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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (9)あなたがほしい

今回はですね。若かりし頃の私の夢、「好きな人が自分のためだけに演奏してくれる」を形にしてみました。たま〜に、そういうことをやります。小説を書く醍醐味みたいなものでしょうか。

「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


この作品は下記の作品の続編になっています。特殊な用語の説明などもここでしています。ご参考までに。
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物



樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero
(9)あなたがほしい


 サティの『あなたがほしい』ね。甘い曲を弾くじゃない。やたらと上手だけど、誰にピアノ演奏を頼んだんだったかしら? 真耶は振り返り、あまりの驚きでサングリアをドレスにこぼしそうになった。弾いているのは拓人だった。ピアノの側には高橋瑠水が立っていた。

 拓人は女にはマメだった。高級レストランや花束、それに夜景を独り占めできるスポットなどを使って、女をメロメロにするのはお手の物だった。だが、こんなにベタな曲を弾いて女の氣を惹いたことなど一度もなかった。どうしちゃったの、拓人?

 ざわめいている。結城拓人が、いきなりピアノを弾きだしたのだ。瑠水は次第に人びとの目がピアノに集中していくのを感じて、その場から逃げ出したくなった。

 こんな人目のあるパーティにどうして連れて来たの? 私一人だけつまらないワンピースを着ていて、ものすごく場違いよね。


 パーティのことを聞いただけで、瑠水はおそれをなして断った。
「そんな大したパーティじゃないんだ。よく知っている人たちが集まって、音楽談義をしたり、サンドイッチをつついたりするような、簡単なものさ。夜じゃなくて昼間だし、つきあってくれよ。一人で行きたくない氣分なんだ」

「音楽関係のパーティなら、真耶さんと行けば……」
「真耶といくのは無理だ。真耶の家のパーティだからな。あいつはホステス役さ」
それなら、一人で行っても問題ないんじゃ……。渋る瑠水に拓人は畳み掛けた。
「真耶がヴィオラを弾いてくれるかもしれないぞ。聴きたくないのか」

 ようやくどこか目立たないところにいてもいいと了承をとりつけて、瑠水は拓人についていくことにした。だが、来てやっぱり後悔した。どこが昼間のパーティだから簡単なのよ。みんな極楽鳥みたいに着飾っているじゃない。会う人会う人が変な顔している氣がした。しかも、拓人がまめまめしく飲み物をとってくれたり、真耶の家族に、つまりこのパーティの中心で、瑠水を紹介したりするので、瑠水はちっとも目立たないところに隠れていられなかった。

 真耶と拓人は本当に華やかだった。世界が違うというのはこのことを言うのだな、と瑠水は人ごとのように思った。拓人は何をしても様になる。軽薄で女好きだけれど、でも、もてるのは当然よね。それに、一時の氣まぐれだとしても、とても優しくていい人よね。

 氣障な台詞や、高級レストランに、瑠水は辟易していた。取り巻きの女性に睨まれるので、人前で親しげにしないでほしかった。大人しくコンサートの切符を買って、客席で聴くから、それだけでいさせてほしいと何度頼んだことか。その度に拓人は言った。
「僕といるの、そんなに嫌なの?」

 もちろん嫌ではなかった。でも、わからなかった。同じ女性と二度とデートしないってモットーは? 私みたいなつまらない女にどうしてそんなに連絡してくるの?


「おや、結城拓人さんじゃないですか」
客の一人に拓人は呼び止められた。

「憶えていないでしょうね。僕もピアノを弾くんですよ。沢口って言います。あなたが優勝したコンクールで、三位入賞したんですけどね」
「すまない。いろんな人に会うんで」

「華々しいご活躍と、たくさんの女性のお相手で、お忙しいですからね」
そういって、男は瑠水をちらっと見た。拓人は否定もせずに肩をすくめた。

「まったく羨ましいですよ。入賞した後も、こっちは、バイトをしてやっと食いつなぐ生活なのに、そちらは次々と立派なコンサート。すべくしてした成功ってやつですかね。金と権威ある一家がバックアップしてくれれば、僕もあなたや園城さんみたいに楽な人生を歩めるんですけどね」

 言いたい嫌味だけ言って、男はさっさと行ってしまった。なんて感じの悪い人かしら。瑠水は少しだけ拓人がかわいそうになった。女たらしだからよけい嫉妬されるのかしら。

「すべくしてした成功か。言われたな。僕たちは確かに恵まれている。チャンスも環境も最高なのは間違いないさ」
「そうじゃないわ。結城さんや真耶さんの音楽が素晴らしいのは、たった一小節にこだわって、氣が遠くなるほど練習しているからでしょう。誰もが結城さんや真耶さんみたいな音を出せるわけじゃないのよ」

 拓人は目を瞠って瑠水を見た。瑠水は拓人をナンパな男と軽蔑したことを恥ずかしく思っていた。ピアノにかける拓人の情熱は、拓人が『鬼』と呼んだ真耶の芸術への執念と同じ種類のものだった。

 シンも仕事に真剣だった。命を張って火を消し、防火にも情熱をかけていた。お父さんとお母さんは心を込めて新しいメニューを作って、樋水のみんなを幸せにしている。では私は? 真剣に仕事に取り組んでいない。ただ、生活の糧を得るためだけに職場に通っている。地質学を学ぼうと思ったのは、樋水と出雲の防災に貢献したかったからのはずなのに、ただの惰性で勤めているだけ。集まってくるデータは、日本中のフィールドワーカーが、汗を流して真剣に集めているものなのに、私はそれをベルトコンベアで運ばれてくる缶詰みたいに扱うだけだ。

