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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】夜のサーカスと赤錆色のアーチ - Featuring「物書きエスの気まぐれプロット」

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。
scriviamo!

月刊・Stella ステルラ 1、2月号参加 掌編小説 月刊・Stella ステルラ


scriviamo!の第六弾です。(ついでに、左紀さんの分と一緒にStellaにも出しちゃいます)
山西左紀さんは、人氣シリーズ「物書きエスの気まぐれプロット」と、当方の「夜のサーカス」ならびに「大道芸人たち Artistas callejeros」のコラボの掌編を書いてくださいました。本当にありがとうございます。


山西左紀さんの書いてくださった掌編 物書きエスの気まぐれプロット6

山西左紀さんは、小説書きのブロガーさんです。代表作の「シスカ」をはじめとして並行世界や宇宙を舞台にした独自の世界で展開する透明で悲しいほどに美しくけれど緻密な小説のイメージが強いですが、「絵夢」シリーズや今回の「エス」シリーズのようにふわっと軽やかで楽しい関西風味を入れてある作品も素敵です。普通は女性のもの書きがとても苦手とする機械関係の描写も得意で羨ましいです。

左紀さんのところのエスとうちのオリキャラのアントネッラのコラボははじめてではなくて、もう何度目かわからないほどになっています。この話を読んだことのない方のためにちょっと説明しますと、この二人はもともと独立したキャラです。でも、二人ともブログ上で小説を書いているという設定なので無理矢理にブロともになっていただき、交流していることになっています。今回の左紀さんの作品では、アントネッラが「scriviamo!」を企画し、エスがアントネッラの小説「Artistas callejeros」のキャラとコラボした、ということになっています。つまり実際の私と左紀さんの交流と同じようなものとお考えください。

そういうわけで、「物書きエスの気まぐれプロット」のメインキャラのエスと、劇中劇の登場人物コハクをお借りして、「夜のサーカス」の番外編を書いてみました。舞台は、アントネッラのいるイタリアのコモと劇中劇の方ではスペインのコルドバ、使ったキャラはカルちゃんです。(カルちゃんって誰? という方はお氣になさらずに。ただのおじさんということで)

番外編とはいえ「夜のサーカス」シリーズなので、表紙付きです。



「夜のサーカス Circus Notte」を読む「夜のサーカス」をはじめから読む
あらすじと登場人物


「scriviamo! 2014」について
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「夜のサーカス」番外編
夜のサーカスと赤錆色のアーチ - Featuring「物書きエスの気まぐれプロット」
——Special thanks to Yamanishi Saki-SAN

夜のサーカスと赤錆色のアーチ

「あらあら。なんて面白い試みをしてくれるのかしら。さすがはエスね」
アントネッラはくすくす笑った。

 一月のコモは、とても静かだ。クリスマスシーズンに別荘やホテルを訪ねていた人たちはみな家に帰り、スノップな隣人たちは暖かい南の島や、スイスやオーストリアのスキーリゾートへと出かけ、町のレストランも長期休暇に入る。

 アントネッラにはサン・モリッツで一ヶ月過ごすような真似はもちろん、数日間マヨルカ島に留まるような金銭的余裕もなかったので、大人しく灰色にくたびれた湖を臨む彼女のヴィラの屋上で一月を過ごすことにしていた。今年、彼女がこの時期にここを離れない理由は他に二つあった。一つは、先日から関わっている「アデレールブルグ事件」がどうやら進展しそうな予感がすること。つまり、チルクス・ノッテのマッテオが新情報を持っていつ訪ねてくるかわからないことや、ドイツのシュタインマイヤー氏から連絡が入るかもしれないという事情があった。そして、もう一つは、趣味の小説ブログで自分で立ち上げた企画だった。「scriviamo!」と題し、ブログの友人たちに書いてもらった小説に返掌編を書いて交流するのだ。企画を始めてひと月、友人たちから数日ごとに新しい作品を提出してもらっているので、ネットの繋がらない所にはいけないのだ。

 そして、今日受け取ったのは、ブログ上の親友エスの作品だった。エスは日本語で小説を書く日本人女性らしいが(詳しいプロフィールはお互いに知らない)、どういうわけかイタリア語も堪能で、小説を二カ国語で発表している。そして、アントネッラの小説もよく読んでくれている上、情報検索が上手くできないアントネッラを何度も助けてくれるなど、既にブログの交流の範囲を超えた付き合いになっていた。

