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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (2)百花撩乱の風 -2-

三週間にわけての発表する「百花繚乱の風」の章の二回目です。

マーラーの「巨人」は、のめり込むタイプの人が好きになる音楽じゃないかなあと思います。私がこの曲を知ったのは、ずいぶん子供の頃でした。父がソロ部分を弾くのでかなり練習していたのです。ヴァイオリンなどと違って、オーケストラでソロになることなどほとんどない楽器でしたから、父のソロはかなり珍しかったので記憶に残っているのでしょう。あ、すみません。本文とは全く関係のない話でした。


「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


この作品は下記の作品の続編になっています。特殊な用語の説明などもここでしています。ご参考までに。
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物



樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero
(2)百花撩乱の風 -2-



「あ。いた、いた」
その声に目を開けると、瑠水が覗き込んでいた。
「この間も火曜日だったから、今日はここにいるんじゃないかと思ったの。大正解だったね」

「お前、また道草か」
「今日は、道草じゃないもん。シンに会いにきたんだから」
「俺に?」

「うん。この間のお礼。昨日お母さんがクッキー焼いたの、とっておいたの。どうぞ」
「それは、ありがとう。でも、俺がここにいなかったらどうするつもりだったんだ?」
「もちろん自分で食べちゃう。ここ、いい場所よね。ピクニックに最高」

 真樹は笑って、クッキーの包みを開けると瑠水に差し出した。瑠水は当然のごとくそれを頬張った。遠足に来たガキみたいだな、そう真樹は思った。

「今日は、何を聴いているの?」
「マーラーの交響曲第一番『巨人』だよ。聴くか?」
「うん。あれから出雲のCDショップに行って、クラッシックのコーナーに行ったんだけど、あんまりたくさんあって何がいいのかわからなかったの。シンにもっと教えてもらってから買おうかなと思って」
真樹はうれしそうに笑った。

「お前、足はもういいのか?」
「うん。三日くらい痛かったけど、もう大丈夫。この曲、すてきねぇ。春にぴったりね」
「そうだね。一楽章は、まさにそんな感じだね」

 瑠水は、ちらっとYAMAHAを見た。あれに乗りながら聴いたら素敵だろうなあ。そのYAMAHAの停まっている隣に、奥出雲の方から走ってきた車が急停車した。中からはすごい勢いで若い男が出てきた。

「瑠水! 何をやってるんだ」
「あれ? 彰くん。来ていたんだ」

「今、早百合をお宅に届けてきたところだよ。こんなところでいったい何をしているんだ」
早良彰は真樹を厳しい目で見た。どう考えても自分より若い、免許の取り立てのような男に睨まれて真樹はとまどった。

「クラッシック音楽を聴いているのよ」
「制服のままで。学校の帰りだろう。その男は誰だ」
「友だち。シンっていうの。シン、こちらは彰くん。東京に住んでいる幼なじみ」
「はじめまして」

 真樹の挨拶を彰は軽く無視した。
「お父さんとお母さんが心配するぞ。バスも来ないところだし」

「俺が送っていきますよ」
少しだけムッとして真樹は言った。その言葉に彰はさらに剣呑な目を向けていった。
「いや、瑠水は僕が送っていく。来なさい、瑠水。何かあったら、お父さんとお母さんに僕が怒られる」

 何だこいつ。真樹は思ったが、瑠水が困るだろうからあえて逆らわなかった。瑠水は悲しそうな目を向けていった。
「じゃあね、シン。続きはまた次回聴かせてね。バイクにも乗せてね」


 次の日曜日は、珍しく非番だった。そして、二日ほど前から山おろしが吹き、突然暖かくなったので、初夏のような暖かさになった。山は一斉に芽吹いているに違いない。こんなうってつけのバイク日和はなかなかない。真樹はいそいそとバイクの用意をした。

 iPodにはマーラーが入ったままになっている。その時にふと瑠水のことを思い出した。続きが聴きたいって言っていたよな。今日みたいな日にドライブに連れて行ってやったら、喜ぶだろうな。まあ、こんないい天氣の日曜日にはもう家にいないかも知れないけれど。真樹は、サイドボックスに、もうひとつヘルメットを入れて、とにかく樋水村へと向かった。

 バイクの音を聞きつけて、瑠水が二階の窓から顔を出した。
「シン! 今日もドライブに行くの?」
「ああ。よかったら一緒に行かないか。山は花でいっぱいだ」

「行きたい!」
瑠水は、すっ飛んで降りてきた。姉の早百合があわてて止めた。
「ちょっと瑠水! あの人誰よ」

「友だち。シンっていうの」
「友だちって、そういう歳じゃないでしょ。あんた、なに簡単に誘いにのっているのよ」

「シンはいい人よ。それに、私、バイク好きなの」
「なんで」

 瑠水はそれに答えなかった。『水底の二人』の話は早百合にはしたくなかった。いつも馬鹿にするのだ。

 摩利子が一階で二人のやり取りをきいていた。瑠水は十六歳だわ。ボーイフレンドの一人や二人、いてもおかしくない。私があの子の年齢の時には、もう初キスだって済ませていたし。摩利子は黙って考えた。

