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Posted by 八少女 夕

【小説】ヨコハマの奇妙な午後

33333Hit記念小説です。旅行中でたくさんの時間がかけられないという理由で、今回は三名の方のリクエストをまとめて一つの小説にするというブログのお友だち栗栖紗那さん形式で作品を作ってみました。

リクエストはこの三点でした。


さてさて、こんな難しいお題をどう調理するか、けっこう悩みましたが、結局こんな風になりました。それぞれの作品から、もう一人ずつ助っ人に来てもらっています。


ヨコハマの奇妙な午後

「君に言いたいことがあるんだが、フラウ・ヤオトメ」
クリストフ・ヒルシュベルガー教授は自慢の口髭をもったいぶった様子で捻りながら、よく通るバリトンの声で宣言した。

 夕はこういう教授に慣れていたので、彼の芝居がかった様式美を100%無視してアスファルトの道を前を向いて進んだ。

「私が事前に知った情報によると、君の国の女性は男性の後ろ三歩半を静々と歩み、その影を踏まないようにするのではないかね」

 ヒルシュベルガー教授は歩き疲れていたし、夕の無関心な様相にも断固として異議を唱えるのが筋だと感じていた。

「お言葉ですが、先生」
夕はくるりと振り返ると両脚を肩幅に開き、腰に手をおいて胸を張った。
「確かに私はあなたの秘書ですが、現在は休暇中で、私費で日本に帰っているんです。偶然あなたが私の後ろを歩いているからって、知ったことじゃないでしょう⁈」

 ヒルシュベルガー教授は夕が日本へ帰国することを聞きつけると、自分も休暇を取って、同じ飛行機に乗りこみ、澄まして同じホテルにチェックインした。前回松坂牛の鉄板焼きに連れて行かなかったことを未だに根に持っているらしい。

「そうはいっても既知の二人が異国を歩くんだ。それらしい優雅な会話を拒否するのはどういう了見かね」
「拒否じゃありません! 考え事で頭いっぱいなんです」

「また例のくだらない趣味かね?」
「くだらないですって? 小説は私のライフワークなんです。放っておいてください。それに今度のお題は本当に難しくて大変なんです。サイエンスフィクションが私に書けると思います?」

「知らんね。無理じゃないか? ところでここはどこかね?」
彼は夕のプライドを瞬時に粉々にすると、周囲を見回して訊いた。
「横浜です。港町として栄えたところです。1868年の開国の際……」
夕が説明している横を男女が英語で話しながらすれ違った。

「おかしいわね。地図によるとこの辺なんだけど」
「もう、いいですよ。パピヨン。僕がケーキの食べ放題なんて行きたがったのが間違いでした。もうホテルに帰りましょう」

「ケーキの食べ放題!」
ヒルシュベルガー教授が叫び、夕は頭を抱えた。よしてよ、このスイーツ狂が……。

「不躾に申し訳ないが、スイーツの食べ放題とおっしゃいませんでしたか?」
教授がにこやかに格調高く質問すると、切れ長の目の東洋女性はにこやかに紙を見せた。
「ええ。ホテルで見たこのチラシによると、この辺りの洋館で食べられるはずなんです。それで、来てみたんですが」

「そうですか。では私の秘書にもぜひ食べさせたいので、ご一緒させてください」
ちょっと! 私をだしにしないでよ! 夕は心の中で叫んだ。けれど、ここでスイーツの食べ放題に行かなかったら、スイスに帰国後、職場でどれだけネチネチ言われるかわからないので、大人しくついて行くことにした。

 氣がつくと教授は勝手に自己紹介をしている。
「私はクリストフ・ヒルシュベルガーと言います。チューリヒで教鞭をとっている者で、こちらは秘書のヤオトメ・ユウです」
「はじめまして。私たちはヨーロッパの各地を大道芸をして回っているんです。私は日本人で四条蝶子、こちらはレネ・ロウレンヴィル、フランス人です」

 夕は二人を観察した。大道芸人かあ。面白そうな人たち。小説のネタになるかも。でも、今はSFのネタの方が切実に必要なんだけど。

「おや、これじゃないのかね。いい感じに寂れた洋館があるぞ」
教授とレネが嬉々としてスタスタ近づいて入って行ったが、蝶子と夕は顔を見合わせて眉を顰めた。それは洋館には違いなかったが、少々、いやひどく傷んでいて使われているようには見えなかったのだ。

