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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(4)マールの金の乙女の話 -1-

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」の四回目です。話はマックスに戻ります。しばらくは、章ごとにマックスとラウラの話が交互に登場する事になります。この章は長いので全部で三回にわけています。

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(4)マールの金の乙女の話 -1-


「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」関連地図(現在位置)

 夕方にマックスは《シルヴァ》の森を離れて、カルヴァに向かった。この小さな村には旅籠もなければ、馬の世話の出来るところもない。だが、グランドロン王国直轄領からルーヴランを目指すものならば必ず通ることになった。サレア河の宿場町であるマール・アム・サレアへと渡る、渡し守がいるからだった。

 マール・アム・サレアは、サレア河の西岸にある三つのグランドロン領の一つであった。東岸はほぼすべてがグランドロン領であったし、西岸のほぼすべてがルーヴラン領であった時代もあるのだが、マールは少なくともグランドロン先王の時代に奪回された。

 サレア河の西にあるルーヴラン王国の王都ルーヴに行くためには、どこかでサレアを渡らねばならない。渡し賃のことを考えれば、グランドロン人であるマックスにとってはグランドロン領で渡る方が都合がいい。他の二つの西岸の町が遥かに南に位置していることを考えると、ルーヴへと旅するグランドロン人がこぞってカルヴァで渡ろうとするのは当然のことであった。

 まだ、春がやってきてさほど経っていなかったが、晴れて温度が上がったために汗ばむほどであった。常に《シルヴァ》の鬱蒼とした木陰の中を進んできた彼は、その強い陽射しを遮るもののない赤茶けた埃っぽい村の中を、多少不愉快に思いながら馬を進めていた。午後のさほど遅くない時間だが、村の家の戸はどこも閉ざされ、よそ者に無関心であるように思われた。それは単なるひがみなのかもしれないが、とにかくそう感じた。

 一本しかない、村の道を西へと進んでいくと、やがてサレアの水音がして渡し場が近いことがわかった。マックスは、舟を見つけて渡し守のいるはずの小屋へと向かった。

 渡し守は彼と馬をじろりと見た。それからぶっきらぼうに「待ってもらうよ」とだけ口にした。

「ごきげんよう」
ムッとしたマックスは、あえて正式の挨拶の言葉を口にして、客に対する礼儀をこの不遜な渡し守に思い出させようとしたが、それはあまり役に立たなかったようだった。河の渡し舟はサレア唯一の交通手段だった。その渡し賃はマールの町とその大権を握るサレアブルグ侯爵が決めており、保護されていた。従って、大して重要人物とも思えず、裕福な商人にも見えない若造一人に対して敬意を示す必要など全く感じなかったのである。もちろん彼はこの夕暮れまでにこの若造をマールへと渡してやらねばならなかった。さもなければ、彼が自腹でこの客の一夜の宿と夕食ならびに朝食を用意せねばならぬ決まりになっていたからだ。だが、夕暮れギリギリまで待って、他に三人ほどの客が集まるまで待って悪いことがあるだろうか。まだ陽は高いのだから。

 マックスはしかたなくあたりをぶらぶらして過ごす事になった。話しかける相手も自分の馬を除いたらその渡し守しかいない。いけ好かない男だが、退屈していたので縄をなっている渡し守に世間話をしてみた。
「ときに、あの向こう側に見えている町外れの大きな建物は何かね」

 渡し守はちらっと川向こうを眺め、それから再び縄をなって答えた。
「女子修道院だよ。でかいけれど、今はがらんどうさ。」
「なぜかね」

「数年前に、あの修道院で流行病があってね。感染を怖れた街の連中が、閉じこめたんでさ。そのために多くの尼僧が医者にもかかれずに死んだ。今では生き延びた尼僧と、その後に入った女たち、全部で十五人くらいしかいないって話だ」
「痛ましい話だ」
渡し守はちらっと彼を眺めたが、同意した様子はなかった。流行病をまき散らされるのはごめんだと思っているのだろう。