 シンくんは悪い人には見えない。オーラも明るいきれいな水色だ。だいぶ歳は違うみたいだけれど、振る舞いは紳士的だし、ここに堂々と来たってことは乱暴なことはしないだろう。瑠水が見かけよりもずっと子供だってことをわかってくれる人だといいけれど。

「瑠水、待ちなさい。その格好で行くの?」
瑠水はジーンズに薄いジャケットを着ていた。

「だめ?」
「ダメよ。バイクなんだから」

 摩利子は、地下にある物置に降りていくと、しばらくしてから黒地に水色のラインの入ったバイクスーツと黒いヘルメットを持って上がってきた。新堂ゆりが残していったものだった。

 次郎が結婚してあの龍王の池のほとりの離れに引っ越すことになった時に、新堂朗とゆりの荷物を運び出すことになった。一部は朗の父親やゆりの弟の早良浩一がひきとったが、大半の荷物は一と摩利子が引き取って、地下の物置に保管したのだ。もしかしたら、いつか必要になるかもしれないと思って。しかし、もう二十年近く経っている。Kawasakiももうないのだ。瑠水がバイクに乗るというなら、使って悪いことはないだろう。ゆりさんだって、瑠水の役に立つなら喜ぶと思う。

「お母さん。これどうしたの?」
「友だちにもらったものよ。最新流行のものじゃないけれど、文句言わないで着なさい」
「ええ。暑いんじゃないの? 上にいってGジャンとってくるから、それじゃダメ?」

「それを着た方がいい」
そういったのは真樹だった。真樹はスーツの肘や膝の部分を瑠水に触らせた。

「ほら、ここに保護材が入っているだろう。何かあった時に、専用のスーツの方が安全なんだ」
「ふ~ん」

 瑠水は大人しくパンツとジャケットを身につけた。摩利子は頷いた。ぴったり。我が子がゆりさんのサイズに育つほど時間が経ったとはねぇ。それにしても、シンくんはけっこう信用置けそうね。摩利子は安心して二人を送り出すと、文句を言う早百合をなだめた。


 山は本当に花でいっぱいだった。山桜、八重桜、山吹、山藤、遅れて咲いた木蓮や誰かが植えた花水木までなにもかも一緒になって花ひらいていた。風に吹かれて桜吹雪がおこり、二人に襲いかかる。力強く萌えたつ新緑がきらきらと輝いている。

 瑠水は『水底の二人』の幸福感を感じていた。横を流れる樋水川から溢れてくるいつもの至福の他に、この風の中に特別な歓喜がある。空が広がり、森が揺れる。そして、自分の目の前に、確かな存在感で生身の人間がいる。

 シンはわかってくれる人だ。瑠水はそう直感していた。真樹の聴かせてくれた音楽は、瑠水にとって本当に『新世界』だった。

 瑠水はいつも孤独だった。一や摩利子は愛情と慈しみを持って育ててくれたが、瑠水にとって一番大切なものだけはわかってくれなかった。学校の友だちや姉の早百合は、まったく違う世界に住んでいた。つまり龍や神域の存在しない世界だ。その代わりにアイドルや人氣俳優が存在していた。アメリカのスターに憧れ、年頃の男の子と恋をして、化粧法や最新ファッションの研究に余念がない。瑠水が憧れ夢見ている『水底の皇子様』とは相容れない世界だった。

 真樹が連れて行ってくれる世界は、その二つの世界の中間にあった。むしろ、瑠水の世界に近かった。自然と、風と、クラッシック音楽と。どれもが瑠水の樋水と『水底の二人』への憧れと似ていた。真樹は瑠水が変な事を言っても嗤ったり馬鹿にしたりしなかった。それが瑠水にはとても嬉しかった。

「お社のね、一番奥にご神体の瀧があるの。あそこの池に龍がいるって言ったら、クラスのみんなに嗤われたの」
瑠水は悲しそうに言った。

 樋水村には高校はないので、出雲の高校に通うことになった。そして初めて樋水村の常識が、外の世界では通じないことを知ったのだった。

 真樹はその瑠水の告白を聞いて、先日同僚に言われたことを思い出した。早良彰が睨みつけて瑠水を連れ帰った翌日のことだった。

「よう、シン。お前、昨日、奥出雲樋水道で女の子と一緒にいなかったか?」
「ああ、いたよ。あそこを通ったのか?」
「うん。ちらっと見た時に、お前に似たヤツがいたなと思ったんだ。でも、もう一人が高校生だったからまさかなと思って」

