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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero (15)真実のとき

そして、瑠水です。どうしようもないヘタレっぷりで読者の皆様をイライラさせ続けてきたヒロインも、ようやく自分の道を見つけて戻ってきました。

「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


この作品は下記の作品の続編になっています。特殊な用語の説明などもここでしています。ご参考までに。
「樋水龍神縁起」本編 あらすじと登場人物



樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero
(15)真実のとき


「せっかく帰ってきたんだから、出雲に行ってきなさい」
摩利子が言った。瑠水は、真樹のことを言われているのかと思ったが、いくら勘の鋭い摩利子でも、いきなりそんなことには氣がまわらないだろうと首を傾げた。

「次郎先生が、総合医療センターに入院しているのよ。あんまりよくないみたいだから、早くお見舞いに行ってきなさい。この五年間、いつもあなたがどうしているか訊いていたからね。大切な『あたらしい媛巫女さま』なんだから」

 知らなかった。次郎先生が病氣だったなんて。

 瑠水は、あの『必死のお願いごと』以来、次郎に連絡を取っていなかった。自分の恩知らずぶりに少し後ろめたさを感じながら、瑠水はバスに乗った。

 樋水川はいつものように輝いていた。『水底の二人』の至福の風も同じように、瑠水の心に入り込んできた。東京では、樋水を忘れて生きるのが定めだと諦めていた。そうじゃない。樋水は、出雲は一度だって私を拒まなかった。私が勝手にそう思っていただけだ。

 松江への転勤を申し出たことを聞いて、同僚の田中は言った。
「この空調の利いた快適な職場が懐かしくて泣くぞ。地方はきついからね。僕は長崎でしばらく働いたけれど、人手が足りないから、半分以上フィールドワークに駆り出されていたよ。真夏に灼熱の海岸でボーリングしたり、真冬に足場の悪い所で路頭調査したり。変な虫や蛇も出るし、おかしな村では伝統の風習を盾に調査の邪魔をされたりさ」

「そういうことをしたいんです」
瑠水は微笑んだ。田中は目を丸くした。

 瑠水はそれ以上のこと説明しなかった。空調の利いた快適なオフィスではなくて、苦労して地面に触れてこそ、樋水に、出雲に、島根に貢献できる。私は、変わりたいのだ。自動的に安易に与えられる幸福を弄ぶのではなくて、あの池の底で感じたみたいに苦しみを通して幸福を獲得したいのだ。瀧壺にではなく私自身の中にあの至福の風を見つけるために。

 風。瑠水は泣きたくなった。真樹の運転するバイクの後ろで感じた幸福の風。真樹が与えてくれた全てのこと。それを全て置いて逃げた自分。どれほどの遠回りをして、結局は自分の心の中にあった答えを見つけることになったのだろう。真樹に再び会えるかどうか、瑠水にはわからなかったが、どうしても会って伝えたかった。自分が間違っていたことを。ようやくわかった自分の心を。受け身に愛を望むのではなく、自分が愛し続けるということを。


 痩せて肩で息をする次郎を見て、瑠水は瞳に涙を溜めた。こんなになってしまったなんて。
「悲しむことはない。僕は大丈夫だ」
「次郎先生……」

「休暇かい?」
「いいえ。松江に転勤にしてもらいました。樋水から通えるように」
「よく決心したね。嬉しいよ」

 瑠水は寂しそうに笑った。
「ずっと、樋水から追い出されたんだと思っていました。みんなに厄介者にされたんだと」
「どうして?」
「みんな不自然に東京に行けって、そのあとも誰も帰ってこいといわなかったから。それに……」
「それに?」

 瑠水は初めてあの『龍の媾合』の宵のことを話した。『水底の二人』の至福に加わりたくてどんどん潜っていったこと、あそこでは歓びと苦しみが同じものだと悟ったこと。龍王が現れて瑠水を阻んだこと。

「ずっと、龍王様に拒まれたんだと思っていました。でも、やっとわかったんです。龍王様は私に『生きろ』とおっしゃっていたんだってことを。幸せであり苦しみであるものは、水の底にではなくて、私の人生の中にあるのだということを」

 瑠水はもう次郎の小さなお媛様ではなかった。
「そこまで、わかったなら、そろそろいうべきだな」
「何のこと?」

「ずっと君に本当のことを伝えたかった。嘘を墓場まで持っていきたくなかった」
「嘘って?」

「あのとき、シンくんは大事故に遇っていたんだ。命に別状はなかったが、彼は仕事も失い、障害も負った。だが、彼に君には絶対に報せないでくれと頼まれた。だから君には彼は何ともないと言った」

