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Posted by 八少女 夕

【小説】思い出のコールスロー

月に一度発表する読み切り短編集「十二ヶ月の野菜」の三月分です。三月のテーマは「キャベツ」です。去年の「十二ヶ月の歌」シリーズではキャベツ畑を眺めながらバイクで旅する、かなり幸せ系の小説がありました。私のキャベツのイメージはかなり幸せ系です。わざわざそれを書くという事は、今回はあえて幸せ系ではありません。キャベツに罪はありませんが。

デジャヴを感じる方もいらっしゃるでしょう。「十二ヶ月の組曲」の十二月分「樹氷に鳴り響く聖譚曲」ででてきた沙羅の再登場です。登場人物のあり方については批判があるかもしれません。苛つく方もおありでしょう。そんなタイプも含めて人間という存在を描くのがこの「十二ヶ月の……」シリーズです。


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思い出のコールスロー

 はじめてそのキャベツを眼にした時は、何の冗談かと思った。小人の被っている帽子みたいに三角錐だった。普段買いにいっている有機農家のディノがつやつやの淡い緑をぽんと叩いた。
「ものすごく美味しいんだよ。たった今収穫したばかりさ。それに日本原産なんだよ」

 そう言われたら買うしかない。でも、二人暮らしでこんなに大きなキャベツを消費しきれるんだろうか。沙羅は予想外に重くなった買い物バックを抱えるようにして歩いた。ヴェローナの郊外、街の喧噪から離れ、けれどざわめきが恋しくなればすぐに戻っていける絶妙な位置にある小さいヴィラはグイドーのお氣に入りだった。1800年代の終わりの建物は、最近のベコベコした建築と違い、どっしりとして美しく彼の鋭い審美眼に適った。天井が高く暖房効率が悪かったので、彼は居間と寝室を徹底的に改装したと話してくれた。それでも真冬ともなれば決して快適とは言いづらい。そういえば彼の離婚した妻が去ったのは、真冬だったと聞いている。

 沙羅がこの家に越してきたのは一年と少し前、つまり今は二度目の冬が明けた所だった。一年以上もこの同居が続くとは自分でも思っていなかった。一緒に住もうというのは、彼のよくある氣まぐれだと思っていた。他人事のように考えてしまう自分にはどこか欠陥があるのかもしれない、沙羅は思った。

 重たい玄関の扉を開けると誰に言うでもなく「ただいま」と言った。すると奥から「オカエリ」という声が聞こえた。グイドーはアトリエにいるものだと思っていたので沙羅は驚いた。彼は台所でワインを開けていた。

「おや、重そうだね」
すぐに戸口までやってきて沙羅の抱えている買い物鞄を受け取った。それから沙羅の頬に優しくキスをした。沙羅はこの習慣に慣れなかった。

 つまり、あのモデルは帰ったのだろう。きちんと暖房のきくアトリエ。モデルが寒くないように、ここだけは断熱して改装し、二重窓にしたらしい。大きい窓から射し込む春の柔らかい陽射しに浮かび上がる若くて張りのある肉体をグイドーが細部にわたり観察をするとき、沙羅は頼まれもしないのに少し遠くまで買い物に出かける。画家とモデルという関係にしては不都合な奇妙な雑音を、二人が沙羅を氣にせずに発生させてもいいように。

 たぶん、しばらくするとあのモデルは我が物顔でこの家に入り浸るようになるだろう。そして沙羅にここを出て行くようにと示唆するのだ。これまでもそういう事があった。沙羅は素直にそうすべきかと思うが、少なくともこれまではグイドーがモデルに出て行くように言い、そして二度とそのモデルは使われなかった。

 沙羅はキッチンで料理を始める。先の尖った変わったキャベツは、外側の葉が丸まっていないので通常のキャベツより剥がしやすかった。イタリアで見るキャベツは、日本で馴染んでいたものよりもはるかに小振りで、外の葉だけを数枚剥がすのは困難だった。

