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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】少し早い春の湘南を

「十二ヶ月の歌」の三月分です。つい先日二月分をアップしたばかりですが、まもなく新連載がはじまるので、ここで三月分も公開しちゃうことにしました。

「十二ヶ月の歌」はそれぞれ対応する歌があり、それにインスパイアされた小説という形で書いています。三月は小田和正の“ラブストーリーは突然に”を基にした作品です。YoutubeでPVを探したのですが、公式に使えるものはないようですね。ま、皆さんご存知でしょう。(古すぎて若い方は知らないかなあ)

ここで、ひと言、お礼をさせてください。私の妄想につき合って、ヤキダマのお名前を貸してくださった山西左紀さんに、心からの感謝を。


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少し早い春の湘南を
Inspired from “ラブストーリーは突然に” by 小田和正

「YAMAHA DS250。お前が今さら。何で?」
ヤマグチが首を傾げた。
「いいだろう。たまには小回りのきく軽いのに乗ったってさ」
「そんな事、一度も言った事ないじゃないか」

 十年間もツーリングを共にしてきたヤマグチが訝るも無理はない。でも、氣がついたら買っていたんだ。ヤマグチと違って、理由はわかっている。SUZUKI vanvan200のせいだ。我ながら頭痛がしてくる。

「来週、仲間で房総に行く予定だけれど、よかったら来る?」
そう訊いたら彼女は首を振った。
「私、三浦半島に行くの。それに、わたし集団で走るの苦手なの」
「どうして?」
「付いていかなくちゃと焦るから、景色を楽しめないんだもの。私が遅いから」
だから、初めて会ったときも一人で走っていたのだと透は思い出した。

 はじめての海外ツーリング。レンタルしたSUZUKI GSX-R750で、ずっと憧れていたアルプスを見ながら走った。フルカ峠、オーバーアルプ峠、ハスリ谷や陽光の煌めくトゥーン湖の周りを。仕事を十日も放り出すのは心配だったけれど、その不安が吹き飛ぶほどの最高の走りだった。それから、グリムゼル峠へ。聞きしに勝る湖の美しい峠だったけれど、駐車しているバイクの数のあまりの多さに、力なく笑ってしまった。

 そこに、例のすごい音を響かせて、ハーレーに乗った集団が到着したのだ。ハーレーの集団は珍しいとは言えなかったが、どうやらそれがすべて女性らしいので、透は思わず彼女たちを凝視した。鋲の打ってある黒い革ジャン、ヘルメットを脱ぐと鼻ピアスに赤い髪、首筋のタトゥー。完璧なハーレー装束だな。透は感心した。そこに、のろのろと遅れてもう一台バイクがやって来た。

 vanvan125じゃないか。服装も普通の灰色のジャケットだ。何だ、ブラックシープか? 透が見ていると、彼女はヘルメットを脱いだ。日本人だ。それが翔子だった。

「君、あのハーレー軍団と走っているの?」
思わず訊いた透にきょとんとして彼女は笑った。
「まさか」
そして、その時も言っていた。彼女は集団で走るのが嫌いなのだ。

 その日の残りを一緒に走って、透は翔子が横浜に住んでいる事を知った。透の住む武蔵小杉から20分も離れていない。だから、日本に帰ってからも時おり連絡して週末のツーリングに出かけるようになったのだ。

 DS250を買ってしまった時には、自分で頭を抱えた。「待たせるのがいやなの」と言う彼女の言葉に反応してしまったって事だ。これを見たら警戒するかな。

「あら? そのバイク……」
翔子は透の姿を見るなり言った。透は空を見ながら、言った。
「手放さなくちゃいけないって、友達が言ったから、格安で譲り受けたんだ。たまにはもこういうのもいいかなと思って」
翔子は、菜の花を思わせる笑顔を見せた。透はほっとして言った。
「湘南は久しぶりなんだ。さあ、行こうか」

 155cmの小柄な翔子は、vanvan200の上にまっすぐに座る。ヘルメットから垂れ下がっている少し茶色がかった三つ編みには乱れひとつない。灰色のジャケットと黒いモーターサイクルパンツ、黒い革の靴、すべてがきっちりとして隙がないのだが、柔らかくて悪戯っぽく煌めく瞳といつも口角の上がっている唇が優しくて、見ているととても心地よかった。透はずっと「女にはツーリングのよさはわからない」というヤマグチの意見に賛成だったのだが、翔子とアルプスを走って以来、どうやら密かに違う意見を持ってしまったようだった。

 高速を飛ばすのが面白かった。目の前の車の走りにイライラして、危険な追い越しを繰り返した事もあった。ヤマグチや他の仲間との馬鹿げたツーリングが嫌になったわけでもなかった。だが、房総に行く仲間たちに不義を謝って横浜に向かう時、透は浮き浮きしてくるのを押さえられなかった。春がやってくる。風の中に樹々の目覚めの香りがする。菜の花のような笑顔が待っている。

