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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】買えぬならつくってみせよう柏餅

miss.keyさんに9999拍手のリクエストはとお伺いした所、なんだかすごいお題をいただきました。

 ・・・リクエストしちゃいましょうか。フランスパンと柏餅、そこにスイスのドイツ系頑固おやぢでひとつ、お願いします。無茶言うな? (汗



ええ、もちろん頭を抱えました。その上、柏餅と言ったらこどもの日ですよ。こどもの日に間に合わせなかったら意味なし! というわけで、急遽、書いてみました。ええ、そうなんです。私の取り柄、それは書き上がるまでが早いってことなのですよ。miss.keyさん、お氣に召すかはかなり不安ですが、少なくともお題は入れ込みました。ただし、頑固系オヤジは、当人は出て参りません。

あと、他の読者の方で「リナ姉ちゃんのいた頃」やカンポ・ルドゥンツ村ものをお読みになっていらっしゃる方は、そちら系小説としてお楽しみくださいませ。このブログの記事と小説に10000を超える拍手をくださいました、心優しい読者のみなさま全員へ心からの感謝を込めてお送りします。




買えぬならつくってみせよう柏餅

 ぱーんという派手な音がした。トミーことトーマス・ブルーメンタールは綺麗に弓型に整えた眉を少しあげてみせた。カンポ・ルドゥンツ村にあるバー『dangerous liaison』は、過疎の村には似つかわしくない洒落た南国風インテリア、大人のジャズ、そしてゲイのカップルであるトミーとステッフィが経営しているために保守的な地域では珍しく自由な雰囲氣を併せ持った特別な空間だ。常々トミーは「日曜日には時計仕掛けの人形のように定時に教会のベンチに座るくせに、それ以外の曜日は不寛容によそ者を非難するプリミティヴな客はお断り」と言っていたのだが、この扉の開け方は、その類いの奴らのように思われたのだ。けれどトミーは入ってきたスタイルのいい女を見て、ちょっと表情を和らげた。

「何よ、リナ。また喧嘩したわけ?」
リナ・グレーディクは憤怒の表情のまま、大股でカウンターに歩み寄ると、黒い革のミニスカートからすらりと伸びた長い足を交差させてスツールに腰掛けた。
「カールア・ミルク。リキュール多めで!」

 リナは二十歳。この村の出身のこの年齢の若者は、できればチューリヒに、そうでければせめて州都クールに出て都会の暮らしをしたがる。けれどリナはこの村に残ることを選んだ。かといって彼女が保守的な井の中の蛙というわけではない。それどころか、多少という域をはるかに超えて冒険をしたがるタイプで、高校生の時には一年間、極東の日本に交換留学をしていたぐらいだ。

 スイスの若者のほとんどが知らないカールア・ミルクも日本で覚えたらしい。そして、クールではどのバーテンダーも知らなかったこのカクテルを、きちんと二層に分けて、大きいアイスキューブも入れて出してくれたこのバーのことを絶対的に信頼しているのだ。
「聞いてよ、トミー。ハンス=ルディったらさ!」

 トミーはにやりと笑う。ここの所、リナは仕事の合間に、村一番の頑固者、ハンス=ルディ・ヨースの所に行って、コンディトライの修行にいそしんでいる。パンとケーキ、チョコレートなどを作る仕事だ。もちろん本職になるためには、四年間の徒弟期間をパン屋で修行し、終了試験に受からなくてはならないのだが、リナは単純に食いしん坊が高じて習いたくなっただけなので、パン屋を息子夫婦に譲って老後を楽しんでいるハンス=ルディに無料で習っているのだった。世捨て人のように村はずれの高地に住む癇癪持ちの老人と、シマウマ柄の絹のブラウスにヴェルサーチのジャケットを合わせる村では浮きまくっている生意氣な女は、ありえない組み合わせだったので誰もが一度で物別れに終わると思ったが、どういうわけかもう三ヶ月もこの修行は続いているのだった。

「今日は何なの?」
「バゲットよ! 私はあいつの言った通りに生地を練って、発酵時間だって、まあ、ちょっとはしょったけれど、ちゃんとやってさ。とっても美味しくできたから持っていったのに、あいつったら中の氣泡がどうのこうのって、ずーっと小言を言うんだもの!」

 トミーはにやっと笑った。
「それはハンス=ルディの方が正しいわよ。きちんと穴の開いていないパンなんて、スーパーで売っている工場生産のものと変わらないじゃない」
「う・る・さ・い!」

