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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

「創作裏話バトン」

TOM-Fさんが「小説家になろう」のお友だちからうけとっていらしたバトンをさらに受け取ってみました。
これは、作品を思いついた当初と、実際執筆された際に変化や変更のあった内容をまとめるものだそうで。単体の作品だけでも、複数の作品を組み合わせてもいいらしいです。一つの作品ではあまり変更はしないので、ごった煮にしました。たぶん常連さんはもうみんな知っていることばかりじゃないかなあ。

この回答には若干のネタバレも含まれています。大したネタバレではないですが。作品へのリンクは、今回ははしょります。



「創作裏話バトン」


1.キャラクターの名称

「夜のサーカス」に出てくる雄ライオン、ヴァロローゾは最初はアフロンタでした。(どちらも「勇猛」って意味です)それだとメスに聞こえるかなと思って、変更。ま、どうでもいいですね。


2.キャラクターの性格

「大道芸人たち」の蝶子の元になったキャラは、あんなにズケズケしていなかったな。その分、決断もいまいちで、一度は教授の元に戻って、男(稔とレネの合の子みたいなキャラ、なんだそりゃ)がドイツまで追いかけてくるって話でした。面白くないのでボツりました。


3.キャラクター以外の名称

変更はしたことないな。裏話ということでは、「樋水龍神縁起」に出てくる島根県奥出雲にあることになっている架空の村「樋水村」ならびに樋水龍王神社のご神体でもある樋水(川)は、二つの大事な理由で名付けています。一つはモデルとなった川、島根県の奥出雲に実際に流れていて八岐大蛇とはこれのことではないかと言われている斐伊川の古名、肥河を意識しました。それから重要なモチーフとなっている翡翠(勾玉)と音を合わせました。


4.設定

「大道芸人たち Artistas callejeros」のヒロイン蝶子はヴァイオリニストで、エッシェンドルフ教授もヴァイオリニストでした。そっちの妄想と重なるために、ヴァイオリニストだった園城真耶をわざわざヴィオリストに変えたら、「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」での神業シーンが無茶になってしまった。蝶子がフルート奏者なら真耶はヴァイオリニストのままでもよかったのかも。蝶子をフルート奏者に変えたのはコルシカフェリーのシーンを書きたかったから。ヴァイオリンを水に濡らすのはまずいと思ったんです。でも、その時は三味線の方がもっと水に弱いことを知らなかった。orz


5.背景

「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」は、作者である私が高校生ぐらいだった当初の案だと三話くらいで終わるしょうもないストーリーでした。今でも大枠は変わっていないのですが、そのしょーもないストーリーを「ああ、だからこうなるのね」と納得させるため、そして「この話をこんな年齢のヤツが書くのはナイーヴすぎてちょっとイタイ」と自らのツッコミに耐えうるものにするために、中世ヨーロッパのことを調べまくり、かなりつらいことや悲しいことをてんこもりにしています。単純なノーテンキ恋愛ストーリーから、人間や政治などをも含めた話にするために背景をやたらと膨らませました。


6.人称

一人称は、いつも考え抜いてからつけるので変更はあまりないですね。女だとあまりバリエーションないですが、それでも「私」と「あたし」のどっちにするか考えます。たいてい「私」だけど。男は「僕」にするか「俺」にするかすごく大事です。ヴィルや稔は「俺」でレネやマックス(この人だけ「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」、後の三人は「大道芸人たち Artistas callejeros」のキャラです)は「僕」。

小説の本文としての人称の問題は……。ええ、わかってます。いつもごちゃごちゃにしてすみません。地の文を三人称で書いていたはずが突然一人称になるのは、よくないと知りつつ、わざとやっています。たぶん、怒られてもやめないと思います。


7.ボツったキャラ

「森の詩 Cantum Silvae」シリーズの第一部と第三部をまるごとお蔵入りにしたので、そっちに出てきていたキャラは全滅です。でも、面白そうなのはジュリアだけだったから、あまり未練はなし。


8.ボツったストーリー

「樋水龍神縁起」のラスト。最初の案では、二人は氣がついたら京都の笠宮神社のかくし幣殿にいたという救済案を用意していました。でも、それだと緻密に作った世界観と合わないので、最後に泣く泣く変更。

あ、ストーリーが馬鹿馬鹿しすぎて発表できないどうしようもない未完の長編というのもあります。そのうちの一つに「ヴァルキュリアの恋人たち」で使った戸田雪彦という俳優が出てきます。そして、この作品には早瀬燁子というヒロインがいたのですが、ストーリーをボツったので、名前だけ「彼岸の月影」という作品のヒロインに流用しました。よく考えたら、この作品はメインキャラが四人(というか四人半)で「大道芸人たち」の四人組に近いキャラたちが出てきていました。燁子は蝶子ポジションで、雪彦はヴィルポジションでした。そして、稔そっくりのキャラもいたな。



9.バトンご指名

自作について語りたくてしかたない、そこのあなた。さあ、やってみよう!

