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Posted by 八少女 夕

【断片小説】森の詩 Cantum Silvae I - 姫君遁走より

先日発表した「大道芸人たち Artistas callejeros 番外編 〜 森の詩 Cantum silvae」の作中作としてちょっと開示した「森の詩 Cantum Silvae I - 姫君遁走」の一部にユズキさんがとても素敵なイラストを描いてくださったのですよ。

Virago Julia by ユズキさん
このイラストの著作権はユズキさんにあります。ユズキさんの許可のない使用は固くお断りします。
ユズキさんの記事 「ジュリア姫

先日開示した時は、さらにその一部だったので、もうちょっとお見せしたら驚かれました。ええ、とんでもないお姫様なんですよ、この人。そして、ユズキさんはわざわざ描き直してくださったのです。おわかりでしょうか、人物のタッチも違いますが、森も前とは違っているのです。ええ、現代の森ではなくて中世のもっと深くてミステリアスで時には残酷な世界にしてくださっているのです。(ぜひ大きくして細部をご覧になってくださいね)

このまま、皆さまにお見せしないで私一人だけのお宝にしておくのはもったいなさすぎる! そういうわけでユズキさんのイラストに大いに助けていただいて、「森の詩 Cantum Silvae」の世界にもう少しみなさまをお連れしたいと思います。



森の詩 Cantum Silvae I - 姫君遁走より

 教皇ペテロ=ウルバヌス二世の御代、跡継のないクラウディオ三世の崩御によりルーヴラン王国には後継者争いが起こった。一人は姪のイザベラ王女の夫バギュ・グリ侯爵ハインリヒで、もう一人はクラウディオ三世の従兄弟にあたるストラス公オイゲンだった。二ヶ月に亘るいくつかの戦の後、ルーヴランはストラス公の支配する所となり、公はオイゲン一世として戴冠した。バギュ・グリ侯爵が憤死したために侯爵領を継ぐことになったのは、ハインリヒの腹違い弟のテオドールであった。「ひょうたんから駒」で侯爵の座が転がり込んで来たテオドールは、その豪胆で奇天烈な振舞から《型破り候》と呼ばれることとなった。

 さて、この《型破り候》には跡継ぎのマクシミリアンの他に、その姉にあたる娘が居た。粗野な父親が若い日にストラス公オイゲンの従姉妹にあたるマリア姫に懸想して産ませた姫君だった。バギュ・グリの厄介者テオドールの妻などに成り下がったと両親に嘆かれたが、マリアは氣丈にテオドールに従い、従兄弟が国王となるにあたって上手く立ち回って侯爵夫人の座を手に入れた。娘のジュリアはこの母親から美貌、そして父親からは粗野で型破りな性格を受け継いでいた。

 ジュリアは父親のバギュ・グリ侯爵が大嫌いだった。母親の侯爵夫人のことはもっと嫌いだった。うるさい乳母のメルヒルダは少しはマシだったが、これも好きとは言いがたかった。庭師や家庭教師は大して重要な輩ではなかったのでどうでもよかった。夕食の給仕をするアルベルトは巻き毛がかわいらしく氣にいらない訳ではなかった。もっとも十歳も年上の男をかわいらいしいという言い方があたっているかどうかは微妙だったが。

 誰よりも嫌いなのは彼女の馬丁、ハンス=レギナルドだった。父侯爵のことは女の尻ばかり追い回しているから嫌いで、母侯爵夫人のことは冷たく高慢だから嫌いだった。メルヒルダにはやかましく小言ばかり言うという、これまたれっきとした理由があったが、この馬丁に対しては嫌う理由になんらかの説得力があるわけではなかった。

「馬丁のくせに名前を二つも持っているんだ」
「あたしよりも高い柵を越えてみせたんだ」
ジュリアはいかにも氣にいらないというように顔をしかめる。

 以前、馬丁長が侯爵に伺いを立てたことがある。
「姫の馬丁をお変えになりますか」

 侯爵はつまらなさそうに言った。
「あれは誰にも満足せんのだ。これ以上、わがままの相手を増やせというのか」
それからは誰も同じ提案をしなかった。

「ハンス=レギナルド!」
ジュリアは、つかつかと厩舎に踏み入ると怒鳴った。藁の影からハンス=レギナルドと召使いのクリスティーンが身を起こした。姫は冷たく一瞥すると
「ばからしい」
と、言った。