「変わったキャベツだな」
グイドーがワインを飲みながら話しかけてくる。沙羅は微笑んで「知らなかったけれど日本原産なんですって」と言うと手早くキャベツをさっと茹でていった。ロールキャベツを作るのは何年ぶりだろう。グイドーに食べさせるのは少なくともはじめてのはずだった。

「それは日本料理?」
沙羅は笑って首を振った。
「フランスかどこかの家庭料理じゃないかしら。詳しくはわからないけれど、日本料理じゃない事だけは確かね」
「そうか。いい匂いだ。君みたいに料理のうまい女性と暮らせて僕は幸せだな」

 モデルが帰ったあとのグイドーは、とても優しい。そんな必要はないのに。沙羅は彼と結婚していないのだから、彼の不実を責める立場ではないと思っている。それに、不実なのは彼だけではないのだ。どうして彼を責める事ができるだろうか。グイドーは沙羅に不実を知られている後ろめたさをもっているが、沙羅は知られていないから後ろめたい。それともグイドーは画家としての細やかな観察力ですべてを理解した上で、そのままの沙羅を受け止めているのかもしれない。

 フィレンツェの美術専門学校で修復コースを終了する一ヶ月前に、沙羅はグイドー・バリオーニに出会った。ミラノのガッレリア・デイタリアでイロッリの印象的なオレンジを眺めている時に話しかけてきたのだ。コースを終了したら再び日本に戻るつもりだった。けれどグイドーはあっという間に沙羅にミラノでの仕事を見つけてきた。イタリアで仕事をしながら経験を積めるチャンスなど二度とめぐって来ないだろう。だから、彼女はそれに飛びついた。

 そして、グイドーと逢う事も増えた。美術界に影響力を持つ壮年の画家が、日本の名もない修復師の卵に興味を持つとは思っていなかった。たとえ持ったとしても一時的なもので、それは便宜を図ってもらったからには果たすべき義務のように感じていた。彼に恥をかかせてはならないと。そして、あっさりと忘れてしまわれても当然だと思っていた。事実、グイドーはモデルだけでなく、多くの女性たちと華やかな浮ついた関係を持つ男だった。

 だが、彼は沙羅とだけはいつまでも関係を持ちたがった。ベッドの中の関係だけでなく、郊外の農園に連れて行ったり、オペラへ同伴したり、もしくは夕暮れに自宅で単にワインを楽しむためだけに沙羅に声を掛けた。多くの女たちが沙羅を敵視したが、彼女が身を引こうとすればするほどグイドーはさらに近づいた。そして、更にヴェローナでのもっと待遇のいい仕事を紹介し、ヴィラで一緒に暮らそうと提案してきたのだった。女との同居は彼の離婚以来はじめてのことだった。

「どうして私なの?」
沙羅は訊いたことがある。彼と一緒に暮らしたい、関係を持っている女は他にたくさんいた。もっと美しい、もしくはもっと彼と釣り合う社会的地位のある女たちが。

 グイドーは沙羅を抱きしめて言った。
「君のそういう所がいいんだ。僕を縛り付けようとしない。自由でいさせてくれる。男は海に出かける船みたいなものだ。どんな島にでも行きたいと強く願うんだ。だが、船はかならず自分の港に戻ってくる。君は僕の出会ったもっとも心地のいい港なんだ」

 港、私には港はないのに……。沙羅は日本に想いを馳せた。ずっと好きだった人がいた。高校生の時から忘れる事ができなかった。だが彼は別の女性を選んだ。二十年も引きずったまま、誰ともつきあわず、誰からも求められずに、仕事に生きようとした。美術館で勤めた後、修復師として自立するためにイタリアに来たが、日本に戻ってどう生きたいか自分にも見えていなかった。どうでもよかった。