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Comment

says...
裏話をまとめて聞けるバトンというのも、いいですね^^
大道芸人たちの持つ楽器も、書きたいシーンのために変えた、というのも驚き。
やはりこのシーンが書きたい、というのは、とても重要なんですよね。すごくわかります。

あの壮大な「森の詩」を、高校生の時から少しずつ読み物として作り上げていく過程が、やっぱりすごい。政治、歴史を盛り込んで、とても深いお話になっていますし。高校生の頃なんて、私何もしてなかったなあ~。もったいなかった><

キャラの呼ばせ方、男の場合は悩みますね。「僕」「俺」「私」。そこで性格が決まってしまう気がして。結構なおじいちゃんが「僕」というの、なんだか好きです^^
文章的な人称は・・・3人称でも、1人称になってしまうときってありますよね。
でも、大御所の作品の中にも、違和感なくそうやって1人称が混ざることって多いです。そのほうが親近感がわく場面ってありますもん。だから、私も1人称を溶け込ませる方法は、止めないと思います^^(けっこう好きです)
でも、ラノベ的完全1人称の物語は、きっとこの先も書かないと思います。なんか、自分にはしっくりこなくて。
楽しいバトンでした。
2014.05.24 01:00 | URL | #GCA3nAmE [edit]
says...
おはようございます。

もともとこのブログでいろいろ垂れ流しているので、あまり「秘話」みたいなものがないんですよね。

「大道芸人たち」や「森の詩 Cantum Silvae」はもともと自分一人で楽しむための小説だったので、設定に矛盾や無理があっても脳内ではスルーしていたのですよ。で、実際に作品として執筆する時になって「波ざっぱんの所ではヴァイオリンはなあ……」と引っかかったので変更したんです。でも、その時には「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」は執筆が終わっていたので、曲名の変更などが面倒で真耶の設定がそのままになってしまった……。これでおわかりのように、私はlimeさんのように緻密に設定して書くタイプではないのです。かなり適当でして……。

「貴婦人の十字架」は、ええ、高校生の時のバージョンはクズですから(笑)
書いていてもいなくても同じです。年齢のせいもあるんですが、それだけでなくてあの頃はものの見方が薄っぺらかったです。でも、あれを書いていたからこそ、現在書こうとするものは違うものにしようとする原動力になっているのかなあ。

> キャラの呼ばせ方、男の場合は悩みますね。「僕」「俺」「私」。そこで性格が決まってしまう気がして。結構なおじいちゃんが「僕」というの、なんだか好きです^^

あ、意外性のある一人称、いいですよね。それだけで、「お?」とつかめるような。あと、二人称も大事なんですよね。ヴィルの「あんた」や稔の「お前」、レネの「あなた」など、英語では全部「you」である所を、日本語に訳して(?)執筆しているのですが、それぞれの対人スタンスが出るのでこのへんはいつもこだわります。limeさんのマンガで、酔っぱらいのおじさんが「母さん」と奥さんに呼びかけているのも、奥さんカケラも出てきていないのに、家庭内での対人関係がそれだけで浮かび上がってきましたよね。

あ、limeさんも「三人称中の一人称あり」派でしたか。よかったよかった。あれって毛嫌いされるもの書きの方がいらっしゃるのですよね。「文章作法として許されない」みたいな。でも、括弧を入れたくない時もあるのですよね、リズムとして。そういうわけで、否定的な意見は素通りしています。

一人称語りの小説は、掌編だけかな。長いのは難しいです。ものの見方が語り手に限定されますし、話も単調になりますから。もっとも、結末をぼかすために、長編のエピローグだけを一人称で語らせたのはあります。その時に、テクニックとしては、こういうのも使いでがあるなと思いました。

