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Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと黒い鳥 Featuring「ワタリガラスの男」

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!

月刊・Stella ステルラ 2月号参加 掌編小説 シリーズ連載番外編 月刊・Stella ステルラ

scriviamo!の第三弾です。(ついでに、ウゾさんの分と一緒にStellaにも出しちゃいます)
ウゾさんは、人氣キャラ「ワタリガラスの男」シリーズと、当方の「夜のサーカス」のコラボの掌編を書いてくださいました。本当にありがとうございます。


ウゾさんの書いてくださった掌編 白い鳥 黒い鳥 そして 白い過去

そういうわけで、「ワタリガラスの男」シリーズの二人のメインキャラをお借りして、「夜のサーカス」の番外編を書いてみました。

本当は、読まされる方の苦痛も考えて、小説は週に二本を限度にしているのですが、今週は日曜日にStellaの発表もあります。で、こちらを来週にしようとも思ったのですが、私自身がそんなに待てません! で、イレギュラーで週三本になりますが、発表しちゃうことにしました。番外編とはいえ「夜のサーカス」シリーズなので、表紙付きです。ウゾさん、表紙にもワタリガラスの男さまをお借りしました。ありがとうございます!


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「夜のサーカス」番外編
夜のサーカスと黒い鳥 - Featuring「ワタリガラスの男」
——Special thanks to UZO-SAN

夜のサーカスと黒い鳥

 漆黒のマントが風に揺れている。風がいつもとは違う調子で唄う。ヒュルリ、カラン、トロンと。イタリアの平凡で何も起こらぬ小さな町は、その唄に驚き首をすくめる。オレンジの薫りがする。どこからするのかわからぬ香氣。いずこから来たのかわからぬ旅人。彼は、まっすぐに町の中心へと向かおうとする。いくつかのバル、小さな商店、午睡にまどろむ広場。人影はほとんどない。

 旅人はわずかなすすり泣きを耳にする。小さな、かすれたしゃくり声は、広場の近くの樹々におおわれた公園から漏れてくる。見過ごしてしまうほど狭い遊び場。滑り台が一つと、背の高い鉄棒と、低いのが一つずつ、それから壊れたブランコに、砂場。鉄棒の下で、学校にもまだ入っていないほどの幼子が泣いている。

 男は低い声でそっと問いかける。
「何がそんなに悲しいのだ?」

 小さな少女が黄金の頭をゆっくりと持ち上げる。男に黄金の双眸が見える。涙に濡れ、砂が頬に張り付いている。
「どうしても、できないの。白い鳥のように飛んで、きれいに回りたいのに」

 その答えが、旅人の興味を惹く。ワタリガラスの代理としてこの世を彷徨う男の。
「お前には空を飛ぶ白い翼が必要だというのか」

 少女は首を振った。
「翼はなくても、ジュリアは空を飛んでいたわ。真っ白い、キラキラ光る、とてもきれいなブランコ乗りなの」
旅人は少女に微笑みかける。
「ジュリアに飛べるなら、お前も飛べるだろう。飛ぶ練習を怠らなければね」

「今日は飛べないの?」
「飛べない。たぶん明日も飛べないだろう。」

 少女は、落胆して肩を落とした。
「明日には薔薇は枯れてしまうわ」

 彼女の心には紅い薔薇を持って白く美しいブランコ乗りを追いかけていく哀しい道化師の少年の姿がよぎる。私の運命の人なのに、どうしても届かない。いつも美しいジュリアを追って、舞台の奥へと走っていってしまう。あなたの側にいさせて。ブランコ乗りになるから。ジュリアのように羽ばたいてみせるから。

 旅人は幼い少女の頭を優しく撫でた。
「薔薇は次々と咲くのだ。お前が空を飛ぶ日まで、何輪でも。諦めてはいけないよ。飛ぼうとし続ける者だけが、いつか本当に空に向かえるのだ」

 少女は、それを聞いて涙を拭い頷いた。そして両手をまっすぐに伸ばして、もう一度鉄棒に向かった。男は少女を助けて鉄棒の上に体を持ち上げてやりながら囁いた。
「お前がはじめて空を飛ぶ日に、私はそれを見届けに行こう」

* * *


 リハーサルを何度も重ね、何度もやった演技だったが、初舞台の今日は何もかも違っていた。テントの中の人いきれ。青白い眩しいスポットライト。朗々と響く音楽の中、舞台の上を走る道化師ヨナタンの背中。ステラは、半ば震えながら天井のブランコの上で待っていた。大丈夫だろうか。もし、うまくいかなかったら、どうしよう。先月引退したジュリアのようになんて、できっこない。

