【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (8)218人目
話は変わりますが、11月に帰国するので旅行先を考えているのですが、また性懲りもなく島根に行っちゃおうかなあと考えるのは、やっぱりこのシリーズのせいですよね。ううむ。
![]() | このブログではじめからまとめて読む あらすじと登場人物 |
この作品は下記の作品の続編になっています。特殊な用語の説明などもここでしています。ご参考までに。
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物
樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero
(8)218人目
あれは、拓人が言い寄っていた子じゃないかしら? 園城真耶はエレベーターに乗り込む時に考えた。それにもう一人は、拓人の親衛隊。高層ビルのエレベーターホールには、三列になって四機ずつのエレベータがあった。真耶は八階の控え室に行くので一番奥で待っていたのだが、一番手前のエレベーターの横を通った時に、奥に数人の女性がいるうちの二人の顔が見えたのだ。あまりいい雰囲氣じゃなかったわね。
園城真耶は結城拓人を赤ん坊の頃から知っていた。真耶の母親は拓人の母親のいとこで、どちらも著名な音楽家に嫁いだので、お互いの家をよく往復していた。指揮者である父親がいい音楽家にしたいと願いを込めて、指揮棒にちなんで拓人と名付けた話を本人から直接聞いた。真耶と拓人はひとつ違いで、同じ音楽高校と大学に進んだ。真耶のデビューには既にプロのピアニストとしてデビューしていた拓人が伴奏をしてくれた。
そういえば拓人が女遊びを覚えたのも、ほぼ同じ頃だった。
「そんなことしている暇があるなら、レッスンしなさいよ」
真耶がいうと、拓人は笑って言った。
「叙情的な演奏のためのレッスンさ」
真耶は恋に夢中になったりはしなかった。真耶にとってレッスンと演奏が第一で、恋愛や楽しみは二の次だった。拓人もその点は似ていた。常に女をとっかえひっかえしていたが、「後腐れのない」ことが第一条件だった。同じ女とは一度しか寝ない。名前もつきあっているときだけしか記憶に留めない。だから真耶は最初から拓人の女の名前を覚える努力はしなかった。拓人は10人目を超えた頃から女をナンバーリングして真耶に話すようになった。ナンバー156とは別れた、157はフライトアテンダントだ、という具合に。わりと最近200人を超えた。よくもまあ、次から次へと寄ってくるわよね。
「真耶、遅かったじゃないか。また渋滞か」
控え室につくと、隣から拓人が顔を出した。真耶はちょっと考えてからやっぱり言うことにした。
「ねえ。あなたの218人目、もう終わったの?」
「つまり、君が言いたいのは最新の、ってことか?」
「私の知っている限りね。この間、リハーサルにいた毛色の違う子」
「瑠水か。まだ終わっていないけど、何か?」
るみっていうのね。名前で話すなんて珍しい。
「今、下でね。あなたの親衛隊と一緒にいたみたいだったから。もう興味がないなら、そのままでもいいだろうけれど」
真耶が言い終わる前に、拓人はもうエレベーターに向かって走り出していた。あら、珍しいわね。そんなに騎士道精神を発揮するなんて。
真耶が親衛隊と呼ぶ数人の女性は、拓人の熱心なファンだった。そのうちの何人が拓人の恋愛ゲームの餌食になったのかは真耶は知らない。でも、彼女たちの間には、ある種の協定があり、妙な絆で結ばれている。拓人から掟破りの女を引きはがす役割だ。拓人は親衛隊に感謝している。ナンバー148がしつこく押し掛けてきたときも、174が大立ち回りを演じた時にも親衛隊が結束して話をつけたらしい。だから女か親衛隊かという時には、拓人はたいてい親衛隊の好きにさせておいた。親衛隊は拓人の一夜の相手にケチを付けたりしない。最近寄ってくる女はみな拓人と二度目はないことをよくわかっているので親衛隊が口を挟んだのは久しぶりだった。でも、へんね。真耶は思った。まだ終わっていないなら、なぜ親衛隊が口を出すのかしら。
「あなた、何のつもりなの」
そういわれて、瑠水は困った。このあいだのコンサートで睨んでいた人たちだ。
「どういう手を使ったのかわからないけれど、拓人様から招待券をもらったり、何度も食事に行ったり」
「ベッドの誘いにのらなければ、付き合いを長引かせられると思っているんじゃないでしょうね」
瑠水は激しく首を振った。
「いいこと、よくわかっていないようだから、私たちのルールを教えてあげるけれど、拓人様とは一度限りよ。独占はできないの。そんなことをすると拓人様の迷惑になるの。わかった?」
