scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】銀の舟に乗って - Homage to『名月』

TOM-Fさんのキリ番でツイッター小説を書いてくださるというのでリクエストをしてみたのですよ。そうしたらですね。わざわざ私(と某作品)のイメージで書いてくださったのです。なんか恥ずかしいやら嬉しいやら。いや、嬉しいのです。そして、その作品がまた、二次創作ゴコロを刺激する作品でして。

ぜひ、まずは、こちらでご一読くださいませ!

TOM-Fさんの10000Hit記念掌編その2 『名月』

行けなかった方はこちら

『名月』

 故郷を離れ、幾万里
 この地で見上げる
 あの日と同じ、秋の名月

 虫の声も、薄の穂もないけれど
 遠く離れているからこそ、近くに感じるものもある

 話す言葉や肌の色は違っても、同じ志の人とともにある悦びを胸に
 私は智恵を求め、彼岸を目指して、人生(たび)を往く

 だから、心配しないで
 私は元気です


上の作品の著作権はTOM-Fさんにあります。TOM-Fさんの許可のない利用は固くお断りします。

そしてですね。刺激されると書いちゃうのが、私の悪いクセ。はい、やっちゃいました。アンサー掌編です。え? もちろんフィクションですよ。TOM-Fさんの作品を読んでいて浮かんできた近未来ものでございます。


銀の舟に乗って - Homage to『名月』
Special thanks to TOM-F SAN

Moon


 くっきりとした大きな月が川面に浮かんでいた。私は手を休めて空を見上げる。ああ、同じウサギがいるんだなと思う。

 一昨日は久しぶりにネットカフェなどというもののある町にいたので、日本のニュースを見た。だから今宵が中秋の名月である事を知っている。そう、彼と約束した宵だ。
「次の満月の中秋の名月は八年後ですって」
「ああ、その時も一緒にこうして見上げような」

 見上げているかな。いや、見上げているわけないよね。もう日本は丑三つ時なんだから。私だって、あのニュースを読まなければ、すっかり忘れていた。もう終わった事、離れてしまった私たち。

 私はここにいる。この河は何千年か前に王女さまがモーゼを救い上げた、いや、もしかするとワニなんかも引き上げちゃったりした、ナイル河。そして、そよいでいるのは、ススキではなくてパピルス。カイロからも遠く離れた田舎の村。私は岩の上で生地をこねている。

 ファラオの時代からとは言わないけれどかなり年季の入った石窯に、イブラヒームが火を入れてくれている。私がこねているのは種無しパン。たぶんファラオの時代からほとんど変わっていない原始的なレシピに基づくのだろう。なぜ旅人である私がこねいてるのかというと、他に手伝う事がないから。レンズ豆のおいしいスープをミミが作っている間、私は生地をこねる。

 この岩は、足の位置から20センチも離れていない。大学時代の私だったら地面だと判断するはずだ。学食で、転げて椅子に落ちた葡萄を捨てようとしたら、彼はそれをさっと奪った。
「五秒ルール。まだ食べられるよ」

 捨てずに済んだから良かったとは思ったけれど、私には無理って思った。それがどうだろう。こんな所で種無しパンの生地をこねている。これはやっぱり石や埃や炭や灰がたっぷりの、あの石窯に入れられて焼かれ、そして今夜の主食になるのだ。

 いろいろな事を「無理」だと思った。大好きだけれど、越えられないと思った。こうして言葉も文化も生き方も、全く違う所に流れてみれば、越えられないものなど何ひとつなかった。ここにはJ-POPもない、欠かさず買っていた作品の新刊情報も届かない。それどころかアメリカのヒットパレードやコカコーラすら存在しない、世界に忘れ去られたような土地。私もその一人だ。日本から離れ、世界にも文明にも忘れられた存在になった。

 私が旅に出たから彼を失ったのか、彼を失ったから旅に出たのか、もう思い出す事が出来ない。明るい夜。こんなに月が大きくても、少し顔を暗闇へと移せば星がたくさん見える。ナイルの静かな水音。パピルスを渡る風。私は種無しパンをこねる。月見団子の代わりに。

「あら。なぜウサギの模様を入れたの?」
私が持ってきたパン生地を見て、ミミは面白そうに笑った。
「えっと……今夜は日本のお月さまの祭りだから……」

 それを聞いてイブラヒームとミミは顔を見合わせてから笑った。
「今月はジェフティ月だ、エジプトでもお月さまを祝う月なんだよ」
イブラヒームは笑って巨大な木しゃもじでウサギつき種無しパンを窯の奥へと大事に置いた。
「お月さまは、銀の舟に乗って、天の川を渡っていくのよ」