「晴れてよかったよな」
透がヘルメットのバイザーを上げてそう言うと、翔子は眼を細めてにっこりと笑った。
「グリムゼル峠も、こんな晴天だったわよね」

 同じ思い出を持っているということが嬉しかった。たとえ、彼女の心の中には他の男が住んでいることを知っていても。

 翔子が行こうとしているのは、その男が行ったと彼女に語った湘南なのだ。
「そいつと一緒に行ったのか?」
透が訊くと、翔子は小さく首を振った。
「三厩さんとは大学でときどき話をするだけだもの」

 自分は透君で、あっちは三厩さん。こっちは二人っきりでツーリングにも行けていて、あっちは話をするだけ。明らかに形勢はいいはずなのに、なぜか彼女の恋話の聴き役になってしまっている。ま、そのうちに、見ていろ。透は空を見上げて会ったこともない大学院生に宣戦布告した。

「三浦海岸に、見渡すかぎりの大根畑があるんですって。そこを、お友だちと走ったって……」
しおれた青菜みたいな顔をするところを見ると、そのお友だちとは件の大学院野郎のガールフレンドなのだろう。翔子はどうやら失恋ツーリングをするつもりだったらしい。だったらなおさら一人でなんか行かせられるか。絶壁から飛び込まれたりしたら困るし。

「よし、じゃあ、その大根畑を走ったら、海岸線をドライブして、美味い海の幸を堪能しようぜ」
そういって、ヘルメットのバイザーを下げた。翔子はこくんと頷いてヘルメットを被り、きっちりとベルトを締めて、手袋をはめてから、vanvanのスタンドを起こした。

 第三京浜、横浜新道と走りながら、透は不思議な氣もちになっている。いつもなら周りの車にイライラして、どうしたら一刻も早く追い抜けるか、そんなことばかり考えていた。DS250は小回りが利く。だから追い越しもそんなに難しくはない。だが、今の透はそんな走り方はしない。ミラーで後ろのvanvanを確認し氣にしながら、教習所の教育用ビデオのような優等生の走りをしている。普段なら無視する休憩所にも寄って、二人でオイルやチェーンの状態をチェックしながら、缶コーヒーを飲んだ。

「いい陽氣とはいえ、走るとまだ肌寒いな。大丈夫か?」
「もちろん。透君、もっと速く走りたいんじゃないの? 私に合わせてくれているのよね」

 透は笑って言った。
「速く走るのは、いくらでもやってきたし、いつでもできるんだ。こうやって走ると、今まで見ていなかったものや、感じていなかったものがどれだけ多いかってわかるよ。こいつで走るの、氣にいったよ」
翔子も嬉しそうに笑った。

 横浜横須賀道路で三浦に向かう。大学院生野郎の目は確かだった。国道からそれて、丘陵地帯の小さな道を進んでいくと、大根やきゃべつの畑が一面に広がり冬の間には忘れていた緑が目に鮮やかだ。麦わら帽子を被った農夫たちが大根を引き抜いている牧歌的な風景。この温暖な三浦半島は、東京や横浜よりもさらに暖かく、さわさわと大根の葉を揺らす風すらも穏やかだ。

「こいつはいいや」
透はつぶやきながらゆっくりと走る。時おり翔子を先に走らせ、時には先を行き、のんびりと丘の上を堪能する。遠くに海が見えるポイントで、エンジンを止めると、翔子も停まって、ヘルメットを脱いだ。翔子は乱れが氣になったのか、三つ編みの髪を一度ほどいた。そよ風の中で、細くて柔らかい髪が大根の葉の海と同じようにそよいだ。潮風がここちいい。

「透君、ありがとう。一人で来たら、こんなには楽しめなかったと思うの」
「俺も楽しんでいるよ。つらいことを無理して忘れる必要はないさ。でも、軽くすることができるなら、その方がいいって」
「ええ、本当にそうね。私、前に踏み出せそう」

 三浦海岸の鮮やかな青が目に眩しい。
「ああ、もっと海の近くに行きましょうよ」
透は頷いた。彼も青い海の輝きに近づきたかった。グリムゼル峠のきっちりとして冷たい輝き、透き通った空と湖、万年雪をいただくアルプス。隙がなく凍てついた世界は美しかった。けれど、ここはそれとは少し違う。雪が溶けて、春が近づいている。ざらつく潮風、風に揺らぐ野菜畑、そして、干した大根や干物にする魚が並ぶ、生活臭に満ちた空間。その春めいた光景の中を、走る。翔子の心の中が少しずつ動いている。

「漁師さんのところで、海の幸が食べれるのね」
大浦海岸の近くまで走り、素朴な漁師の宿が昼食の看板を出しているのを見て翔子が言った。
「ああ、新鮮だから美味いだろうな。おっ、キンメのしゃぶしゃぶだってさ。寄ってみるか?」
翔子が頷いた。

 温泉の看板があちこちに立っている。ここは湯どころでもあるんだよなあ。次回来る時には、温泉宿にでも泊れる仲になっているといいんだけれどなあ。不謹慎なことをちらりと考えつつ、透はvanvanの隣にDSを並べた。これからの透のツーリングは、これにばかり乗ることになりそうだった。

