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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち (37)アウグスブルグ、 希望

いよいよ、終わりが近づいてきました。ちょっと長いのですが、二日にわけるほどでもないので、今回と来週は切らずに一日で掲載します。今回の題名は、再会作戦だけのためではなくて、むしろレネのために(笑)

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大道芸人たち Artistas callejeros
(37)アウグスブルグ、 希望


「それ、シラー?」
ヤスミンはレネが読んでいる『群盗』のフランス語対訳本を見て目を丸くした。ヤスミンは、サンチェスから転送されてきたメールをプリントアウトして届けにきたのだ。だが、稔と蝶子が買い物に行っていたので、宿にいたのはレネ一人だった。レネは大好きなヤスミンが自分一人の時に来たことをとても嬉しく思った。話す時間が三倍になる。

「はあ。せっかくドイツにいるんで」
レネが言って、ヤスミンにその本を渡した。彼女はちらっと中を見てから返した。

「あたし、こんなに長く演劇に関わっているのに『群盗』を読もうなんて考えたこともなかったわ。読み終わったら、貸してよ」
「読み終わったら、あげますよ。どっちにしても読み終わった本は全部処分しなくちゃいけないんです。僕たち、定住者じゃないんで」

 ヤスミンは興味を持ったようだった。
「ねえ。あなたたちどうして一緒に大道芸人をしてまわることになったの?」

 レネは笑った。少し親しくなると、みなが同じことを訊く。
「僕はパリで失恋と失業を同時にして、コルシカに傷心旅行に出かけたんです。ちょうど同じフェリーに乗っていたパピヨンとヤスがチームを組むことにして、僕も混ぜてもらったんですよ」

「ヴィルは?」
「ああ、テデスコはもっと後で、ミラノで遭ったんです」

「え? ヴィルとシュメッタリングは一緒にカイザー髭のところから逃げ出したんじゃないの?」
「違いますよ。パピヨンはテデスコがカイザー髭の息子だって一年以上も知らなかったんですから」

「ヴィルの方は知っていたの?」
「ええ。知っていたみたいです」

「でも、シュメッタリングとカイザー髭は、その……」
「わかっていますよ。テデスコはそれでもパピヨンのことが好きになってしまって、だからよけい言い出せなくなってしまったんだと思います。でも、パピヨンの方も知った時にはもうテデスコのことを好きになっていたから」
「そうだったんだ……。あの唐変木のヴィルがねぇ」

「アウグスブルグ時代のテデスコはどんなだったんですか?」
「無口で、無骨だけど、頼りになる感じかな。私は彼がもうちゃんと役者になった後で参加したからそういう印象だったけれど、団長曰く、最初はすごく変だったらしいわよ」

「変って?」
「世間のこと何も知らないし、誰とも会話をしなかったんだって。そういう人だって、そりゃいるけど、普通そんな人が役者になんかならないじゃない? 団員はどうしようかと思ったらしいわよ」

「それで?」
「一年くらいで、それなりに社会に順応するようになってきたんだって。もちろん、ほとんど口をきかないし、何か言うとしてもぶっきらぼうだけど、本当は優しいじゃない? それがみんなにもわかって、馴染んだみたいよ」

「じゃあ、テデスコはなんで一人で旅にでたんだろう?」
レネはそういえばその経緯を聞いたことがなかったと思った。

「あら、知らないの? カイザー髭がね、息子を跡取りとして取り返すために、劇団に圧力をかけてクビにさせたの。生活を支えていたナイトクラブの方の職も失ったし。それで、自由に生きるために失踪したんだと思うわ。私はしばらく責任を感じて落ち込んだのよ」
「なぜ?」
「だって、私がカイザー髭のところに寄付を頼みにいったので、ヴィルがうちの劇団にいることがバレちゃったんだもの」

 レネは、ヤスミンのしょげた顔を見て哀しくなった。
「ヤスミンは、テデスコのことが好きだったんですか」

 ヤスミンはびっくりしたようにレネを見てから、大きく頭を振った。
「やだ。そりゃ、仲間としては好きだったけれど、恋していたわけじゃないわ。だって、全然タイプじゃないんですもの」

 レネはなんていっていいのかわからなかった。ヤスミンはウィンクした。
「私ね。お姫様みたいに扱ってくれない人はだめなの。ヴィルって私が髪を切っても、新しい服を買っても氣もつかないタイプでしょ? そんなの論外よ。あなたたち三人の中では、ヤスもダメね。彼は氣づくだろうけど、そんな女々しいことがいえるかってタイプでしょ?」