 考えたくなかったから、彼の言葉を受け入れた。彼が「もういらない、出て行ってくれ」と言うまでの間、彼の生活のパートナーとして暮らしてみようと。

 学会でスイスに来るので逢いたいと各務慎一が連絡してきたのは十二月だった。沙羅はサン・モリッツに行き、二十年ぶりに彼に逢った。逢うべきではなかったのに、逢いに行ってしまった。心のどこかでは願っていた。ずっと同じ想いだったのだと、これまでが間違っていたのだと、そう告げてくれる事を。

 けれど、慎一は彼の家族のもとに帰って行った。グイドーの言葉が心に突き刺さる。「船はかならず自分の港に戻ってくる」そうなのだ。彼の港は、沙羅ではないのだ。二十年想おうとも、躯を重ねようとも、それを変える事はできない。沙羅の心は完全に方向を見失った。過去にも、未来にも踏み出す事ができないまま、日常に流されていた。それはこれまでと同じだった。

 調理台の上の残ったキャベツを見た。こんなにたくさんどうしよう。トンカツの付け合せにもしないし……。大量に消費できるのは、他には……。

 沙羅は日本から持ってきた、素材別に献立を決められる料理本を探した。あった。キャベツ、キャベツ。あ、コールスローがあった。千切りキャベツよりも日持ちがする上、かさが減って思ったよりもたくさん食べられる。これなら、グイドーも食べるに違いない。

 コールスローサラダを好きになったのは、高校生の時によく行ったチキン専門のファーストフード店でだった。生徒会が終わった後に、メンバーでよく食べに行った。各務慎一がいた。姫こと今は慎一の妻となっている麻紀がいた。たくさんの懐かしいメンバーがいた。まだ、誰かが誰かとつき合うなどということもなく、ただワイワイと楽しんでいた。ワインなどではなくMサイズのオレンジジュースを飲みながら日が暮れるまでおしゃべりをした。チキンでベトベトになった指を舐めながら笑い転げた。

「これ、おいしいよ」
慎一が薦めてくれたコールスローサラダを食べたら美味しかった。それからは、高校を卒業してからも、そのファーストフードに行く時は必ずコールスローサラダを頼んだものだ。イタリアにはそのチェーンはないので、沙羅はもう何年もコールスローサラダを食べていなかった。

 キャベツを千切りにする。人参を四角いチーズおろしの目の粗い方で削る。マヨネーズ、エクストラバージンオリーブオイル、白ワインビネガーのかわりにバルサミコ・ビアンコ、キャラウェイシード、そして塩こしょうを混ぜて馴染ませるだけ。とても簡単なサラダだ。作ってすぐよりも一日くらい置いた方が味がしみる。

 グイドーが鼻歌を歌いながらロールキャベツの味見をしている。沙羅はテーブルの上にスープ皿とカトラリーをセットしていく。穏やかな一日がゆっくりと暮れて行く。沙羅はガラスのボールに蓋をして、思い出と一緒にコールスローサラダを冷蔵庫にしまった。

(初出:2013年3月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説

Comment

says...
こんばんは。

夕さんらしい、かなと思います。
何が夕さんらしいのかと問われれば答えに困るわけですが……あえて言うなら大人の物語でしょうか? そう言いきってしまうとなんだか違う気もしてきますけど。

あ、話が逸れた。
グイドーは如何にも大物芸術家って感じの男性ですね。女性関係その他もろもろ含めて。
でも、上辺だけの関係を求める一方で、拠り所を求めているのがわかるので、憎めない感じがします。女性からするとどうなのでしょう、とは思いますけど。

沙羅は……情や状況に流されつつも、どこかきちんと立っているなと思わせます。
誰かの港であることが出来る。
それは一種の幸せだろうな、と。まあ、本当なら彼女の初恋の相手のそれでありたかったのでしょうけれど……