一度も何も、私はピアノを聴きたいだけなのに。
「拓人様もどういうつもりなのかしら、こんなどうでもいい子に」
「フランス料理を食べ過ぎて屋台の焼きそばが恋しくなったんじゃないのかしら」
外野もがやがやいっている。失礼な。その通りかもしれないけれど。瑠水は思った。
「もう一度いうけど、あなたが拓人様の最後の恋人になるなんてことは不可能なのよ。拓人様は、真耶さんと婚約しているんだから」
え。瑠水はまた、拓人に関わったことを後悔しだしていた。やっぱり、あの高級レストランに連れていってもらったりしなければよかった。真耶さん、ごめんなさい。
恐ろしいお姉様方が行ってしまった後に、瑠水はすっかり意氣消沈してその場に立っていた。二ヶ月ぶり二度目のコンサートで、二人の演奏を楽しみにしてきたのに、会場に行く氣がなくなってしまった。関係ないじゃない。チケットは買ったんだから、聴きにいってどこが悪いの。そう思う自分と、あの人たちの睨んでいる会場には行きたくないと思う瑠水が、心の中で闘っていた。
そうやってつま先を見ていると、突然抱きしめられた。
「大丈夫か」
燕尾服を着ている拓人だった。
「ごめん。君に辛い思いをさせた」
いや、あなたがそういうことをするから、こんなことになるんじゃ……。瑠水はさっきの人たちがどこにもいないことを祈った。こんな場面を見られたら、ただではすまない。
「演奏を聴きたいだけなのに、どうして?」
瑠水は半泣きで腹立ちまぎれにいった。それを聞くと拓人は瑠水の手を取って、どんどん歩き出した。
「待ってください、結城さん。どこへ行くんですか」
「楽屋へ連れていく。君は袖で聴くといい。あいつらに会わないですむし、真耶の演奏ももっと近くで見られる」
確かに、それならあの人たちに見つからないだろうけれど、そんな特別扱いされたのがわかったら……。しかし、瑠水は二人の演奏を近くで聴ける誘惑に勝てなかった。
「でも、真耶さんは嫌なんじゃないんですか?」
「なんで真耶が嫌なんだ」
「だって、結城さんと真耶さんは婚約しているって。結城さんが女の人を連れてきたら、演奏の妨げになりませんか」
「あいつら、何を言っているんだ。僕と真耶が婚約するわけないだろう。あいつは一緒に育った妹、いや、威張っているから姉みたいなもんだ」
お似合いだと思うのに……。と瑠水は心の中でつぶやいた。
「それにあんな『音楽の鬼』と結婚したら一時も氣が休まらないよ。ベッドの中でまで、あの小節の何拍目の呼吸がどうのこうのといわれそうでさ」
確かに、そういうことを言ってもおかしくない雰囲氣はあるけれど……。
- 関連記事 (Category: 小説・Dum Spiro Spero)
-
- 【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (11)詩曲 (10.09.2013)
- 【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (10)即興曲 (28.08.2013)
- 【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (9)あなたがほしい (14.08.2013)
- 【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (7)ピアノを弾く人 -2- (17.07.2013)
- 【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (7)ピアノを弾く人 -1- (10.07.2013)
- 【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (6)共鳴 (18.06.2013)
Comment
こんばんは、TOM-Fです。
218人目って、五条大橋なのかっ、弁慶なのかっ(笑)
名前は忘れても、何番目の女性がどうだったかを覚えているとか、しょうもないを通り越して、もはや怪物のレベルですね。瑠水ちゃん、毒牙にかかりそうでかからない(……かかってないんですよね?)ですね。さすがは超お堅い子です。
今回もまた、瑠水ちゃんの心の声でのツッコミに、噴出しそうになったり、にやりとしたり、楽しませてもらいました。
お、ご帰国なさるんですね。出雲ですかぁ、いいですね。11月でしたら、そろそろ紅葉の頃ですね。もし行かれたことがなければ、信州あたりもオツなものですよ。
218人目って、五条大橋なのかっ、弁慶なのかっ(笑)
