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Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 ミントアイスの季節

25000Hitの記念で山西左紀さんにいただいたリクエストです。お題は「大道芸人たち Artistas callejeros」のサブキャラ、「ヤスミンかマリサで」ということでした。で、個人的な趣味でヤスミンで書いてみました。この話は、本編で言うと、はじまる直前からチャプター1のイタリア編のころですね。チャプター5で出てくるヤスミンの回想シーンのあたりでもあります。

実は、以前からリクをいただいているカイザー髭ことエッシェンドルフ教授の外伝も並行して進めていたのですが、そっちのほうが長くなって二つの掌編になってしまい、まだ一つ目しか終わっていないので、先にこちらをアップすることにしました。

劇中劇の設定で日本のアニメを原作にした演目の話が出てきます。深い意味はありません。ちょっとドイツだったので遊んでみたくなっただけでございます。お若いサキさんはピンと来ないかも、でも、相方の先さんならどのアニメかわかる事でしょう、って思っていましたが、リメイクされるんでまた話題になっていましたね。そうです、あのアニメです。


【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ

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あらすじと登場人物



大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 ミントアイスの季節


 翼を広げた黒い双頭鷲の紋章と二つのミントグリーンをしたタマネギ型の塔を備えるアウグスブルグ市庁舎を眺めながら、ヤスミン・レーマンはカフェのテラスで銀色の椅子にどっかりと腰掛け、コーンに盛られたアイスにとりかかった。チョコチップ入りのミントアイスは、彼女の一番のお氣に入りで、この場所は夏の特別席だった。

 仕事が終わり、劇団に行くまでの三十分ほどの自由時間をどのように堪能するか彼女はよく知っていた。今日は一日忙しかった。フッガーハウスにほど近い美容室の店長はヤスミンを重宝していた。彼女は男性の髪も女性の髪もどちらも上手にカットする事ができる上、勉強熱心で最新流行の髪型を器用に取り入れる事が出来た。加えて快活で人当たりがいいので予約が絶えなかった。しかし、それはつまり、仕事中にほとんど休憩する時間がないという事で、立ちっぱなしの一日の終わりには足が棒のようになっていた。

 『カーター・マレーシュ』は、若者たちの間ではそろそろ名の知られてきた小劇団で、五年ほど前から関わっているヤスミンは、時間の許すかぎり半ばボランティアのような形で協力をしていた。といっても、彼女は女優ではない。メイクアップ・アーティストとして、それから広報としてバイエルン各都市の企業や裕福な個人に寄付金を依頼しに飛び回っていた。フルタイムで働いた日に劇団に行くことは珍しいが、今日は特別だ。間もなくはじまる新しい演目のメイク・テストなのだった。

「大口を開けて。百年の恋も醒めるぞ」
その声に横を見ると、ヴィルが立っていた。ヴィルフリード・シュトルツは『カーター・マレーシュ』の役者だ。そして、今日のメイク合わせで特殊メイクをしなくてはならない三人のうちの一人だった。

「あら、早いのね。せっかくだから一緒に行かない? ちょっと待っていてよ」
ヤスミンが言うと、ヴィルは頷いて前の席に座った。ウェイトレスがすかさず注文を取りにきたので、彼はコーヒーを頼んだ。

「ホット・コーヒー? こんな日に」
ヤスミンが訊くとヴィルは大して表情を変えずにコーヒーを飲んだ。
「ひどい色だな」
彼の青い瞳がヤスミンの食べているアイスを見ていた。彼女はくすくす笑った。
「これ、あなたの肌の色よね」

「俺のじゃなくて、俺のメイクの、だろう」
表情は変わらなくてもその迷惑そうな声音から、ヴィルがこの演目を馬鹿馬鹿しいと思っている事がわかる。実をいうとヤスミンもそう思っていた。

「ねえ。あなたのやる『総統』役って、ヒトラーのパロディでしょ? でもミント色の顔の宇宙人。ちょっと突拍子もない設定よね」
ヤスミンは以前からの疑問を口にした。

「団長の趣味だよ。昔の日本のアニメを原作としているんだとさ。放射能を除去するための機械をとりに行くのを異星人が邪魔するって話さ。原作では顔は青いらしい」
「でも、行く先はエジプトのアレクサンドリアなの?」
ヤスミンは混乱して首を傾げた。

