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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (34)バルセロナ、計画

ほかの三人は、例によってバルセロナにおります。カルちゃんのお屋敷ですね。新しい登場人物の名前が出てきていますが、この方の登場は第二部になります。

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大道芸人たち Artistas callejeros
(34)バルセロナ、計画



「ああ、イライラする!」
稔は、バルセロナのカルロスの館の裏手の豚小屋で叫んでいた。

 昨夜、我慢できなくなって『外泊』に出かけた。好みの大人しめでかわいい金髪と一晩を過ごしたが、イライラはまったく解消されなかった。秋が迫ってくる。その切ない光に、蝶子もレネも影響されている。

「なんでブラン・ベックの野郎ばかり、めそめそ泣いてんだよ」
レネはリルケをフランスなまりのドイツ語で暗唱しながら、蝶子の心を慮って泣いていた。

 蝶子はまったく泣かなかった。寂しいとも辛いとも言わなかった。ヴィルの事を口にすらしなかった。そして、いつものように冷静に仕事に励んだ。この七ヶ月間ずっとだった。冗談をいい、酒を飲み、新しい服を買った。突然、脚を強調するような挑発的な服をまとい、それでいて男たちが近づいてくると強烈な拒否をした。ロンダに行った時には、プエルタ・ヌオボの上でしばらく立ち止まっていたのだが、口笛を吹いたマッチョな男にケンカを売ったので、稔とレネは慌てた。

 やがて、稔とレネは蝶子が精神不安定になるのは、ヴィルとの思い出のある場所に行ったときだと氣がついたので、夏の始まりに多数決を利用して強引にバルセロナに連行した。バルセロナではカルロスやイネスをはじめとする館の連中がなにかと面倒を見るので、旅先のような危険な真似はしなくなった。だが、時おり心がこの場を離れている。スペインの乾燥した大地では、広がる秋の訪れを身に纏った猛禽が、飽きずに飛んでいる事があった。そんな夕暮れには蝶子は一人でいつまでもフルートを吹いていた。

「泣けない女って、だから嫌だ!」
稔は、自分の中の苦しさを言葉にまとめて豚に投げつけた。
「テデスコに逢いたいと素直に言えよ。寂しいと俺たちの前で泣けよ。頑固なトカゲ女!」

 稔は、カルロスが一人で書斎にいるときを見計らって、二人に見つからないように入っていった。カルロスは稔の様子を察して、書斎の鍵を掛けた。稔は、カルロスの前で土下座した。
「頼む、ギョロ目。無力な俺に力を貸してくれ」

 カルロスは、サムライ式の土下座などされた事がなかったので、仰天した。
「どうしたんですか、ヤス君」

「あんたが俺のためにしてくれた事の恩返しも済んでいないうちに言うような事じゃないのはわかっている。それに、お蝶の事を好きなあんたに頼むのは筋違いだともちゃんとわかっている。でも、俺にはどうにもできないんだ。お蝶をもう一度テデスコに逢わせるために力を貸してほしい」

「お願いだから、立ってくださいよ、ヤス君」
カルロスは困惑して言った。

「あなたもヴィル君と同じ誤解をしているんだな。私は確かにマリポーサをとても深く愛していますが、ヴィル君のような愛し方ではないんですよ」
「へ?」

「違うんです。私とマリポーサはそういう関係じゃないんです。そうじゃなかったら、マリポーサがヴィル君という人がいながら、ここに来るわけはないでしょう」
「いや、あいつはトカゲ女だから……」

 カルロスは同意の印に笑った。そして片目をつぶって告白した。
「出会った最初の晩に間違ったんですよ。すぐにベッドに直行せずにチェスを始めてしまったんです。もちろんこっちはチェスだけのつもりじゃなかったんですが、仕事で疲れていたのでつい寝てしまったんです。朝にマリポーサはそのまま消えてしまい、それで何もしないまま、打ち明け話を聞きながらチェスをするだけの仲になってしまいましてね。まあ、父親のポジションというのもそんなに悪くないんで」