 しばらく待っていると、立派な服装に身を包んだ恰幅のよい男が下男を連れてやってきた。青く重みのある外套の下には明るい緑色の上着が見えている。

「渡してもらいたい」
そして、通常の三倍の賃金を渡し、二頭の馬を顎で示した。

「よござんす。舟を出しましょう。さあ、旦那も乗りな」
渡し守は、氣前のいい男と下男、そして二頭の馬を舟に乗せると、マックスとその馬も続けて乗せた。

 舟が動き始めて渡し守に余裕ができた頃を見計らって、マックスは話しかけた。
「マールは初めてなんだ。さほど高くなく清潔でうまいものの食べられる旅籠を知らないか」

 渡し守は鼻で笑った。
「何度も訪れて自分で確かめるんだね」

 貴族と思われる裕福な男は渡し守の横柄な態度をじっと見ていた。
「野うさぎ屋という旅籠があります。もう二十年近く前に泊まりましたので代替わりしているやもしれませんが試してみるといいでしょう」

 男の言葉に下男はギョッとした顔をしたが、何も言わなかった。マックスはなぜこのように位の高そうな紳士が安宿などを知っているのだろうかといぶかった。

 一方、男の方も似たようなことを思ったらしかった。
「旅のお方、身軽な服装に似合わぬ身のこなしと、発音ですな。お生まれがお高いのでは」
「いえ、そうではありません。教師として宮廷を渡り歩く身ゆえ若干の礼儀作法を心得ているだけです。申し遅れました。私はマックス・ティオフィロスと申します」

「そのお名前に、宮廷での教師とは……もしや賢者ディミトリオス殿の……」
「はい、弟子です」
「そうですか。賢者殿がこのようにお若いお弟子をお持ちとは」
マックスは笑った。職探しのためにどこで師事したかを証明すると必ず同じことを言われる。

「では私も名乗りましょうかな。私はヨアヒム・フォン・ブランデスと申します」
すぐ近くにいる者にははっきりと聞こえるが、水音をさせて舟をこいでいる舳先の渡し守には聞こえない程度の声で男は言った。マックスは耳を疑った。
「というと、ランスクの?」
「やはりご存知でしたか。そう、代官をしております」

 ランスクは大きな所領ではないがグランドロンでも有数の塩田があり、代官のヨアヒム・フォン・ブランデスは子爵の家柄ながら国王にも謁見が許されている名士だった。その当人がさほど遠くないもののこのようにわずかな伴を連れるのみで旅をしているのはいかにも不自然に思われた。

「殿様、あなたがいったいどうして……」
マックスが声を潜める。

 ヨアヒムは笑った。
「何故、このようなところに忍びの旅をしているのかと……」
それは奇妙な笑い方だった。あざ笑うような、少し悲しいような表情だった。
「そうですな、それではこの川を渡り終えましたら、若き賢者殿に私の話を聞いていただきましょうか……」
そして、ちらりと水手を見た。

 不遜で、ずる賢い目をした渡し守は話を聞けないことに残念な顔をしたが、黙って川を渡りきった。
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Comment

says...
更新、お疲れさまでした。
渡し舟ですか、なるほど。越すに越されぬ大井川、というわけですね。
マックスの名前と素性が、意外と知れ渡っているのに驚きました。これじゃあ、悪いことはできませんね。
この渡し守、いけすかない男ですが、おかげで面白い人物と出会いましたね。
旅の途中でのこういう出会いって、いいですね。男女のロマンスもいいですけど、含蓄のある大人との出会いっていうのにも、憧れます。
わあ、ここで「お預け」ですかぁ。次話で、ヨアヒムがどんな話を聞かせてくれるのか、とても楽しみです。

2014.04.16 13:02 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
この作品本当に文章力があって良いですよね。
渡り船の光景が目に浮かぶようであり。
その川の光景も浮かんできそうです。
この情景的文章をいつまでも読んでおきたいと思いますね。

