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Posted by 八少女 夕

ムパタ塾のこと - 12 -

それでも続けるムパタ塾の話。

マサイマラの小学生たち


ムパタ塾のカリキュラムの一つとして、現地の小学校を訪ねて、彼らと触れ合い、サッカーボールや文房具などを寄付するという日がありました。でももちろん子供たちとはひと言もコミュニケーションできないわけなんですが(子供は英語も話せませんしね)、わーっと寄って来たり、一緒に歌ったりして少し触れあったわけです。

この子供たち、屈託のない年相応の子供たちではありますが、それでも日本の子供たちとは少し違うような氣がします。中には、赤ん坊の妹を背中に背負って十キロも歩いて学校に通う子供がいるとききました。両親がいなくなってしまい、隣人や救済機関の援助を受けながらも妹の面倒を見ている十歳くらいの子供もいるとか。学校から帰って、かまどに火をおこし、煮炊きをする子供。それができるんだというのは驚きでした。

かつては、女性は初潮と同時に結婚していた、つまり十二、三歳で大人扱いだったことを考えると、もともとヒトはそのくらいで独り立ちできたということなのかもしれません。社会が複雑になり、子供が親の元で過ごす時間が長くなった先進国では、エネルギーのすべてが脳の発達に向けられているのか、小学校卒業ぐらいの年齢で「さあ、後はご自分で」といわれても困るのが普通だと思います。スイスもそうです。二十五歳になっても料理どころかまともに掃除すらできない人もいます。

アフリカの子供たちと、日本やスイスの子供たちでは置かれた環境が違います。だから簡単には比較できないことはわかっていますが、それでも、人間の成長の速度というのは、実は育てている方(親や社会)が決めてしまっているのではないだろうかと、思ったのです。

私の母親は、あまりこまこまと世話を焼かない人でした。そのおかげで私は中学生の終わり頃にはガスの火でご飯を炊いたり、簡単な食卓を用意することができる程度にはなっていました。塾に行ったりもしていなかったので、親を手伝う時間もありましたしね。

いまの私は、全く怖がらずに薪ストーブに火をくべたり、十キロ以上を歩いたり、ドイツ語しか通じない人たちと会話したり、日本にいた頃には「無理!」ということをあたりまえにしているわけですが、これも歳を食ったからではなくて、必要ならば10歳でもできるんだろうなと。

小学校訪問のことを思い出しながら、そんなことをうっすらと考えた私でした。
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Comment

says...
置かれた環境によって同じ年齢でもその子の
社会経験は大きく変わりますからね。

よく、小学校の時にユニセフのポスターで
「これが紛争地域の子の描いた絵です」
といったものがあって、日本の同世代の子とは
全く正反対の暗い絵ばかりでした。

あと、将来の夢も普通の子は警察官とか
パイロットとか、そういった夢見る職業を言いますけど、
ある地域の子は「大人になること」と答えた、
というのもありましたね。

やっぱり、人ってその人自身もありますが、
周りの環境、親の愛情などでいくらでも変わるもんなんすね。
2013.04.16 14:47 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

「大人になること」が叶わないかもしれない夢というのは切ないですよね。
日本の子供たちは、滅多にそんなことは思わないでしょう。

私の知り合いに「ドッグフードをかすめ取って命をつないだ」という人がいます。
生きるのに必死だったその人の子供時代にショックを受けました。
南米で孤児になったその人は、後にスイス人の養子となったのですが
予想を裏切らず、その人は身もふたもなくがめつい性格になりました。

本当にどんな環境で育つかが人を決めるんだなと思いました。

コメントありがとうございました。
2013.04.16 18:25 | URL | #9yMhI49k [edit]

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