名前は忘れても、何番目の女性がどうだったかを覚えているとか、しょうもないを通り越して、もはや怪物のレベルですね。瑠水ちゃん、毒牙にかかりそうでかからない(……かかってないんですよね?)ですね。さすがは超お堅い子です。
今回もまた、瑠水ちゃんの心の声でのツッコミに、噴出しそうになったり、にやりとしたり、楽しませてもらいました。
お、ご帰国なさるんですね。出雲ですかぁ、いいですね。11月でしたら、そろそろ紅葉の頃ですね。もし行かれたことがなければ、信州あたりもオツなものですよ。
こんばんは。
弁慶、弁慶。だから斬っちゃったら「よっしゃ、次」なんです(笑)
しかも憶えているのは、トラブったのだけ。しょうもないですよね。
瑠水はまだ毒牙にかかっていませんよ〜。だからしつこく誘われているし。
十和田湖に行ったことがなくて、どうかなと思っているのですが、金沢もいいかなと。
でも、やっぱり出雲にも行きたいな〜。前回、まだ大遷宮が終わっていなかったので。
ジャパンレイルパスが使える期間が七日間なのですが、金沢、京都、島根って無茶かなあ……。
足手まといくんが来ないので、何とかなるかなとも思っています。
コメントありがとうございました。
弁慶、弁慶。だから斬っちゃったら「よっしゃ、次」なんです(笑)
しかも憶えているのは、トラブったのだけ。しょうもないですよね。
瑠水はまだ毒牙にかかっていませんよ〜。だからしつこく誘われているし。
十和田湖に行ったことがなくて、どうかなと思っているのですが、金沢もいいかなと。
でも、やっぱり出雲にも行きたいな〜。前回、まだ大遷宮が終わっていなかったので。
ジャパンレイルパスが使える期間が七日間なのですが、金沢、京都、島根って無茶かなあ……。
足手まといくんが来ないので、何とかなるかなとも思っています。
コメントありがとうございました。
これ、考えてみたら、結構すごいタイトルですね。
しかも、番号なんて覚えにくいだろうに、トラぶったのだけとは言いつつ、何番目か覚えている拓人が面白すぎる。
逆にここまではっきりしていたら、気持ちいいですけれど。
でも怖いのは親衛隊ですね。この親衛隊の謎の活動基準、あり得るあり得ると思いながら拝読しました。
これは許す、これはだめ、という明確な行動原理。明確だけど、根拠はないという。
瑠水、拓人相手だと、すっかりたくましい女になっている気がします。
この二人の顛末、どうなることやらと思うと面白すぎるんですが、結果的に拓人は、二人目の威張っている姉を持つことになるのでは……そんなくらい瑠水には成長していただいて、いつかは真樹を支えてあげて欲しいですね。
しかも、番号なんて覚えにくいだろうに、トラぶったのだけとは言いつつ、何番目か覚えている拓人が面白すぎる。
逆にここまではっきりしていたら、気持ちいいですけれど。
でも怖いのは親衛隊ですね。この親衛隊の謎の活動基準、あり得るあり得ると思いながら拝読しました。
これは許す、これはだめ、という明確な行動原理。明確だけど、根拠はないという。
瑠水、拓人相手だと、すっかりたくましい女になっている気がします。
この二人の顛末、どうなることやらと思うと面白すぎるんですが、結果的に拓人は、二人目の威張っている姉を持つことになるのでは……そんなくらい瑠水には成長していただいて、いつかは真樹を支えてあげて欲しいですね。
こんばんは。
拓人はほとんど何も考えていないかも。
下手すると、忘れて同じ女を数年後に口説いちゃうかもしれません。親衛隊が憶えていて教えてくれるかな。
アイドルの熱心なファン、それもアイドル本人に顔を憶えてもらえるくらい通い詰めている人たちも、もしかしたらこんな風にアイドルをスキャンダルから守ろうと頑張っちゃうんじゃないかなと、勝手に想像しているんですけれど。
瑠水は拓人一人だったらとっくに逃げていただろうと思うけれど、「真耶が」といわれるとつい付いて行ってしまううっかりぶり。真耶に負けないくらい威張れるようになるといいんでしょうが、やれやれ。瑠水の教育はけっこう大変です。
コメントありがとうございました。
拓人はほとんど何も考えていないかも。
下手すると、忘れて同じ女を数年後に口説いちゃうかもしれません。親衛隊が憶えていて教えてくれるかな。
アイドルの熱心なファン、それもアイドル本人に顔を憶えてもらえるくらい通い詰めている人たちも、もしかしたらこんな風にアイドルをスキャンダルから守ろうと頑張っちゃうんじゃないかなと、勝手に想像しているんですけれど。
瑠水は拓人一人だったらとっくに逃げていただろうと思うけれど、「真耶が」といわれるとつい付いて行ってしまううっかりぶり。真耶に負けないくらい威張れるようになるといいんでしょうが、やれやれ。瑠水の教育はけっこう大変です。
コメントありがとうございました。