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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (4)龍の宵 -1-

今回は、ちょっと自慢が……。 羽桜さんに、ダメ元で頼んでみたら、快くOKしていただき、また挿絵を描いていただいたんです。このシーンのために実に幻想的な、それでいて緊迫感あふれるイラストを用意してくださいました。なんて嬉しい。本当にありがとうございます!

今回は、九年に一度、十月の特別な満月の深夜に樋水村でおこる怪奇現象の話です。(あ、もちろんフィクションですから!)

本編を読まれた方は、このシーンに対する私の思い入れをご存知でしょうが、「Dum Spiro Spero」だけの読者の方は反対に引かれるかもしれません。ちょっと妙な世界なのですが、ご安心ください。この普通でない世界は、この作品ではここまでです。あとはごく普通の(?)人間界の話に戻って参りますので。

さて、「樋水龍神縁起の世界」の記事で予告したように、この話でBGMにしていた曲を追記につけておきますね。


「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


この作品は下記の作品の続編になっています。特殊な用語の説明などもここでしています。ご参考までに。
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物



樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero
(4)龍の宵 -1-


「こんな遅くまで何をしていたの!」
摩利子の声は厳しかった。剣幕が普通ではなかった。取り乱しているといってもいいくらいだった。真樹はきちんと謝った。
「申し訳ありません。届ける途中でバイクがエンコして、なんとか動くようになるまで時間がかかったんです」

「よりにもよって、この晩に。瑠水、今すぐ家に入りなさい。シンくんは届けてもらって悪いけれど、今夜はすぐに帰って」
「でも、お母さん。こんなに寒いんだし、熱いお茶でも……」
「ダメよ。シンくん。今すぐに樋水村から離れて。日付けが変わるまでに出雲に戻ってよ、いいこと?」

「お母さん?」
「瑠水、言ったことを聴いてなかったの。早く入りなさい」

「失礼します」
真樹は黙って引き下がった。噂で聞いている樋水村の『龍の媾合みとあたい』は今夜なんだ。だから、この村ではみなぴりぴりしているんだ。よそ者は帰れってことか。

「シン、ごめんね。ありがとう。また来週、逢おうね」
真樹は、笑って手を振った。

 戸口が閉められる音と、中で瑠水と摩利子が言い合っている声が聞こえた。こんな風に神経を尖らせている摩利子を初めて見た。自分があまり歓迎されないのは無理もないと思う。が、そうであっても高橋一と摩利子はフェアな方だった。姉の早百合は馬鹿にした目で見るし、幼なじみとかいう早百合の恋人にはゴミのような扱いをされている。そんな扱いを受けるいわれはないのに。

 冷えきった道を、真樹はゆっくりと出雲に向かって走らせていた。満月が明るい夜だった。『龍の媾合』って、いったいなんだろう。なぜ、常識的な瑠水のお母さんがあそこまで取り乱しているんだろう。

 出雲市内に入りもうじきアパートにつく頃に、ふいに、真樹に、妙な予感がした。ばかな。もう十一時半だ。早く寝よう。だが、その嫌な感じはどんどん大きくなる。いても立ってもいられない。どうにもならない胸騒ぎだ。何故だ。理性的になれ。今から戻ったりしたら、こんどこそ高橋家に出入り禁止になる。変な村のおかしな風習に首を突っ込む必要はない。

 瑠水。真樹は彼女の笑顔を思い浮かべた。樋水川に映る黄金の月がやけに強く輝いている。胸騒ぎはどんどん強くなる。いま行かないと、瑠水が大変なことになるという予感。ちくしょう。真樹は毒づきながら、再びバイクに跨がった。


 瑠水は摩利子と言い争った後に、泣きながらベッドに入った。摩利子ももう寝室に入った。『妹神代』がいない上、『背神代』も今夜は宮司の命令で出雲に行っている。だから、本当は何も起こらないはずであった。だが、『背神代』と『妹神代』のどちらも死んだわけではない。不在の『龍の媾合』に何が起きるか、誰にもわからなかった。宮司の通達に従って、全ての村人は、『龍の媾合』が起こる場合と同じように扉を閉め切って備えた。高橋家でもぴりぴりしていた。だが少なくとも早百合は東京に行っているし、瑠水もシンくんからは引き離した。摩利子はとりあえず安心して眠りについた。

 瑠水は今度という今度は我慢がならなかった。誰も信じてくれない。瑠水が大切にしているものを皆が否定する。シンとはいやらしい変な関係じゃないとあれほど言ったのに。龍のことは誰も否定しないのに『水底の二人』のことは誰もが否定する。今夜だってへんな神事のことでは大騒ぎしたのに、私のいうことはひと言も信じてくれない。

 悲しくて悔しくて仕方ない瑠水は、そういう時にいつもするように、龍王の池にいこうとした。もちろん真夜中に行ったことなどなかった。だが、今夜は『龍の媾合』とやらで、幸い誰もお社には近づかない。池の側に住んでいる次郎先生も不在だ。行ってみよう。瑠水はこっそりと足を忍ばせて神社へと向かった。

 満月が輝いている。龍王の池は金色の光で満ちていた。月の光かと思っていたが、近くに寄ってみるとそれは水の底から湧き上がってくる淡い光だった。どうすることもできないほどの歓びが胸を締め付ける。いつもよりも強い。瑠水は澄んだ水の奥に、いつも感じている皇子様とお媛様を見た。水紋に揺らされてはっきりしないが、二人がいつもより近くにいることを感じた。見えるかもしれない、瑠水は近づこうとした。

