思い浮かびました。年齢的にも、実際の年齢よりも、お若く見えて。エッシェンドルフ教授のお屋敷にいらっしゃるから、服装や髪型も、教授の意向に沿ってる部分もあるかと思われるのですが、大道芸をされている時は、もっと伸びやかに振る舞われているのかもしれないですね・・・髪ももっと無造作に流されていて。憂いを秘めた表情に、肺の痛み、蝶子さんを思い出す切ない痛み・・・が感じられるようでした・・・


今回、「ドイツの・・・お、お化け・・・君臨せし・・・」という感想が真っ先に浮かびました。
うーん・・・凄いです。ラスボス、さすがですね・・・
威圧的だけれど、やるべき事をやる・・・だからこそ相手にも同じ質やものを求めるという姿勢は、相手に多大な緊張と束縛を強いてしまうのでしょうね。ある部分では恩恵を与えてもくれて、感謝も抱いているんだけれど、そうなるとその恩恵という囲いの中で完璧に要求に応えないといけないといったような。エッシェンドルフ教諭の流儀に完ぺきに沿うという事は、かなりきついぞ・・・と、今回は感覚的にその束縛感が非常に強く伝わってきました・・・(>_<;)


回想の中の、シーツにくるまる蝶子さんの描写に、とても驚きました・・・!
ああ、2人きりの時には、こんなに素直に自分を曝けだすのか、と・・・

エッシェンドルフ教授は、ラスボスなんだけれど、ラスボスとしての筋は通していて、ある部分では正しいですけれど、教授の筋でヴィルさんや蝶子さんを読み解くと、別のものになっちゃうのでしょうね。有り体な裏切りとしか映らなくて。
すれ違いとはまた違うんですけれど、ヴィルさんと教授の心の対比が鮮やかに浮かび上がっているように感じられました・・・!

そして、最後に・・・、ヴィルさんのイメージイラストを、本当に本当に、お忙しい中、こうして創って下さりありがとうございました・・・!!ヽ(*´∀`)ノ
2012.11.21 17:08 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

ご期待に応えられなくてごめんなさい(><;)
本人的にも、全然納得いかないのでございます。
でも、まあ、こんな顔、かなあ。髪はね、幽閉中でオヤジがうるさいので伸ばしていますが、普段はもっと短いです。この髪型は、19歳の時にコンクールで拓人に目撃された当時のものに近いかもしれません。このヅラ(髪型の合成)にけっこう時間がかかったのですが、やっぱりcanariaさんのような絵師様に描いていただきたいです。しくしく。

蝶子は、今風の言葉でいうツンデレですね。といっても、離れているのでいい思い出だけがクローズアップされていますが、もちろん基本はレネも怯えるような喧嘩口調の応酬だったりします。

ラスボスは、あれですね。かなりいい皮の面状態に置かれているわけですが、意地でも威厳を崩さない所がこの人らしいのかもしれません。大道芸人暮らしや、稔やレネのよさがこの方にはわからないのですが、蝶子とヴィルがお互いのどこに惹かれたかもきっと理解できないのだと思います。ここに関連のある部分としては再々来週の更新にちょっとだけ……。

そういうわけで、またおつき合いいただければ幸いです。

コメントありがとうございました。
2012.11.21 19:33 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは、TOM-Fです。

ほわぁ、ヴィル、男前ですね~。
感情を理性で抑えて、完璧な脱出計画を目論んでいるところなんて、じつに見上げたものです。
ハインリヒはヴィルに感情がないとか言っていますが、内に秘めた闘志というか強さはなかなかのものですね。それを容易に表に出さないところなど、大人の老獪さすら感じます。若者ばなれしたこの落ち着きは、やはり父親の血筋の表れなんでしょうか。

蝶子の可愛らしさには、きゅんとなりました。
まさにツンデレ。その落差が、いいんですよね。

カタチのないものを説明したり理解するというのは、困難なことですね。それは、感じるしかないと思うのですが、ハインリヒにはそのあたりの機微はわからないのでしょうね。
それにしても、ヴィルと蝶子が示しあわせて出奔したのなら説明がつく、なんてずいぶん自虐的な気がするのは私だけでしょうか。あ、事実に対する説明ができれば、それでいいのか……。
こりゃあ、なかなか攻略しにくいラスボスですねぇ。最後まで、私は間違っていない、とかなんとか理屈をこねそうだ。ふふっ、楽しみです。

次話も、楽しみにお待ちしています。
2012.11.22 01:30 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

このお父様、挫折を知らない人ですよね。子供の頃から、お城みたいな館で何一つ不自由なく育って、フルートでは早くに芸術を極めて、世界的名声もあって、しかも女は食い放題(笑)

蝶子とヴィルの遁走が、たぶん彼の人生ではじめての「思った通りにいかない事」なのかもしれません。その理由とは、二人の愚かさのせいであって、断じて自分に非があるとは思わない、こんなところでしょうか。

こういう面倒くさい人とは、つき合わないのが一番です。遁走した二人は、その同じ結論に達したということですが、問題は、向こうに執着があるということで。さてさて、来週からはもう少し動きが出てきます。またおつき合いいただければ幸いです。

コメントありがとうございました。
2012.11.22 20:23 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ホント、よりによって・・・誰が仕掛けたのでしょう。
二人とも、表情なかったり、口きつかったりするんですが、本心には正直。大人です。
ツンデレ蝶子、かわいい。このときはトカゲでないですね。
それにしても~(@@) 急展開にびっくりです。いや、生きてて良かった・・・
ヘリでお持ち帰りですか。お父さん・・・
怪我って、意外に厄介なのですよね。
リハビリしつつチャンスを狙う。
なんか時間だけどんどん過ぎているようで・・・
それぞれみんなどんな思いを抱えながらこの時間を過ごしているのかなあと。
ヴィルは居場所の違うのがいやだろうし、三人は欠けたままに違和感あるのだろうし。
これがずっと続くのか、元に戻るのか、新たに何かが生まれるのか・・・
2014.04.22 16:06 | URL | #- [edit]
says...
うわぁ、貴重なお時間なのに、こんなに読んでいただいてすみません!

仕掛けたのは……ええと、私です(笑)

この二人、カップルになっても相変わらずです。ケンカ腰だし、蝶子はいじめっ子だし。
でも、他の人たちが見ていない時にちゃんとお互いを大事にして、言うべきことは言っているので、上手くいくんでしょうね。

そして、カイザー髭ことヴィルパパの、ヴィルと蝶子への執着については、第一部が完結した後に書いた外伝の方で出てきますが、この人はかなり愛情ぶかいのにその表し方がちょっと……。で、強引にヘリでお持ち帰りです。

このあと、奪回作戦というか、どうやって連絡を取って、というのが第一部の最期のストーリーになります。
もうここまで来たらほとんど終わりですので、もう少々おつき合いくださいませ。

コメントありがとうございました。
2014.04.22 19:56 | URL | #9yMhI49k [edit]

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