scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと小麦色のグラス

う〜む。ここしばらくずっと二日に一度の小説更新になってる。scriviamo!の締切間近って、去年もこんなでしたっけね。scriviamo!は、お題をいただいてから二日が勝負です。これ以上ぐずぐずしていると、次のお題が上がってきてしまって、脳内がごった煮になってしまう。現在、いただいた分のラストの執筆中。既に手を上げてくださった方はいつまでもお待ちしますが、まだ手を挙げていない方、締切は本日でございます。

で、本日は月末の定番「夜のサーカス」です。ステラと上手くいっていたはずのヨナタン。また面倒なことになってしまいました。いよいよこのストーリーも終わりに近づいています。今回ようやくドイツの政治家シュタインマイヤー氏が登場です。アントネッラとシュタインマイヤー氏のやっている謎解きに挑戦なさりたい方は、どうぞご一緒に。(謎ときってほどのことは、何もないんですけれどね〜)


月刊・Stella ステルラ 3月号参加 掌編小説 シリーズ連載 月刊・Stella ステルラ


「夜のサーカス Circus Notte」を読む「夜のサーカス」をはじめから読む
あらすじと登場人物





夜のサーカスと小麦色のグラス

夜のサーカスと小麦色のグラス


「なんだって……」
チルクス・ノッテの団員たちは、団長ロマーノがぽかんと口を開けているのをはじめて見た。春の興行の方向性を話し合う会議で、ついでに今年の休暇のプランを知りたいと言うと、今まで休暇を申請したことのないブルーノがマッダレーナと立ち上がって宣言したのだ。
「夏に二人で一週間くらい休みたい」

「なぜ二人でなんだ。演目が限られて困るんだが」
ロマーノは多少苛ついた様相で難色を示した。するとマッダレーナは腕を組んで挑発的に微笑んだ。
「挙式とハネムーンってのは一人では出来ないのよね」

「ええ~!」
共同キャラバンの中は蜂の巣をつついたような大騒ぎになり、ロマーノはショックを隠しきれずに棒立ちしていた。が、ジュリアがすばやく二人の元に来て、それぞれの頬にキスして祝福し、他の団員たちも大喜びでそれに連なった。

「やったな、やったな、ブルーノ!」
「おめでとう。本当によかったな」

 普段はめったに笑顔を見せないブルーノが嬉しそうにはにかみ、マッダレーナはそのブルーノの逞しい腕にぶら下がるように腕を組み、皆の祝福を楽しんでいた。

「本当によかった! ね、ヨナタン」
会議が終わり、それぞれのキャラバンの方へと歩いている時に、ステラは道化師に話しかけた。ヨナタンは静かに微笑んで頷いた。

「ブルーノとマッダレーナ、カプリ島に行くんですって。青の洞窟でハネムーンなんて、ロマンティックでいいなあ。マッダレーナの花嫁姿、綺麗でしょうねぇ」

 バージンロードをゆっくりと歩む美しい花嫁姿を想像しているうちに、ステラの想像の中ではいつの間にか花嫁がマッダレーナから自分の姿へと変わっていた。その白昼夢の続きで、ふと彼女は隣を歩いている大好きな青年の横顔を眺めた。そうよ、夢も未来も、こんなふうに……。
「ねぇ、ヨナタン。私もいつか、あんな風に幸せな発表してお嫁さんになりたいなあ」

 ヨナタンはステラの方に顔を向けた。期待いっぱいに目を輝かせる少女と目が合った。彼は少し震えたように見えた。柔和で優しい表情が強ばって、微笑みが消えた。ステラは戸惑った。え? どうして?

 短い沈黙の後、彼の唇がそっと動き、一度きつく一文字に結ばれた後、もう一度開いた。かすれた声がステラの耳に入ってきた。
「存在していない人間とは結婚できないよ……」

 ステラはぞっとした。すっかり忘れていた。ヨナタンにはパスポートがなかった。どこから来たかや誰なのかも秘密だった。もちろん役所で結婚はできないだろう。でも、彼女にとってはそんなことはどうでもよかった。だから、考えもしなかったのだ。それで、慌てて言った。
「あ、ごめんなさい。そういうことじゃなくて……」

 けれど、ヨナタンにとっては、それは別のことでもなければ、どうでもいいことでもなかった。
――僕が幸せになりたくて真実をねじ曲げようとしたから、彼らは犠牲になった……。また同じ事をするつもりか。全て諦めて死んだ人間になるつもりじゃなかったのか。何も知らない、疑う事を知らない、穢れないステラをどうするつもりだったんだ。