(初出:2013年3月 書き下ろし) 
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Category : 短編小説集・十二ヶ月の歌
Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
おはようございます、TOM-Fです。

うわぁ、いいお話ですね。
暖かい風や、花の香りに包まれたような気分になりました。私は二輪は原付しか乗ったことはないのですが、バイクでのツーリングも楽しいのだろうなと思います。

日本は今日、「春分の日」です。ここ数日は、春の陽気です。
この時季にぴったりな雰囲気の明るいストーリー、楽しませてもらいました。
2013.03.20 01:15 | URL | #- [edit]
says...
 こんにちは。
可愛い 優しい気持ちになれる話ですね。
バイクって むき出しで走る感じで 其の儘 風も匂いも感じる事が出来そうでいいですね。
免許取れる 年齢になると バイク取ろうかな。
まぁ… 自転車のままでも いいのだけど…

此方は 随分と暖かくなってきましたよ 後数日で 桜開花しそうです。
2013.03.20 08:18 | URL | #- [edit]
says...
暖かいのですか。春ですね。
私自身原付にしか乗れないので、かなり想像で書いています。
でも春のツーリングは心踊ります。
気にいっていただき嬉しいです。
コメントありがとうございました。
2013.03.20 10:06 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
おはようございます。
自転車より、勝手に動く分楽で、注意も必要ですが、車とは全く違う開放感があります。

もう桜かあ、春ですね。
スイスはまた雪らしいです。
こっちで春を一足先に楽しんできます。
コメントありがとうございました。
2013.03.20 10:13 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
 ヤキダマ、なんだかかっこいいですね!それにヤキダマのお友達ってやっぱり例の彼女のことなのかな?翔子の方が愛想があって優しそうなんだけどな。
 バイクの登場するお話しは、車種を検索しながら、ついつい精密に読んでしまいます。
透と翔子の心の動きがとても爽やかで、春の三浦半島の情景とマッチしてとてもよかったです。きっと上手くいきそうな暖かい流れの中に展開の続きをを期待してしまうけど、このお話しは シリーズの一編だし、続かないんですよね?
 海の幸、旨そうです。いいなぁ。

春風をありがとうございました。
ヤキダマを使っていただいてありがとうございました。
そしてクウモードを離脱しました。
サキ
2013.03.20 12:02 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんにちは。気にいっていただき嬉しいです。
ヤキダマは「お友だち」しか見えていない模様です(^-^)/
もっともツーリングにはガイジンモデルもどきや某中学生もひっついていたかもしれない…

続編はリクエストがあったら考えます。
今は何の設定もないんですが(ー ー;)
バイクの事はよくわからないまま書いてますので、変な所を発見したら教えてくださいませ。

コメントありがとうございました。
2013.03.20 18:35 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは

いいですねー。
春の暖かい景色の中を二人が走っている姿が浮かんできましたよ。
久々にバイクに乗りたくなりましたー。
バイクは何台で走っても運転するのは自分だから面白いんですよね。
彼女と簡単に会話が出来ない距離感が
逆に二人の距離を逆に縮めてくれるかもしれませんね。
まぁ、今はトランシーバーとかありますけどね。

海外ツーリングも良いですねー。
いつか、スイスの自然の中を走ってみたいです。
2013.03.22 05:03 | URL | #- [edit]
says...
おはようございます。

かぜっぷさんもバイクにお乗りになるんですね。
私は後ろに座っているばかりなのですが、自分で運転できたらどんなにいいかと思っています。

春らしく、生臭さのない、爽やかな話を書いてみたかったので気にいっていただき嬉しいです。
スイスのツーリングもいいですよ。

コメントありがとうございました。
2013.03.22 08:39 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
春だ…! 春の風を感じさせていただきました。
夕さんから、今年最初の春を感じる時間を頂いたような気がします。
あ、うちの庭の山茱萸とボケの花、早咲きの桜も、ですが(花たちに怒られそう…^^;)
やっぱり、物語の中に季節の風が吹いているのって素敵ですね。
読ませていただきながら、ずっと風の匂い、潮の匂いがしていたような気がしました。
夕さんの優しさが、本当にさらりと流れていくような、そして誰かの心の中に素敵な思い出を落としていくような、そんな物語でした。
ありがとうございます。
2013.03.22 13:15 | URL | #XbDIe7/I [edit]
says...
えへへ、ありがとうございます。

「ラブストーリーは突然に」にインスパイアされたなんて書いているのですが、昔のドラマを観ていた人にとってみたら「なんでこの話が?」になるのだと思うのでしょうが、ドラマを観ていなかった私にとっては、バイクのイメージが強いのです。で、春の感じを出したくて。
春を感じたといっていただけてとても嬉しいです。
子供の頃から、湘南や小田原、熱海辺りののんびりとした感じが大好きでした。あのイメージを一度作品に書いてみたいと思ったのです。

もうボケや桜が咲いているのですね。早くていいなあ。暖かいポルトガルではもうアーモンドや木蓮が花盛りでしたが、こちらはまだしばらくかかりそうですね。

コメントありがとうございました。
2013.03.22 19:52 | URL | #9yMhI49k [edit]

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