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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (4)龍の宵 -2-

先週の続きです。このシーンは、いろいろとつっこみどころも満載かと思いますが、作者本人の一番のつっこみどころは「シン君、風邪ひくから」でした。十月ですからね。

本編を知らない方のために一つだけ解説をしておきます。『ヴィジョン』という言葉が出てきます。これは瑠水の母親である摩利子が持っている特殊能力で、相手が自分ではコントロールできないほどの強い感情を持つ時に、それが彼女には映像として見えてしまう、というものです。見えたからといって何か出来るわけではないのですが。(またしても繰り返しますが、フィクションです)

さて、6月に入ってから発表する次の章では、この小説の影の主役が登場します。といっても人物ではないですよ。ぜひまたお読みいただけると嬉しいです。


「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


この作品は下記の作品の続編になっています。特殊な用語の説明などもここでしています。ご参考までに。
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物



樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero
(4)龍の宵 -2-


「瑠水!」
池から瑠水を引き上げると真樹は必死に胸を押した。消防士なので応急処置は身に付いている。大量の水が流れ出る。瑠水。いったい何をやっているんだ。何故こんなところで溺れかけているんだ。

 樋水村に戻ると、真樹は真っ直ぐにこの池にやってきた。村の全ての家は堅く扉を閉じていて、唯一明るいのは月だけだった。その月が異様に光りながら神社を照らしていた。胸騒ぎはどんどん強くなった。あのおかしな神社にいる。

 真樹の妙な予感は当たっていた。見ると風もないのに突然豪流になった池の中で瑠水が溺れかけている。真樹はすぐに飛び込んで瑠水の体ををつかんだ。やっとのことで意識のない瑠水を岸まで連れて行ったのだ。

 応急処置を終えると、真樹は改めて月明かりのもと周りを見回した。岸に池のほとりに次郎の住んでいる離れがある。広い縁側がやけに明るく月に照らされている。真樹は瑠水を抱いてそこに連れて行った。

 真樹自身にも次第におかしなことが起こりはじめていた。体中が痛くなってくる。血が激流となって流れている。欲望が身をもたげている。すぐ側に意識がない下着だけの姿の瑠水。瑠水に対して欲望を感じたことは今までもいくらでもあった。だが、これほどの激しさで感じたことはなかった。今は、そういう時じゃないだろう。真樹は瑠水から必死で離れた。あと一度でも触れたら、自分が何をするか保証できなかった。

 痛みに耐えながら、真樹は瑠水をそのままにして、神社を出た。『たかはし』までたどり着くと、必死でベルを鳴らした。茫然とした一と怒りに燃えた摩利子が出て来た。

 だが、二人はびしょぬれの真樹の様子を見て顔色を変えた。摩利子には真樹の体から、『龍の媾合』の時の金の光が飛び回っているのが見えた。

「今すぐ、次郎先生の離れに行って下さい。瑠水が、溺れかけた」
「シンくん。あなた、どうして……」

「何故戻って来たのかとか、どうしてわかったのかとか、訊かないでくれ。俺にも何もわからないんだ。ここに連れてくることもできなかった。俺はいま瑠水に近づけない。近づいたら、とんでもないことになる」
そういって、痛みによろめきながら、村の外へと向かって行った。

 一と摩利子は急いで神社に向かい、意識を失っている瑠水を見つけた。水は飲んでいなかった。


 翌朝、瑠水は自分のベッドで目を覚ました。だが、摩利子と一の様子から、昨日のことが夢ではなかったことを知った。摩利子たちは瑠水が『水底の皇子様』に助けられたと思っていることに驚いた。意識のなかった瑠水にも黄金の光が舞っていた。だが、『龍の媾合』の怪異現象には至らなかった。つまり、それは真樹があの状態で帰って行ったことに関係があるのかもしれないと思った。

「内密に話があるんです」
一夜明けて出雲から戻って来た次郎を捕まえると、摩利子は『たかはし』の裏手に連れて行った。

「どうなさったんですか」
「『龍の媾合』で何があるのか、教えてほしいの」
単刀直入に摩利子は訊いた。

 それだけで十分だった。九年前の『龍の媾合』で次郎の心に刻まれた深いショックは『ヴィジョン』となって摩利子の心に映像化された。

 龍王の池から起こる金色の光、次郎と恭子の二人に起こる激しい痛みと性衝動、体からこぼれた金色の光は、二人がひとつとなった時には激流となりお互いの中を駆け巡る。それから氣の遠くなるほどの絶頂感と裏表になった苦しみ。お互いに動くこともできないほどの苦痛の中で溢れる虹色に蠢く金の光。それが溢れて屋根を突き破り、外に溢れ出す。生と死、歓喜と苦痛、過去と未来、体と魂、愛と憎しみ、善と悪が全て同じものであるというカミとの統一体験をする。

 堪えられないほどの苦しみでありながら、そこに居続けたいと願う相反する経験は、心の準備をしていた次郎にとっても忘れられないトラウマになった。何も知らずに嫁いできた恭子のショックは計り知れないものだっただろう。次郎はそのために妻を失った。その果てしない無力感と喪失感が摩利子に伝わった。