 ヴィルは少しだけ口元を歪めた。
「イスカンダルっていってもエジプトじゃない。日本人には馴染みがなくてよその星の名前みたいに響いたんだろう」
ふ~ん。よその星ねぇ。

 どんな役をもらっても、ヴィルは黙々とそれをこなす。彼にしてみたらこの間の極悪ナチスの将校みたいな役より、少々コミカルなこの悪役の方がいいのかもしれない。それに、ミントグリーンにしちゃえば、誰だわからなくなるし。ヤスミンは考えた。

 周りには隠しているが、ヴィルが本当は大金持ちの子息だという事を、ヤスミンは知っていた。つい先日、寄付を頼みにいったミュンヘンのエッシェンドルフ教授が、チラシに載ったヴィルの名前に反応したので本人に訊いたら、あれは父親だと告白したのだ。けれど、ヴィルは父親と縁を切ったとも言った。違う苗字を名乗り、ナイトクラブでピアノを弾いて生計を立てていた。

 劇団からも多少の出演料はでる。でも、それで食べていける人間なんか一人もいない。団長だってそうだ。『カーター・マレーシュ』は定期公演もするし、プロ志向の強い俳優たちが集まっているけれど、世の中はそんなに甘くない。好きな事だけして暮らしていける自由があったらいいのに。ヤスミンはふと、エッシェンドルフ教授の館で見かけた女性の事を思い出した。

 教授とはかなり歳が離れて見えるアジア人だった。ものすごくきれいで、上質の朱色のワンピースを身に着けていた。平日だっていうのに、優雅にも美容院に行くって言っていたっけ。

 世の中はかなり不公平に出来ている。でも、ヤスミンはそのことで愚痴をこぼしたいとは思わなかった。少なくとも失業しているわけじゃないし。こうして大好物のミントアイスを市庁舎前広場で食べられるんだし。

「そろそろ行くぞ」
ヴィルがテーブルに代金を置いて立ち上がった。真っ青に晴れ渡った空が目に眩しい。二人は石畳を快活に歩いていく。

 アウグスブルグは二千年以上の歴史を持つ古い都市である。シュヴァーベンの中心地であり、古くから商業都市として栄え、モーツァルトゆかりの文化都市でもある。緑豊かで美しく、自然と便利な都市生活が共存するヤスミンの自慢の故郷だった。今も残るいくつかの大きな城門に囲まれた旧市街は美しく保存されていて、張り巡らされた数多くの運河網にかかる500もの橋とともに歩く者の眼を楽しませる。

 ヤスミンとヴィルはアウグストスの噴水の脇を通って市立劇場も通り過ぎ、劇団の借りている19世紀の工場跡の建物に入っていった。建物の保存状態はあまりよくなくて、他の旧市街の美しい建物と較べると若干殺風景だが、広い多少荒れた敷地のおかげで周りから騒音の苦情も来ず、何よりも賃料が安かった。そして、舞台と同様に走り回れるような広い空間がある建物なので舞台稽古にも適していた。

 だが、今日は広い稽古場は必要ではなかった。団長と、ヴィル、それからベルンの三人に宇宙人メイクを施すテストと打ち合わせで集まるのだから。ベルンはまだ来ていなかったが、団長は彼が「司令室」と呼んで悦に入っている小部屋でビールを飲みながら台本を読んでいた。
「お、来たか。じゃ、さっそくはじめようか」

 最初に緑色にされるのはヴィルだった。団長はヤスミンが塗っていくドウランの色合いについて意見を言っていく。
「うん、そうだな。そんなに弱いと、ただの青ざめたヤツみたいになるから、少し緑を鮮やかにするか」
「でも、肌だけが浮くと違和感あるでしょ?」
「宇宙人だからなあ」

 宇宙人だってなんだって、こっちの美意識がねぇ。結局、ヤスミンが提案して、銀色のつけまつげと眉や口紅にメタリックな銀を採用する事でバランスを取った。

「こんなブキミなメイクが、似合うな、ヴィル」
感心する団長にヴィルはさも不満そうに鼻を鳴らした。ヤスミンは団長にも同じようにメイクし、その間にやってきたベルンにもやはりミントグリーンの化粧をすませた。夕闇が射し込む古い工場跡に三人ならんだ緑の顔の男たちは異様だった。ヤスミンはくすくすと笑った。

