scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと黄色い幸せ

月末の定番「夜のサーカス」です。前回話があさっての方向に飛んだので戸惑われた方も多いかと思いますが、今回はいつもの「チルクス・ノッテ」に戻ってきています。

このお話を最初から読んでくださっている皆さんは「いい加減、どっちなの? ヨナタン、はっきりしろよ」と思われているんじゃないかと思います。冷たいんだか優しいんだかわからない「のらりくらり野郎」は、今回珍しくメッセージ性のあることをやっています。ま、それでも「のらりくらり」ですけれど。

ようやく半分過ぎましたね。今日の分を入れて、あと十回で完結ですよ。もう少々、おつき合いくださいませ。


月刊・Stella ステルラ 8月号参加 掌編小説 シリーズ連載 月刊・Stella ステルラ


「夜のサーカス Circus Notte」を読む「夜のサーカス」をはじめから読む
あらすじと登場人物




夜のサーカスと黄色い幸せ


夜のサーカスと黄色い幸せ


 マッテオの力強い腕が鉄棒をしっかりとつかむ。風を切るようにして、スピードを上げ、揺れるブランコの上で鮮やかな大車輪を繰り返す。スペクタクルあふれる演技は好評だった。彼の若い肢体は多くの女性ファンを作った。大胆で躍動感あふれた動きは、ロマーノはもちろん、生徒には厳しいジュリアをも満足させた。自信を持ったマッテオは演目の事についても進んで意見を言うようになった。

「え。デュエット?」
ステラはとまどった。子供の頃からずっとイメージしていたのは、一人でブランコに乗る事だった。そして、その孤高なブランコ乗りを憧れに満ちた演技で道化師が追ってきてくれる、その事ばかりだった。

「そうよ。幸いあなたとマッテオは昔からの知り合いで、体操の教室でもずっと一緒だったって言うじゃない。普通よりも早くデュエットのコツもつかめると思うのよ」
ジュリアはにっこりと笑った。彼女の愛したたった一人の男、相方であったトマがブランコから落ちる事故で亡くなってから、彼女は一人でブランコに乗ってきたが、ジュリアにとって一人ブランコはあるべき姿ではなかった。

「ねえ、ヨナタン。どう思う?」
舞台の端で黙々とジャグリングの練習をしている青年に、ジュリアはにこやかに問いかけた。大成功をおさめたマッダレーナの演目へのアドバイス以来、ジュリアは演目のアイデアについてはヨナタンの意見を尊重するようになっていた。ステラは不安な面持ちでヨナタンの答えを待った。

「そうですね。確かにデュエットはシングルより華やかでしょうね。マッテオなら投げ技も早くマスターできそうですし」

 ヨナタンが反対してくれる事を願っていたステラはがっかりした顔を見られないようにうつむいた。やっぱり、薔薇を持って追いかけてきてくれるのは、仕事だからなのね……。

 デュエットが決まり、ジュリアによるブランコのレッスンはマッテオとの合同になった。そして安全確認のために控えるのは、エミーリオの役割となった。その代わりに、ヨナタンはマッダレーナの新しい演目に出演する事になった。マッダレーナにちょっかいを出し彼女を守ろうとするライオンに怯えて逃げ回る役回りだ。もちろん、デュエットを公演に出せるようになるまでは、現在の一人ブランコと薔薇を持った道化師の演目は続き、マッテオは大車輪の演技を続ける。マッダレーナも人氣のレカミエソファに寝そべるセクシーな演技を続行する。でも、いつかは薔薇はなくなってしまう。ステラは泣きたくなった。

「そうじゃないでしょう。もっと勢いをつけて飛ばないと、マッテオだって受け止められないでしょう?」
ジュリアの厳しい叱咤が飛ぶ。マッテオの腕の中に飛び込むのがどうのこうの言っている場合ではないのはわかっている。命綱がついているとはいえ、落ちたら大けがをする事だってあるのだ。練習ではネットが常に広げられている。でも、本番では危険を感じたエミーリオが広げるのが少しでも遅れたら……。

「なあ、ステラ。お前はそんなに怖がりじゃなかったじゃないか。三年前のイタリア選手権での跳馬の演技を思い出せよ」
マッテオが語りかける。怖がっているわけじゃないわ。それに、あの時はチルクス・ノッテに入るって夢のために飛んでいたんだもの。ステラは涙を拭った。