「僕が間違っていた。君のためにも、もう、僕には関わらない方がいい」
そういうと、すっと離れると自分のキャラバンカーに入って鍵をかけてしまった。

「ヨナタン、ヨナタン、どうしたの? そんなことで怒らないで! いやなら、もう、言わないから」
ステラが何を言おうと、彼は答えなかった。

 それから、ヨナタンはステラに関わろうとしなくなってしまった。他の団員たちとはいつも通り多少距離のある普通の関係を保っていた。ステラにだけ親しくて微笑み、泣いていればそっと力づけていた優しい対応だけが完全に消えてしまった。演技上必要な時以外は口もきかず、視線を合わせることもしなくなってしまった。諦めの悪いステラが何度懇願しても同じだった。

「どうしよう。どうして? お嫁さんになんかなれなくてもいい、こんなのいや」
泣きじゃくるステラの様子がたまらなかったらしく、ダリオやルイージがそっとヨナタンに話をしようと試みたが、ヨナタンは首を振るだけだった。
「しばらくすれば、彼女も諦めて他の幸せを探すでしょう。そのほうがいいんです」

* * *


「なあ、ステラ。お前のしつこさは重々わかっているけどさ。あれから二週間も経っているじゃないか」
その晩、マッテオは食事当番だった。舞台点検が長引いて食事の遅れているヨナタンを待っているステラにいいチャンスだと話しかけた。彼は最近よく飲んでいるベルギービールの缶を傾けてとくとくとグラスに注いだ。小麦色の液体は綺麗な泡をつくってグラスを満たした。ステラはそのグラスを睨みつけた。

「うるさい。マッテオには関係ないでしょ」
「関係なくないよ。僕は、お前のことを子供の頃からよく知っている。疑うことを知らない純真なお前のことは氣にいっているけどさ。でも、時には眼を逸らさずに現実を見つめられるよう、手助けをしてやるのが本当の友情で愛情だと思うぜ」

「現実って何よ」
ステラはマッテオがいつもヨナタンに批判的なので、警戒しながら唇を尖らせた。

「パスポートがなかったのは、ブルーノも同じだろう。事情があって、正規の名前が名乗れないこと自体は、僕だってそんなに悪いことだと思わないさ。だけどさ、本当に大切な人には、その事情を話せないなんてことはないよ。あいつがそれをお前に話さないのは、一、お前を大して大切に思っていないか、二、どんな大切な人にも話せないとんでもない悪いことをしてきたか、そのどっちかしかないだろう。どっちにしてもあんなヤツやめた方がいいってことさ」

 ステラは拳を振り上げてマッテオに挑みかかった。マッテオは、ビールがこぼれないようにグラスをそっとテーブルの上に置いて、それから余裕の表情でステラを見た。
「ほら、涙ぐんでいる。いくら怒っても、お前だって僕の話が正論だって分かっているんじゃないか」

「正論なんかじゃない! マッテオにだってわかっているはずよ。ヨナタンがどんなに優しい人か。悪いことなんかしてきたはずがないでしょう」
「どうかねぇ。お城の坊ちゃんで、何不自由なく暮らせる大金持ちが、こそこそ道化師のフリをして隠れているとしたら、何か犯罪が絡んでいると思っても……」

 ステラはきょとんとした。
「お城の坊ちゃん……?」

 マッテオはほんの少しだけしまったという表情をしたが、ちろっと舌を見せるとむしろ得意そうになって上を見上げた。

「マッテオ。ちゃんと言いなさいよ。何を隠しているの。この間からコソコソしていたでしょう」
ステラの追求に、マッテオは声を顰めた。
「まあな。実は、まだ決定的な証拠はないんだけどさ、かなりの確率で正しそうな推論を持っているのさ」

「どういうこと」
「あいつが誰かを偶然知った人がいるんだ。ほら、《イル・ロスポ》に教えてもらったコモ湖の小説を書くおばさんだけどさ。僕は、あの人の推論は間違いないと思うぜ」

「どんな推論よ」
「はっきりするまで内緒。でも全部説明がつくんだ。あいつが何者で、なぜ濡れて行き倒れかけていたかが。明日、また行くんだ。もしかしたら写真が手に入るかもしれないって言っていたからな。写真があればもう間違いないだろう?」