「よく見ていますねぇ。その通りです。僕はどうですか?」
「レネは合格よ。だって、この間も今日もちゃんと新しい髪型を褒めてくれたし、パンを切ってくれたりサラダをまわしてくれたりもちゃんとレディファーストだし。ねぇ。私みたいなタイプ、どう思う?」
突然そう迫られたので、レネは真っ赤になってもじもじした。ヤスミンは大いに満足した。

「もちろん……。ヤスミンみたいに素敵な女性には、滅多に会えないから……」
「嘘ばっかり。普段シュメッタリングと一緒にいるくせに」
「そ、そりゃパピヨンは素敵ですが、もう、そういう対象じゃないし……」
「じゃ、決めた。レネ、明日わたしとデートして。シラー読むのはバルセロナに帰ってからでもいいでしょう?」


「ええっ。ヤスミンを口説き落としたのかよ!」
稔が仰天して言った。

「口説き落としたというか、落とされたというか……」
レネが赤くなって頭をかいた。

「よかったじゃない。ヤスミンの前にでる度にぼーっとしていたんだし」
蝶子も喜んだ。それでも当のレネは訝しげに天井を見上げていた。
「でも、まだテデスコ奪回も済んでいないのに、デートなんかしている場合かなあ」

「何言ってんだよ。テデスコの件はまだそう簡単には片付かないし、俺たちはその間も生きていくんだ。お前が、憧れの女の子とデートできるチャンスがあるなら、作戦から外れたって構わないくらいだ」
「それはダメよ。ブラン・ベックは作戦の主役だし、ヤスミンの役割だって私たちより大きいじゃない」
蝶子がふくれた。

「作戦、変えてもいいんだぜ」
そういって稔はサンチェスから届いたばかりの郵便の中身を蝶子に渡した。白い仰々しい封筒で、表書きはバルセロナのコルタドの館の住所、蝶子宛だった。

 怪訝な顔をして裏を返すと差出人は教授だった。急いで中を確かめるとそれはパーティへの招待状だった。日時は二週間後、パートナー同伴でという印刷された内容の他に、教授の直筆でこう書いてあった。
「我が息子、アーデルベルトの快癒祝いならびにエッシェンドルフの後継者としての披露パーティです。彼ならびに私の親しい友人として、ご参加くださることを心から願っています。あなたのハインリヒ」
蝶子は、招待状を稔とレネに渡し、中身を訳した。

「なんのつもりなんでしょうね」
レネは身を震わせた。稔は腕を組んで憤慨した。
「何が私の親しい友人だよ。ふざけんな」

 蝶子は首を傾げていた。
「後継者の披露パーティですって?」
「披露されたって、逃げ出すことはできるだろう?」
「逃げ出すつもりがあればね」
蝶子は眉をひそめて言った。

「どういう意味だよ。テデスコはそのつもりに決まっているだろう?」
「どうして今さら披露パーティをするのかしら。彼はとっくにあそこの後継者なのよ。フルートをやめてからは、それを拒否して館に足を踏み入れなかったけれど。披露をするってことは、ヴィルが承知したってことじゃないかしら」
「テデスコが、もう戻らないって決めたってことか?」

 蝶子と稔が話している間に、レネはヴィルからのメールを印刷した紙を取り出し、それから招待状と較べだした。
「あ、やっぱり」
「なんだよ、ブラン・ベック」
「まったく同じ日時なんですよ。アクアヴィットを届けてほしいって要望と」

 蝶子と稔もあわててメールを覗き込んだ。

「オファーのあったアクアヴィットを一ダース、夕方の七時ごろ届けてください。当日はたくさん人が出入りしていますが、中に入り私を呼び出してください。料金を直接お支払いします。アーデルベルト・フォン・エッシェンドルフ。追伸:リラの苗木は不要です。酒だけを届けてください」

「ヴィルはパーティが開催されることを知っているのよ。それでわざわざその日を指定しているんだわ」
「後継者披露だってことももちろんわかっているわけだな。でも、その前には俺たちとコンタクトするつもりはないってことか」

「この、追伸は、パピヨンに来るなって意味じゃないんですか?」
蝶子の顔が曇った。もう、私には逢いたくないってことなんだろうか。エッシェンドルフの後継者として生きていくつもりだから、迎えにくるなって意味なんだろうか。

「おい。お蝶、なに暗くなってんだよ。テデスコは俺たちのところに戻ってくるに決まっているだろう。お前がここにいるんだぜ」
「彼は一度、ディーニュでArtistas callejerosから抜けようと決めたのに、私がそれを止めたの。でも、彼は本当はもう帰りたかったのかもしれない」
「あれは、お前とのことが上手くいかなかったからだろ」