 ステラは首を伸ばして、ヨナタンの姿を探した。彼はちょうど舞台の反対側でロマーノの指導でマッダレーナとの演目の練習をしているところだった。
「そうだ、そこで嫌がるマッダレーナに抱きつこうとする」
ロマーノが模範演技で抱きつくと、マッダレーナは片眉を上げて腰にまわされた団長の手をはたいた。団長は笑って、ヨナタンに同じ演技をするように言った。

 ヨナタンは肩をすくめて、マッダレーナに馴れ馴れしく抱きつこうとする。マッダレーナは団長にしたような嫌悪感は示さずにほんのわずか体をよじってみせた。まるで本当の恋人同士がじゃれあっているように見えたので、ステラは心臓をフォークでぎりっと傷つけられたように感じた。

「ステラ! 何をよそ見しているの」
ジュリアの声にはっとすると、マッテオが既に勢いをつけてブランコの上で逆さまになっていた。タイミングを間違えて飛び立ったステラはなんとか三回転をこなしたがマッテオの手に届かず、ネットへと落下した。

「ステラ!」
ステラはしゃくり上げながら泣き出した。ジュリアは頭を振って、今日のレッスンを打ち切ると言った。こんなに集中できないのでは、レッスンにならない。同時にロマーノも二人に今日の練習はここまでと言って、怒り狂うジュリアをなだめるために出て行った。

「なあ、ステラ。あんなにタイミングがズレてちゃ俺にだって、どうにもできないぜ。飛ぶ前にこっちを見てくれよ」
ネットを片付けながらマッテオが言う。ステラは泣きながら、つぶやいた。
「だって……」

「だってじゃないだろう」
厳しい声がするのでマッテオとステラが同時に顔を上げると、ヨナタンが近くに歩いてきていた。
「ヨナタン……」

「ステラ。サーカスはお遊びじゃない。一瞬一瞬が命に関わる危険をはらんでいる事ぐらいわかるだろう」
「ごめんなさい。ちゃんとやろうとしたの、でも、今日は……」

「何があっても演技の時は集中する事、それが出来ないヤツは、この職業に向いていない。だったら、大怪我をする前にやめたほうがいい」
その厳しい言葉にショックを受けたステラは、もっと激しく泣きながら大テントから走って出て行ってしまった。

「ステラっ」
慌てて追おうとするマッテオの襟首をはっしとマッダレーナがつかんだ。
「な、なんだよっ。離せよ。あんな状態にしておいたら、今夜の演目にも差し支えるだろっ」

 マッダレーナは首を振った。
「あんたが行っても、大して役には立たないわよ」

 それからヨナタンに向かって言った。
「ねえ、あんたの言った事は完膚なきまでに正論だけれど、心理学的にはあまり好ましくないわ。マッテオのいう事にも一理あるのよ。子供みたいに見えても、女心って複雑なんだから」

 ヨナタンは肩をすくめてステラを探しにテントを出て行った。マッダレーナはそのヨナタンの背中をじっと見つめていたが、我に返ったマッテオが襟首にかけられた彼女の手を払って憤懣やるかたなく食って掛かったので、そちらを見た。
「なんだよっ。またあいつに曖昧な態度をされたら、ますますステラは身動きとれなくなるじゃないかっ。僕の方がずっとステラの事を……」

「それはどうかしら」
マッダレーナは、あまり勢いのない様相で答えた。いつもはきついマッダレーナらしくない態度だったので、マッテオは少しうろたえた。
「なんだよ」

「自分の方を見てほしいって、あなたをこんなに想っているって迫ることだけが愛じゃないわ。そんなのは、子供のおもちゃの争奪戦と変わらないもの。時には相手のために心を鬼にしなくちゃいけない事だってあるのよ。それに、自分の意に染まぬ決断を相手に促さなくちゃいけない事も……」

 マッテオは、自分の愛情が子供っぽいと言われたのも同然だったので、腹を立ててその言葉の裏側を考えてみようともしなかったが、マッダレーナはそっと、自分の左の二の腕に触れた。ちょうど、先ほどヨナタンが、コミカルな演技でつかんでいたあたりだった。