 ステラはすくっと立ち上がって宣言した。
「私も行く」

「なんだよ。おまえ、いきなりあいつは悪者だって現実に直面するつもりになったのか? いいことだけどな」
「違うわよ。ヨナタンがああやって隠れていなくちゃいけないのには、何かちゃんとした理由があるのよ。それがはっきりしたら、助けて上げられることだってあるはずでしょう? ヨナタンにパスポートを取り戻してあげることだってできるかもしれない」

「なんだよ。まあいいや、とにかくお前がつらい現実を直視しなくちゃいけない瞬間には、この僕がちゃんと支えてやるからさ、安心しろよ。じゃ、明日、八時のバスに乗るからちゃんと用意しとけよ」

* * *


 シュタインマイヤー氏はベルリン警察の資料室にいた。すでに警察を退職した彼にはこの部屋に入る権利はなかったのだが、現在の警察署長は在職中の彼の同僚だった男で、ミハエル・ツィンマーマンの尻尾をつかむチャンスがあるかもしれないと言われれば、多少の規則違反には目をつぶってくれた。

 ツィンマーマンはアデレールブルグ財団の理事長だ。未解決のボーデン湖事件をはじめ、いくつものきな臭い件に関わっているとされ、バイエルンの闇社会の中心と目されている人物だが、故伯爵の母アデレールブルグ夫人の実兄であり社交界と実業界に大きな影響力を持っていて、確証なしには手が出せない。

 シュタインマイヤー氏はローヴェンブロイの満たされたグラスをそっと持ち上げて口に運んだが、目はずっと報告書に釘付けになっていた。

 彼が読んでいるのは、かつて自分が作成した報告書だった。ボーデン湖事件に関してアデレールブルグ城で家政取締を勤めていたマグダ夫人の証言。アントネッラからボーデン湖で自殺したとされている少年とおぼしき青年がいると連絡を受けて、彼はもう一度あの事件の要点を整理してみようと思ったのだ。あの時の自分の一番の疑問は、あそこで飛び込んだ少年は本当にイェルク・ミュラーだったのかということだった。

「はい。私は伯爵さまがなくなるまで三年ほどお屋敷でお世話になりました。はい、存じ上げております。私どもは伯爵さまを若様とおよび申し上げ、もう一人の少年を小さい若様とお呼びしていました。お二人はとても仲がよく、奥さまもお二人を同じように愛しておられましたので、私ども使用人は当時お二人は実のご兄弟だと信じておりました」

――イェルク・ミュラー少年、歳の若い方の少年が両親を殺害してボーデン湖に身を投げた件だが、実の両親を突然刺殺するような衝動的な所のある少年だったのかね。
「とんでもございません。あの小さい若様に限って、そんなことが出来るはずがございません。本当に天使のようなお方で。もちろん、その、言葉は悪いですが、知能という面で多少の問題がおありの方でしたので、刃物で刺されるとどうなるかわからなかったという可能性はないとはいいきれませんが……」

――しかし、そこまで知能の低い少年が自力で六十キロ離れた自宅に戻るという事が可能かね。
「それは不可能だと思います。小さい若様は、私の知るかぎり、お城から一歩も出たことはありませんし、電車の運賃のシステムなどもご存じなく、地図もお読みになれなかったと……」

――別の質問をしよう。伯爵は健康に問題があったのかね。
「いいえ、とても健康で、発育もおよろしく、しかも摂生にも努められておられました」

――その伯爵が突然亡くなられたと。彼が急死した時、あなたはどこにいたのか。
「私はミュンヘン市内の実家におりました。小さい若様が最初にご病氣になられたのです。若様と奥さまはとても心配なさって看病をなさっていらっしゃいました。お医者さまが伝染病の可能性があるとおっしゃって、私ども使用人のほとんどがお屋敷を離れたのです。残ったのは、ああ、かわいそうなアニタとミリアム……」

――伯爵葬儀の直後に亡くなったケラー嬢とマウエル嬢だね。
「ええ、お二人の看病をしているうちに伝染ったのだと聞きました」

――そして、無事に元氣になったミュラー少年が、自分を看病してくれた伯爵や使用人が病で倒れている隙に、城を勝手に出て、自分の両親を殺害して自殺したと……。
「私にはそのお話はとても信じられません。今でも何かの間違いだと信じております」

