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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

樋水龍神縁起の世界 - 8 -

今日は、普段なら写真を使って、連載小説「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」に興味を持っていただこうとするコーナーですが、動画を貼付けています。



「樋水龍神縁起」の本編、「第二部、冬、玄武」には、モチーフとしてこのモーツァルトのレクイエムが出てきます。主人公の一人、新堂朗が若くしてなくなった友人の葬式代わりに開催された「レクイエム」の演奏会を聴きに行くシーンです。冬をモチーフにしたこの作品の中で、私は死と喪失についての考え方を朗の思考という形で綴りました。

私は小学校で同級生がアイドルの歌に夢中になっている頃に、父親にテレビを観る事を禁止されて一緒にクラッシック音楽を聴かされていました。その中で好きで印象に残っている曲の一つがこのモーツァルトの「レクイエム」でした。「フィガロ」や「魔笛」などの他のモーツァルト作品はあまり好きではなかったのですが、この「レクイエム」だけは、ものすごく好きでした。父の持っていたレコード(そういう時代です)のジャケットは、本当に亡くなった方の青くなった足がアップで並んでいるショッキングなもので、それ自体は怖くてしかたなかったのですが、「三つ子の魂百まで」なのか、いまだに「レクイエム」はどなたかが亡くなったというようなこととは無縁によく聴いています。

本編の「第四部 春、青龍」の「和解」の章は最後の最後に書き直したのですが、その書き換えをした時にBGMとして聴いていたのは、実はこの「レクイエム」の一番最初「Intros」の部分でした。来週の「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」の更新では、その章を書く時に聴いていたBGMを追記につけようと思っています。ちょうど、二つの物語が似て非なるものである事、それでいてリンクしていることを表すもう一つの選曲、そちらも聴いていただければと思っています。



「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」を読む この記事を読んで「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」が読みたくなった方はこちらへどうぞ

官能的表現が一部含まれるため、成人の方に限られますが……「樋水龍神縁起」四部作(本編)は別館にPDFでご用意しています。
縦書きPDF置き場「scribo ergo sum anex」へ行く 縦書きPDFで読む(scribo ergo sum: anex)
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Category : 樋水龍神縁起の世界

Comment

says...
クラシックをモチーフにすると幻想的な雰囲気でますよね。

俺は一回ファンタジー小説書いた時に神様が登場する話だった時、
よく讃美歌聞いてました。

あれをイメージして書くとものすごく神々しい雰囲気が書ける?気がします。
2013.05.18 15:17 | URL | #- [edit]
says...
そうでした、樋水…を拝読した時、あのお葬式エピソードの意味合いや夕さんの訴えたかったことをあれこれと考えていたのを思い出しました。
あのシーンで少し朗の印象が変わったような記憶があります。
私はクリスチャンスクールに通っていたので、毎朝礼拝がありました。私自身はクリスチャンでもなく、精神的にはアニミズムですが、一通り聖書も勉強し(させられ?)、毎日讃美歌を歌い、そして必然的にクラシックの世界もある程度経験することになりました。
モーツァルトのレクイエムはわたしにとっても思い出深い曲です。もう亡くなられましたが、大好きだった指揮者・若杉弘さんや、学生の時の色々な思い出と結びついております。

物語を書く時にBGMを聞きますか、という質問が、確かずいぶん以前に夕さんのところから拾わせていただいたバトンにもありましたね……
私は意識をして聞くことはあまりないのですが、たまにそのシーンにふさわしいと思う曲を聴いて書くことがあります。ただBGMで気分が乗ると、結構文章が踊るので、翌日手直しが多くなる傾向にあります。
聴いているような、聞いていないような、程度が一番良さそうです。
2013.05.18 15:58 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんにちは。

おお。シュナイダーさんと讃美歌は思いつかなかったコンビでした。
そうですよね。
聴く音楽になって、心の動きが変わって話の流れにも影響しますよね。
とくに日本にいると、クラッシックはさほど日常的ではないのでファンタジーに向くかもしれませんね。

コメントありがとうございました。
2013.05.18 16:57 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは。

あのエピソードはですね。そもそも「枯れ木」を見ていて書きたくなった話なのです。ちょうど想いの向く方向を表すいい方法はないかなと思っていて、夏の外側に向くエネルギーと冬の内側に向くエネルギーの違いに結びつけようとしていたのですが、どこかで「死」の意味みたいなものも、自分がどう感じているのかを含めて書いたらどうなるかな〜と。

彩洋さんもクリスチャン・スクールでしたか。実は私も中学一年まではそうだったのですよ。あの時代に触れたものが、現在ここにいる時に「日本とこんなに違う!」と違和感をおぼえる確率をグンと減らしていてくれるような感じがしています。ちょっと特殊ですよね。

実は普段書く時には流しながらではないのです。むしろ、書く時には頭の中にもう出来ているので、書き写すだけなのですが、作っている妄想の段階でBGMがかなり大きな意味を占めています。「和解」の章、それから最後の「去年の春」の章は、書く時にもそれぞれのBGMを流しっぱなしにしましたけれど。(ちなみに「最後の春」のは、グリークの「Letzter Fruhling」です)

コメントありがとうございました。
2013.05.18 17:09 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは、TOM-Fです。

モーツァルトのレクイエムですか。うむう、気になるのでCD借りて聞いてみようっと。
私も、子供の頃、ポップスにはあまり興味がなくて、クラシックやイージーリスニングなんかをよく聞いていました。
その頃の思い出の曲といえば、モーツァルトの交響曲第40番と、ベートーベンの交響曲第6番ですね。もう、この年になると好きだというのも恥ずかしいくらいの超有名曲ですけど、子供心には衝撃的な音楽体験でしたね。

小説を書くとき、その作品全体や、あるシーンの「主題歌」というか「テーマ曲」みたいなものをイメージすることはありますね。ぴたりとはまる曲が見つかると、創作もはかどります。
音楽の力って、すごいと思いますね。

2013.05.19 16:46 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

モーツァルト、私には「おサロン音楽」に聴こえる作品も多いかわりに、衝撃の名曲も多くて、多面性のある作曲家だなあと思います。基本的にはベートーヴェン派なのでウィーンに行く時もモーツァルト系は無視しまくっているのですが、それでもこの人はすごいなあと頭の片隅にありつづけています。

「レクイエム」はその中でも別格で、これだけは襟を正してしまう曲です。この他に「フリーメーソンのための葬送曲」っていう死者のための音楽があって、うちの父が生前葬式で流してほしいと希望していたっていうんで、本当に流したのがありまして、どうもモーツァルトの死者のための曲から離れられない私です。

しかし、交響曲第四十番って、よく書いているよなあ、モーツァルト……。死んだの35歳でしたっけ。音楽、あふれまくっていたんでしょうね。

テーマ曲、けっこうあります。マイ・サントラ作って、妄想して、勝手に盛り上げてから書き出すんですが、よく考えると「なんだその選曲」な事が多かったりします(笑)
でも、はかどりますよね〜。

コメントありがとうございました。
2013.05.19 20:09 | URL | #9yMhI49k [edit]

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