scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】白菜のスープ

月に一度発表する読み切り短編集「十二ヶ月の野菜」の二月分です。二月のテーマは「白菜」です。本当はバレンタインデーの頃にアップするつもりだったのですが、「scriviamo! 2014」のお返しの方が続きましたので三月になってしまいました。

出てくる白菜のスープ、本当に簡単です。サルでも作れます。でも、連れ合いはこのスープを知りませんでした。冬の間、何を食べていたんでしょうね。この方たち。


短編小説集「十二ヶ月の野菜」をまとめて読む 短編小説集「十二ヶ月の野菜」をまとめて読む



白菜のスープ

 親の仇であるみたいに白菜を刻んだ。宙、あんたは何もわかっていない。紗英は本来ならば1.5センチ幅に揃っているはずの、しかし、今日は0.8から2センチまでバラエティに富んだ幅をした白菜をざっと集めると鍋に入れた。冷蔵庫からベーコンを出してくる。これまた本来ならば1センチ幅に揃っていた方がいいのだが、やはりまばらになってしまったのを徹底的に無視して同じ鍋に突っ込んだ。そして、湧かしておいた熱湯を注いで、鍋を火にかけた。

「麻央ちゃん、なんていったっけ、生活提案で有名な料理研究家、あの人のファンらしくってさ。玄関にはアイビーのリースだろ、それに箸袋に茶色いフェルトにピンクのビーズのついた飾りがしてあってさ、あれこそ、お・も・て・な・しって感じだよなあ。で、ローストポークとか、季節の野菜の炒め物とか、料理もいちいち凝っていたけれど、最後に出てきたホワイトチョコレートクリームのケーキがバレンタインって感じでさ。女の子にあんな風にもてなしてもらえたのって始めてだし、超感激だよ」
宙があまりにもデレデレしているので、無性に腹が立った。

「それで。あんたは女の子の部屋に上がり込んで期待していた、当初の目的は達成したわけ?」
「おいっ。お前、そのオヤジみたいな身もふたもない言い方はよくないぞ。麻央ちゃんみたいにかわいげがないから、いつまでも次の男ができないんじゃないか」
何が麻央ちゃんよ。名前まで可愛いなんて本当に忌々しい。

 宙のことは、彼がハイハイしている頃から知っていた。宙のお母さんは、「ちょっと遠くまでの買い物」とか「近くに高校時代の親友が来ていてね」とか、理由をつけてはまだ小学生だった宙を隣家に連れてきて数時間戻って来なかった。あの頃の紗英は中学に入ったばかりだったが、やはり出て行ったきりなかなか帰って来ない自分の母親の代わりに「お腹がすいた」と泣く弱虫少年の世話をしたものだ。

 ところが、高校に入って背丈を追い越された頃から、宙は紗英を「お前」呼ばわりし、好き勝手なことを言うようになってきた。短大に入って、ようやく出来た紗英の彼にダメだしをし、どういうわけか二人の母親も宙の意見に同調した。そう言われると、思っていたほど素敵な人じゃないかもしれないと躊躇しだした。もっとも、紗英が幻滅して彼を振ったわけではなく、あっさり他の女の子に乗り換えられてしまったのだが。

 それから三年過ぎて、紗英は社会人になり、宙は大学に入学が決まった。学ランを脱いで、今どき流行の若者っぽいシャツを着て表を行く姿は、それなりに格好いい。母親から「ヒロちゃん、ほんとうにモテるらしいわよ~」と聞かされると、はあ、そうですか、そうでしょうね、素直にそう思う。で、麻央ちゃんやら、優美ちゃんやらが、潤んだお目目でバレンタインのチョコを渡そうとあっちやこっちの角で待っているんだろう。

「塩野さんって、まじめだよね」
同僚が紗英を評して言う。それはつまり、大して褒める所がないという意味だと、紗英自身にもわかっている。地味な服装、平凡な頭脳、そこそこしか出来ない仕事、似た芸能人がすぐには浮かばない容姿。

 わかっている。たとえ、そんな女でも、かわいげのある振舞いをすれば、たとえば玄関にアイビーを飾り、ホワイトチョコレートのクリームでケーキを作って、瞳にお星さまを光らせて見つめれば、喜んでくれる男がこの世の中のどこかにはいるかもしれないことぐらいは。でも、そう言うことが出来ないんだからしかたがない。

「ねえ、紗英さ、真剣に彼を作ろうとしないのは、もしかしてお隣のヒロシ君のこと、好きなんじゃないの?」
久美に指摘された時に、紗英は激しく首を振って否定した。
「あのね。あいつは私より三つも歳下だよ! 鼻たらしているヤツの世話をしていたんだよ! 全くそういう対象じゃないよ」
「そ~お? そりゃ、中学生一年生と小学四年生の差は大きいけどさ。いまや、ちゃんとしたイイ男じゃん。アタシ的には、ヒロシ君、大いにありだけどなあ」