「え? じゃあ、前にこの館に来た時、あんたの部屋にこもってたのも……」
クイーンとビショップがどうのこうのってのはたとえ話じゃなかったんだな。早く言えよ。
「ええ。チェスをしていたんです。でも、あれもヴィル君に対する挑発でしょう?」

 稔は脱力した。かわいそうなテデスコ。あの狂ったようなピアノを聴いてトカゲ女はほくそえんでいたのかよ。

 カルロスは真面目な顔にもどって現実の問題を話しだした。
「私が、あの状態のマリポーサを見て手をこまねいていると思われたら困ります。ちゃんと手は打っているんです。ただ、そんなに簡単にはいかないんで、もう少し時間がほしいんですよ」
「って言うと?」

「ヴィル君は、ミュンヘンのお父さんの館にいます。怪我の経過も思ったより悪くないようです。だが、あの館にはスペインには多い、簡単に買収できるような使用人が一人もいない。難攻不落の城みたいなものです。アウグスブルク時代の彼の友人たちも、まったく近づけないみたいですね。お父さんは彼が演劇に戻るのも許しがたいらしく、一切のコンタクトを遮断しています。そんなわけで、どうやってヴィル君にコンタクトをとるか、策を練っているところです。失敗は許されませんからね」
「ギョロ目……。おれ、あんたを見直したよ。恩に着る」

「そうだ。君たちに手伝ってもらわなくてはいけないことがある。君とレネ君と、もちろんマリポーサにも」
「俺たちが何を出来る?」
「君たちだけが共有している記憶が欲しいんです。お父様にはわからない、ヴィル君だけに、これは君たちからのメッセージだとはっきりわかるモチーフがね」


 その日の昼食の時に、稔はイネスの態度が硬いことに氣がついた。それも、稔だけに。
「イネスさん、何か」

 イネスはじっと稔をみつめていたが
「何でもないんですよ。なんでも」
それでいて、稔の皿にスープをつぐ時など、やけに乱暴だった。

「マリサにいたずらでもしたの?」
蝶子が意地悪く訊いた。

 マリサは金髪の美しい二十三歳になるイネスの娘で、優しく控えめで稔の好みにど真ん中、というタイプだった。最初に紹介されたのはこの館に入り浸るようになってから三回目くらいの時で、その時から稔はもちろん不必要にマリサに親切だったので、ほとんど言葉が通じないにもかかわらず、マリサも稔に好意を持っていた。その証拠に、Artistas callejerosがこの館に来る度に、マリサの英語はやたらと上達していたのである。

 しかし、稔はマリサに手を出すような無謀はしなかった。マリサは本人も合意の上でのアバンチュールを楽しむには若すぎる娘だった。そして、例の蝶子のコンピューターのたとえで言うと、イネスは最重要書類だった。稔が合法にヨーロッパに滞在できるのはカルロスの好意だけによるものだったし、毎年のクリスマスを暖かく豪華なこの館で、うまいものをたらふく食べて過ごせる四人の幸福を自分の行動一つで台無しにするわけにはいかなかった。だから、『外泊』だって、わざわざ村の実害も後腐れもなさそうな娘を選んでいるのに。

「するわけないだろ。イネスさんを怒らせたら俺たち何も食べられなくなるじゃないか。この間だって……」
と、つい口を滑らせた稔は、あわてて黙った。が、イネスはその言葉尻をとらえて稔に詰め寄った。
「それですよ。せっかく若い娘が勇氣を振り絞って迫ったのに、袖にしたって言うんですからね。それでいて村のほかの女といちゃいちゃしていたって、マリサは昨日から泣き通しですよ」

「あらら……」
蝶子はにやにやと傍観を決め込むことにした。レネは目を丸くした。
「マリサはかわいいし、ヤスのタイプじゃないですか」

「マリサにバレるように『外泊』しちゃあねぇ」
「ここにいたら、どうやったってバレちゃうじゃないか。イネスさんが逐一報告しちゃうんだから」
「私はそんなことはしません。マリサがあんなに思い詰めているのに」