 サラサラと水音が爽やかな川縁の土手に座り込み、ニセアカシアの幹にもたれてステラはしゃくり上げていた。ヨナタンの言葉は、意地悪なんかではなかった。その通りでステラ自身がよくわかっていた事だった。

 ステラは「サーカスのブランコ乗り」という職業を選んだのではなかった。ただ、ヨナタンの側に来たかっただけだった。子供っぽい憧れと思い込みに流されてきただけだった。普通と違ったのは、そのためにありえないほどの努力を重ねてきてしまった事だった。いまやステラはチルクス・ノッテから給料をもらって働くプロで、ヨナタンと一緒に出る演目以外はやりたくないなどという自由はない。ましてや彼が他の女性と同じ舞台に立っているだけでまともな演技が出来なくなるなど許される事ではなかった。

 他の誰か、たとえば団長やマッテオに同じ事を指摘されたとしたら、素直に反省できただろうか。自信はなかった。マッダレーナにいわれたとしたらさらに反発したに違いない。でも、悲しかった。ヨナタンは「白い花と赤い花をくれた」。それ以来ステラにとってヨナタンは運命の人になってしまっている。馬鹿馬鹿しい子供のおとぎ話なのはわかっている。けれど、舞台の上での紅い薔薇が自分にとって大きな意味を持ってしまっている事を、どうする事も出来ない。実生活で恋人にしてもらえないのに、これまで取り上げられてしまうのは耐えられそうになかった。

 誰かの走ってくる足音がして、ステラは身を固くして顔を覆った。泣いているのを見られるのは恥ずかしかった。

「ステラ……」
びくっとして振り向くと、そこにはヨナタンが立っていた。ステラはあわてて涙を拭って取り繕おうとしたが、かえってたくさん涙が出てきてしまった。
「ご、ごめんなさい。わかっているんだけれど……。でも、もう紅い薔薇がなくなっちゃうかと思うと……」

 ヨナタンはため息をつくと、ステラの隣に座った。あたりは色とりどりの小さな野の花が咲き乱れていて、花の絨毯のようになっていた。

「シングルの演目が完全になくなるわけじゃない。ローテーションでデュエットが増える、マッダレーナも別の演目が増えるっていうだけの事だ。僕たちは観客を、繰り返し観に来てくれる人たちをも楽しませなくちゃいけないだろう?」
「それは、わかっているの。それに、『白い花と赤い花』のおとぎ話と現実をごっちゃにしてもいけないってことも。でも、わかっていても悲しくなってしまうの……」

 ヨナタンは泣きじゃくるステラを半ば哀れむようにそして半ば愛おしそうに見ていたが、やがて言った。
「白い花と赤い花がそんなに大切なら、黄色い花にはどんな意味があるんだ?」

 思ってもいなかった言葉に、ステラは顔を上げた。そして少し不安な心持ちで答えた。
「知らないわ。おとぎ話には一度も出てこなかったもの」

 ヨナタンは手元の鮮やかな黄色い花を手折ると、ステラに渡して言った。
「じゃあ、自分で意味を探せ。おとぎ話ではなくて、君の人生なんだから」

 ヨナタンはいつものように優しく微笑んでいた。その黄色い花は、演技でくれる紅い薔薇とは違っていた。演技中の道化師としての彼からではなくて、彼自身からステラがもらった三本目の花だった。自らの意志でステラの人生に関わってきてくれている証。ステラの心臓は早鐘のごとく高鳴った。

 その晩の興行で、ステラは絶好調だった。出演者たちと、観客の何人かはステラが髪にいつもはつけていない黄色い花をさしている事に氣づいたが、それと彼女の演技の変化の関連についてはまったくわからなかった。ただ一人、その花の意味を想像する事のできたマッダレーナは、興行のあと言葉少なくライオン舎に向かうと、長いあいだ心ここにあらぬ様子で雄ライオンヴァロローゾの毛繕いをしていた。

(初出:2013年7月 書き下ろし)
関連記事 (Category: 小説・夜のサーカス)
  0 trackback
Category : 小説・夜のサーカス
Tag : 小説 連載小説 月刊・Stella