 だが、拓人は瑠水が何を考えているか思い至らなかった。瑠水にナンパなダメ男とみなされていると思っていたので、そんな風に見てもらえたのは意外だった。それで、珍しくはにかんだように笑うとグランドピアノを開けて言った。
「じゃあ、ほめてもらったお礼になんか弾くかな」

 思いもよらない言葉に、瑠水の目は輝いた。その瞳と微笑みに拓人の心は締め付けられた。拓人は瑠水がほしいと思った。ゲームのように落としたいのではなくて、側にいて何度も今のように微笑んでほしいと思った。

 瑠水は拓人の演奏に惹き付けられた。優しい曲だった。軽快で甘い。この人は、ピアノを弾いているときが一番素敵だ。変なプレイボーイではなくて、尊敬できる素晴らしい人になる。奏でる音を聴けば心が温かくなる。樋水に春が来た時みたい。

 瑠水は曲名を知らなかった。後で、『あなたがほしい』という題名だときかされて、蒼白になった。ピアノの横に立っていた私に、結城さんがそうメッセージを送ったみたいじゃない。とんでもないわ。実際には、拓人は明らかにメッセージを送っていたのだった。その場にいた多くの人がそれに氣づいたが、肝心な瑠水にそれは伝わっていなかった。

追記

サティの「あなたがほしい」は私も大好きな曲です。この動画が、私が好きなテンポに一番近いかな……。



Erik Satie - Je te veux
Daniel Varsano, Philippe Entremont - Erik Satie: Piano Works
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Category : 小説・Dum Spiro Spero
Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
うひゃひゃひゃひゃ~。
こんにちは、TOM-Fです。ああ、こういう笑いが出るという気持ち、いまさらですがよくわかりました。
たまりませんねぇ、この展開!
瑠水ちゃん、よく考えてみたら、めちゃめちゃ濃い面々を向こうに回して、堂々たるヒロインっぷりじゃないですか。

「三位」君みたいな人って、どこにでもいますね。才能が必ずしも成功に結びつくとは限りませんし、持つ者と持たざる者との差は歴然としていますけれど、ああいう拗ね方って余計惨めになるだけなんですよね。
そのことと、拓人の才能と努力を看破した瑠水ちゃん、まあ拓人でなくても本気で好きになっちゃうだろうなぁ。
最後の一文、最高ですね。こういうシチュエーション、大好きです……って、性格悪っ!(笑)

ぽつぽつと、樋水のことが出てきましたね。そろそろ、あちらの方もまた絡んでくるのでしょうか。
次話も、楽しみにしています。
2013.08.14 08:05 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
 こんばんは。
あははっ 僕も以前書きましたよ
ジュ・トゥ・ヴーを弾くシーンを 何方かと言えば 「あなたが大好き」って意味の方で
多数から一人へのプレゼントとして。
でも ピアノを弾くシーンって 悩むのですよ。
ピアノって持ち運びできない楽器だから 自然にピアノがある場所って 中々難しいです。
 
2013.08.14 11:10 | URL | #- [edit]
says...
瑠水、だんだん光ってきましたよ。
何より「女たらしだからよけい嫉妬されるのかしら」って、褒めてない!って感じで、大うけしておりました。
天然満開で、ばっちりです。それに、成長の賜物なのか、相手を見極めて、ちゃんと理解すべき人を理解していこうとする前向きさが出てきていて、いいような気がします。
これがどうなってそうなって、真樹のところに行きつくのだろう……
楽しみです。
2013.08.14 17:00 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

喜んでいただけて超うれしいです(笑)

瑠水はヘタレ主人公ですが、無敵の武器があって、それは「鈍感力」。おかげで拓人のペースは崩れまくりではまったようです。しかも、拓人のお誘いにのるのも、どうやら真耶とセットの音楽を聴きたいだけらしい……。

「三位くん」はダメですね。いますよね、こういう人。黙ってればいいのに、人んちのパーティに来てタダメシ食べているくせに本人をこき下ろすなって。瑠水は真耶のことを(拓人もだけど)金とコネだけとばかりに言われたのが許せなかったみたいです。

樋水は、チャプター2ではなりを潜めていますが、ほら、龍王様はパスタを茹でるお湯になったりして近くにいたりするんで(笑)

次回は、おほほほほほ。(笑いの意味は内緒です)再来週の水曜日をお楽しみに。(たぶん挿絵つきです)

コメントありがとうございました。
2013.08.14 19:30 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。全然褒めていません。しかも、まったくわかっていないし。
本人もフランス料理ではなくて屋台の焼きそばだと思っているし、高校時代は学校でも浮きまくっていた上、樋水村や真樹ががっちりガードしていたので、恋愛のイロハもわかっていない感じですね。両親も樋水のみんなも、それから真樹もいない中で、一人で他人を理解し人間関係を築く学びをしている途中です。

若干の紆余曲折ありで、ゴールへと辿りつきます。この話はそんなに長くないので11月中に最終話が発表できそうです。お楽しみに。

コメントありがとうございました。

2013.08.14 19:47 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうですよね。ピアノは持ち運びできませんものね。だからヴィルもピアノでは大道芸人できずパントマイマーでした(笑)
ありうるシチュエーションとしては、学校の音楽室でとか、ピアノのあるレストランでとかでしょうか?
拓人はプロなので自宅にもグランドピアノがあります。そういうわけで、来週は、自宅で弾きますよ。

コメントありがとうございました。
2013.08.14 19:52 | URL | #9yMhI49k [edit]

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