 稔はマリサが泣いていると聞いて、心穏やかではなかった。蝶子の前だったので口には出さなかったが、以前のヴィルの心境がよくわかった。恋愛のデッドロックである。以前はもっと簡単だった。二週間ぐらいで動き回り、もう二度と顔を合わさないとわかっているので、簡単に口説き、一晩だけ一緒に過ごし、後腐れもなかった。必要以上に好きになることもなかったから、相手のことを心配することもなかった。

 だが、Artistas callejerosは動き回るよりも、決まった場所で稼ぐことが多くなってきている。十一月のコモ、一月のバルセロナは確定だ。コモに行く前にはレネの両親の家業を手伝うことになっている。ヴェローナのトネッリ氏もフェデリコの休暇の時期に来てくれとラブコールを送って来てくれているし、マラガのカデラス氏のクラブでも再び予約が入っている。カデラス氏が来てほしいのはヴィルなのだが、話は半年後なので間に合うはずだと稔は楽観していた。

 そして、このバルセロナのコルタド館だ。最初はそうとう遠慮していたはずなのに、この頃はすっかり自宅代わりだ。カルロスの客のためにエンターテーメントを担当し、雑用をこなし、適度に酒は買ってくるが、お世辞にもギブアンドテイクとはいえないたかりぶりである。違法滞在だった稔と蝶子のヴィザを用意し、日本行きのチケットを提供し、さらに、各地に現れてはしょっちゅう美味しいものをおごってくれるカルロスの常軌を逸した親切は、蝶子との恋愛関係がないとわかった今となっては全く理解に苦しむ。しかも、今はヴィルの逃走の手助けまでさせようとしているのだ。ここで、カルロスにとっては一番大切な使用人であるイネスと問題を起こすわけにはいかない。

 稔にとってマリサがどうでもいい存在であったなら、話はもっと簡単だった。だが、稔はマリサが好きだった。もちろんヴィルが蝶子のことを思い詰めていたほどではないし、レネがエスメラルダスの魅力に自分を失ってしまったほどではない。とはいえ、コルタドの館にいる時間が増え続けている今、マリサとのことは稔にとって次第に避けられない重荷になりつつあった。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
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2012.11.28 23:52 | | # [edit]
says...
こんにちは。TOM-Fです。

おお、面白くなってきましたね。ヴィル救出作戦、どういう戦術でいくのか、とても楽しみです。

カルロスと蝶子のチェスの件、うまいですねぇ。まったく想像もできませんでした。
カルロスの男前っぷりもかっこよすぎですが、蝶子がその状況とヴィルの心理まで計算して動いていたとは、驚きです。そういえば、わかったうえで行動している、みたいなことを言っていましたね、蝶子。お見事です。

稔って、ほんとうに真面目でいい男ですね。それだけに、余計に罪作りなヤツなんでしょうね。
って、なんだかレネだけ可哀想。蝶子の件がなくても、泣きたくなりますね、そりゃあ。

あちらこちらに基盤と言うか「いるべき場所」ができるというのは、彼らひとりひとりには意味のあることでしょうけど、Artistas callejerosにとっては、どうなんでしょうね。

次回も、楽しみです。

それから、八少女夕さんのBLOGを拝見していたおかげで、Stellaの存在を知り、参加させていただくことができました。
これからも、よろしくお願いします。
2012.11.29 02:31 | URL | #- [edit]
says...
豚小屋ですか(笑)
情景が目の前に浮かぶようでした。

蝶子さんの性格が端的に出ている回だなと思いました。
それで稔さんがとうとう行動に出た訳ですが、この辺りの、メンバー間のバランスを描くのが八少女さんは本当に巧みだなーと思います^^