楽しんでいただけて嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.05.24 09:19 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
創作当初からあまり変更をなさっていないことに、ちょっと驚きました。私なんて、変更しまくりですからね~(笑)
八少女夕さんの小説は、書き始めたら迷いなくラストまで書ききってしまうような、潔さみたいなものを感じます。事前の準備がきっちりできているからでしょうね。

ぐずぐず煮え切らない蝶子とか、オレオレ言ってるレネとか、たしかにイメージできませんね。
蝶子のヴァイオリンは、ありかもって思いますけど。
真耶さまの神業シーンは、読んでいてゾクゾクしましたね。もちろんいい意味で、ですけど。楽器を持ち替えたことで、真耶のすごさが増していたように思います。
小説の人称って、どうもよくわかりません。真面目な方には怒られそうですが、面白ければどうでもいいんじゃない、って思っちゃいます。

バトンの受け取り、ありがとうございました。回答、楽しませていただきました。
2014.05.24 10:44 | URL | #V5TnqLKM [edit]
says...
夕さんの作品はある程度読ませていただいているので、とても面白かったです。
夕さんの創作の秘密を1つ1つ聞かせてもらっているみたいで、これ面白いバトンですね。
蝶子の元キャラが今のキャラに変化したことや、バイオリンとフルートの話、夕さんの制作過程を覗けた感じで楽しかったです。三味線は彩洋さんとこで水に弱いってことが判明する所を、横から覗かせていただいていたので、夕さんの慌てぶりとか、あぁそうだったなぁと思い出しました。
「森の詩」、原作品をちょっと見てみたいかなぁと思ったのは、現作品の緻密な設定をあらためて感じてみたいと思ったからかもしれません。
実際の歴史をベースにしているのでしょうが、もう夕さんワールド全開です。
サキは人の頭脳が作り出す架空の世界、まるで本当にあるように緻密に描かれている世界がとても好きなんです。これって物語を読んだり書いたりすることの出来る人間の特権ですね。せっかくある権利だもの、おもいきり行使しなくちゃ…と思いました。
ならば人称は日本語の特権なんでしょう。楽しんでますよ。
「僕」という一人称を使うシスカや、カップルで「オレ」だったり、「あたし」や「うち」も好きですね。
大きな部分をお蔵入りにするのは勇気が要りますよね。でもやっぱり自分が納得するためにはやむを得ないんでしょう。
バトン、受け取ってすでにUPしました。
よろしければ覗いてくださいネ。
では。
2014.05.24 10:51 | URL | #0t8Ai07g [edit]
says...
こんばんは。

事前の準備……。普段は何もしていません。妄想して、それを書き写しているだけ。だからたまにとんでもないことを書いていたりするのですが。

一氣に書くのは、そうですね。迷いがないというよりも、そうしないと「飽きる」「忘れる」「疲れる」の三重苦で完結しないまま放置することになるからだったりして。

そう、今になってみると、煮え切らない蝶子ほど似合わない姿はないかも。俺様レネもかなり嫌です(笑)
蝶子の楽器は、実をいうとかなりどうでもいいかも。でも、真耶と拓人の二人は楽器と切り離せないキャラになっているように思います。で、もう動かせない……。真耶の神業シーンは、現実味なくなりましたが、おかげで真耶の「鬼」ぶりが強調されたことにしようと自分に言い訳する日々です。

人称や視点はきちんと勉強された方はとても氣になるみたいで、直接怒られたことはないんですが、小説系ブログで「許せん!」と怒られているのを何回か拝見しています。おっしゃることもわかるのですが、これだけ長いこと自己流でやっていると、直すのは難しいです。無理してそうでないように書こうとすると自分らしさがなくなっちゃうんですよね。そういうわけで、「氣になってイライラする」方は、別の方の小説を読んでいただこうと割り切ることにしてしまいました。

楽しんだと言っていただて嬉しいです。
面白いバトンとコメントをありがとうございました。
2014.05.24 19:23 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
こんばんは。

以前は圧倒的に「大道芸人たち」だけは読んだ事があるという方が多かったのですが、最近はバラバラなのですよね。で、「数打ちゃあたるかな」ということもあって、ごった煮にしました。サキさんは本当にたくさん読んでくださっていて、感謝でいっぱいです。

三味線の件は、本当に知らないものを知ったかぶりして書くことの怖さを思い知りました。でも、読者の分母はそんなに多くなく、さらに三味線のことをご存知の方はまたさらに少ないから、これに引っかかる方はそんなに多くないだろうとは思うんですけれどねぇ。とはいえ、「天知る、我知る、彩洋さんとサキさん知る」ですからねぇ。赤面ものです。

