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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架(5)城と城塞の話 -2-

「城と城塞の話」の後編です。やっぱりマックスのようにフラフラしていた方が、お話らしいことが起こりますね。こっちは何も起こらないや。ラウラの話は、もうちょっと後で動きます。今回も説明ばかりになります。あ、侍女たちがお喋りしています。女の噂好きはいつの世も、そして、どこでも一緒。

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あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架
(5)城と城塞の話 -2-


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 そのエクトール二世のもとに、二年ほど前に自ら売り込みにきたのが、ドール大司教の腹心であったイグナーツ・ザッカであった。ザッカはもともとルーヴラン人ではなく、隣国センヴリの出身であったが、聖職者となってドールに遷り、その非凡な頭脳と政治力で瞬く間に大司教の目に留まった異例の経歴の持ち主であった。

 ルーヴランの宮廷に来てからは、宰相ギュスターヴ・ヴァンクールのもとで補佐をしていたのだが健康きわまりなかった宰相の突然の死に伴い、半年前に宰相の座に登り詰めたのだった。聖職者の面影を残すのは、常に着用する黒いベルベットの衣装だけで、その冷徹な振舞いから《氷の宰相》と陰で呼ばれるようになっていた。

「ド・ヴァランス夫人が宮廷奥総取締役を退かれた経緯を知っている?」
ラウラ付きの侍女リーザは噂話が好きだ。ゴシップを話しているとラウラに嗜められるので、彼女が部屋にいない時にはここぞとばかりにまくしたてる。

「ヴァンクール様ととても親しかったからでしょう。その、つまり、単なる友情以上にってことだけれど」
「やっぱりそうなの? でも、あの方にも夫君がいるんでしょう」
「ご主人は田舎貴族で、影が薄いの。夫人がヴァンクール様のお引き立てで宮廷奥総取締役に就任してからやっと国王陛下にお目通りが叶ったって体たらくだったもの」
「ヴァンクール様が亡くなられて夫人の形勢が悪くなった後も、離縁する事もできないみたい」

「ド・ヴァランス夫人が退かれて、姫様はご機嫌が悪いのよね」
アニーがそっとつぶやいた。侍女たちは目を合わせて頷く。世襲王女には、宝石やダンスの他にもっと大切な事がたくさんある。十六になってから、姫は領地と年貢の管理や、直轄領における裁判、それに宗教行事など国王の仕事のほとんどに同席する事を求められた。彼女が好んだのは東方や南方からの珍しい品々を運んでくる上納品の確認だけで、あとの多くについては、ありとあらゆる理由をつけて避けようとした。宮廷奥総取締役であったド・ヴァランス夫人は自分の立場を強固にするためには誰を味方に付ければいいかよく知っていたので、姫の都合のいい口実を次から次へと生み出しては表方に奏上した。夫人と「非常に親しい」宰相がこれに反対するはずもなく、姫君は好き勝手を通す事ができていたのだった。

 ところが、《氷の宰相》が夫人を上手に厄介払いしてからは、勝手が違ってきた。新たに奥総取締役に任命されたのはアールヴァイル伯爵家の遠縁にあたるベルモント夫人だった。厳格な性格の上、娘のわがままに手を焼いていた王妃と親しい事もあり、姫の自由はかなり制限される事となった。さらに、公の場で《氷の宰相》が、姫の無知をさらさないように骨を折る事がなく、何度か恥ずかしい目に遭わされていたので、王女はザッカを毛嫌いしていた。

 それゆえ、どうしても自分が出向かなくてはならない場合を除き、姫は宰相に会う用事をことごとくラウラに押し付け、さらに政が行われている場にも同席し攻撃の矢面に立たせようとした。それで本来は政治や軍事に関わる必要のないラウラが宮廷の表によく顔を出す事になっていた。

「国王陛下はザッカ様をずいぶん信頼なさっているのよね。どんどん改革を進めていらっしゃるけれど……」
リーザは声を潜める。
「それに何の問題が?」
「財政の緊縮、いよいよ私たちの所でも始まるみたい。まあ、姫様のお買い物が主なターゲットだと思うけれど」

「ラウラ様のお手当は減らされないわよ。だって、もともと必要最小限の物以外はほとんどお買いにならないんですもの」
「そうかしら。里下がりの時の特別手当を削られたら嫌だなあ」

 侍女たちは三ヶ月に一回一週間ずつ里下がりが許されている。明日はリーザとアニーの番だった。アニーはちらっと冷たい眼でリーザを見た。
「いただいているお手当の他に、毎回このお部屋からお菓子を根こそぎ持っていっている人がよくいうわよ」
「あら。ラウラ様が召し上がらないんだもの。悪くなるよりいいでしょ」
「あのね。里下がりする子は他にもいるんだから、ちょっとは考えなさいよ」