 エスが書いてきた小説は、先日発表された「コハクの街」の前日譚で、主人公のコハクがアントネッラの代表作「Artistas callejeros」のキャラクター、ヤスミンと邂逅する内容だった。アントネッラがコラボレーションで遊ぶのが好きだとわかっていて、わざわざ登場させてくれたのだろう。
「まあ、コハクは設計士候補生なの。そして、スペインのイスラム建築を見て、建築のスタイルに対して心境の変化が起こったのね」

 アントネッラは、ベッドの代わりにデスクの上に吊る下げているハンモックによじ上り、しばらく静かに眠っているようなコモ湖を眺めながら考えていた。彼女が、数年前に訪れたアンダルシアのこと。掘り起こしていたのは「Artistas callejeros」を書くに至った、心の動き。美しいけれど古いものをどんどん壊していく現代消費世界に対する疑問なども。

 それから、ハンモックから飛び降りて、乱雑なものに占領されてほんのわずかしかない足の踏み場に上手に着地すると、デスクの前に腰掛けてカタカタとキーボードを叩きはじめた。


 また悪いクセだ。カルロスはひとり言をつぶやいた。先ほどからそこにいる女性が氣になってしかたがない。女性が彼の好みだと言うのではなかった。それは少女と表現する方がぴったり来る、いや、少し少年にも似通う中性的な部分もあり、カルロスがいつも惹かれるようなセクシーで若干悪いタイプとは正反対だった。カルロスが氣になっているのは、それが日本人のように見えたからだった。

 見た所、その女性は困っているようには見えなかった。だが、問題がないわけでもなさそうだった。メスキータ、正確にはスペインアンダルシア州コルドバにある聖マリア大聖堂の中で、十五分も動かずに聖壇の方を見ているのだ。声を掛けようかどうか迷いながら横に立っていると、向こうがカルロスの視線に氣付いたようで、不思議そうに見てから小さく頭を下げた。

「不躾に失礼。でも、あまりに長く聖壇を見つめていらっしゃるのでどうなさったのかと思いまして」
カルロスは率直に英語で言ってから付け加えた。
「何かお手伝いできることがあったらいいのですが」

 女性は知らない人に少々警戒していたようだが、それでも好奇心が勝ったらしくためらいがちに言った。
「その、勉強不足でよく知らないんですが、これはキリスト教の教会なんですよね? でも、当時敵だったイスラム教のモスクの装飾をそのまま使っているのはなぜなんですか?」

 カルロスは小さく笑った。それが十五分も考え込むほどの内容ではないことはすぐにわかったので、この女性の心はもっと他にあるのだと思ったが、まずは彼女が話しかけることを許してくれたことが大事だった。
「いくら偏狭なカトリック教徒でも、これを壊すのは惜しいと思ったのでしょう。美しいと思いませんか?」

「ええ、とても」
「もともとここには教会が立っていたのです。八世紀にこの地を征服した後ウマイヤ朝はここを首都として、モスクを建設しました。十三世紀にカスティリャ王国がこの地を征服して以来、ここはモスクとしてではなく教会として使われるようになり、モスクの中心部にゴシックとルネサンスの折衷様式の礼拝堂を作ったのですよ」

「壊して新しいものを作るのではなく……」
「そうですね。壊してなくしてしまうと、二度と同じものはできない。その価値をわかる人がいたことをありがたく思います。当時のキリスト教というのは、現在よりもずっと偏狭で容赦のないものだったのですが」

 二人はゆっくりと広い建物の中を歩いた。「円柱の森」と言われるアーチ群には赤錆色とベージュの縞模様のほかには目立った装飾はなかった。だがその繰り返しは幻想的だった。天窓から射し込む光によって少しずつ陰影が起こり、近くと遠くのアーチが美しい模様のように目に焼き付いた。

 聖壇の近くのアーチには白い聖母子像と聖人たちの彫像が配置されている。本来のモスクには絶対に存在しないものだが、光に浮かび上がる白い像は教義に縛られてお互いを攻撃しあってきた二つの宗教を超越していた。どちらかを否定するのではなく、また、どちらかの優位性を強調するのでもなく。

 ステンドグラスから漏れてきた鮮やかな光が、縞模様のアーチにあたって揺らめいていた。ほんのわずかな陰影が呼び起こす強い印象。

 メスキータから出ると、外はアンダルシアの強い光が眩しかった。カルロスはさてどうすべきかと思ったが、女性の方から話しかけてきた。
「あの、お差し支えなかったら、もう少しアンダルシアの建築のことを話していただけませんか?」

