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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

バランスの話

小説の話です。ということは、私の場合は自分の人生観の話なんですが。

この世で起こることには全てバランスが必要、というか、自分でどうにか出来るものではなく、本人の意思とは関係なくプラスマイナスが相殺されていくものだと思っています。

で、私の小説に出てくる人物は、突出した幸運を持ち続ける人や、逆に悲惨のデパートになるようなことはあまりないのです。理想の男と、なりたい自分の条件を全て並べて作った非の打ち所のない女の二人がハッピーエンドになるという事もありません。誰からも愛される人が出てこないかわりに、問答無用で成敗されてしかるべき極悪人もでてきません。光だけで影のない人間、もしくは黒いだけでいい面のない人間ではバランスがとれません。

もう一つ、別の角度からアプローチしましょう。例えばあるキャラクターが誰かを深く傷つけたとします。その人物が、最高のパートナーと出会ってお金持ちになって順風満帆になるということはありません。因果応報というと説教臭いですが、そうでなければ決してとれないバランスもあるのです。

反対に言うと、完全な幸福に至れるほど、何もマイナスとなることをしていないキャラクターというのは、書けません。好きなものを集結した夢物語ではなく、人生を書きたいと思っている以上、どんなにそれをやりたくても、その方向にはならないのです。

これをひっくり返せば、私の小説で「散々な目に遭っている」がデフォルトのキャラクターは、かなりの確率で幸せをつかみます。これまたバランスの問題だと思うのです。「天網恢恢疎にして漏らさず」って感じでしょうか。
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Comment

says...
 こんにちは。
僕は 似ているけれども 少し違うのかな…
僕は 小説だからこそ 救いを残したいと思っていますね。
人生では 陰々滅々で 救いのない悲惨な 陰惨な状態で 転がり落ちていくだけと言ったような…
又は 恵まれている事自体に 気付かないような人生 色々と理不尽で 不公平で…

だからこそ 実際の人生であれば 救いの手がなく落ちていくだけの人物にも
小説だからこそ 救いを残したい。
僕の考えは 甘いのでしようね でも 其れで いいと思っている。   
2013.05.16 07:02 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは、TOM-Fです。

たしかに、八少女夕さんのキャラクターたちは、みんなそれぞれにリアルな生活(人生)を背負っていたり、ドラマを持っているように感じます。下世話な話ですが、やることはやっていたり、打算や妥協をしていたり、リアリティや重みがありますよね。

以前、ある人から『小説というのは「人間」や「人生」を描くものだ』と言われたことがあります。で、『あなたの文章は「綺麗ごと」であって、生身の人間を描いた小説ではない」と。なるほど、と思いましたね。
私は、いわゆる「綺麗ごと」を書くタイプの物書きです。キャラクターについても、私の小説には、そういう意味での「生身の人間」は出てきません。傍若無人のお嬢様はどう見ても生身の人間じゃないだろ、という意味ではなくてですね、登場人物も道具(設定)のひとつだと考えているからです。伝えたいことがあって、それを物語にするために、その中で一定の役割を果たしてくれるモノ。それを、人間というカタチをとったものが、私にとっての登場人物だということです。だから、私の小説では、登場人物たちのバランスは極めて悪く、偏っています。
これは、たぶん私自身が人生経験と人間観察が不足していて、物書きとしてまだ成熟していないからかなぁと思います。でも、なんとな~く、将来もそんな作品を書き続けているような気がします。

同じ物書きでも、小説への取組みには、ずいぶん違いがあるものですね。まあ、そういう個性があるから、創作は面白いということなのでしょう。
2013.05.16 11:16 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

やだな、ウゾさんの考え、甘くなんかないですよ。
っていうか、私はもしかしてウゾさんより現実に対して楽観的なんでしょうね。
本物の人生もさほど不公平でもないっていうか、まあ、たまに極端な例もありますけれど、基本的に私の周りの98%くらいはバランスがとれいてるものじゃないかなあと。