――最後に一つ。伝染病の疑いで城を出てから、最後にアデレールブルグ城を訪れたのは、伯爵の葬儀のときだったのか。
「いいえ。私どもはお葬式には参列していません。自宅で待機するようにと言われ、ニュースでご葬儀が行われたと知ってびっくりしたのです。でも、奥さまは自宅待機の分も含めて半年分のお給料を払ってくださった上、全ての使用人の次の勤め先を決めてくださいました。文句を言うつもりは毛頭ございません」

(初出:2014年2月 書き下ろし)
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Tag : 小説 連載小説 月刊・Stella

Comment

says...
更新、お疲れ様でした。

なんだって~(笑)
ブルーノとマッダレーナが……。オトナの情事的な恋愛が続くのかと思いましたが、ケジメはつけるんですね。うん、意外でしたが、それはそれでいいですね。
ステラには酷な展開ですけど、クライマックスに向けて、この流れは必然でしょうね。
マッテオは自爆気味ですけど、おかげでステラに一縷の望みが出てきましたね。ある意味、グッジョブです(笑)
ヨナタン包囲網、完成しつつありますね。いよいよ事件の真相と、ヨナタンの正体がはっきりしそうですね。

次話、楽しみにしています。
2014.02.28 17:14 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

そうなんですよ(笑)
別にオトナの関係のままでもよかったんですが、ここは「この話は丸く納めて終了!」って感じで。丸くおさまっていないおじさんが一人いますが、まあ、あの人はね。

マッテオもステラに負けずにしつこいタイプですので、いまだにスキを狙っています。
この話もあと二話を残すばかりになりました。謎の道化師もこれまでって感じでしょうかね。
もう少々、おつき合いくださいませ。

コメントありがとうございました。
2014.02.28 22:38 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
よかったねぇ。ブルーノ、マッダレーナお幸せに!
と、お祝いをいう間もなくこれですか!
ヨナタンの気持ちも分りますが、ステラはなかなか上手くいかないですね。
ヒロインだからしょうがないのかもしれませんが。
でも相変わらず火の玉ですね!好きだなぁ、こういう性格。
だからマッテオ、彼の動きがステラの救いになる事を祈ってます。
今度はステラも一緒にアントネッラの所に乗り込むのかな?どんな展開が待っているのか、そして、シュタインマイヤー氏とアントネッラの謎解きもとても楽しみにしています。
あと2話ですか?
結末が楽しみなような、終わってしまうのが寂しいような、不思議な気分です。
アントネッラにも会えなくなってしまいますもの。
2014.03.01 04:05 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

お祝いありがとうございます!
ブルーノもマッダレーナも、それぞれのつらい事を乗り越えての幸せなので、作者としても嬉しいです。

考えなしのステラはともかく、ヨナタンも堅物すぎて困りものです。
べつに、ステラがいいと言っているんだから、いいじゃんと思いますけれどね。

でも、この一件がきっかけで火の玉娘はアントネッラの所に突入します。そして、それが引き金で最終話になだれ込む事になります。

アントネッラは使いでのあるキャラなので、これからもときどき単発で遊べるんじゃないかなと思います。よかったらまたエスにも構っていただきたいですね。

あと二話、どうぞおつき合いくださいませ。

コメントありがとうございました。
2014.03.01 17:42 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
連投気味ですが、コメントさせてもらいます

おお、まさかあの二人が結婚に至るとは思ってませんでした
ブルーノとマッダレーナお幸せに~(笑)

対してヨナタンとステラは相変わらずなところがありますね……これはアプローチを変えるべきでは!?などとバカなことを考えながら読ませてもらっています
マッテオの自爆から得られる情報が果たしてステラやヨナタンにとって幸か不幸か、あと二話分もお待ちしております

以上です。
2014.03.13 06:32 | URL | #iVT7Zno6 [edit]
says...
こちらも読んでくださり、ありがとうございます。

お祝い、ありがとうございます。
マッダレーナは結婚してもしなくても、あまり変わらないように思いますが、ブルーノのためにこういうことにしてみました。

ステラは本当にアプローチがワンパターンすぎてしょうもない娘です。
少しは学習するといいんですけれどねぇ。

ええ、そろそろ本当の終わりが近づいていますので、もう少々おつき合いくださいませ。

コメントありがとうございました。
2014.03.13 20:36 | URL | #9yMhI49k [edit]

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