「こんな変な人たちが私たちの国を戦争に導こうとしたら、誰もついてこなかったでしょうね。ね、総統」
ヤスミンが言うとヴィルは憮然としたまま答えた。
「文句は団長に言ってくれ。せめて次はもう少しまともな演目にして欲しい」

 けれど、次の演目にヴィルが出演する事はなかった。そもそも総統役のメイクを本番で披露する事もなかったのだ。父親の差し金で劇団から解雇されたヴィルはしばらくミュンヘンにいたが、その後失踪してしまったらしい。エッシェンドルフ教授に匿っているのではないかとしつこく疑われたが、団長をはじめ誰もヴィルの消息を知らなかった。

 仕事を終えて、市庁舎前広場にさしかかると、ヤスミンは複雑な想いを持つ。カフェに座り、さほど暑くもないのにミントアイスを注文する。

「大口を開けて」
ヴィルが非難する声が耳に響く。でも、彼はそこにはいない。いったいどこに行っちゃったのかなあ。もし、私があのときカイザー髭教授のところに寄付金を頼みにいったりしなかったら、ヴィルはまだこのアウグスブルグにいたのかしら。

 ヤスミンは、チョコレートチップをつんつんとつつきながら、彼がどこかでコーヒーを楽しんでいる事を願う。眼のまえのタマネギ型の二つの塔の屋根を見上げて、アイスクリームにかぶりつく。いつかまた逢えるといいな。出来ればこのアウグスブルグで。夏はそろそろ終わりそうだった。

(初出:2013年7月 書き下ろし)
関連記事 (Category: 小説・大道芸人たち 外伝)
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Category : 小説・大道芸人たち 外伝
Tag : 小説 読み切り小説 リクエスト キリ番リクエスト

Comment

says...
 わがままなリクエストに応えていただいてありがとうございます。
 ヤスミンは、夕さんの作り出すキャラクターの中でもエキゾチックな印象で、かつはつらつとした性格で、レネとの組み合わせもすごく楽しかったので、また会いたくなってついリクエストしてしまいました。
 久しぶりにお目にかかれて、そして私生活の一端も覗けてすごく嬉しかったです。チョコチップ入りのミントアイスですからねぇ。(サキはバニラでいいですけど)
 愛想の悪いヴィルも登場してくれて、ホットコーヒーなんか飲んでるし、この暑いのに……。(実はサキもホットですが)
 ヴィルの総統ってとても似合いそうなんですけど、ミント色の顔はかわいそうですね。実は顔が青いのは最初だけだったらしいです。でも真面目な顔して演じるんだろうな。

 先はこのアニメの原作をもちろん知っていました(リアルタイムでかぶりついて見ていたそうです)。でも今ではあまり評価していないようです。全然勧めてきませんでしたからネ。
 サキは見たことは無いんですが、先に内緒でちょっと見てみようかな。
大道芸人たちの本編でまたヤスミンが登場してくるのを楽しみに待っています。登場しますよね?
 ではまた。


2013.07.07 12:20 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんにちは。

実は、私もヤスミンは好き。第二部でもよく登場します。自立していて快活、友達のいないヴィルも仲間としてかなり信頼していた子ですね。

ミントのアイスは実は私も苦手。色がサイケデリックすぎて少し怖い。でも、ヤスミンにはこのポップな感じが似合うかなと。かなり甘めです。

やっぱり先さんはご存知でしたね、例のアニメ。まあ、当時日本にいた人は、いくつか単語を並べれば必ずわかるというくらい流行ましたからね。あの当時はみな夢中になったんですよ。主題歌も流行ったし。でも、いまから観ると「なんでこれが?」と思うかもしれません。アニメの黎明期っていうのか、ああいうところから日本アニメは育ったある意味金字塔的な作品でしょうが、今のアニメを知って、その感覚から見るとギャグにしか見えないかも。

ヴィルにとっては昭和アニメも、リメイクされた二十一世紀のものも同じように「なんだそりゃ」かもしれません。まあ、そうですよね。それでも劇団にいるのは悪くなかったんだと思います。当時は。

本編の第二部はまだ執筆中ですが、その発表の前に、ちょくちょく番外編で「大道芸人たち」チームが顔を出すと思います。懲りずにまたおつき合いいただけると嬉しいです。

リクエストとコメント、ありがとうございました。
2013.07.07 14:25 | URL | #9yMhI49k [edit]

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