 銀の舟に乗ってか……。今夜は、水位が高い。満月だからあたりまえよね。大潮のように想いが満ちる。忘れたと思っていたのに。

 イブラヒームが夕食の後に焚火を囲みながら演奏する素朴で単純な笛の音は、どこか篳篥に似ていて、あるはずもない郷愁を呼び起こす。音色は私の心を遠い島国へ、彼のもとへと連れて行く。

 それは心だけだ。そして今宵だけ。エントロピーは増えるだけで減る事はない。川は上流から海へと流れる。時間も過去から未来へと移動していく。私が旅人となり、日本から文明から彼から離れて行くのも一方向のみで、逆流する事はない。私は旅を続ける。目的を果たすためではなく、ただ離れていくために。

 彼の側には、きっともう他の人がいて、ちゃんとした月見団子を供えて一緒に見上げていた事だろう。何時間も前に。八年前に。

 人生を教えてくれてありがとう。同じ時間を過ごしてくれてありがとう。もう逢えないけれど大丈夫、心配しないで。私はひとり小さな舟に乗って、少しずつ櫂の使い方もうまくなって、時間の川を渡っていきます。


(初出:2013年10月 書き下ろし)

追記

で、BGMもTOM-Fさんとおそろいで東儀秀樹で選んでみました。


東儀秀樹 I Am With You
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Category : 読み切り小説
Tag : 小説

Comment

says...
 こんばんは。
年を取ると言う事は いらないものを捨てるのが上手になるのでしょうね。
どうしても あれもこれもと 必要以上に抱え込み 食べきれないほどモノを積み上げて…
其れが 一つ一つ 必要なモノだけを取れる様になっていく。
食べきれる 食べたい物を掴む事ができる様になる。
年を取る事は 自由になる事 誰かが言っていたなぁ…

変な感想ですが 年を取る事も悪くない そーゆー感覚を覚えました。
2013.10.04 10:18 | URL | #- [edit]
says...
うおおおおお、と意味不明な雄叫びを上げてしまいました(笑)

こんばんは、TOM-Fです。
アンサー小説、ありがとうございます。もう、感激です。
いやあ、さすがですね。あの掌編から、こんな素敵な小説を、しかもこんなに短時間で仕上げられるとは。いつもながら、八少女夕さんの筆力には驚かされます。
たぶん、人生という旅を往く私たちは、もともとあまり多くのものを必要としないのでしょうね。そして、こだわりのない心だけが、旅の目的地に運んでくれる道しるべなのだと思います。
ウゾさんがコメントされているように、年をとることが自由になることと同義であれば、どんなに素晴らしいことだろうと思います。でも、実際には、その逆であることの方が、多いのではないでしょうか。
とまれ、時には無心に月を見上げるような時間を持ちたいものです。
東儀秀樹さんの、この曲も素敵ですね。今夜は、いい夢が見られそうです。
2013.10.04 14:11 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

どうでしょうねぇ。誰かのいう事に従わなくてもいい、誰かに合わせなくてもいいという意味では、自由になるのかもしれませんが、この主人公のようにあっさりと捨てまくれるかは微妙ですね。
新刊情報やヒットパレードは捨てられても、勤続年数やら住宅やら車やら妻子やら、もっと重いものを抱え込んでいく人も多いのかもしれません。
それでも、自分で選択できる分、大人になるのは悪くないと思いますよ。たぶん……。

コメントありがとうございました。
2013.10.04 23:09 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

おお、喜んでいただけて嬉しいです。
私の場合速いだけが取り柄ですし、今回はTOM-Fさんが全部お膳立てしてくださったストーリーですからねぇ。

たぶん、たくさんはいらないのです。それに、こだわっているものも実はそんなに根拠がなくて見方を変えれば簡単に捨てたり受け入れたりできるもののはずです。でも、それが出来ないからこそドラマが生まれて、小説も生まれるのでしょうね。

大人になり、一つひとつの選択の結果、失うものもあり、抱え込むものもある、そうなのでしょうね。

絡めとられた自分を何かから開放するためにも、時には空を見上げて、過去と現在を振り返ってなんてことも必要なのでしょうね。

東儀秀樹、いいですよね。和だけれど、こういう異国ものにもちゃんと合うんですよね。

素晴らしい作品とコメント、ありがとうございました。
2013.10.04 23:18 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
このお話も良いですね!
僕ならこのエジプトの設定を使って続きを書きそうですね。
世界に忘れ去られたような土地での物語、しかも近未来で!
イブラヒームとミミ、どんな人たちなんだろう?
月の伝説、ゆっくりと流れる時間、もっとこの世界を詳しく知りたいと思います。
「無理」彼女が思ったことも流れてみれば、僕流に言えば「スイッチを切替える」そういうことなのかな?人間ってそういうことができる人もいるのでしょう。
星空の下で眩しいくらいの月明かりを全身に浴びながら聞かせてもらったような、印象深いお話しでした。
このお話しも締めが素敵です。
2013.10.05 03:37 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
短い物語なのに、過ぎてきた長い時間と、これから先の悠久の時を感じます。