だから私の小説には、どうしようもないほど救いのない結末はほとんどありませんね。最悪で「蝉時雨……」程度。歳を取ると、いい方にも悪い方にも、「人生ってこんなもの」となってくるものなのかもしれませんね。

コメントありがとうございました。
2013.05.16 20:02 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ええ〜、その方のご意見には、今ひとつ賛成しかねるなあ。いろいろな小説があっていいと思うんですけれど。純文学のジャンルは別として、エンターテーメントだけの小説やアイロニーとしての小説なんてものもあってもいいし、むしろそっちの需要の方が多いですしね。たとえばディ○ニー映画のプリンセスが打算や妥協するリアルな人間だったりするのなんて、誰も求めていないし。

実はですね。十年間のブランクの前は、伝えたいことすらない何かの真似でしかないエンターテーメント小説をメインに書いていたのですよ。その後に、いろいろと人生の転機があって、再開しようとしたら前のようなものだと書く意味ないなと思ってしまったのでした。

TOM-Fさんの小説、私には「綺麗ごと」だとは思えないけれどなあ。かなりバランスもとれていると思いますけれど。それは別として、伝えたいことも、アプローチも、みな違うからこそ別の作品になるし、だから面白いんですよね。

コメントありがとうございました。
2013.05.16 20:19 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
うむむ……じっくりと考えていたんですが、考え過ぎてすごく遅いレスになってしまいました。
すみません。
サキの小説に登場する人物はどうなんでしょうね?バランスなんてほとんど考えた事が無かったので、この記事を読ませてもらって考え込んでしまったんです。
幸・不幸のバランスでみると、不幸のどん底から這い上がって幸せになる人物など、この面ではそう言うバランスを取っている人物も居ますが、そうでない人物もいますねぇ。
サキが物語の中で作り出す人物なので、都合のよい設定を取るんでしょう。
善悪に付いて考えてみるとどうでしょう?
登場した人物を考えてみると、もちろん人間ですから自分の幸せを最優先で追及します。でも、それと同じように他人の幸せを考えて行動するように設定されています。時には悪人に分類される人物も登場していますが、彼(彼女)らにしても自分の幸せを他人の幸せとを天秤にかけ、自分の幸せを優先しようとして葛藤したりするのです。だから、当然のように自分を最優先にする人物、これが人間の本性でないことサキは願っていますが……、は1人も登場していません。その事が物語のリアリティーを削ぎ、物語を薄っぺらいものにしているのだろう。そんなふうにサキは考えています。
でもサキは書きたいものを書きたいので、今のところ平気で他人を陥れようとするような(少なくともそう見えるように振舞う)人物が登場する予定はありません。
あらら……書いてしまいました。これじゃぁますます物語が薄っぺらくなってしまいますね。
でも、今のところ、ですから。
2013.05.21 11:56 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

既に忘れていました(笑)
絶対にこういうことをしなくちゃいけないって話じゃないんですよ。そんなの関係ないってエンターテーメントも世間的にはもっと求められていると思いますしね。単純に、私はバランスが崩れるとかならずゆり戻してしまう癖があるなって話です。

でも、左紀さんの小説の人物はけっこう私の考えるバランスに近い人物が多いように思います。同じ「幸・不幸」って言葉でも外的なものか内的なものかで違ってきますよね。例をとると、クウにあんな事をしてしまった人たち、外的には「悪い事にはならなかった」んですけれど、その葛藤や罪の意識で絶対的な幸福に至れない事が示唆されていますよね。その一方、彼女たちが心も持たない極悪人という書き方もしていない、とてもバランスがとれているなって思うんですよ。

一方で、家族を全部失ってしまったコトリが不幸のどん底の中だけにいるのではなくて、オヤジさんやヤキダマという存在を得て、ある種の光を見出している、それもバランスがとれていると思うんですよね。

でも、私が書くときでも、必ずしもプラスマイナスできっちりゼロにする必要もないと思っていますよ。

コメントありがとうございました。
2013.05.21 18:37 | URL | #9yMhI49k [edit]

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