 おろおろするクリスティーンを無視してジュリアは愛馬にまたがり、馬丁に言った。
「城下に行くわよ。供をおし」
「ですが、ジュリア様。母君のお許しが出ないでしょう」
「母上のお許しはもう永遠に出ないわよ。亡くなられたんだから」

 クリスティーンはわっと泣き出した。看病の枕元を抜け出してハンス=レギナルドにキスをもらっている間に奥方様は亡くなられたのだ。

 ジュリアはうんざりして召使い女を見ると、馬に鞭をくれて厩舎から飛び出した。馬丁は慌てて彼の馬に飛び乗り、わがままな姫君を追った。
「お待ちください」

 ジュリアは待たず、柵を越え、森に入りどんどん走らせていく。ハンス=レギナルドの馬は次第に追いつき、やがて二頭の馬は並んだ。

「お前には負けないわよ」
「ジュリア様。私は競争をしたいのではありません」
「いつもそうなんだ」

「何故そういうお言葉をお遣いになるのです。何故そのような恰好をなさるのです」
ジュリアの男物の出立ちは城下にも知れ渡っていた。

「馬にドレスで乗ってどうするのよ」
「乗る姫君もおられるではないですか」
「あたしは散歩をしたいんじゃない」

「ジュリア様。どこまで行かれるのですか。奥方様のお側にいてさしあげなくてはならないとはお思いにならないのですか」
「いてどうするのさ。誰ももう側には居られないんだよ。母上は亡くなられた。マクシミリアンの名を呼んでね……」

 ジュリアは急に馬を停めると方向を変えて走り出した。ハンス=レギナルドは後を追う。しばらくは無言のまま馬を走らせ、馬丁が追いつくと方向を変え、しばらくは追いかけっこが続いた。ついに、綱さばきのミスからジュリアは草むらに落ちた。

「ジュリア様!」
ハンス=レギナルドは馬から飛び降りて、姫君を助け起こした。痛みでしばらく動けなかった彼女は、それが薄らいでくると顔を上げ、じろりと馬丁を見た。

「本当に頭に来るわね。うちの女中と料理人の全てに愛を語ったその口で、偽りの心配の言葉を述べるんだから」
「偽りの心配などどうしてできましょう。それに、私はあなた様のお家の全ての使用人と恋をした訳ではありませんよ」
「この食わせ者。その整った顔と声で、君だけだとかなんとか迫るんだね。マリアの里帰りもお前が原因に違いないよ」
「とんでもない。私じゃありません。侯爵様です」
「ええ、父上だって。あの恥知らず。お前といい勝負だよ。誰をも本氣で愛したことなんかないんだ」

 ハンス=レギナルドはジュリアの足や腕が折れていないか調べていたが、その言葉を聞くと顔を上げて主人の目を見た。
「では、あなた様はどうなのです。誰かを本氣で愛されたことがおありなのですか」

「反撃にでたわけ。いいえ、ないわ。あたしは愛なんか信じていない。父上は滑稽だし、クリスティーンたちも愚かにしか見えない。お前、その顔は何?」
「私に何を言わせたいのです」
「ええい、そうやるんだね、いつも。騙されないよ。他の女と一緒にするんでないよ」

 風が森を通り抜け、木漏れ日はキラキラと輝いていた。ひんやりとした草むらに腰掛けてジュリアは馬丁が腕を自分の体に回して支えていることに氣づいた。ハンス=レギナルドの顔はすぐ近くにあった。
「もちろん、あなた様は違います」
「女中と一緒におしでないよ」
「いえ。身分に関係なく、そう、どこの姫君とだってあなた様は違います」

 ジュリアはキラキラと光る若葉を見ながらうっすらと微笑んだが、すぐに厳しい顔をして馬丁に言いつけた。
「馬を探しておいで」

 ハンス=レギナルドは木の幹にジュリアの背をもたれかけさせながら言った。
「私はかつて一人の女に恋をしました。日も夜もなくその女を愛しました。眠れぬ夜が続き、氣が狂うかと思いました。皮肉なことに、想いを遂げたどの女たちをも、あれほどに恋いこがれることはなかったですね」
そう言うと、二頭の馬の去った方向へと歩き出した。