「冷たい」
池の水が足に当たった。瑠水はひるんだ。それから、池が虹色にリズミカルに光る金色の光でどんどん満ちていくのを見た。

 九年に一度の特別な満月の夜。もしかしたら二人の姿をはっきりと見ることが出来るのは今夜だけかもしれない。そう思った途端、瑠水は服を脱いで水に入った。泳ぎながら、光のもと、『水底の二人』のいる瀧壺の方、下へ下へと向かっていった。

 冷たかったのは最初だけだった。直に寒さは感じなくなった。二人は近くにいるようで、もっと寄ると蜃氣楼のように更に遠ざかった。ある時は青白い蛟に見え、次の瞬間には夫婦桜の老木のようにも見えた。かと思えば、もう少しで二人の顔がはっきりわかるほどにまで人らしく見えた。底に向かって泳げば泳ぐほど歓喜も強くなり、どうしてもそこに加わりたいという思いが湧いた。

 もう少し近づけば、あと、少しだけ、それを繰り返しているうちに、突然瑠水はかなり深くまで潜っていることに氣づいた。これ以上は危険だ、戻らなくちゃ。でも、あと少しだけ……。しかし、近づいてみればそれは単なる幸福ではなかった。哀しさや苦しみも含まれた感情だった。自分の感じている歓びと息苦しさがほぼ同じものだと意識した時に瑠水は恐怖を感じた。

龍の媾合 by 羽桜さん
イラスト by 羽桜さん
このイラストの著作権は羽桜さんにあります。羽桜さんの許可のない二次利用は固くお断りします。


 突然目の前を大きな白く黄金に輝くものが、遮るように泳いだ。あまりに近かったので、瑠水にはそれがなんだかわからなかった。だがよく見ると、それは自分の身丈ほどもある大きな目だった。その横に、もう一つ目がある。白い、巨大な龍だった。龍王様! こんなに大きかったはずはない。だが、小さかったという証拠もない。それは光り、黄金に燃えたっていた。強い激しい意志を持っていた。瑠水と二人の間に厳しく断固として立ちはだかり、瑠水を押し返した。

 それまで鏡のように静かだった龍王の池に、竜巻のごとき水流の嵐が起こった。その激流にのまれ、瑠水は助けを求めてもがいた。

 瑠水の体を、何かがしっかりとかき抱いた。そして、力強く月に向かって泳いだ。誰?『水底の皇子様』? そこで瑠水の意識は途絶えた。

追記

本編の「和解」の章のイメージがモーツァルトの「レクイエム」の「イントロとキリエ」だったのに対して、こっちのBGMはガブリエル・フォーレの「イントロとキリエ」でした。この動画でいうと最初から6:50くらいまでの部分です。

「レクイエム」はもともと死者を弔うためのミサ曲なのですが、ここでは「誰か」(例えば瑠水とか)を弔うという意味ではなく、龍王の池の底に存在する(または底ではないところに、そして存在しない)生であり死である厳かなもののイメージとして使っています。



Gabriel Faure "Requiem"
BBC Symphony Orchestra
Nadia Boulanger
30 October 1968
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Category : 小説・Dum Spiro Spero
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
 こんにちは。
此れは… 全てが 決まっていた事の様に 決められた道筋の様に 着々と
起こるべくして 起こったような感覚を持ってしまいます。
妹神代と背神代が 両方ともいない そして 瑠水の年齢…
九年前でも 九年後でも ダメだろうし…
全ての条件が そろってしまったと思いました。

うーーん 此の後は 無事に済まないのだろうなぁ 色々な意味で…
2013.05.22 10:03 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは、TOM-Fです。

うわぁ、これは……。
やはり龍王の池で泳ぐんですね、そして龍王さまに出会う、と。
瑠水を助けたのは、彼だろうし……。
って、え、まさかここで「あれ」を起こすつもりなの?(エヴァ風)
こんないいところで切られたら、今夜は悶々として眠れないじゃないですか(笑)

それにしても、龍王の池はたいへんな場所ですね。生と死、人間と自然が渾然一体となった空間、というところでしょうか。
フォーレのレクイエムは、モーツァルトに比べると優しくて儚い感じがしますね。ちなみに私は、最後の「イン・パラディスム」が好きです。
羽桜さんのイラストも、とても素敵ですね。

次回の更新、すごく待ち遠しいです。
2013.05.22 11:57 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

九年前は、次郎とその嫁がいて、九年後は、ごにょごにょ……。でも、実をいうと「二人とも生きているのに不在」ってのは千年にわたって記録がない、って事になっております。で、瑠水はママのいう事をきかずに勝手に……。

ある意味、次回以降、チャプター1の残りとチャプター2の流れは、瑠水の自業自得でございます。といっても、大した事ないかもなあ。だんだん普通の小説に戻りますので(笑)

コメントありがとうございました。
2013.05.22 20:52 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

悶々として眠れないとおっしゃるのならばも来週は他の小説にして、二週ほど放置プレイにしようかと思いましたが、やっぱり来週に残りをアップしましょう。サード・インパクトじゃないし(笑)

こういうところに行って、酒ばかり飲んでいるArtistas callejerosの連中もいましたね。何でもない人たちにはただの神社の池ですから。

フォーレの、この悲劇性の少ない優しい感じが、よくわかっていないのに潜っていっちゃう瑠水にはちょうどいいかなと感じました。「イン・パラディスム」いいですよね。もっとも、瑠水に天国に行かれちゃうと連載終わっちゃうので、今回はイントロでおしまいです。

羽桜さんがまた描いてくださるんですよ〜。TOM-Fさんご存知の二人もいずれイラストにしていただく予定なのです。うれし〜。

コメントありがとうございました。
2013.05.22 21:01 | URL | #9yMhI49k [edit]

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