 紗英は勘弁してくれと思う。理想は社会人だ。大人で、言葉に思いやりがあり、紗英の知らないことに対して豊富な知識があって、すぐにホテルに行こうとか言いださない紳士。おお、宙と真逆じゃないのさ。別に大金持ちとか、一流企業に勤めていてほしいとか、そういう条件を出しているわけではない。でも、理想の人と出会えるような氣は全然しない。自分でも、誰かに指摘されなくても、自分に魅力がないと思うから。

 そんなわけで、今年もチョコレートを贈る相手もないまま二月が過ぎていく。そのことにガッカリしたりするつもりはなかったけれど、宙にあんな風に言われるとすっかり憂鬱になる。バレンタインデーの「おもてなしランチ」なんて大嫌い。可愛い女の子なんて絶滅しちゃえばいい。

 眼鏡が曇る。白菜とベーコンのスーブから出る湯気のせいか、それとも、情けない自分のせいなのかよくわからない。白菜とベーコンに火が入り、いい感じにくたっとなってきた。バターを落とし、塩こしょうで味を整える。あまりにも簡単なスープ。どうせ料理研究家提唱のおしゃれランチとは違うわよ。ふん。

「おい、おい、おいっ」
声がどこからかしている。紗英は眼鏡の曇りをとって、涙を拭い、もう一度眼鏡をかけると窓を開けた。キッチン窓の向こうは、宙の部屋だ。

「何よ」
「お前、何作ってんの」
「何って、白菜のスープよ」
「げっ。うそっ。食いたいっ。今からそっち行っていい?」
「なんで。あんた、麻央ちゃんの所でたらふく食べてきたんじゃないの」
「うるさい、今行く」

 宙は二分で駆け上がってきた。いや、いちおう人の家なのに、勝手に上がるか。紗英は呆れる。
「なんなの、あんた」
「いや、俺、このスープに煩悩してんだよ」

「そういえば、あんたがめそめそ泣いている時によくこれ作ったよね」
「うるせー。黙って、よそえ」
「なに威張ってんの。自分で作ればいいじゃん。中学一年生にも作れた簡単なスープだよ」
「そうだけどさ。よくわかんね。ここでこうやって食うのが美味いんだよ」

 わかんないヤツだな。そう思いつつも、紗英はちょっと嬉しそうにスープ皿にスープをよそう。スプーンを持って待っている宙は、泣き虫小学生の頃と変わらない瞳をしている。何にだかわからないけれど、紗英は「勝った」と思った。


(初出:2013年3月 書き下ろし)
関連記事 (Category: 短編小説集・十二ヶ月の野菜)
  0 trackback
Category : 短編小説集・十二ヶ月の野菜
Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
勝ってるのかもしれません。
紗英の複雑な思い、よく分かりませんが、分りたいような気もします。
彼女の宙に対するアドバンテージは相当に大きいですよ。
そんじょそこらの女では太刀打ちできないでしょう。
そういうことから逃避してしまう男も多いですが、宙は少し違っているような、そんな気がします。
どちらも全く自覚はないようなので上手くいくかどうかはまったく未知数ですが、白菜とベーコンのスーブがなんとか取り持ってくれないかな。
サキはこういうの大好きです。

紗英と宙、初めての登場ですか?
お目にかかったことがないようなので……。
2014.03.09 15:25 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
更新、お疲れさまでした。

白菜のスープ、美味しそうですね。ベーコンかぁ……ウチは、白菜に豚バラ肉を挟み込むようにして煮ます。簡単なスープですけど、この手の料理は、大きくなってからでも忘れられない「家庭の味」系ですよね。

紗英ちゃんみたいな立場の女の子って、わりといるのかなぁと思います。
幼馴染とか、お隣のお姉さんとかいうのは、なかなか恋愛の対象にはなりにくいものですが……。
宙くん、紗英ちゃんのスープに完全にはまってますよね。やはり胃袋攻撃は、じわじわ効くのですね(笑)
2014.03.09 15:27 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは。

実際には何にも「勝って」はいませんね。完敗です。
でも、惨めさからはちよっとは救われたかもしれませんね。

この二人は、ええ、初登場です。例によって一回きりのつもりで書いていますが、リクエストやらコラボの要望で「マンハッタンの日本人」の美穂のように復活する可能性もなきにしもあらず、です。

どうでしょうねぇ、今のところ宙にとっての紗英は、姉に近いのかもしれません。真央ちゃんや優美ちゃんの事が好きでも、彼女たちに紗英の悪口を言われたらたぶん真剣に怒るに違いありません。

これからどうなるかは、どっちもありかな。カップルになってもならなくても、この二人は仲が良さそうですね。

コメントありがとうございました。
2014.03.09 19:51 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

このスープは、料理というのも憚られるくらい簡単なもので、私もよく作っております。

宙は麻央ちゃんに胃袋攻撃されて、けっこう簡単に攻落しているようですが、こんな簡単なもので揺り戻されているあたり、胃袋攻撃というのもかなり奥深い世界なのかもしれないですね。

