scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】その色鮮やかなひと口を

scriviamo!


「scriviamo!」の第十四弾です。


ココうささんは、素晴らしい揮毫とともに、優しくも暖かい詩を書いてくださいました。ありがとうございます! 見事な筆跡は、どうぞ、ココうささんのサイトでご覧ください。


ココうささんの書いてくださった詩と揮毫『あなたいろ』

『あなたいろ』

ツンとした空気が

ふんわりした風に変わる頃

つぼみが膨らんで

誰かを待っているように

足踏みしていた気持ちが目をさます


ゆっくりとあなた色に染まる季節




ココうささんは女性らしさに溢れた優しい詩をお書きになっています。青春の眩しい輝きをぎゅっと閉じ込め、その周りをパステルカラーのシンプルなリボンで包んだような、そんな響きです。でも実は、酸いも甘いも経験して、人生の辛苦にもきちんと向き合ってきた方で、だからこそ、その優しい言葉がただの甘いメルヘンにはなっていないのです。

お返しは掌編小説にさせていただきました。どんな「あなた色」にしようかなと頭をしぼりました。絵画を題材にしたのはもう書いた事があるし、生け花などは私の知識があやしすぎる。ウウム困った。で、こうなりました。


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その色鮮やかなひと口を Inspired from 『あなたいろ』
——Special thanks to KOKOUSA-SAN


 ルドヴィコは妙なガイジンだった。肩幅が広く、服の上からでも筋肉が盛り上がっているのがわかる。小柄な怜子には雲をつく巨人のようにも見えるが、実際には180センチメートルを少し越えたぐらいだろう。けれど、昔ながらの日本家屋の戸口は低く、油断すると頭をぶつけていた。

 彼は流暢な日本語を話す。怜子が「らぬき言葉」などを遣うと、ちっちっと人差し指を立てて不満を表明した。その指がまた特徴的だった。頑丈そうなガタイに似合わず、長くて細い、いかにも繊細そうな手先なのだ。そして、性格もまた、かなり変わっている。日本が大好きなのはいいとしよう。もともとはアニメのポケモンから入ったらしいが、どういうわけかその熱が高じて日本に移住し、和菓子職人として修行をする事になったのだ。

 多少寂れたこの街の自慢は、一にお城の跡地で、二に湖で採れるしじみ、そして三つ目に来るのが和菓子だった。そして、この街には人口に比例して、どう考えても多すぎる和菓子屋が乱立していて、怜子が半年前からアルバイトをしている「石倉六角堂」はその一つだった。しかも、全国に名が知られるような有名老舗でもなければ、斬新な試みで名を馳せる先鋭店でもなかった。どういうなりゆきで、わざわざヨーロッパから移住してきて、こんな店で修行する事になったのか、怜子はいつも疑問に思っていた。

「怜ちゃん、来てすぐで悪いんだけど、急ぎの注文、包装してほしいの」
店に入るなり、社長の妻である石倉夫人が頼んだ。
「は~い。品はどこですか?」
「いま、ルドちゃんが作ってる」

 怜子は眼を丸くした。そんなに急ぎなんだ。奥に箱やプラスチックの容器を持って入っていくと、ルドヴィコが真剣な顔をして整形していた。

「うわ。綺麗」
怜子は思わず口にした。それを聞いて、ルドヴィコは怜子の方を見てにやりと笑った。
「こんにちは。怜子さん。綺麗ですか」

 怜子は力強く頷いた。若草色のきんとんにピンクや紫や黄色い花が咲いている。透明にふるふると光っている錦玉は青空のようなブルーだが、食欲を失わない微妙な淡い色合いに押さえられていて、わずかに白い雲のように見えるのは中に隠れている求肥だろう。金粉が輝いているつやつやの栗かのこ。誰がイタリア人が作ったなんて信じるだろうか。でも、イタリア人と言われれば納得の部分もある。どこが違うのかと訊かれても困るのだが、微妙に怜子の馴染んだ和の色合いではないのだ。

 怜子は小さな宝石を扱うように、一つひとつをプラスチックのケースに収めていく。そして、四つずつ箱に入れようとした時、ルドヴィコがまた人差し指を立てて抗議した。
「違います。これが左上。となりはこれ。それから、こう並べてください」

 ルドヴィコが収めた箱を見て、怜子は感心した。一つひとつも綺麗だと思っていたけれど、四つ並んだその形と色合いは、本当に一服の絵を見るようだった。なんて不思議な色のマジックだろう。並べてどうなるかまで計算して作っているなんて。

「急ぎの仕事なのに、ここまで考えて作ったの?」
びっくりする怜子に、ルドヴィコは片目を閉じた。
「もちろんです。どんな時でも全力投球ですから」

 怜子は次々と菓子を箱に収めていった。引き出物かしら。それにしてはどうしてこんなにギリギリに大量注文するんだろう。ルドヴィコがいなかったらどうするつもりだったのかしら。佐藤さんは今日は休みで、義家さんは午前中に仕込みを済ませて、社長と一緒に京都の研修会に行ったはずよね。

「あ、怜子さんの分も作りました。あとで食べて感想をお願いします」
「えっ。だから私はダイエット中だってば」
ルドヴィコは青い瞳に悲しみに満ちた光をたたえて怜子を見た。

「う。わかったわよ。でも、四分の一サイズしか食べないから」
「そう言うと思って、小さく作りました」
そういって、作業台の片隅を示した。確かに一口サイズになっている。けれど、それが八種類もあるのだ。