 ジュリアはきつい調子のまま問いかけた。
「お待ち。それはあたしの知っている娘なの?」
「あなた様ですよ」
ハンス=レギナルドは木の間に消えた。

 ジュリアは少しの間ハンス=レギナルドの消えた方向を見ていたが、立ち上がるとその場を離れた。馬丁が二頭の馬と戻って来た時には探しようもなかった。

 ジュリアは森を歩いていった。侯爵夫人の訃報が届けば、今日の祭りは中止になるだろうが、酒場一軒くらいは開いているだろう。

(やっと母上から自由になったのよ、これを祝わなくてどうするのよ)

 侯爵夫人がジュリアを束縛するようになったのは、父親が候爵位を継いだ六年前のことだった。ジュリアはそのとき十二歳だった。ジュリアには父親が侯爵家の厄介者であろうと、侯爵様であろうとまったく関係なかったのだが、母は娘を以前のような野放図にしておくつもりはなかった。

 加えてアルベルトのことがあった。ジュリアはアルベルトにキスをさせ、かわいそうな給仕は姫君に夢中になってしまった。無理もない。ジュリアは美しい。漆黒のまっすぐな髪。挑みかける瞳。血のように紅い唇。何ひとつ知らない故に、何ひとつ恐れなかった。ジュリアはキスをしてみたかったし、アルベルトならいいと思ったのだ。

 侯爵夫人はちっともいいと思わず、父親の淫らな血がと騒ぎ立てた。そして、男の汚さや恋の愚かしさを説き続けた。ジュリアの美しさを懸念して、常に見張り、女らしく装うことを許さなかった。ジュリアはそれを受け入れ、母親の望む通りに育ったがその束縛を憎んでもいた。

 ジュリアは行く手の樹木の間から煙を見た。ジプシー。聖アグネスの祭りだ。彼らは侯爵夫人の喪になんか服さないだろう。

 森の空き地に数台の幌馬車が停まり、炎の周りでジプシーたちは踊っていた。ジュリアには誰も氣に留めずに、めいめいで歌ったり踊ったりしているので、少しずつ中に入っていった。やがて一人の老女がじっと見つめているのに氣がついた。

「バギュ・グリの姫さんが何の用かね?」
老女は言った。

「あたし、お前に会ったことないけれど」
「私らは何でも知っているよ」
「嘘ばっかり。私がなぜここに来たかわからないくせに」
「知っているともさ。お前は別れに来たんだよ」

「誰とさ」
「全てとね。まず、その男物の服をなんとかしよう。それでは踊っても楽しくないだろう」
「そうね。でも、こうしていないと男どもが寄ってくるのよ」
「悪いことじゃあるまい。寄ってくる男どもをあしらうのは、女の楽しい仕事さ。それともダンスもできない方がいいのかね」
「わかったわ。この服とはお別れしよう。私を変身させて」

 老婆はジュリアを幌馬車に連れて行った。再びジュリアが出て来た時ジプシーたちはもはや彼女に無関心ではいられなかった。薄物を纏い、しなやかに歩み出る彼女は深夜の月のようだった。彼女は踊り始めた。その悩ましさは例えようもない。ジュリアにとってもこの夜は麻薬だった。踊りの恍惚。自分が誰かも忘れ、夢の中にいるように狂った。

 深夜に老婆は緑色に透き通る液体を差し出した。
「これをお飲み。聖アグネス祭の今宵、お前さんは愛する男を夢に見るだろう」

 ジュリアは口の端をゆがめて言った。
「あたしは誰も愛していないわよ。嫌いな男ばっかり」
「だからこそ、この薬が必要なんじゃ」

 ジュリアは受け取って一息で飲んだ。強い酒だった。

 翌朝、ジュリアは幌馬車から出て老婆を見つけるとひっぱたいた。
「何よ、あれ。あたしの体が動かないのをいいことに」

 老婆はにやりと笑った。
「孫はお前さんに一目惚れしたのさ。だが、お前さんのためにもなっただろう。お前さんを抱いた男は孫じゃなかったはずだよ。愛している男は誰だったかね?」

「想像していた通りの男だったよ」
ジュリアは冷たく言い放った。

「よかったじゃないか」
「あんたの孫に言っておいて。二度とあんな真似はできないって」
「わかっているとも。昨晩、お前さんを抱きたかったのはあの子だけじゃないからね。あの子は幸運な方さね」
「ふん」