人生、難しいものです。
2014.03.28 14:39 | URL | #T7ibFu9o [edit]
says...
更新、お疲れ様でした。

ああ、オラトリオの子ですね。そっか、ヴェローナに帰っても「居所」は無かったんですね。
グイドーはやりたい放題ですね~。ふつう、あんなこと言ったら一発でアウト、女性に嫌われてしまうのがオチなんでしょうけど。芸術家とか芸能人の特権ですかね(笑)
沙羅に救いが無いのは、そんな状態なら泣くなり自棄になったりして、状況を変える行動に出そうなものなのに、それをしないで淡々と過ごしてしまうところなんでしょうね。この子、ほっといたらダメになりそうですね。
でも、作る料理はたしかに美味しそう。ロールキャベツとコールスローのキャベツコース、なかなかいけそうですね。

私はあの名誉大佐どののお店では、ビスケットが大好きでした。ちょっと粉っぽい生地に、メープルシロップが合うんですよね。つか、メインのチキンはどうした?(笑)
2014.03.28 17:00 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんにちは。

私らしいと言っていただけて嬉しいです。よく読むと「おいおい」な二人ですが、日本以上にこういう世界が多いのがヨーロッパのように感じています。日本よりもオープンなのかな……。

グイドーはたぶん自分の事は棚に上げてけっこう嫉妬深いタイプでしょうね。でも、紗那さんのおっしゃる通り憎めない所があって、だからこんなでも多くの女性に許されているのかもしれません。

沙羅は、そうですね。たぶん少なくともグイドーの港とされる存在である事に、救いを見出しているのかもしれません。仕事の上では、意外と恵まれた人なので、無駄な人生とは言いませんが、恋愛上ではかなりもったいない生き方をしている女ですね。そう、簡単に行かないのが人生なのかもしれませんね。

コメントありがとうございました。
2014.03.29 15:19 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは。

なんでしょうね。グイドーのこのしれっとした態度は。でも、それが許される人というのがいるのもたしかでして。ええ、コソコソやられると腹も立ちますが、ここまで堂々とされてしまうと中には許してしまう女性というのもいるのでしょう。

沙羅は、私の作るキャラの中で、たまに出てくる「自分を大切にしない優等生」タイプですね。グイドーはともかく、もうちょっと肝心な時に自分の意志を口にすればいいのに、勝手に納得して身を引いてしまう。本人に自覚がないために、TOM-Fさんもおっしゃっているような状況を変える行動に出ないんですよね。

あのチェーン店、本当に美味しいんで大好きなんですが、周りにないんですよね〜。ビスケット、美味しいですよね。ただし、チキンも食べるフルコースにすると、ビスケットはお腹がいっぱいになってしまう。大昔はロールパンがあったんですが、ビスケットの登場とともに消えちゃったんですよね。あ、チキンはオリジナル派です。そういう話じゃないって?

コメントありがとうございました。
2014.03.29 15:27 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
謎解き感あふれる夜のサーカスを読む前に、こちらをちょっと、と思って読んでみたら。
あ、これはあの12ヶ月の組曲の……と慎一という名前で気が付き、あ、私って前置きを読まずに読み始めちゃったのか、と後で振り返り……紆余曲折しながら拝読いました(なぜ^^;)。
沙羅、では気が付かなかったのに、なぜか慎一で気が付くのね、私ってダメな人。

「他人事のように考えてしまう自分にはどこか欠陥があるのかもしれない」
この言葉はちょっと心に来ました。時々、自分もそうなるので、何だか共感します。
沙羅の気持ち、というのか、人生の在り方、というのか、感じ方。大仰ではない人生の存在感、というのが納得できるような気がします。夕さんの人生観のひとつの表れなのかしら。全部ではないと思うけれど。
あ、もしや私も、自分を大事にしないタイプの人間? しまった。

そして、男の人の、この「自由にさせてくれる」「君はぼくの港」……あはは、本当に、言う言う、こういう男いるわ~というのか、いや、実は大方の男がこう思っているのかもしれませんね。私の身近にもおります^^;
でも、ほどほどの幸せ、というのか今ある自分を選んできたのは自分だし、沙羅にはそこで頑張って欲しいですね。そこに留まるにしても、また港から出ていくにしても。
楽しく拝読いたしました。ありがとうございます(*^_^*)