 瑠水は、青くなって、椅子に倒れ込んだ。
「どうして……」

「君のためだ。シンくんは、君の幸福と将来を何よりも大切に思っていた。君の選んだ未来の邪魔をしたくないってね。支えが必要な時期だったが、一人で堪えるといっていた。そして実際耐え抜いた。消防の仕事はできなくなったが、深刻な障害も残らず、新しい仕事もはじめて、生き抜いている」

「いま、どこでどうしているか、ご存知ですか」
「勾玉磨きや、石の彫刻で食べているよ。前と同じ所に住んでいる。年賀状をくれるんだ」
次郎は肩で咳をしながら、サイドボードから、何年か前の年賀状を探し出して、瑠水に渡してくれた。石材工場の住所が添えてあった。あの日飛び出したアパートのすぐ近くだった。

「シンの携帯が通じなくなったのも、素っ氣ない返事しかもらえなかったのも、嫌われたからだと思っていました。ずっと、東京でもう終わったことだと自分に言い聞かせていました。でも、わかったんです。シンのことは私には生涯終わらないって。樋水に帰りたいという氣持ちと同じで、もう私の一部になってしまっているんだって。だから帰ってきたんです。遅すぎても、届かなくても構わない。どうしてももう一度逢って、氣持ちを伝えたいんです」

 次郎は目を閉じた。そして、苦しそうに言った。
「君たちには、お互いに思っている以上の深い縁と絆がある。僕と君のご両親はそれを知っていた。知っていたからこそ君を樋水から遠ざけようとした。君のことが大切で守りたかったから」

「……守りたいって、シンから?」
「違う。樋水と龍王様からだ」

 瑠水は、次郎の顔を黙って見つめた。
「君たちが向かっていたのは、『水底の二人』と同じ道だ。私と妻もそこを目指すはずだったが果たせなかった。だが、君はひとりでそこにたどり着いたようだ」

「どの道ですか?」
「龍王様の池で、それから東京でたどり着いた道だよ。至福と究極の苦しみが同じものになる世界だ。君はもう大人の女性だ。どんなに大切でも、我々が隠し守ることは出来ない。君は樋水に属すことを選んだが、もともとそこに属していたんだ。『水底の二人』の世界に、そしてシンくんへの愛にね」

 瑠水はそっと目を閉じて、次郎の言ったことを考えた。正しいことがわかった。

「次郎先生、『水底の二人』をご存知なんですか」
「とてもよく知っている。君のご両親も二人を家族のようによく知っている。二人がどれほど苦しんであそこに至ったのかも。だから、君を樋水から引き離そうとしたことを、悪く思わないでくれ。僕たちはみな、とても君のことを大切に思っていたんだ」
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

帰ってきましたね、瑠水ちゃん……もう、ちゃんづけはおかしいですね。
過酷な真実を知らされても、きちんと受け止めることができる強さを身につけて、見違えるように成長した瑠水に感動しました。
『幸せであり苦しみであるものは、水の底にではなくて、私の人生の中にあるのだ』ですか。いい言葉ですね。そんな言葉が自然に出てくるなんて、さすがはヒロインです。
でもちょっと寂しいかな~。白状すると、へたれな瑠水ちゃんも、けっこう気に入ってたんですよ。
さてさて、次回は真樹と瑠水の再会ということになるのでしょうか。次話、楽しみにお待ちしています。
2013.11.20 12:07 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

ようやく「樋水」という感じです。自分の中でも、行ってきたばかりの出雲と、今回知らされたばかりの(私の人生に関わる個人的な)過去の真実と、この回の内容がいろいろとシンクロしていて、「このタイミングでこの章かあ」という感じなのです。この小説もいよいよ、後一回を残すだけになり、ヒロインのそれらしい成長を感じていただき嬉しく思います。

『幸せであり苦しみであるものは、水の底にではなくて、私の人生の中にあるのだ』
この台詞は、あまりにも前作からかけ離れているこの続編の、唯一の「樋水龍神縁起」的答えですね。
前作の二人と違って、樋水に関わるいろいろな人間は、基本的に自己の人生と日常を通して樋水にすなわち「空」の世界に触れるだけです。いずれ妹神代となる人間としてやはりこの辺の自覚は必要で、今までの真性ヘタレのままではさすがにまずいので、ここまでもってきました。ヘタレなりに……。