 その時、ステラはヨナタンが紅い薔薇を差し出すのを目にした。出番の合図だ。ゆっくりと下がっていくブランコの上で、ステラはすっと背中を伸ばした。どこからか、声が聞こえてくる。
「薔薇は次々と咲くのだ。お前が空を飛ぶ日まで、何輪も」

 少年だったヨナタンは、立派な青年になった。大車輪ができないと泣いたステラは十六歳になっていた。そして、間違いなく薔薇は何輪も咲いた。ようやく、あなたは私を追ってきてくれる。あの人が予言した、そのままに。

 ステラは、その人のもう一つの言葉を思い出した。
「お前がはじめて空を飛ぶ日に、私はそれを見届けに行こう」
まさかね。でも、ありがとう。私は、ちゃんと飛びます。白い鳥になって。

「お疲れさま!」
「よく頑張ったな!」
大喝采を背中にステラが袖に入ると、仲間たちが次々と寄ってきて肩を叩いた。演技はあっという間だった。わずかなミスはあったけれど、観客にはわからないくらいだった。いつもは厳しい教師のジュリアも、笑って褒めてくれた。嬉しくて、ステラは涙を拭った。本当に今日からブランコ乗りなのだ。

 観客の爆笑とともに、ヨナタンが袖に飛び込んできた。そして、そこに立っているステラと目が合った。道化師は、もともと笑っているような化粧の下の、口元をほころばせて言った。
「よくやった」
そして、ステラの前髪をくしゃっと乱した。

「さあ、カーテンコールだ」
仲間たちが、次々と舞台に走っていく。ステラも、ヨナタンに手を引かれて光の中に戻っていく。

 本日の出演者たち全員に、割れるような拍手が贈られる。仲間は、円形の舞台の端にそれぞれ立つ。一番真ん中に、今日デビューのステラ、その隣はヨナタン。眩しい光の中、出演者たちが何度もお辞儀をする。

 ヨナタンは、いつものように、一つの客席に眼をやる。そう、かつてみなに嗤われている道化師を、幼いステラが泣きそうになって観ていた席。その悲しい表情にたまらなくなって、彼が紅い薔薇を差し出した、あの席だ。そこには、奇妙なことに白い大きめの人形が座っている。髪が長く、陶器のようなすべすべの肌で、透明な硝子の瞳をぱっちりと開いている。それは人形なのに、生き生きとしていて、今にも話しかけてきそうだった。

 その人形の隣には、全身黒尽くめの男が座っていた。周りの他の観客たちが、滑稽なほどのさまざまな色を身にまとって、がやがと落ち着きなく騒いでいるのに、落ち着き払って座っている白い人形と黒い男の、モノトーンのコントラストがヨナタンの眼を惹いた。

 ヨナタンは、その人形の、モノとしてはありえないほど恐ろしく生き生きとした様子に、自分がかつて本当に生きていたときのことを思う。この仮面の下に生命を押し込めて生きることになった忌々しい夜のことを思い出す。生きている人形と、生きていない道化師。奇妙な符号だ。意識が離れたがために、手の中にある薔薇の刺が彼の指を刺し、誰にも氣づかれないほどわずかの血が流れていく。ヨナタンは、人形がその痛みを感じている錯覚に陥った。短い、あいまいな幻想。

 やがて人形に何かを囁きながら立ち上がり、男はめちゃくちゃに騒いでいる観客たちの間をすうっとすり抜けて、人形を連れて通路を歩いて行った。男は、出口で振り向くと、まだ己を視線で追っている道化師の方をまともに見た。それから、帽子をかぶり、口角をわずかにあげると再び人形に何かを語りかけた。

 そのとき、ヨナタンの指の小さな傷口から、オレンジの香りがした。男が戸口に消えると同時に、テントの中には不思議な風が吹いた。ヒュルリ、カラン、トロンと。「あ」小さな声を出して、男の存在に氣がついたステラが、風とともに去ったマントを目で追う。美しく、生命に満ちた若いブランコ乗りの娘が。今日、予言の通り美しく羽ばたくことのできた白い鳥が。
「あの人……。まさか、ね」

 ヨナタンはそっと彼女に語りかけた。
「不思議な人形を連れた、カラスのような男だったね」

 ステラは無言で頷いた。鳥たちの神様なのかもしれない、ぼんやりと彼女は思った。


(初出:2013年1月 書き下ろし)
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