「森の詩 Cantum Silvae」の昔バージョンは、お見せできません(断言・笑)あれこそ黒歴史。
もっともメインストーリーは同じですので、マックスがルーヴの王城にやってきたら、たぶんサキさんにも原形が想像できるかと思います。

> サキは人の頭脳が作り出す架空の世界、まるで本当にあるように緻密に描かれている世界がとても好きなんです。これって物語を読んだり書いたりすることの出来る人間の特権ですね。せっかくある権利だもの、おもいきり行使しなくちゃ…と思いました。

ということでしたら、他の作品はともかく来週から始まる「Infante 323 黄金の枷」はかなり楽しんでいただけるかと思います。メインストーリーはともかく、あちこちに実際にポルトで経験できる世界と、私の脳内で作られた嘘っぱちの世界が曼荼羅のように混じりあっていますから。書いている本人も楽しんで書いています。

人称問題ですが、男女で人称が違うのも日本語の特徴ですよね。だからこそチェンジすることによって、そのキャラの背景の一端を担うことが出来るんですよね。私はこれをあまりやったことがなく、ゲイであるトミーの「あたし」だけなんですが、サキさんはこれがとても上手だなといつも感心しています。そして、関西弁。憧れるけれど使えないのです。関西の友人にいわせると「関東人が真似する関西弁ほどイライラするものはない」だそうで、怖くて使えません。関西の方の多くは関東の言葉も問題なく使えるバイリンガルなので、うらやましいなあと思っています。

バトン、受け取っていただきましてありがとうございます。
後ほどコメントに伺いますね。

コメントありがとうございました。
2014.05.24 19:46 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
す、すみません……三味線であれこれ突っ込んでしまって……
でも、あれこれ救済案も(?)、自分なりに考えたのです。
つまり、皮を超ゆるゆるに張っておくと、水をぶっかけない限り破れないはず。
きっと稔は放浪期間が長いから、皮はゆる~く張っているはずだし(って、音がぼわんぼわんになるんだけれど)。

なんて話はさておき。
一番びっくりは、『樋水龍神縁起』のラストに、実は救済案があったということ!
あのお話は、ラストはあれしかないって話だと思っていたので、意外でした。
結果的には、落ち着くところへ落ち着いたということなんでしょうね……
次に意外だったのが、蝶子がもっと可愛いキャラだったという話。
それはかなり意外。確かに、あのお話は蝶子のキャラが引っ張っていっていたから、それだったらほんと、読んでいる方もちょっとイラッとしたかも^^; 夕さんがボツったの、納得です。でも、最初の船の上で泣きながらフルートのシーンでは、ちょっとキャラがどっちに行くのかは分からない、って感じだったかも。

それから、夕さんって、何かの話を考えて、登場人物を作って、話がボツったら、また別のところで使ってあげているんですねぇ。それが何だかちょっと嬉しいような、生れ出てきたキャラを大事にしているんだなぁと思いました。
一方で、結構ボツったら未練がない、ってことも……
夕さんらしくて面白い……
あれこれ聞いていた話もあるけれど、改めてまとめ読みすると、「そうそう」「そうだったのか」があって、これはまた楽しいですね。
うむ、さすがTOM-Fさん。

ここんとこ、姪がうちに住むようになって、落ち着いて創作ができないので、私もこのバトン、やってみることにしました(*^_^*)
2014.05.25 15:19 | URL | #nLQskDKw [edit]
says...
こんばんは。

いやいや「大道芸人たち」の第二部はもっと稔の登場が多いので、ここで知っておいてよかったってことですよ。彩洋さんがおっしゃってくれなかったら、第二部をほぼ全部書き直しになっていた可能性も。

「樋水龍神縁起」は、いやあ、あれしかないんですよ。でも、やっぱり書いているうちにキャラに愛着が出来ちゃって、つい助けそうに……。でも、どうやってもそういう話じゃないってばになって、諦めました。しょーもない話ですが、ラストを最終決定した時に、本当に泣いちゃいました。

蝶子の元になったキャラの話は、もっとずっと短かったのですよ。コルシカとドイツだけで、まったく大道芸人していなかったし。「大道芸人たち」を思いついた時に、そのボツった話から背景をいくつか頂戴したってのが正確な表現かも知れません。だからコルシカフェリーから始まるし、そこだけ泣いているんですね。