この主人公は、過去を捨て去ったというより、自分の時間を川を素直に流れているように思えました。
離れていくものに執着しないからこそ、新しい風景に出会えるのかもしれませんね。
潔くてかっこいい。ここに至るまでには、いろんな葛藤や不安はあったのだろうけど。
私はまだ、いろんなものにしがみついてるなあ。
今あるものを捨てたら、何も残らないと思ってしまって。
実際は、そんなことないのかもしれない。

それに気づかぬまま、一生を終えそうです。
2013.10.05 06:41 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
お。こちらにもありがとうございます。

続きですか? TOM-Fさんのツイッター小説を読んで一時間くらいで考えたインスタント作品なので、イブラヒームとミミなんて、名前しか決まっていなかったりします。そもそも主人公(名無し)はなぜこんなところをふらふらと旅しているのか……。そのうちに考えましょうかね。エジプトというのはいろいろと面白い所ですし。

「スイッチ」ほんとうはポンと押すだけ、本当に簡単な事なんですよね。でも、それが当然だと思っているとなかなか切り替えられませんよね。それが一度出来てしまうと、あとは芋づる式にどんな無茶も出来るようになってきます。でも、そうすると今度は帰れなくなってしまうんですよね。そう、そんなお話でもあったりします。

コメントありがとうございました。
2013.10.05 16:49 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

この人の場合は極端ですよね。
大体、いったい何をしているのか、謎です。
でも、象徴として考えると、過去にあった事や持っていたものに執着しないというのは、前を見て生きていくための方便なのかもしれません。

私自身について考えると、大きく環境が変わった事によって、強制的に捨てさせられたもの、諦めさせられたものがかなりあります。そうなってみてはじめて「ああ、そんなにいらなかったのか」と氣付いたりもしたり。とはいえ、こちらでも十分ため込んでいますよ。ああ、何とかしなくちゃ。

丁寧に読んでくださって嬉しいです。
コメントありがとうございました。
2013.10.05 16:53 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
またあちこちで、それぞれの場面や文章で立ち止まりながら、ゆっくり拝読いたしました。
本当に、あっという間にこういう掌編を書いてしまわれる夕さんはすごいと思います。
私の友人に、ストーリーを組み立てると通り一遍になってしまうけれど、シーンを書かせるとものすごく上手な人がいます。バランスって難しいなぁと思っているのですが、夕さんは本当にバランスがいいですよね、シーンも素敵だし、ストーリー仕立ても上手いし。
私はついついどちらかがおろそかになってしまうので、もっと精進して書かなくちゃと思いました。
選ばれた場所(舞台)、登場人物の背景がぴったりと合うんですよね。そこに、今行っている小さな作業・行為がうまく溶け合っている。ある時の出来事を書いているのけれど、その背景に時の流れが感じられる。
どんな過去があっても、時だけは前に向かって進んでいるのですよね。それは是非のないことで、まるきり無情の出来事。人の力でどうこうできるものでもなくて、ただ前に向かうしかない。でも、それぞれの岸にそれぞれのドラマがあるのですね。少なくとも、流されなければ見れない景色が……
行きつく先は誰にも、自分にも分からない、でも月だけが見ている。
彼も、きっと見ているに違いありませんよ(男の方が引きずる……)、時差はあるけど。
ところで、3秒ルールかと思っていました……
2013.10.05 18:51 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

う……。そんなに褒めていただくと、ドキドキしてしまいます。
この話の90%は(人生の旅も含めて)TOM-Fさんのツイッター小説で出来ちゃいましたから、あとは詳細だけでして、一番時間かかったのは、実は昼間のナイル河を夜に加工する作業だったりして……(月はスイスの我が家で撮ったものをフォトコラージュしてみました)

そうですね。何があろうと、どんなに忘れがたい事があっても、時は戻る事はないので、それって川の流れにも似ていますよね。実際には月は月でも八年前の月ではなく、日本で見上げる同時刻の月でもない。でも、見た目は全く一緒でそれが過去と現在を、遠くにいる人と人とを結びつける、なんかちょうど今年の私と日本の皆さんの中秋の名月みたいでした。

彼は、引きずっていますかねぇ。実際はどうあれ「ひきずっていてほしい」というのは(自分は忘れていたくせに)女にありがちな願望ではあります。

で、やっぱり3秒ですか? 最初に聞いた時には3秒だったんですが、後に5秒という人がいて、どっちが本当だか。っていうか、どっちも非科学的?

コメントありがとうございました。
2013.10.05 20:02 | URL | #9yMhI49k [edit]

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