もっともヘタレの瑠水を好きでいただいて、それはそれで嬉しいかも。
やっぱり、誰も彼もが摩利子や真耶みたいであるはずもないので。

次回は泣いても笑っても最終回ですが、実はその前に「夜のサーカス」と、昨年発表していなかった「十二ヶ月の組曲」の十二月分が入ります。しばしお待ちくださいませ。

コメントありがとうございました。
2013.11.20 13:49 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ようやく帰りましたね。
なるほど、ぐっとヒロインの重みを増してきた気がします。
真耶とか蝶子はとても素敵だけれど、彼女たちの何かが変わるというよりもその力で何かを引き寄せて生きている感じがするけれど、瑠水は自分の中を変えようとしたのですよね。いらっとするくらいのヘタレでも、こういう転換点は人生を書く物語の中ではとても大切なものだと思いました。
次郎も、いろいろあったからこそ想いのつまった言葉を瑠水に語ってくれているんですよね。
でも、だんだん、「ヘタレ」と呼び続ける夕さんの瑠水への言葉に、愛情がにじみ出てきた気がしました(^^)
いよいよ真樹と再会ですね。夕さんがどんなふうに表現なさるのか、そのシーンを書かれるのか、実はとても楽しみにしています。

苦しみと幸せは表裏一体、もしくは同じものである。
これは私の『海に落ちる雨』の中でも繰り返し思っているテーマの一つで……とても親近感を覚えました。
そう言えば、『樋水龍神縁起』シリーズを初めて拝読した時も、同じようなことを言っていたような……(^^)
2013.11.21 11:54 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

この続編を書こうとした一番の動機は、前作の話がああいう結末になったからなのです。
突き詰めていってしまったからこそ、あの結末にならざるを得なかったし、それを変えることはできなかったのですが、そういう人智を超えたレベルでなくて、もっと下の方の人間臭いレベルにおいてならば、私たち人間は意思さえあれば何かを変えられるのではと思ったんですよね。そりゃ、それすらも人智を超えた何ものかの計画通りって可能性だってありますけれど。

で、ヒロインは弱く、美しくもなく、注目に値するようなこともない。(ゆりも同じですけれど)しかも、子供っぽい思い込みや人の言いなりで右往左往。それが人生にあったことを通して成長していく、そんな物語を書きました。

次郎は、自身もヘタレでした。特に、前作の時点では摩利子にいつも叱り飛ばされていましたし。だからこそ愛着もあったろうし、偉大なる瑠璃媛を知っているだけに瑠水のダメさははっきりと認識しつつ「あたらしい媛巫女さま」としてかわいがってきたんでしょうね。それが、こんなに成長して帰ってきたと感慨深いんではないでしょうか。

そうなんです。私はヘタレキャラがけっこう愛おしいのですよ。手のかかる子供って、そんなものですよね。

再会シーンは、かなり「想像できる」シーンにしてあります。ばらまいていたモチーフがほぼ全部出てきます。そして、羽桜さんの挿絵と、個人的に「これが終わりの音楽」と決めている曲も含めてご紹介するつもりです。あ、早くあとがきを書かねば。

(これもしつこいくらい書いてきたことですが)「般若心経」をとっかかりとして、私の宗教的思想、もしくは世界の理解の仕方、もしくは世界や宇宙や人生とはこういうものという哲学を表現したのが『樋水龍神縁起』の世界です。それと、カオス理論におけるフラクタル科学の考え方も混じっていて、宇宙というレベルであろうとヘタレ少女の小さな悩みであろうと、すべての中に関係はないのに相似している事象が見られ、同時にそれはどこにも何も存在もしていない、というような世界観が混じっているのですよね。こういうことって、ある種の読者には理解してもらえない、もしくは拒否反応があったりすることなのですが、私はこういう思想をもっています。で、他の作品では表に出さないこの思想を『樋水龍神縁起』では意識的にちりばめています。

自分勝手な思想ですが、それでも『海に落ちる雨』に同じことがテーマとして入っているのは、「フラクタルだから当然」でもあるし、「同じように感じて書いてくださる方がいるのか。ああ嬉しい」でもあるのですよ。

すみません。熱くなって書きすぎました。

コメントありがとうございました。
2013.11.21 12:50 | URL | #9yMhI49k [edit]

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