名前の流用はよくやります。
戸田雪彦なんて、勝手に当たり役「名探偵 霧原透」なんてのまで設定していて、かなり馴染んでいたのに大もとのストーリーがくだらなすぎて捨てるしかなかったのでもったいなくて(笑)

でも、くだらないストーリーは、恥ずかしくて表に出せないので、未練は皆無です。たま〜にどこかでチョイ役的に流用して自分だけでほくそ笑むなんて事も出来ますしね。

ああ、姪御さんがいらしたのですね。確かに自分一人じゃないと執筆は難しい。日本から友達がきた時なんて、一行もかけません。「書いていい」と言われても頭がそっちにのめり込めないし。でも、バトンも楽しみです。受け取っていただき、嬉しいです。

コメントありがとうございました。
2014.05.25 16:37 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
地名や名前に意味やつながりを持たせるのわたしも好きです~。
樋水川、翡翠かなって思ってましたが島根の川の古名も含まれてましたか。ロマンだ^^
昔の地名とか大好物です☆

森の詩、そんなに膨らんだなんて長いこと熟成されたお話なのですね^^
今たっぷり読めてよかったです。

一人称、大事ですね。漢字、カタカナ、ひらがなでもずいぶん印象が変わりますし。
登場人物が「わたしは」とか「ぼくは」とか言うとその人のイメージがパッと決まる気がしてるので
わたしも悩むことあります。
八少女さんの書く人たちはみんなその人に合った一人称を名乗ってると思います!
それぞれの人柄がよく出てて。

樋水に救済案が!おおおまさに裏話ですね☆
あれ読みながら最後までどうなるんだろう~って思ってました。でも、あの、素敵なラストでした!

あと、ここで言っていいのかわからないんですけど、でもタイミングがなくて言えなかったんですけど
わたしDum Spiro Speroで真樹が瑠水に言った「ご随意に」ってセリフが
読んだときぞわっ!てなっちゃって今も忘れられないんです!
真樹の表情とかしぐさとか声色とかパパーーッて浮かんですごく印象に残ってます…なんでだろう…わたし言葉フェチなので随意ってことばにしびれちゃったのかな…それもイケメンが言ったってのがさらにこう(以下略)。
はわわわわ今更で申し訳ないです~。
2014.05.26 14:43 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

わああ、ゆささん、「樋水龍神縁起」全部読んでくださったのですね。
ありがとうございます!

あの話、地名から構成まで、凝りまくった唯一の小説でして、「凝ると疲れる」ことに氣がつき、ふたたびいつものテキトーに戻ってしまいました。最初が肥河を意識した「樋川」だったのですが、それだと見た目に普通過ぎたのでいろいろこねくり回して「樋水」に辿りつきました。そうしたら「翡翠」とも合うしぴったりだと、一人で喜んでいました。ゆささんは、言葉の一つひとつをとても大切にしていらっしゃるので、この辺の過程をわかってくださるだろうなと。

「森の詩 Cantum Silvae」は、クズだった時代が長くて、一度はゴミ箱に捨てたつもりだったのですが、せっかくヨーロッパにいて、現在まであまり変わらない部分を見て「これは描写に使える?」なんて思っているうちに復活しました。

一人称、二人称、日本語の豊かさを感じますよね。
そうなんです。「わたし」と「私」と「ワタシ」でも違うんですよね。
「ワシ」と「儂」と「わし」でも違いますし。
たまにごっちゃになりますが、出来る限り意識して、人物の性格や、状況に合わせたものを使おうとしています。

そして、ゆささんったら、真樹のそのセリフに。
あれ「勝手にしろよ」だと感じ悪いし、かといって「どうぞ」では礼儀正し過ぎて距離があるし、初対面の高校生にいきなりお友だち扱いされたわずかな「えっ」も含めてなんかいいセリフないかな、と思ったんですよね。ちょっと難しい言葉を遣って、わずかに茶化している感じ、クラッシック音楽好きで妙に真面目だけれど茶目っけもある真樹にはあれが一番しっくりきたので採用したセリフなんです。いやぁ、ゆささんのツボにはまって光栄です。

何よりもあの長い話をみんな読んでくださったことが光栄です。

コメントありがとうございました。
2014.05.26 19:59 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
ネタバレ、裏話、大好きです。
ああ、こうしてお話をお聞きすると、やはり、周りに支えや案がたくさんあっての本編なのだなあとしみじみと思います。