かなり遅ればせながらですが、リンクしても大丈夫でしょうか。
これからもよろしくお願いします。
2014.04.16 14:19 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

ええ、まさに大井川ですね。
渡してくれるまでじーっと待つ。
数年前にドイツのラインランドに行った時にも、そうやらないと渡れない所がありました。
渡し守は普通のいい人でしたが(笑)

知れ渡っているのはマックスの名前と評判じゃなくてじゃなくて老師ですが(弟子の名前がギリシャ語風なのでばれる)、悪い事ができないのは一緒です。

このヨアヒムの話は、ずっと前に妄想していてボツった作品の焼き直しなのですが、日本の現代物だとただのどうしようもないメロドラマだったのが、こういう中世の逸話にしてしまうとなんとなくおさまってしまったのが面白かったです。三つに切ったのでお預けが二度になりますが、来週もどうぞよろしくお願いします。

コメントありがとうございました。
2014.04.16 20:16 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

うわあ、恐縮です。
そういっていただけると嬉しいです。
現代日本はもとより、スイスの現在の光景からも離れたものを書いていますが、基本的には自分が普段眼にしたもの、耳にしたものをモデルに書いています。それに、ただでさえ説明臭い部分が多くなる小説なので、情景描写がたくさんは書けなくて、兼ね合いに悩んだりもします。勉強にはなるんですが。

リンクの件、とてもありがたいです。ありがとうございます。
私もリンクさせていただきますね。

コメントありがとうございました。
2014.04.16 20:21 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ふうむ……。
今日は早起きをして時間が有ったので、ゆっくりと文節ごとに読み込みながら読ませていただきました。地図も並べて置いてじっくりと検討しました。
やっぱりサキにとってこれくらいの読書速度でないとダメなのかな。
焦って読むと混乱して結局読み返すことになってしまってしまいますもの。
そういうわけでサキはマックスと一緒に臨場感あふれる世界に入り込むことができました。強い日差しのもと、村の中の赤茶けた道を馬に乗って進んでいる気分です。渡し守との会話も3D映画を目の前で見ているような気分でした。
あれ、マックスは結構有名人なんですね。ちょっと読者として誇らしいような。
修道院の話はここだけのエピソードなのでしょうか?
野うさぎ屋……どんな宿なんでしょう?
下男の態度も気になりますが、ヨアヒムの聞かせようとしている話も気になります。
少しずつ心が物語に乗ってきましたよ。

2014.04.19 04:51 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

うわぁ、じっくり読んでいただきありがとうございました。
この作品、特に前半(マックスが就職するまで)は、各章に中世の慣習や風習を一つずつ入れています。それがストーリーに影響するわけではないのですが、全体としてこういう世界に生きているから、主人公たちはこういうことを考えるのだということに繋がるように選んで配置しています。そういうわけで全体のストーリーとはあまり関係がないながらも、今回は河の渡し守が出てきました。

有名なのは「ギリシャ語の名前をもらう教師のみなさん」を育てている賢者ディミトリオスですね。マックスのことは「こんな若造がまさかね」と、どこでも驚かれてしまっているでしょうね。

修道院は、ヨアヒムの話とも絡んできます。下男は主人の昔のことは何も知らなかったので、ぎょっとしたようです。でも、この男の話はほとんど出てきません。もともとあちこちに飛ぶ話なので、あまり細部を掘り下げないようにしています。それを野うさぎ屋は、書きたかったんですが、結局他の宿屋に泊まることになっちゃいました。別の宿屋の話は、またマックスの旅の途中で出てきます。

次回がヨアヒムの語りで、その後がその顛末ですね。

どちらかというと、ヨーロッパの昔語りに近いとりとめのない書き方をしている小説ですが、また読んでいただけると嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.04.19 18:30 | URL | #9yMhI49k [edit]

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