 カルロスはニッコリと笑うと、頷いてメスキータの外壁装飾について説明していった。

「あなたは建築に興味をお持ちなんですか?」
「え、ええ。わたしは建築士の卵なんです。日本人でシバガキ・コハクと言います」
「そうですか。私はバルセロナに住んでいまして、カルロス・マリア・ガブリエル・コルタドと言います。やっぱり日本の方でしたね」
「やっぱりというのは?」
「私には親しくしている日本の友人がいましてね。それで、東洋人を見るとまず日本人かどうかと考えてしまうのですよ」
「それでわたしを見ていらしたのですね」
「ええ。もっとも、氣になったのはずいぶん長く考え込んでおられたので、何か問題がおありなのかなと思ったからなのです」

 コハクは小さく息をつくと、わずかに首を傾げて黙っていた。カルロスは特に先を急がせなかったが、やがて彼女は自分で口を開いた。
「関わっていたプロジェクトから外された時に、なぜ受け入れられなかったのかわからなかったのです。所長はわたしの設計が実用的・画一的、面白みに欠けるって言いました。学校で習った時から一番大切にしていたのは、シンプルで実用的、そして請け負って作る人が実現しやすい設計で、さらに予算をクリアすることです。それは所長だって常々言っていたことです。それなのにいきなり面白みなんていわれても……」

 カルロスはなるほどと頷いた。
「わたしの信念、間違っているんでしょうか」
コハクが思い詰めた様子で訊くと、カルロスは首を振った。
「そんなことはありません。私は実業家なのですが、実用性や予算を度外視したプランというものは決して上手くいかないものです。あなたの上司も、あなたにアルハンブラ宮殿の装飾やサクラダ・ファミリアのような建築を提案してほしいとおっしゃっているわけではないのだと思いますよ」
「だったら、どうして」

「それは、教えてもらうのではなく、あなたが考えるべきことなのです。ここに来たのは本当にいい選択でした。ご覧なさい」
そう言って、外壁の細かい装飾を指差した。ひとつひとつはシンプルな図形だが、組み合わせによって複雑になるアラブ式文様だった。アーチ型を重ねることでメスキータの内部の「円柱の森」を思わせた。

「壁という目的だけを考えればこれは全く不要です。省いても雨風をしのぐという目的は同じように果たせるでしょう。けれどもこの文様にはこの建物全体に共通の存在意義があるのです」
「それは?」

「祈りです。偉大なる神への畏敬の念です。それは彼らにとってはコストや手間をかけてでも表現しなくてはならないものだったのです。建物を造るよう命じたもの、設計者、工芸家一人一人が心を込めて実現し、そして、人びとはその想いのこもった仕事に驚異と敬意を抱いたことでしょう。その真心に七百年の時を経ても未だに人びとは打たれ、同じようにここに集うのです。もし、ここが何の変哲もない柱と屋根と壁だけの建物であったなら、人びとはさほど関心を示さなかったでしょう。そして、為政者が変わった時にあっさりと取り壊されてしまったのではないでしょうか。カスティリャの人びとは、これを作った一人一人の心を感じたからこそ、イスラム教の人びとの手によるものだとわかっていても、尊重し後世に残そうと、そして同じ場所で祈り続けようと決めたのではないでしょうか」

 コハクはじっとカルロスの大きな目を見つめた。
「建物自身から感じられる存在意義……。使う者が感じる、作った者の心……」
それから大きく頷いた。
「そうですね。わたしは事業としての建築や建設の使用目的については真剣に考えていたのですが、空間としての建物の意義を見落としていたのかもしれません。まだもう少し旅を続けますので、よく考えてみようと思います」

 カルロスは嬉しそうに頷いた。それから胸ポケットから名刺を取り出した。
「私は普段ここにいます。バルセロナの郊外です。もしバルセロナに寄ることがあったら、連絡をください。今、私の日本人の友人たちもしばらくは滞在していますのでね」



 アントネッラは時計を見た。あらやだ。もう夜中の一時だわ。そろそろ寝なくちゃ。この最後の部分はもう少し練らないとダメね。なぜArtistas callejerosの仲間たちがバルセロナにいるのかはまだ内緒だし。ま、でも、いいかしら。お祭りの企画だから。

 彼女はコンピュータの電源を落とすと、再び器用にハンモックによじ上って毛布をかけた。今夜はメスキータの夢が見られそうだった。

(初出:2013年1月 書き下ろし)
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Tag : 小説 読み切り小説

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