有名料理研究家の提唱した、「女子力」パワーの集中砲火のようなものって、確かに強いんでしょうけれど、それでもお母さんの何でもないお味噌汁や割烹着姿のようなものに対抗するのは難しいのかなと思います。

とはいっても、紗英の場合はほとんど取り柄がない上、努力もしていないようで、これでは宙以外の誰かを捕まえるのはほとんど無理でしょう。と、腹をくくって一点集中すりゃあいいものをそれもしないような予感。前途多難な予感ありありです。

TOM-Fさんの豚バラ肉挟み白菜のスープも美味しそうですね! 今度試してみようかな。白菜は冬の庶民の味方ですよね。

コメントありがとうございました。
2014.03.09 20:03 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
・・・・っと、こっちでは現在午前5時ですw
おはようございます。

いいですね、ホッとする味なんでしょうね。
おいしい気取ったレストランの料理もいいけど、こういう料理を作ってくれる女の子にあこがれるものだと思います。
すごくいい雰囲気ですね・・・
こういう世界って憧れます!

お腹が空いてきましたwww
誰か白菜のスープ、作ってくれないかなぁ。
ではでは!
2014.03.09 20:58 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

うわぁ、月曜日の朝早くから、ありがとうございます!

このスープを一度でも作ってみたらおわかりになるかと思うのですが、もう、料理なんて言えないほど簡単なのですよ。凝った料理は作れないし、そのために努力をする事もしていない自分に対してコンプレックスはあるけれど、改善するパワーもなく、それがわかっていて惨めな主人公は、あれですよね、かなり等身大だと思います。

それでも、その小さな等身大の自分を誰かが肯定してくれる、それが一番嬉しい事なんじゃないかなと思います。紗英もそのありがたさに氣付いて、宙を大事にした方がいいと思うんですけれどね。

お友達が多くて面倒見のいいヒデ王さんには「私に作らせて!」と手をあげる方がたくさんいそう。喧嘩にならないといいのですが。

コメントありがとうございました。
2014.03.09 22:22 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
最後の「勝った」という言葉が、紗英の可愛らしさを表していますね。
年下の、弟的な子への嫉妬を認めたくない意地っ張りなところ、とても伝わってきます。
女の子って複雑。
そこへ行くと男の子は、気を使っていてもいなくても、いい意味で単純ですよね。
そのバランスがあるから恋愛ドラマはうまくいくのかも。
白菜のスープが、いい隠し味になって(隠れていないか^^)マイルドで出しの効いたSSだなと感じました。
私も時々、ここにコンソメを加えて作るのですが、バターは、全く思いつきませんでした。
今度、投入してみます^^
2014.03.09 23:16 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
ああ…
恋人として付き合いたいって訳じゃなくても(?)
取られるのはなんだか悔しいというか複雑な感じしそうです
と私も結構嫉妬深いのかな…

でもシンプルなスープも悪くないはずですよね
私はこんな洋風のスープを作るときでも
ついしょうゆを足してしまいます
2014.03.10 08:58 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

limeさんはきっとわかってくださるかもしれませんね。全然「勝って」いないのに、つい「勝った」と思ってしまうしょうもない一瞬。紗英は負けたわけではないでしょうけれど、全然勝っていませんね。だから何に勝ったか、自分でもわからない。でも、何となく救われてしまった。宙が昔と変わらない弟ポジションに収まってスープを待ってくれたことでかな?

女の子は複雑ですよね。男にしてみたら「なんだよ、面倒くせえ」だと思うんですけれど、ここをわかるようなんってくれた男はそのあとモテるようになりますよね。

今年のシリーズは野菜で行こうと決めたはいいんですが、バリエーションが少なくて苦戦しそうです。今回はとりあえずスープでいきました。

私、たぶんバターラーなんでしょうね。なんにでもバター入れちゃうんです。白菜のスープにも入れるんですけれど、コクが出て美味しいですよ。ぜひいつもの味と変えてみたい時にお試しくださいませ。

コメントありがとうございました。
2014.03.10 20:50 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

そうなんです。
本物の弟だと、危険な香りがし過ぎますが、お隣さんの疑似弟ポジション、弟以上好きな人未満のヤツをとられるのがイヤだけれど、それを素直に認めていないそういう段階ですかね。あと、前は泣き虫だったくせに、何一人だけリア充になりやがって、というのもあるかもしれません。自分がもてないだけに。

ダメ子さんは全然嫉妬ぶかくないですよ。ミエちゃんの行動に心痛めている、優しいJKじゃないですか。

ああ、なんにでも醤油ってありです。海外旅行中、しつこい食べ物続きでつらくなった時も、醤油をたらすだけで食べられたりしますよね。

コメントありがとうございました。
2014.03.10 20:55 | URL | #9yMhI49k [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:https://yaotomeyu.blog.fc2.com/tb.php/778-6d25437f