「持ってんでしょ。出して見なさいよ」
「う……」
リナはパンが入っているとはとても思えないプラダのバックから半分になったバゲットを取り出してカウンターに置いた。トミーはパン切りナイフでそのバゲットを切った。パリッと音がして表面の皮が割れ、香ばしさが広がった。その外側を二本の指で押さえるとしっかりとした弾力が感じられた。中の氣泡による穴は確かに少なく、均等な感じだが、食べてみるともっちりして喉の奥にも香りが登る。

「どう?」
「そうね。彼の言う通りじゃない。氣包の穴がちゃんとできるようになったら、完璧ってことよ。あの人の息子がここまで焼けるようになるには二年くらいかかったんじゃないかしら」

 リナはそれを聞くとにっと笑った。この村でも一二を争う美人なのだが、笑うとその口の大きさが強調されて、途端にコミカルになる。トミーは、この娘のこのギャップもかなり氣にいっていた。

「次回は、発酵時間をはしょったりするような真似はおよしなさい」
「わかっているって。今回は、ちょっと起きるのが遅くなっちゃったのよね」
リナはぺろっと舌を出した。トミーは赤いマニキュアを綺麗に塗った指先で優雅にカールア・ミルクのグラスを持ち、そっとリナの前に置いた。

「ありがと」
リナはせっかくトミーが完璧に二層に分けて出したそのカクテルを豪快に混ぜてこくっと飲んだ。それからほうっとひと息ついた。
「どうしよっかなあ。この頑固オヤジ、もう二度と来るもんかって出てきちゃった」

 トミーは肩をすくめた。
「私が間違っていました、って謝りにいけば?」
リナはぷうと頬をふくらませて横を向いた。そりゃ、無理かしらねぇ。トミーは笑った。

「いいこと教えてあげようか?」
「何?」
「あのじいさんね、甘い物に目がないのよ。でもね、スイスに普通にある甘ったるいお菓子に我慢がならなかったので、自分で作れるようにあの職業を選んだんですって」
「へえ、そうなんだ」
「そうよ。あんた、せっかく日本にいたんだし、繊細な甘味で有名な日本のスイーツでも作って持っていけば? 懐柔も楽々だと思うわよ」
「トミーって、ほんとうに悪知恵が働くのね」
リナにそう言われて、トミーは片眉をあげて不満の意を表明した。

「何作ろうかな~。って、どうやったら作れるんだろ。この間ミツに送ってもらったジョウシンコって粉で何かできないかな」
「ミツって?」
「あ、日本にいた時にホームステイしていたうちの子。ちょっと待って」

 リナはiPhoneを取り出すと、番号を選んで電話を掛けた。そして英語で話しだした。
「あ、ミツ? わたし、わたし、ひっさしぶり~、あ、ごめん、寝てた? あ、今そっち午前二時なの? 悪いわね」
トミーは目を天井に泳がせた。氣の毒に。

「うん。この間送ってくれたジョウシンコで、どんなスイーツができると思う。うん、草餅? あ、あれ美味しいね。え、ヨモギ? そこら辺の草でいいの? ダメか……。え、柏? それならあるよ。ああ、カシワモチ! うん、あれ大好き。ね、いますぐ作り方調べて英語で送って! え、明日の朝? ま、いっか、それでも。うん、お休み」

 電話を切ったリナにトミーは食って掛かった。
「あんたね。それが人に物を頼む態度なの? 午前二時にたたき起しておいて、今すぐレシピを送れだなんて」
「あん? そう言えばそうだよね。ちょっと反省。あとで謝罪のメールを送ろっかな」
リナがiPhoneを横において、残りのカールア・ミルクをこくこくと飲んでいると、チリンとメールの着信音が鳴った。

「あ、ミツだ! やっぱり、寝る前に英訳して送ってくれたよ」
トミーは、さすがこの娘を一年間も受け入れた一家の一員だと呆れてため息をついた。

「ふむふむ。柏の葉っぱは茹でればいいのね。白あんは白いんげん豆から作るのか。これはそこら辺で買えるよね。ああ、白みそ。ちょっと高いけれど、クールの自然食品店で売っていた。ふーん、ちょっと面倒だけど、バゲットほどじゃないわね」
そういうとリナは料金を置いて立ち上がった。

「何よ、もう帰るの?」
「うん。味噌を買いにいかなきゃ。日本の諺にね『善は急げ』ってのがあるのよ。ちょうど明日は五月五日の男の子の日だから、あの爺さんにはぴったりじゃない?」