Comment

says...
こんばんは、TOM-Fです。

落ち込んで、そして舞い上がって。ステラの揺れる乙女心が、じつに可愛らしいです。
うはぁ、ヨナタン、三本目の花をあげちゃいましたか。彼の本心が読めないだけに、やっかいですね。なんだかこの先にまだまだ落とし穴がありそうで気になります。
マッテオは本気なんでしょうねぇ。思ってくれている相手のほうがいいかもよ、ステラ。
マッダレーナの大人な対応に感心しました。
ヴァロローゾも、みんなから便利に使われて、もとい、頼りにされていますね。

次話も楽しみにお待ちしています。
2013.07.24 09:48 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

ステラは一人ジェットコースターなんですよね。
そう、花をもらったから安泰、というわけにはいきません。

実は、ここ数日で最終回を書いていたんですよ。ま、途中がまだ抜けているんですが。書きながら「うわ、ここまで遠いぞ」と思いました。三つの話題をあと九回で収束させる予定です。つまりステラもあと九ヶ月は一人ジェットコースターに乗り続けてもらうことに。

マッテオは、ヨナタンと正反対、ストレートです。こっちを選んだら来月最終回にできるんですよね(笑)
ヴァロローゾは、これからも便利に使われる予定です。書留届けに来たら、ハンコあげてやってください。

コメントありがとうございました。
2013.07.24 18:29 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
確かに空中ブランコという演目を素直に想像すると、デュエットは正解だと思います。
ま、相手がマッテオだし、ステラの気持ちはよく分かるんですけどね。
で、ですね、ヨナタンの気持ちはどうなのか、そんなことを想像しながら読んでました。ヨナタンのBAKA!といつも言いながら読んでるんですけど、今回はちょっと違いました。
ステラに対する厳しい助言も、優しい言葉も、さりげない小さな贈り物も、ヨナタンのステラに対する気持ちが複雑に表れているのでしょうね。
でもヨナタンは一筋縄ではいかないですからね。
黄色い花を髪に付けて、ステラはまた少し成長したと思います。

でもマッダレーナ、可愛い女性ですね。素敵です。

では。
2013.07.27 12:07 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

ヨナタンにとってもステラはいろいろな意味で特別で、でも火の玉娘かつお子様だからけっこうハラハラしながら見守っているようです。この小説ではご覧の通り、何人かの恋愛が絡んでいるのです。お子様組のステラとマッテオはストレートでわかりやすいんですが、後のメンバーは一筋縄ではいかないことになっています。

ステラはこれからも少しずつですが成長していきます。(たぶん、うん、するかな?)
「ヨナタンのBAKA!」と感情移入しながら読んでいただければ、こんなに嬉しいことはありません。
マッダレーナも一癖あるし絡みますが、応援の方、よろしくお願いします(笑)

コメントありがとうございました。
2013.07.27 21:07 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
コメント書きに来ました

あれ…これはもしかして最終回用の話の一つか?とか思いながら今回は読ませてもらいました
違ってたら、すみません

未だにヨナタンが掴みどころなくて、何を考えてるのかさっぱりですが、ステラにあえて厳しい言葉を与えるというシーンから反面、それだけの期待も出てきているのかと思いました。贈り物が何を意味するかわたしは今イチ理解が追いついていませんが、ただの慰めではないのだろうと考えています……エンドに近づくに連れてわたしもわかるようになるだろうか

マッテオの思いも、周りのメンバーの大人の心意気も目を配りたいです

以上です。
2013.08.07 06:17 | URL | #iVT7Zno6 [edit]
says...
こんばんは。

あはは。最終回までにはまだ九回あります。でも、ステラの件はほぼこの情報から予想してあたりだと思います。多少の波乱はありますが。

ヨナタンは、本当につかみ所がないまま最終回まで行きます。ただ、なぜそうなったのかを読者だけは想像できるように来月以降もっと情報が投入されていきますのでご安心ください。

ステラの恋、ブルーノの悩み、それにヨナタンの正体の三つの問題が全て解決したら完結です。次回以降、この三つのどれかに焦点が動きながら少しずつ解決に向けて動いていく予定です。

いつも丁寧に読んでくださり、とても嬉しいです。
コメントありがとうございました。
2013.08.07 20:28 | URL | #9yMhI49k [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:https://yaotomeyu.blog.fc2.com/tb.php/644-d1c5de15