「まさかと言われても、別に変な関係じゃないよ」
「うん。お前に限ってな。お堅いヤツだからさ、お前は」
「べつに、お堅くはないさ」

「どこの子だ?」
「出雲の高校に通っている子だよ。樋水村に住んでいるんだけど、よく道草をしているみたいだ」
「樋水村……。そりゃ、ヤバいぞ」

追記



マーラーの交響曲第一番「巨人」、動画探してきました。バーンシュタイン指揮でウィーン・フィルの演奏ですね。私の父の独奏した部分を聴きたい方は25分31あたりでございます。


我が家にあるのは、ワルター指揮でコロンビア交響楽団のものですね。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
こんにちは、TOM-Fです。
更新、おつかれさまでした。

瑠水ちゃん、理解のあるお母さんでよかったですね。さすがに「見える」側の人は、男を見る目も確かってことですね。
瑠水の孤独や「世界」が、真樹によって、より広い世界に開かれていくバイクツーリングのシーンは、読んでいるだけで幸せな気分になれました。まさに「百花撩乱の風」ですね。

マーラーは食わず嫌いで聴いたことがないのですが……ちょっと試してみようかな。
次話も楽しみにしています。
2013.04.10 09:44 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
 こんばんは。
おおっ マーラー この方 面白いですよね!!!!
大地の歌 好きです。
いずれ 私の時代が来る と言ったのだったかな 此の 肯定的さ  いいですね。

うーーん ここで ゆりさんのスーツがピッタリなのですねーーー
樋水村… ヤバいのですか… どの様な理由があるのだろう 楽しみです。
2013.04.10 12:16 | URL | #- [edit]
says...
読ませて頂きました!

真樹と瑠水はまた少し近づいたような気がします^^
自分の大事なものを理解してもらえない寂しさを知っているのですね。
2人を繋ぐクラッシック音楽とバイク。バイクは風を切って走る馬と同じ感覚なのでしょうね。
そして昔、バイクに乗って樋水村にやってきた2人を思い出しました。
るりさんのバイク衣装は摩利子さんが大切に保管していた!^^この小さな縁の繋がりがファンには嬉しいです^^

そして最後の「樋水村……。そりゃ、ヤバいぞ」
次話に興味シンシン。
次回も楽しみにしています(*´∇`*)
2013.04.10 15:23 | URL | #GWG7oyQ. [edit]
says...
こんばんは。

摩利子は若いころには都会で派手に恋愛しまくりの人生だったので、田舎者の娘二人の冒険など「おへそが茶を沸かす」と思っているでしょうね。

宮司や次郎や両親はなど新堂夫妻のことを知っている人たちに、「水底の二人」のことはは全否定されちゃっているんですが、瑠水はその理由がわからないので、自分だけどうしてと悩んじゃっているんですよね。見えないただの人である真樹ですが、やっぱり「変なヤツ」扱いされてきたので、そのあたり共感するんでしょうね。

いちおう、「前世」などのファクターが何もない、ただの縁がどう結ばれていくのか、そういうはなしになっています、こっちは。

マーラーは、好き嫌いあると思いますが、個人的にこの「巨人」は他のものと較べて万人受けすると思います。私はすきですね。個人的には、ブルーノ・ワルター指揮の演奏が好きです。

コメントありがとうございました

2013.04.10 18:21 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

時代来たのかな? それともスルーされたのか。
たくさんは聴いていないんですが、この「巨人」は高校生ぐらいの時から好きだったのですよ。
擦れていない、若者のうちにハマりたい曲です。
ある程度歳とってからはじめて聴くと「けっ」ってなっちゃうかもしれないので。

大人だったゆりの身長と同じくらいに育っちゃいました。若い子の方が発育がいいんですよね。
「ヤバいぞ……」は、このあたりのどっかで切らなくちゃいけなかったので
いかにも「次号に続く」なところで姑息に切ってみました(笑)

コメントありがとうございました。

2013.04.10 18:25 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

実をいうと、私は馬で疾走したことはないので、同じかどうかは「?」でございます。
まあ、25年前とこの時点でのバイクの風は、一緒でしょうね。

新堂夫妻は黙って失踪してしまったので、荷物が置きっぱなしだったのです。
千葉の沢永和尚はともかく、ゆりの方は両親と絶縁状態だったし、まあ、秘密を知っていた高橋夫妻が手を貸すのが妥当かなと。

す、すみません。「ヤバいぞ……」はあんまり大したことがありません。たまたま切る場所がなくて。
姑息に、引っ張る感じのところで切ってみました。

コメントありがとうございました。
2013.04.10 18:34 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
FC2もダメですね。なぜかまたまた拍手が出来ないですね?
2013.04.10 23:31 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

まあ、わざわざありがとうございます。
最近、サーバ移設をやっているらしく、私がしたコメントもかなり消えてしまいました。
せっかくしていただいた拍手、反映されなくて残念ですが、お氣持ち、本当に嬉しいです。

ありがとうございました。
2013.04.11 18:46 | URL | #9yMhI49k [edit]

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