 ルドヴィコになつかれるのは悪くない。和菓子も好きな方だ。でも、毎回どうして私にだけこんなに食べさせるのよ。これだから、ダイエットが全然進まないのよね。

 彼は、昔ながらの古い民家に住んでいる。小さな庭では鹿威しがカーンと音を立てている。家に戻ると、和服に着替えて、文机に向かい、ジャパニーズ・ライフについて墨書きでつらつらとしたためているらしい。墨書きでイタリア語って、難しそう。怜子は思った。その家にはプラスチック製のものが何もない。そんなものは美しくないというのがその理由だった。

 ルドヴィコは美しさというものに異様に執着していた。100円のボールペンなど絶対に使わない。家では墨書きで、外出先では金の蒔絵のついた万年筆を愛用するのだ。美意識にかなう炊飯器が見つからなかったという理由で、鍋でご飯を炊いていた。そして、時代物の蓄音機でざらざら雑音の入る復古版のレコードを聴きながら、庭の四季を眺めるのだ。怜子は、ごく普通の日本人なので、こんなに時代遅れの生活をする人間がいるなんてと、ひどく驚いたものだ。もう慣れたが。

 店では怜子はルドヴィコの彼女だとみなされていた。よく散歩や街歩きに誘われるし、彼の明治時代のような自宅にも招待されて何度も食事をご馳走になっていたので、そう思われるのは無理もないが、実際にはそのような特別な関係は何もないのだった。私、そんなに魅力ないかな。怜子は思ったが、さほど残念でもなかったので、完全にただの友人としての付き合いを続けている。それに、彼の作った和菓子の試食係である。

「怜ちゃん、どうもありがとう。おかげで納品に間に合ったわ」
ルドヴィコが先方に注文品を届けに行ったのを見送ってから、夫人が奥に入ってきた。怜子は、ルドヴィコの作った試食用の練りきりを頬張っているところだったので、あわてて飲み込み、それが喉につかえて咳き込んだ。

「まあ。そんな所で立って。お茶を淹れてあげるから、ちゃんと座って試食しなさい」
石倉夫人は言った。

「す、すみません。勤務中ですし……」
「いいのよ。試食も仕事のうち。それに怜ちゃんの意見がモチベーションになってルドちゃんがどんどんいいものを作ってくれるんですもの」

 怜子はこのあたりで誤解を解いておいた方がいいと思った。
「あの、私とルドヴィコはそういう関係ではなくて、彼も友だち以上には思っていないと……」

 石倉夫人は眼を丸くした。
「あら嫌だ。怜ちゃんったら、この間のルドちゃんの告白をきいていなかったの?」
「は?」
「ほら、うちの人が、『ガイジンにとっての日本の一番の魅力って何だ』って、訊いたじゃない」

 怜子は首を傾げた。その話題は憶えている。新年会の席で酔っぱらった社長の石倉がルドヴィコに質問したのだ。彼はまったく酔った様子もなく、盃をきちんと置いて答えていたっけ。
「それは人によって違いますよ。伝統の文化や自然とのかかわり方に惚れ込む人もいますし、武道などの形式美に夢中になる人もいます。若い世代にはアニメやマンガやビジュアル系バンドも大人氣ですよ」

 石倉は、そのルドヴィコの肩をぽんぽんと叩いて言った。
「で、ルド、お前はどうなんだ。日本に来て、和の暮らしをして八年。現在はどう思う?」

 その時、みんなが注目している中、ルドヴィコは澄まして答えたのだ。どういうわけか怜子の方を見て。
「日本の美については、僕は小泉八雲のと同意見です」
そして、その時、周りは「おお~」と笑いながら盛り上がったが、怜子には全く訳がわからなかった。

「確か、小泉八雲がどうのこうのと……」
そういう怜子を見て、石倉夫人は呆れた顔をした。
「まあ、知らなかったのね。訊けばいいのに」
そういって、小泉八雲、すなわち、ラフカディオ・ハーンの著作について説明してくれた。

日本の最上の美的産物は、象牙細工でもなく、青銅製品でもなく、陶器でもなく、日本刀でもなく、驚くべき金属製品や漆器でもなくて、日本の婦人である。現世界にこのような型の女性は、今後何十万年経るといえども再び現れないであろう

小泉八雲著 「封建制の完成」


 怜子はのけぞった。
「そんな回りくどいことを言われても、わかりませんよ。それに、それは告白っていうか、ただの一般論では。本当にルドヴィコが私の事を好きなら、イタリア人っぽく『Ti amo(愛してる)』とか言って、ガンガン押すだろうし……」

 石倉夫人は、ちらりと怜子を見て言った。
「ほんとうに、鈍い人ねぇ。ま、いいわ。ルドちゃんがそういうあなたを好むんだから」
そういって、お客さんが来たので、お店に行ってしまった。

 あ~あ、どうしよう。ルドヴィコが帰って来たら、意識して顔が赤くなっちゃうよ。怜子は二杯目のお茶を飲みながら、宝石のように美しい錦玉を手に取った。ううん。さっきまで青空の色だったのに、ルドヴィコの瞳の色になっちゃっているよ。困るなあ。甘すぎないふるふるで優しい寒天、中の求肥に包まれた淡い黄色のこし餡のわずかなゆずの香りが絶妙だ。ああ、美味しいなあ。こんな事を続けていたら、どうやってもダイエットには成功しないだろうなあ。

(初出:2013年3月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
最近はガイジンの方が日本の繊細なものに
詳しかったりしそう…
私も高級和菓子よりクリーム入りドラ焼きとかの方が
好きだったりしますし
2013.03.04 08:46 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

たまにいますよね。なぜそんなに日本に入れあげる、なガイジン。
ツナマヨおにぎりのようなものを食べていると怒られそう。
私はツナマヨも、クリーム入りどら焼きも、タイヤキのお腹がクリームなのも好きです。
(そういう話じゃないって?)

コメントありがとうございました。
2013.03.04 19:13 | URL | #9yMhI49k [edit]

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