 そう言いあっているうちに、扉が開いてラウラが戻ってきた。
「何の騒ぎ?」
「い、いえ、なんでも」
アニーもリーザも顔を赤くしてうつむいた。他の侍女たちはくすくす笑っている。

 ラウラは高杯の上に山盛りになっている果物を見て言った。
「これも二人で分けなさい。お家の方によろしくね」
それから、手にしていた本を広げて窓辺に座った。

 アニーはそのラウラの横顔を見て、急に申し訳なくなった。両親のもとではなくて叔母の家とはいえ、少なくともアニーには帰る家がある。でも、ラウラはどこにも帰れないのだ。表向きはバギュ・グリ侯爵家が彼女の実家だが、誰も彼女が戻ってくる事を望んでいなかった。彼女は他の女官たちのように里下がりをする事がなく常にこの城の中にいた。城壁の外に出られるのは、彼女がこの城から出て行く時だけなのだろうと思うととても切ない氣持になった。

「来週の日曜日、そんなに遅くならずに戻って参ります」
アニーが少し思い詰めた様子で言うと、ラウラは本から眼を上げて不思議そうにアニーを見た。
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Tag : 小説 連載小説

Comment

says...
本来そういう役目を持っていないラウラが、頻繁にそういう場に引っ張り出される。多分、そつなくこなしているんだろうな……と思いながら少し心配していたりして。
何も起こらない説明が主体のお話しが、読んでいて苦になりません。
どうしてもダレて来ることが多いんですけど、上手いなぁ。
少しずつ舞台の構造が頭に入ってきました。
でも、すぐに忘れてしまうんですけどネ。
困ったもんです。
2014.05.18 09:40 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんにちは。

ラウラが男だったらよかったんですけれどね。
きっと将来は宰相になって、という感じで栄華を極めるチャンスでもあったのでしょうが。
女王はありでも、政治の実権はやはり男が握っている国のようです。
固有名詞などの細かい話はあまり憶えなくても大丈夫です。要するにここのお姫さんはあまり名君主になれそうもないって所だけで十分です。

来週は話がまたマックスに戻ります。こっちはいろいろ起こるんですよね。
今のところ、ラウラの方が上流階級の話、マックスの方が下層の話です。でも、上流階級や政治の話なしにも済まされなくて、話の配分が難しいです。今回は、ザッカの紹介のための章でした。つまらない回におつき合いいただきまして感謝です。

コメントありがとうございました。
2014.05.18 13:31 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
更新、お疲れさまでした。

えっと、またまた細かいですが…。
「これをも二人で・・・」は「これを二人で・・・」でしょうか。

王女さまの出来ない子ぶりと、ラウラのそつのなさが際立っていますが……娘が恥をかかされても、ザッカを重用する王様、なかなかにシビアですね。国政と私情を混同しないだけの才覚はあるというわけですね。
侍女たちの噂話という形を取っていたので、王宮の裏話というか背景の説明も楽しく読ませてもらえました。
アニーとリーザたち、緊縮財政のあおりを食わなければいいですね。

次話、マックス編を楽しみにしています。
2014.05.18 14:59 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
こんばんは

す、すみません。これ、最後に直した所だ……。しくしく。
いつも本当に助かります。ありがとうございます。

王様も、娘の立場が、なんてことで躊躇している場合ではないのですよ。自分自身が政治に弱くて、一人ではまともに治められないんで。それに、王妃の方は「むしろ厳しくしてやって!」と思っているみたいです。

アニーたちはあまり影響を受けないと思います。シモジモは今ひとつわかっていないのですが、実は、里下がりの時にもらっているお手当は、ラウラのポケットマネーでして、財政緊縮とは無縁なのです。ラウラ自身は他にお金を遣うこともないので、多少減らされても何でもないのですね。この人、かなりの地位にいるくせに、お役御免になったら働いて生計を立てられればいいやと志の低いことを考えているので、持っているお金が目減りしても全く問題ないみたいです。それより、早くこの王女とおさらばしたいという方が切実なんでしょうね。なんて事は書いていないけれど、裏設定です。あ、裏設定バトンって、こういうことを書けばいいのか。

次回、マックス編、もう少しこちらの方に近づいてきます。また読んでいただけると幸いです。

コメントありがとうございました。
2014.05.18 17:39 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
財政の緊縮はどこでもあることですよね。
古今東西。世の中の財政がなくなれば、金がかかっているとところから取るというのは。
徳川にしても、ローマ帝国にしても同じことですね。
2014.05.19 12:49 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

どの時代であれ、どの世界であれ、国の問題の一番は「お金が足りない」なのですよね。
財政緊縮における大きな問題は、使いまくっている人に権力があるという、これまた古今東西ありがちな事実です。ザッカからみると「この国は贅沢している場合じゃないんだよ!」なんですが、上にしかいたことがない方は下の状態が正しく見えていないのですよね。

コメントありがとうございました。
2014.05.19 19:45 | URL | #9yMhI49k [edit]

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