「忘れないで。彼はアーデルベルトなのよ。教授の息子で、私のせいで亡くなったマルガレーテさんが母親なの。離れているうちに思ったのかもしれないわ。父親の元愛人で母親の敵の女とつきあうなんて、現実的じゃないって」

 蝶子はメールを指でなぞった。アーデルベルト・フォン・エッシェンドルフ。私たちの馴染んでいる名前はどこにも書いていない。

「ふざけんな。テデスコにはそんなことを考える時間はたくさんあったはずだ。お前を巻き込む前にな」

 蝶子はメールをじっと見つめていた。事務的な冷たい文面。リラの苗木は不要です。こんな一文で納得なんてできるはずはない。レネが冷たい返事だけを受け取って帰ってきたなら、私はもう二度とヴィルに逢うことができない。
「私、ヴィルに会って、直接訊きたい。私たちのところに戻りたいのか、それとも教授のもとに残りたいのか」

 稔とレネは顔を合わせた。それから稔が判断を下した。
「OK。二段構えでいこう。予定通り、連絡はブラン・ベックがやる。もし、失敗した場合のセーフティネットとして、俺とお蝶も行って、直接コンタクトをとろう。大勢の人間の前だし、カイザー髭だって変なまねは出来ないはずだしな」

* * *

「どうしてブラン・ベックって呼ばれているの?」
顔ほどもある大きなボウルに入って出されたサラダを頬張りながら、ヤスミンが訊いた。
「フランス語で青二才って意味なんです。僕が頼りないから、パピヨンがつけたあだ名なんです」

 ヤスミンは目を丸くした。
「そういわれて何ともないの?」
「あの三人がそう呼ぶ時には、何ともないですね。慣れてしまって、あの三人にはずっとそう呼んでほしいって思っているんですよ」

「ヴィルのテデスコってあだ名も?」

 レネの顔には思い出し笑いが浮かんだ。
「ミラノではじめて会った時、彼は果物屋の親父にボラれていたんですよ。パピヨンが横でものすごくいい買い物をしていて、その四倍くらいの値段を取られていたんです。で、果物屋の親父が、あれはドイツ人テデスコだからいいんだよって……」

 ヤスミンが吹き出した。
「あのヴィルが、そんないわくつきのあだ名を受け入れているなんて意外だわ」

「アウグスブルグでのテデスコは、そんなに近寄りがたい立派な感じだったんですか?」
「そうねぇ。彼の演技ってすごく迫力があるのよ。それで、現実にもそういう人だと思っている団員も結構多かったから」

「どういう役をやっていたんですか」
「何をやらせても上手だったけれど、悪役をやらせて右に出るものはいなかったわねぇ。意地悪なナチスの高官とか。あまりに真に迫っていたからヒロインが怯えて日常でも口を利かなくなっちゃったのよ。悪役が三回くらい続いたのでヴィルはいい加減にしてほしいと団長に談判して、その後に、すごくコミカルな役につけてもらったの。それで、新しい子たちはようやくあれが演技だとわかったってわけ」

「ヤスミンはどんな役をやるんですか?」
 ヤスミンは吹き出した。
「私は役者じゃないのよ。私はメイクアップ・アーティストなの。裏方。それと広報担当という名の寄付金集め」

 レネは驚いた。
「そんなにきれいなのに、舞台に立たないんですか?」

 ヤスミンはにっこりと笑った。
「レネって、本当に女の子を幸せにする言葉を、まったく嫌みなく自然に言えるのね。それってすごい才能よ、自覚している?」

 レネは首を傾げた。
「僕は、今まで好きな女性に褒めてもらったことないんです。だから、ヤスミンとデートできたり、褒めてもらえたりすると、世界がどうにかなっちゃったのかと不安になります」

「まあ。レネって、どうしようもない女ばかり好きになってきたんじゃないの? レネは素敵よ。知性的だし、優しいし。私、レネに会えてラッキーだと思うし、シングルでいてよかったと思うわ。ヴィルがこのタイミングでカイザー髭につかまったことを感謝したいぐらいよ」
ヤスミンはサラダボウルを横に退けて、テーブルの上のレネの手を握った。真っ赤になりながら、普通のデートと何もかも役割が反対だとレネは思った。