カルちゃんとは、実は本当にチェスをしていたんですか・・・!
これは、ずっと騙されていました!!まさかここでその謎明かしがくるとは・・・

そして、稔さんにも新たな局面が。
最初はそれぞれが居場所を持たずスタートしたArtistas callejerosのメンバー達。
今は、ヴィル救出作戦へとお話しが向いていますが、水面下で様々な変化の兆しが伺えるような気がしました。
それぞれがそれぞれの居場所を持つ事と、Artistas callejerosがArtistas callejerosである事は、同時に成り立つのだろか、とふと考えさせられました。
第2部への伏線のマリサさんからも目が離せないですね!
続きを楽しみにしております^^
2012.11.29 09:41 | URL | #- [edit]
says...
こんにちは。

すみません。騙していました(笑)ちょっと一人ガッツポーズです。
いやはや、数名の方から誤解したコメがくるたびに「いやいや、そこはね〜」といいたいのを我慢してました。
私の書き方の特徴みたいになってきているのですが、地の文に登場人物のモノローグが混ぜるのを多用しています。で、そこは明らかに稔がそう思っているだけなんだけれど、それを地の文でいわれたように誤解させる一種のテクニックみたいに使ってしまいました。蝶子自身はセリフとしてはっきり言っているのですけれど。「カルちゃんに色仕掛けの必要はないわよ」とか「重要書類で書類の上書きはしない」とか。

ちなみに蝶子がヴィルの挑発のためにわざわざカルロスの部屋にこもっていたかというと、これも単なるカルロスの推測です。私個人としては、蝶子はヴィルの誤解を利用して、領空侵犯をやめさせるためにそういうことをしていたとは思いますが、嫉妬させて告白させようとはその時点では思っていなかったと思います。それどころか、ヴィルがディーニュで「抜ける」と言い出すまで、自分でもどうしていいのかわかっていなかったんじゃないですかね。

稔に関しては、蝶子のようにいろいろと誤解をさせるためのトリックは何も用いていませんが、スペイン編のまん中あたりに、第二部の流れを予想させる伏線がちょいと。レネは……。ご安心ください。レネはかわいそうな役割を負うはずだったのですが、個人的にこのキャラが氣にいってしまって、変更しましたので。

第一部の完結まであと四週、どうぞおつきあいくださいませ。

コメントありがとうございました。

P.S. Stalla用新作も、「フェアリーテイル……」もどっちも楽しみです。これからもどうぞよろしくお願いします。
2012.11.29 15:08 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは!

すみません、わざと黙っておりました……。
カルちゃんは、ローマで蝶子がシャワーを浴びている間に爆睡してしまったようです。しょうがないな〜。
でも、そのおかげで、稔やレネに匹敵するポジションをゲットしたと言っても過言ではないでしょう。
「金は出すが、口も出さないし、手も出さない」まさにパトロンの鏡でございます。
稔は……。面倒見のいい江戸っ子ですからね。

それとですね。四人の居場所の話、そうなんです。

第二部のネタバレになるといけないので、詳しくは語れないのですが、人間の生活や人生、それに状況というのはどんなに居心地がよくても時間とともに少しずつ動いていく訳で、蝶子なんかはニースの章でのんきに「何も変わらなかった」と喜んでいたりなんかした訳なのですが、実際にはそんなことはなくて稔のことですらこうして少しずつ動いていっている訳なのです。

居場所の話は、形が代わり、感じる人間が変わるなどしても、この小説全体を通してしつこく繰り返されていきます。あてのない旅をしながら、居場所に縛り付けられる、なんか矛盾した小説ですが、どうぞよろしくお願いします。

コメントありがとうございました。

P.S. コメントできない例の記事、おおおおお〜でした。普段の耽美な絵と文も好きですが、ああいう風に面白おかしく暴走するcanariaさんも、超好みです。大切なので二回おっしゃった件も(笑)恵方巻みたいなポッキーセイレンたんもかわいかったですよ。
2012.11.29 15:38 | URL | #9yMhI49k [edit]

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