 ジュリアは空き地から離れて森に入り、昨日ハンス=レギナルドと別れた所に行った。馬丁はジュリアをもたれかけさせたあの木の根元で眠っていた。彼女はハンス=レギナルドを叩いた。彼は目を醒ますと信じられないという顔で、薄物をまとい輝くように美しい主人を見つめた。

「お前、あたしを捜してたの?」
「ご無事だったんですね」

「お前だけなの、捜していたのは」
「私も命が惜しいので、お館には帰っていませんから」

 馬が二頭近くの木に繋がれていた。
「そう。お前、あたしを好きだったと言ったね」
「はい」

「今はどうなの」
「今でも。誰と愛を語っても、いつも最後にその女はあなた様になってしまいます」

「ふうん。あたし、昨晩、ジプシーに抱かれたの」
「ジュリア様!」

 ジュリアは楽しそうにハンス=レギナルドを見た。まったく見たことのない表情を彼はしていた。いや、かつて一度見たことがあったかもしれない。
「アルベルトとキスをした時にも、お前、あたしを好きだったのかい」
「あなた様にお会いした日からずっとです」

「そう。じゃあ、アルベルトの時から始めよう。私にキスをおし」
ジュリアは命令した。ハンス=レギナルドはぽかんとその主人を見ていた。
「ハンス=レギナルド。聞こえないの?」
ジュリアは自分からキスをした。

 捜索の疲れと幸せな安堵でハンス=レギナルドが眠ってしまうと、ジュリアはそっと恋人の側を離れた。そして、愛馬を連れてジプシーの集団のもとに戻り、そのまま、国を出てしまった。


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Comment

says...
更新、お疲れ様です。
待望の新連載、その一端が見えてきましたね。奔放を絵に描いたようなジュリア、たしかに型破りな姫君です。
イラストも、素敵ですね。深い森の中に怪しくも美しくたたずむジュリアの姿は、存在感にあふれているのに目を放すと一瞬で霧散してしまいそうで、すごく印象的です。
これからどんなストーリーが書かれていくのか、ますます楽しみになってきました。
2014.03.07 13:36 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんわー(*´∀`*)

イラストの紹介ありがとうございました~。
時間が経つにつれてツッコミどころ満載な絵ですが、素敵に紹介していただいているので本望です><w

ほんとに何度読んでも「あばずr」な姫でございますねぇ(笑)
ユズキの頭の中では、ハンスの前で大威張りしている行儀の悪い姫が笑ってます(・ω・)☆

本編楽しみにしていま~す(*´∀`*)!
2014.03.07 19:23 | URL | #mQop/nM. [edit]
says...
こんばんは。

実際の新連載にはジュリアは出てこないのです。数世代は前の、もはや伝説の域の人でして。で、本編にもちょっとだけ伝説の話が登場するのですが、それだけだとこの女のとんでもなさは全然伝わらない(笑)
そういうわけで、ここで開示できて幸せでした。ユズキさんに感謝です。

本当に、文しか書かない私には想像を絶する世界なんですけれど、ユズキさん、小説書いて、それに挿絵を付けて、版権のイラストも描いて、その上、この謎の女と森のために五時間も作業してくださったんですよ。申し訳ないと同時に嬉しくて泣きそうです。

いよいよ来週から連載ですからね。
また読んでくださると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.03.07 23:03 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

見れば見るほど、大変そうで申し訳ないと同時に、嬉しくてヘラヘラしてしまいます。本当に危ない私。

ジュリアは本編からすると、伝説の時代の人で本編も中世ですが、さらに昔の「やんごとない人がそんな……」が許された、という設定でして、自分で読んでも本当にしょーもない人ですね。

反対に弟(後の侯爵ですが)は、大人しく凡庸だったようです。

本編、来週からになります。ジュリアよりも数世代下の、ここまで型破りでない人たちの話ですが、楽しみに待っていただけてとても嬉しいです。

とても素敵なイラスト、本当にありがとうございました。
2014.03.07 23:10 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは。
スペースお借り致します。

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これからもブログの運営頑張って下さい。
失礼致しました。
2014.03.14 06:48 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

お誘いありがとうございます。
現在、Seasonsという季刊誌に投稿しているのですが、読者からの直筆カードが届くのはすてきですね。
海外在住なので集会参加は無理ですが、参加については考えてからお返事させていただきたいと思います。

ありがとうございました。
2014.03.14 21:27 | URL | #9yMhI49k [edit]

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