「それで、作戦のことだけど、決定したの?」
ヤスミンが甘い調子をぱっと取り去って訊いた。レネも真剣な顔に戻っていった。

「はい。予定通り、僕が行きます。一度顔を見られているから、カイザー髭にバレないように変装するんだけれど、それをヤスミンに手伝ってもらえってヤスがいっていました」

「まかせて。カイザー髭どころか、ヴィルにもわからないほど完璧に変身させてあげるから」
ヤスミンはそういうといたずらっぽい笑顔になってさらに付け加えた。
「ところで、特殊メイクの予行演習しない? 私のフラットに行って」
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
レネさん...可愛い(笑)
確かに、惨敗続きだったレネさん視点だと、「希望」ですね!
でも、希望であるとも同時に、レネさんにも「居場所」が、定住する居場所が見つかってしまったのかしら・・・とちょっと寂しい気持ちになるのは、今まで風のように自由に旅をしてきた彼ら「Artistas callejeros」の様子が、定住者にはない輝きを放っていたからなのだろうな...とふと思いました。
最後のヤスミンの「予行練習」って...もしかして...いや私の頭が沸騰しているだけなのか私の心が汚れているからなのか、どっちなのでしょう///


そして、離れているが故の「ぐらぐら」きましたね・・・
今回のこの蝶子さんの「ぐらぐら」は、女性特有のものなのかなーってちょっと思ったんです。
もちろん当事者であれば、男女問わず、事務的な文面に不安を覚えるのが当然だと思うのですが、ヴィルさんの心に触れていない寂しさが、蝶子さんの心を後ろ向きにさせているのかなって思いました。

次回で第一部最終回・・・!?何だか信じられないような思いが致します。
今までずっと自分も旅をしてきたみたいだったので...
次回の最終回、寂しい思いもしますが、楽しみにお待ちしておりますね(*^-^)
2012.12.19 12:59 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよね。ずっと四人の自由な旅を続けて欲しい、変わらないで欲しいと書いているときは私も思っていたのです。でも、なんだかんだいって、状況というのは動いていってしまうんですよね。なんか、そこまで思いを入れていただいて、とっても嬉しいです。

予行演習は……。おほほほほ。もちろん、ヤスミンの口実でございますとも、「外泊」に持ち込むための。レネ本人も「も、もしかして。いや、そんなはずは……」と慌てた事でございましょう。

蝶子たちの方は、なぜヴィルがこんな冷たい文しか書けないのか、その背景がわからないし、ヴィルはヴィルでこのメールの後どう連絡を取るかがわからないし、教授が罠を張っている事を具体的にも書けない。こういう状態で、仲良しであっても人間がどう反応するのかってのは、興味深いテーマでした。

来週は泣いても笑っても最終回です。ってことは、後書き書かなきゃ! 来週もどうぞよろしくお願いします。

コメントありがとうございました。
2012.12.19 20:31 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは、TOM-Fです。

いろんな意味で、わくわくどきどきの展開ですね。

信じたいけど、不安になる。離れ離れで、連絡もとれないとなると、どうしてもマイナス思考になっちゃいますよね。相手のすることが、全部否定的に見えてしまう。そこに、ラスボスの思惑というか罠があって……ああ、早く続きが読みたいです。

それにしても、レネ、やっと巡ってきましたね。良かった~。
レネにとって「どうしようもない」女を代表して、ウチのエミリーからお祝いを……ってまだ早いか。
ヤスミン、積極的ですね。いいなぁ、こういうの。もしかしたら……っていうドキドキ感、最近すっかりご縁がないなぁ。
でも、この二人、これからどうなるんでしょうか。

いろんな意味で、最終回が楽しみです。
2012.12.20 03:47 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんにちは。

師走も押し迫ってきたのとちょうどリンクして「そろそろ終わるぞ」オーラを出しまくっています。

ま、教授はね。大した悪者ではないので、大した罠でもないのです。「夜のサーカス」の方の未登場ラスボス(?)の方は本物の「悪」なんですけれど。

す、すみません。エミリーちゃんになんて失礼な発言をば! でも、これはヤスミンのやっかみ半分ですので。「どうしようもない女」の筆頭はもちろん蝶子です(笑)告白の時間もなかったエミリーちゃんと違って、何ヶ月も無視しまくりましたからね。

ヤスミンは、かなりお氣に入りのキャラです。蝶子は、私と正反対キャラで、書いていて面白いけれどこうなりたいかと訊かれると疑問なのですが、ヤスミンの方はやっぱり私とは遠いキャラで、しかもできるものならこうなりたいタイプですね。

レネとヤスミンの今後ですか? ぜひ、第二部の方もお読みくださいませ。(宣伝、宣伝。って、いつ発表できるのか)

泣いても笑っても、来週が最終回です。どうぞ、あと一週、おつき合いくださいませ。

コメントありがとうございました。
2012.12.20 15:35 | URL | #9yMhI49k [edit]

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