 これが『龍の媾合』なんだ。武内宮司の奥さんを自殺に追い込み、新堂さんとゆりさんの人生も大きく変えてしまった。

「ごめんなさい。次郎さん。何も言わなくていいわ。私、いま見えたから」
震えながら、次郎は両手で顔を覆った。摩利子は申し訳なく思いながら次郎が立ち直るのを待った。

「摩利子さんは、見えるんですよね、忘れていました」
「強い感情のときだけね。ごめんなさい。普段は自分が知りたいことのために『ヴィジョン』を利用するなんてことは絶対にしないんだけど、今回だけはどうしても必要だったの。昨夜、瑠水に何が起こったか知りたかったから」

「瑠水ちゃん? なにか起こったんですか?」
「ええ。あの子、よりにもよって昨夜龍王の池で泳ごうとしたらしいの。何があったか一切言わないんだけれど、そこで溺れかけて。どういうわけだかシンくんがその場にいて、瑠水を助けてくれたの。でも、完全に介抱することができないで、私たちに助けを求めてきたの。その時にシンくんはものすごく体が痛そうで、今は瑠水に近づけない、近づいたらとんでもないことになるって。で、そのまま帰っちゃったんだけれど、シンくんにも瑠水にも金色の光が蛍みたいに飛び交っていたの」

「今は近づけない、といって痛そうに帰っていったんですね」
「ええ」
「だったら、瑠水ちゃんは無事ですね。シンくんは堪えたってことですよ。あれがはじまってしまったら、もう離れるのは不可能ですから」

「そう。でも、これって……」
「『背神代』と『妹神代』にしかおこらないことが、二人に起こったってことですよ。もし、シンくんが堪えきれなかったら、『龍の媾合』の異変が起こって完全にお社と樋水村の既成事実になってしまったことでしょうね」

「瑠水は樋水から遠ざけなくちゃダメね」
「瑠水ちゃんをあの苦しみから守るためには、そうするしかないでしょうね。ただし、守りきれるかどうかは自信がありませんが。もし、二人を次の『背神代』と『妹神代』にするという龍王様の決定なら、我々が何をしても同じでしょうから」

「ご神体はともかく、武内先生には隠せるでしょう、今なら」
「たぶん」

 一と摩利子はこのことはどんなことがあっても武内宮司に隠し通すことにした。次郎の協力もどうしても必要だった。瑠水に樋水の危険が迫っている。瑠水には真樹が戻って来て瑠水を救って行ったことは話さなかった。娘の命を救ってくれた真樹には申し訳ないが、このまま二人を放っておくわけにはいかなかった。
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Comment

says...
本編で読んだ『龍の媾合』が思い出されて
とってもドキドキしてしまった・・。
真樹はそれはそれは辛かったでしょうね・・。
どれほどの理性で耐えたのだろうと
うるっとしてしまいました。
そして人魚姫の逆バージョンのような気がして
なんとも切なくなってしまいました。
2013.05.29 07:14 | URL | #G5P3Ad7M [edit]
says...
こんばんは、TOM-Fです。

いろんな意味で、瑠水ちゃんが無事でなによりです。真樹くんは可哀想でしたけど(笑)
とはいえ、媛巫女のためなら出雲から京都や東京(?)までお出ましになるフットワーク(足はなかったでしたっけ?)の軽い「ご神体」さまですから、次郎の言うとおり逃げおおせるかどうか怪しいものですね。
それにしても、『龍の媾合』はすさまじいものですね。常人に絶えられるものではなさそうです。

六月の新章から登場する影の主役、おそらくアノ御方ですよね。うむむ、今度はどのようなお姿でお出ましになるのか。ストーリーとともに、そちらも楽しみです。
2013.05.29 14:32 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

おお、思い出していただけましたか。
みんなで結託して隠しますから、たしかにちょっとかわいそうです。
じつは、真樹は、この後もちょいとつらい目に遭う予定です。
いや、私はSの氣は、ない……はず……。

コメントありがとうございました。
2013.05.29 18:15 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

ご安心ください。さすがにここであれを起こしちゃったら、神事がどうのこうのというより、一応主役の片割れの真樹が犯罪者になっちゃうし(笑)

ご神体、フットワークも軽いけれど、狡猾(深慮といわないと罰が当たるか?)でもあるので、どんな手に出るやら。

> 六月の新章から登場する影の主役、おそらくアノ御方ですよね。うむむ、今度はどのようなお姿でお出ましになるのか。ストーリーとともに、そちらも楽しみです。

いやあ、実はですね。
ここから二つの話は、違う方向に行ってしまいます。
というのはもともと、別の話だったのを無理矢理に樋水続編にして持ってきたので。
次回出てくる「主役」はとあるクラッシック音楽です。チャプター1、2、3を結びつける役目を果たします。
引き続きお読みいただけると幸いです。

コメントありがとうございました。
2013.05.29 18:49 | URL | #9yMhI49k [edit]

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