私もビスケットのファンです。チキンは……時々脂っこくて、逆流性食道炎には堪えますが^^;
上海のケンチキ(関西風呼び方?)で食べた時、鶏肉の硬さと食感に感動しました。
さすが中国、地鶏なんや~と。こういうファーストフード店、チェーン店でありながらお国柄が出て面白いですよね。
2014.03.30 00:54 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

ああ、やっぱりキーボードで返信するのって楽だわ〜。
そういう問題ではないですね。

彩洋さんは絶対に「慎一」に反応すると思ってました(笑)
本当は沙羅の話にする必要もなかったんですが、ケン○ッキー・フライドチ○ンがない国で、しかもこういう話でと考えていたら、ああ、ちょうどいい人がいるじゃない、ということになりました。

外国人には沙羅のようなタイプは珍しいですね。
なんというのか「こうしたらこの人は迷惑かもしれない」とか考えてしまって、でも自分のことについては「そ、それは怒ってもいいのでは」なことでも淡々としている。だからこそ自分のやってしまっているいい事とよくない事との線引きもどこか曖昧で現実感がない。例えば、「これがバレたらまずいって」と忠告されても「別に失うものもないし」みたいに構えている。外国人はもっと「私が、私が」タイプが多いので、「なぜそこまでそんなヤツの便宜を図るんだ?」と驚かれるでしょうね。

これが私の人生観かと問われると、基本的には「否」なのですが、(っていうか、そんなにいい人じゃないし)けれど、全く他人かと言われると「そうでもない」でしょうか。自分の人生も、他人の人生も、どこか小説の題材として淡々と眺めてしまう所があるように思います。

グイドーの豪語は、若い日本女性に言ったら総スカンでしょうが、ある程度の人生経験を重ねた女性なら「はいはい」と思いますよね。基本は男は皆こうなんだろうなと思います。思っていても実行に移さない人、実行に移しても黙っている人などいろいろいといるのですが、むしろグイドーみたいに正直に言われてしまうと許してしまう女は多いと思います。たとえば、もっと違ういい方と想いなんだろうけれど、行為で言えば同じ事をしている竹流を許してしまう珠恵さんはそっちなんじゃないかと。

私から見るとある意味誰からも大切にはされていない沙羅は全然幸福ではないのですが、たぶん、タチの悪い事に、グイドーも慎一ですらも沙羅をとても大切にしていると思っていますね。

沙羅はどちらかというと他人よりも自分を責めるタイプなので、「こうなったのは自分のせい」と思っています。ただ、幸福の観点は人によって違うので、私から見て幸せでなくても、彼女は(すくなくとも職業上は、加えて生活上でも)幸福なのかもしれません。そうである事を祈ってみたりもします。

関西はケンチキなんですか? マックとマクドみたいな違いがあるんですね。海外で食べた経験はジュネーヴで一度。でも、まずかったです。だから前回日本に帰ってわざわざ食べにいっちゃいました。焼きおにぎりがあってびっくりしました。上海は試してみたいですね〜。

コメントありがとうございました。
2014.03.30 18:48 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
料理の方は子供が大好きそうなメニューだけど
お話の方はなんだか大人ですね
私は読んでるだけでオロオロしました
表面的になんでもないように装えるのが大人なのかな…
私にはまだまだ難しいです
2014.03.31 12:01 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

確かにメニューと内容は逆ベクトルです。
ええ、こういう日常をしれっと生きるのが大人ってものです。
嘘です。普通の大人は、ふつーの日常を生きていると思います。ご安心ください。
でも、私の周りにはこういう映画みたいなすごい人生の人が多いのは、なぜ?

コメントありがとうございました。
2014.03.31 20:36 | URL | #9yMhI49k [edit]

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