「先生、待ってください。ちょっと違うんじゃ……」
「ブラン・ベック、ちょっと! そんなに慌てて行かないでよ」

 スイーツ狂の二人が勇み足で中の重い木の扉を開けるとそこは大広間で、長いテーブルと臙脂の天鵞絨の椅子がたくさん見えた。そして眩しいシャンデリアの光の下に二人の人間が居た。二人は向き合って話をしていたが、闖入者の氣配にグレーのマーメイドスカートのワンピースを着た女が振り向いた。

 レネは言葉を失った。片方にまとめられた黒髪が光を反射していた。細くカーブする眉の下に黒曜石のような瞳。赤い唇も形のいい鼻も、全てが鋭利な印象だ。それはレネにスイーツ食べ放題を忘れさせる充分な効果があったが、一方ヒルシュベルガー教授には全く何の作用も引き起こさなかった。東欧の女か、そう思っただけである。

「あんた達が俺たちを呼び出したのか?」
アメリカ訛りの英語を口にしたのは、女といた屈強な男だ。緊迫している口調からすると、スイーツの食べ放題とは縁がなさそうである。あら、いい男ねえ。蝶子はニンマリと笑った。

「すみません。私たち間違って入ってきたみたいで、すぐに出て行きますから……」
夕が慌てて言ったが、扉を開けようとした蝶子が囁いた。
「ヤオトメさん、扉、開かない……」

「俺たちがどうやっても開けられなかったのに、簡単に入ってきたから驚いたが、やっぱり外からしか開けられないらしい」

「パピヨン、僕たち……」
「とじこめられたみたいね」

 ヒルシュベルガー教授は憮然として訊いた。
「スイーツの食べ放題は?」
「ここじゃないみたいです」
「では、何が食べられるのかね?」

「さあな。爺さん、あんたいい肝っ玉しているな。氣に入ったぜ」
アメリカ人が言った。
「それは何より。私は君の態度を全く氣に入っていないが」

 東欧風の美女が笑った。
「この人は礼儀も知らない山猿なの。おわかりでしょうけれど」
「それはそれは。私はスイス人でプロフェッサー・ドクター・クリストフ・ヒルシュベルガーと申します。お名前を伺っても差し支えないでしょうか、マダム?」

「はじめまして。エトヴェシュ・アレクサンドラ、ハンガリー人よ。こっちはブロンクスの類人猿マイケル・ハースト」

 教授は礼儀正しく差し出されたアレクサンドラの手にキスをしてから夕と二人の大道芸人を紹介した。

「さて、これから何が起こるのか。俺たちを呼び出したのは誰で、脱出できるのか」
マイケルはポケットから手榴弾を取り出した。夕たちがギョッとしているのを見て、アレクサンドラがたしなめた。

「およしなさい。東京で戦争ごっこなんかやると、後始末が面倒になるわ」
「だけどさ、アレックス」
「その下品な呼び方、やめてって言ってるでしょ! 大体なんで私が東京なんかに来なきゃいけないのよ。日本人のユキヒコが来ればいいのに」
「そりゃ無理だろ。あいつ日本じゃ顔を知らない奴いないくらい有名だからさ。そこら中にあいつが携帯持って笑ってる広告が貼ってあるじゃないか。隠密になんて動けやしないだろ」

「あの、あなた達はいったい……」
レネが勇氣を振り絞りアレクサンドラに話しかけようとした時だった。全員が入ってきたのとは反対側の扉がバンッと開いて冷たい風が入ってきた。そして、奥には真っ赤でとても強い光が放たれ、六人は思わず眼を手や腕で庇いながらそちらを見た。

 光を遮るように何人もの人影がこちらへ向かって来ていた。そして食べ物のとてもいい香りがしてくる。

 マイケルがゆっくりと手をジャケットのポケットに忍ばせる。銃の安全装置を外すカチという音がする。だが、ヒルシュベルガー教授の顔は先ほどより朗らかになっている。

「どうやら事態は好転したようだね。フラウ・ヤオトメ」
どこが! 夕は思う。
「ほら、君の待ち望んでいたSF式の事態になり、私はあの鶏の丸焼きを食べられるってわけだ」

 確かにSF調ではある。執事の制服を着たリトル・グレイに給仕してもらうのは生まれて始めての体験だ。でもこんなストーリーじゃシュール過ぎて編集に却下されるに決まっている。全然参考にならないよ!