場所を描けば背景があって、人を描けば背景があって、それらが見えないところで入り組んでいると思うと、ほんと深さを感じます。
それをちらりと教えてもらえるのは本当に楽しいです。
2014.05.29 11:55 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

なんだか、私、黙っていられない人らしくて、このブログを始めてからいろいろな所でばらしまくっているのです。

現実にある場所を書く時は、嘘っぱちを作ることは出来ませんが、自分で設定する時には地名だったり、歴史などを自由にイメージ出来るので、意味のあることを配置したりできますよね。それに、一つの作品を書く時に、登場人物を設置するのですが、すべての人物を深く掘り下げることは出来ないので、脇役の「実は」という話が自分の中にたくさん積もっていたりします。そういうのをちらりと開示する楽しみもありますよね。

こういう話「そんなのどうでもいいよ」と思われる方もいらっしゃって当然なのですが、チラ見が楽しいと言っていただけると嬉しいですね。

コメントありがとうございました。
2014.05.29 17:51 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
大海彩洋さんのバトン回答のところから飛んでまいりました。
裏話系、大好きです。

三人称が一人称になるのは、
あえてそうされているのなら、表現としてアリだと思います。
北村薫さんの作品でしたか、「二人称」ベースの小説を読みましたが
それは正直ちょっと読みにくかったです…(笑)

私は描写力不足なので、一人称の方が書きやすいのですが
そこをあえてメインの小説では頑張って三人称(でも誰かの目線で書いている)で書いています…。

大海彩洋さんもそうですが、
ボツったストーリーがあまりないのが素晴らしいですね。
私のパソコンの中、未完の長編だらけです(笑)
いや、完全にボツってはいないんです、書きます、その内…みたいな(笑)
2014.05.30 16:17 | URL | #41Gd1xPo [edit]
says...
こんばんは

お身体、大丈夫ですか?
お見舞いコメントしようと思いつつ、お返事書かせるとお辛いだろうと逡巡していました…

ちゃんとセオリー通りに、誰かの視点の三人称で書かれているのですね。

私は、一人で勝手に書いていた時期が多く、表記法は、改めましたが、表現については、もう直せないし、直さないことにしました。

一人称は、短いと便利なことも多いですが、長編だと難しいですね。

未完の長編、余りないのは、はじめから書いていないからかも(^_^;)
くだらなすぎて、ボツるのは、書き出す前なのです。書き出したら、主要エピソードは、二週間位で全部書いてしまいます。残るのは、枝葉部分ですから、時間のある時に後から適度に足すだけで完成します。

裏話系は面白いし参考になるので私も好きです。もし体調が良くなられてお時間があったらSha-Laさんのも読ませてくださいね。

コメントありがとうございました。

p.s. リンクしていただいているようですが、私の方でもさせていただいていいでしょうか。しないで欲しい場合はご連絡いただけると幸いです。
2014.05.30 17:14 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
コメントにご返信をありがとうございました!
体調はあまり良くなかったり…。
お気遣いいただいてありがとうございます。
コメントはもちろん嬉しいのですが、正直、確かに返信が辛い時もありますので、
お心遣い、ありがたいです。

誰かの視点の三人称はセオリー通りだったんですかー!? ←おい
いや、三人称って、登場人物の誰でもない、あくまで第三者の視点、言うなれば神の目線的な書き方をするのが正しいのかと思っていました…。
まだまだ、勉強不足です、はい。

バトン、書かせていただいたので
またお時間のある時にお読みいただけると嬉しいです♪

勝手にリンクして申し訳ありません。m(_ _)m
当方のブログはリンクフリーですので、
ぜひぜひリンクしていただけると嬉しいです。
2014.05.31 11:15 | URL | #41Gd1xPo [edit]
says...
こんばんは。

ご無理なさらないでくださいね。

あまりコロコロ視点が変わると、読者が混乱するのでよくないっておっしゃる方、多いですよ。
私は書く時にあまり意識していないか、それとも意図的に混乱させるか、どっちかです。
私は勉強不足どころか、知っていてもセオリーを無視しています。
文章教室のお手本になりたいわけでもないので。
このふてぶてしさは、ええ、よくないんだと思いますけれどね。

あ、アップなさったのですね。
先ほど、イタリア側から帰ってまいりました。これからぜひ訪問させていただきますね。

そして、今、リンクさせていただきました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

コメントありがとうございました。
2014.05.31 18:55 | URL | #9yMhI49k [edit]

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