 男の子の日ねぇ。トミーはやれやれという顔をした。扉を閉める前にリナはもう一度顔を見せていった。
「上手くできたら、トミーにも持ってきてあげるね。カシワモチのためなら、一日くらい男の子に戻るのも悪くないでしょ?」
トミーは真っ赤なマニキュアが印象的な手をヒラヒラさせて言った。
「あたしは今でもれっきとした男の子よ。ステッフィの分も持って来なかったら承知しなくてよ」

「了解!」
ニィッと笑ってリナはつむじ風のように去っていった。

(初出:2014年5月 書き下ろし)
関連記事 (Category: 小説・リナ姉ちゃんのいた頃)
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Category : 小説・リナ姉ちゃんのいた頃
Tag : 小説 読み切り小説 リクエスト キリ番リクエスト

Comment

says...
 こんにちは。
 もう書かれたんですね。早いですね。無茶振りなのに大変だったでしょう。お疲れ様でした。
 粉から柏餅を作ってしまおうというところが凄いですね。さすが職人。うまく懐柔できると良いですね。

 PS:私も簡単なの書いてみました。

   どいつんだ

男は頑固である。スイスの片田舎の街中で小さな時計工房を営む、髭むじゃらな初老の男。つまりステレオタイプなドイツ系スイス人という奴だ。
 再度言うが、兎に角偏屈な頑固おやぢである。つい先程も修理を終えた時計を受け取りに来た依頼主に対して、
「すばらしいだぁ?なんてこった。客に素晴らしいなんて褒められるなんて、おれはつくづく未熟者だ。時計なんざ直せば直るんだ。いちいち嬉しがるんじゃねぇ。」
 などと悪態をついて追い飛ばしてしまったほどである。そして一人になると決まって言うのだ。
「客に満足されたなんざ技術屋の名折れだ。職人てぇのはよ、素人なんかに褒められるようじゃ駄目なんだ。素人が目むいて、ただただ驚いてるぐらいの仕事をしてこそ一端だ。」
 もう救い様が無い。
 ある日、友人が訪れた。とは言っても隣のパン屋の旦那である。フランス系のこの男は、持って来た長いパンをテーブルの上に置いた。
「どうだ、会心のパリジャンだ。今度こそ上手いと言わせてやる。」
 類は友を呼ぶという奴で、パン屋の旦那も相当な頑固者である。時計職人のおやぢとはフランスのパンとドイツのボーツのどちらが旨いかで不毛な水掛け論を二十年も続けていた。そして時計屋をぎゃふんと言わせる為に毎度こうして焼きたてのパンを持ってくる訳だが、そもそも時計屋のおやぢにはフランスのパンを認める気がさらさら無いので、結果は
「ふん、パリなんぞと付ければ誰でも靡くと思っとるからフランス人はイモだと言われるんだ。一端の技術屋ならな、客が訳判らなくて驚いて開いた口が塞がらねえ位の物を作ってみろ。」
 推して知るべしかな。
 とは言うものの、それを遅い朝食に待っているのだから、この二人、至って仲は良い。いわゆる喧嘩友達という奴である。
「ところで、時計屋、白いパン生地みたいなものは何だ?」
 パン屋の旦那は葉に包まれたそれを覗き見た。
「ん?さっき時計を取りに来た東洋系の客が置いてった菓子だ。なんだかぺこぺこ頭を下げているんで鬱陶しくて追い返してやった。食って良いぞ。」
「どれ。」
 パン屋の旦那は餅を一つ掴んで恐る恐る口に運ぶ。が、葉が硬くて眉をしかめた。
「どうやらこの葡萄の葉っぱみたいなのは食えんな。」
「見れば判るだろうが。」
 時計屋のおやぢは葉を剥がして噛り付いた。そして一声唸った。
「こんな菓子がドイツにあったのか。元はポンメルン辺りかな。」
「まあ、こんな硬い葉っぱを使うところは如何にも無神経なドイツらしい。」
 パン屋の旦那も葉を剥がして再び口に入れた。
「いや、これはパリの新作に決まってる。中のピュレが絶品だ。」
「ふん、新作菓子だと言うならウィーンに決まっとる。」
 水掛け論のネタが増えた。
2014.05.04 01:45 | URL | #eRuZ.D2c [edit]
says...
逆に私もスイスのお菓子を作ってみたくなりました
何がいいかな?
2014.05.04 02:58 | URL | #- [edit]
says...
こんにちは。

三人の方からバラバラに無茶なお題をいただいたのを一つにしたことはありますが、お一人からこれほど難しい組み合わせのお題をいただくのははじめてでした(笑)
でも、とてもmiss.keyさんらしいなと思いました。