 リトル・グレイ給仕達は手際良くテーブルを整えていく。食器はどうやらマイセンのものらしい。カトラリーはピカピカ光る銀だ。グラスはバカラ。

 ヒルシュベルガー教授だけでなく六人全員がもう少しここにいてもいいかなと思い出したのは、グラスに1970年代のドゥロの赤が注がれた時だった。

 ふと目を上げると、いつの間にか向かいの席に誰かが座っていた。

 それは明らかに生きた人間ではなかった。いや、生きてはいるようだが、ヒューマン・ビーイングとは違う種属に見えた。リトル・グレイのお仲間にも見えなかった。男か女かもわからない。ただ人型のようで、ほとんど透けているので、椅子の臙脂色が見えていた。

 その誰かは、声帯を使わず六人の脳に直接話しかけてきた。
「ようこそ、横浜ゴーストホテルへ! 大変お待たせしましたが、歓迎の準備が調いました。今夜は皆様を愛と恐怖のめくるめくホーンテッドワールドへと誘わせていただきます」

 六人は顔を見合わせた。ホテル? 泊まることになっている?

 透けている謎の人物は続けた。
「ちょっと形式的な手続きで興醒めですが、ここで会員証をご提示いただきたいのですが」

「会員証?」
六人の声が同時に響いた。
「ほら、あれです。アルデバランの当クラブの本部で入会手続きをしてくださった時にお渡しした、ヒヒイロカネ製の小さなカードです」

「アルデバラン?」
「行きましたよね?」
六人とも首を振った。

「なんですって?」
透けた人物は立ち上がった。

 入り口の扉がバーンと開いて横浜の町が見えた。
「それでは、大変恐縮ですが、今晩の御予約は取消させていただきます。ここは会員制なんですよ。まずはアルデバランに行っていただかないと」

※ ※ ※


「あーあ。ひと口だけでも飲んでおけばよかったな」
蝶子が後ろを振り向きながら言った。
「パピヨン。今晩帰れなかったら、テデスコとヤスが心配しますよ」
「そうね。でも、それもスリルがあっていいじゃない」

「それで私たちは何が食べられるんだね。フラウ・ヤオトメ」
「ちょっと待って下さい。あれ、その角に洋館がある。もしかしたら」

「ああ! パピヨン、ありましたよ! ケーキ食べ放題が」
四人が向かうのを見ていたアレクサンドラとマイケルは顔を見合わせた。

「寄って行く?」
「いいけれど、そもそも情報の受け渡しは?」
「食ってから考えようぜ、アレックス」
「だから、その呼び方やめてよ!」

 六人が隣の洋館に消えたのを確認してから、執事の服を着たリトル・グレイたちはオドオドとハイパースペースへの通路を閉じ、会員証の確認をせずに部外者を入れたことへの小言をきくために上司の部屋へと向かった。

(初出:2013年11月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説 リクエスト キリ番リクエスト

Comment

says...
フラウ・ヤオトメの苦労が伝わって来ましたですw
まさかの(?)コメディは予想外でした
どんな状況にも皆わが道を行ってるのが面白いです
ゴーストホテルの料理は食べても害がなかったのかな...?
2013.11.24 08:04 | URL | #- [edit]
says...
更新、お疲れ様でした。
かなり無茶振りなリクエストに答えてくださって、ありがとうございました。
難しいお題なのに、見事に料理されましたね。

横浜でケーキの食べ放題となれば、プロフェッサーやレネじゃなくても、目の色が変わりそうです。
アレクサンドラとマイケルは、またクェスタ名義で呼び出されたんでしょうか。
いやぁ、それにしてもすごい面々ですね。八少女夕さんのキャラたちのバリエーションの多さに、あらためて感心しました。人類のサンプルとして「お持ち帰り」されなくて良かったですね。
かなりぶっ飛んだ展開なのに、みんな料理やお酒に興味が行っているとは、さすがというか大物揃いですね。

楽しく読ませていただきました。
2013.11.24 15:18 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

あはははは。こういう上司、大変ですよね。面白いけれど。

このリクエスト、コメディにするしか方法がなかったんです。そうしないと、どうやってもまとまらない……。

ここに出てきたレネ以外のメンバーは、基本あまり周りの状況にビビらない鈍感な人たちなので、何が起こっても自分の希望の事しか考えていませんね(笑)
食べたらどうなったのかな? 食材は現地調達だから、意外と美味しかったのかも。

コメントありがとうございました。
2013.11.24 17:14 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

どうしようかと思うようなリクエストでしたが、なんとか全部(無理矢理)つっこんでみました。

最初、神戸にしようかと思ったのですが、特に何か設定するのではないとはいえ、土地勘がないので横浜にしてみました。もっとも、日本の街の変化は尋常でない速さなので、もしかしたら私の知っていた横浜とは大きく違うのかも。先日も横浜駅が全く違っていて戸惑いましたっけ。

「ヴァルキュリアの恋人たち」五人はあのオペラの後に、まとめて何か事件に巻き込まれ、その一環で横浜に来たようです。何の事件って? 設定ありません。しょうもない……。

人類のサンプルとしてこの面々をお持ち帰りしたら、かなり間違った認識を持たれちゃうかも。もう少し平均的な人類を持って帰ってほしいものですね。

この人たち、本当に自分のことしか興味ないらしく、動じないのはいいけれど、どこか抜けています。って、それは私かしら?

楽しんでいただけてよかったです。
リクエストとコメント、ありがとうございました。
2013.11.24 19:34 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
 こんにちは。
あははっーーー コメディーになりましたか。
八少女さんの作品って あまりコメディー色のあるモノ少ないので 新鮮でした。

なにか 地味ーーーに 地球で働いているリトル・グレイ達が 可愛い!!!!
こーゆー濃ゆい面々に ぶち当たってしまった グレイたちが 哀れ…
グレイたちの 地球人に対する認識が変化したりして!!!!!
 
2013.11.25 07:22 | URL | #- [edit]
says...
よくもまあ、こんなやりにくいお題を考えたもんだなぁ……と感心していましたので、完成作品を見てびっくりしました。見事に組み込まれていますね。キャラとお題、3つづつ組み込むのは大変だったろうなぁと思っています。
だれだ?最後にフラウ・ヤオトメをリクエストしたのは?あ、サキでしたね。
無茶振りなリクエストにお答えいただいて、ありがとうございました。
でもフラウ・ヤオトメとヒルシュベルガー教授の2人の組み合わせは最強です。
何が有っても動じない教授に、たしなめ役のユウさんを組み合わせることは必須事項だと思います。教授は彼女がいるから余計に動じないのかもしれませんが。
マイケルとアレクサンドラは知見が有りませんが、もうここにこれだけ登場するだけで個性ムンムンでとても面白いです。アレックスと呼んで何回も怒られているのにまったく改めないマイケルが大好きです。アレックスの方がかっこいいんだけどなぁ。
そして、レネの手綱を引く蝶子の様子もとても良いのですが、これだけ役者がそろうとフラウ・ヤオトメが一番の常識人に見えてきます。あ!失礼しました。当然ですね。
全体的にコメディータッチに仕上がっていて(こうしないとこのバラバラのキャラとお題が組み込めなかったんだろうなぁと観ていますが)とても楽しく、興味深く読めました。各キャラクターの暴走が本当に面白かったですよ。
サキは作品の舞台を神戸で書くくらい港町が好きなので、異国情緒のある横浜の舞台設定も楽しませていただきました。とても嬉しかったです。
最後の3行の落ちが秀逸です。オドオドするリトル・グレーに思わずクスッと笑っちゃいました。

2013.11.25 12:22 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

そういえばあまりコメディ書きませんよね。確かに。

リトル・グレイたち、けなげに働いています。勝手に入ってきた奴らのせいで上司に怒られて、かわいそうなグレイたち。「人間怖い」って思っているかもしれませんね。

「会員制 幽霊ホテル」なんて自分の発想の中には全くない言葉なので、新鮮でしたよ!
楽しく書かせていただきました。
リクエストとコメントありがとうございました。
2013.11.25 21:22 | URL | #4XB69LV6 [edit]
says...
こんばんは。

最初のウゾさんのリクエストからして「いきなりそんなに飛ばすか」ってものだったのに加え、TOM-Fさんがさらに飛ばし、そしてサキさんのリクエストですものね。最後はヤケでした。

ヒルシュベルガー教授とヤオトメ・ユウといい、「ヴァルキュリアの恋人たち」の面々といい、書いた当初は一度だけの登場のつもりだったキャラたちが、意外と日の目を見ているんですよね。「ヴァルキュリアの恋人たち」は本編の設定がないので、書く度に適当に設定を増やしているのですが、アレクサンドラは馴れ馴れしいマイケルを牽制しているつもりですが、意外と仲良しになりつつあるのかもしれません。イメージではもっとハードボイルドなお話だったのですが……。私にやっぱりハードボイルドは書けないらしい(笑)

神戸と横浜って少しイメージが似ているのですよ。もちろん神戸の方が少し高級な感じですが、潮風と異国情緒、それに開放的なイメージ、大好きなのですよ。

リトル・グレイたち、「なぜ、こんな目に」と納得がいかないかもしれませんね。

サイエンスフィクション、難しいお題でしたがとても楽しく書かせていただきました。
リクエストとコメント、ありがとうございました。
2013.11.25 21:33 | URL | #9yMhI49k [edit]

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