そして、こんなに早く書いてくださったのですね。miss.keyさんの考えられる模範解答という所でしょうか。

スイスってこういう風に見えているのですね。そっか……。日本って、日本語と日本文化と日本人が全て同じところにあるので、一般的なスイスの人びとの感じ方や考え方が想像しにくいんだろうなあと納得しました。今度、そこら辺のネタも記事にしてみます。

リクエストとコメント、そして楽しい作品をありがとうございました。
2014.05.04 10:04 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんにちは。

日本でいうショートケーキのようなスタンダードな位置にあるのは「シュヴァルツヴァルダー・トルテ」ですかね。あれはかなり簡単です。でもこの時期は、イチゴのタルトがおすすめかな。激甘で。

ダメ子さん、とても女の子らしいです。リア充まっしぐらな高スペック! 中の人にもぜひ持っていってあげてくださいね(笑)

コメントありがとうございました。
2014.05.04 10:07 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
今回のリナ、変な表現ですけどこれまでで一番面白かったです。
彼女の性格?が最も素直に表現されたお話しのような気がしています。動き・態度・喋り方、ウ~ン、リナ・グレーディクだ。
ミツも登場していないだけに、よけいに電話の向こうでアタフタしている様子が想像できて笑ってしまいます。即、英訳、折り返すってミツらしいですね。本当に可笑しいです。
リナが柏餅の段取りを考えるシーンは夕さんの実体験を基に書かれているんでしょうか?リアルです。
でも柏餅の結果報告は無しですか~。残念!!!

PS:なぜかわかりませんが、サキはガーリックバターをたっぷり塗ってから少し焼いたのが大好きです!
すみません。フランスパンのことです。
2014.05.05 02:50 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

氣にいっていただき、嬉しいです。
ようやくリナ姉ちゃんらしさが定着してきたかなと、自分でも思っています。ほっておいても勝手に自分でらしく動いてくれるので、書きやすいキャラになってきました。

ミツも18歳になっているのに、未だに振りまわされているのですよね。
明日でもいいといわれても、結局ぶつくさいいながら深夜にレシピを探し、さらに英訳する丑三つ時(笑)

柏餅は作ったことがありません。でも、「自分で作れる和菓子」というような料理本が手元にありまして、「なければ自分で作ろう和菓子」系のことは何回かした事があります。やっぱりネックは上新粉、道明寺粉といった日本でしか手に入らない粉類なのですが、それさえあればなんとか作れるみたいです。

結果報告ですか。では、いずれそのうちに。(あまり期待しないでって、トミーが言ってます。リナは自信満々)

ああ、ガーリックバター! 美味しいですよね。厚みの半分が黄色くなるくらい大量だと幸せですよね。よし、明日は作ろう!

コメントありがとうございました。



2014.05.05 19:00 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
1日遅れで拝読。
何だか勢いがあって、面白かった(*^_^*)
本当にリナ姉ちゃんの元気と竜巻風巻き込み術を垣間見た気がしました。
今度は柏餅づくりですか。そうそう間違えるレシピではないと思うけれど、リナの手にかかるとどんな風な特徴的な味わいになったんだろう?
それにこのシチュエーション。トミーの店で交わされる会話という形になっているのが素敵。
『バッカスからの招待状』シリーズかと思っちゃった(*^_^*)
最近、夕さんの物語は短編が食べものシリーズ、食べ物絡みが多くて楽しい(*^_^*)
2014.05.05 23:00 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
おかえりなさ〜い。

楽しいご旅行だったようで。日本酒、いいなあとリナが申しております(笑)

リナは日本にいてもスイスにいても基本同じですね。
もっとも万人受けする娘ではないので、やはりはみ出しものの集う『dangerous liaison』に入り浸っております。

そう、これはカンポ・ルドゥンツ村版「バッカスからの招待状」ですね。ただし、トミーは田中ほど礼儀正しくないですが(笑)立ち位置としては彩洋さんのとこの新宿二丁目のお方に近いけど、あそこほど危険な香りのしないド田舎の世界でしょうか。

柏餅は、確かに簡単そう。先にバゲットの作り方を検索して「こりゃ、私には無理」って思いましたが、柏餅の方は「作れるかも」って思いました。作っていないけど。それに、日本にいたら絶対に買いにいきますが。

食いしん坊がネタ割れしてきていますが、いや、今回だけはお題ですから! (と、言い訳してみる)

コメントありがとうございました。
2014.05.06 18:41 | URL | #9yMhI49k [edit]

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