scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

【小説】大道芸人たち 番外編 白い仔犬 - Featuring「ALCHERA-片翼の召喚士」

本日は、44444Hit記念のラストです。ユズキさんからいただいたリクエスト「フェンリルとArtistas callejerosのコラボ」にお答えしての掌編です。ユズキさん、ありがとうございました。

フェンリルは、ユズキさんが連載中の異世界ファンタジー「ALCHERA-片翼の召喚士-」に出てくる白い狼の姿をした神様です。本当の姿を現わすと一つの街がつぶれちゃうくらい大きいので、普段は白い仔犬の姿に変わって常にヒロインの側にいます。本文の描写の中でも可愛いのですが、ユズキさんご本人の描かれる挿絵の仔犬モードフェンリルも、とってもキュート! 

大好きなフェンリルを貸していただいたので、どうしようかなと悩みましたが、こんな感じでわずかな時間だけ四人につき合っていただくことにしました。舞台は、フランスのモン・サン・ミッシェルです。どなたもお氣になさっていないかと思いますが、「大道芸人たち Artistas callejeros」は2045年前後の近未来小説なので、モン・サン・ミッシェルに関する記述の一部もそれを意識したものになっています。


【追記】なんとユズキさんがご紹介記事を書いてくださり、その中にフェンリルを隠しているヴィルを描いてくださりました!嬉しい! ものすごく男前(だけど笑える)なのです。みなさま、いますぐユズキさんのブログにGO!
ヴィルとフェンリル by ユズキさん
このイラストの著作権はユズキさんにあります。ユズキさんの許可のない二次使用は固くお断りします。


【大道芸人たちを知らない方のために】
「大道芸人たち Artistas callejeros」は2012年に当ブログで連載していた長編小説です。興味のある方は下のリンクからどうぞ

「大道芸人たち Artistas callejeros」を読む このブログで読む
縦書きPDF置き場「scribo ergo sum anex」へ行く 縦書きPDFで読む(別館に置いてあります)
あらすじと登場人物



大道芸人たち Artistas callejeros 番外編
白い仔犬 - Featuring「ALCHERA-片翼の召喚士」


 潮が引いた。朝もやの中に城塞のように浮かび上がるのは大天使ミカエルを戴いた島だ。その優雅な佇まいを見て稔は感慨深くつぶやいた。
「これがモン・サン・ミッシェルか……」

 天使の砦を覆っていた霧が晴れ四人を誘うように隠れていた橋が浮かび上がった。かつては常にこの島へと渡れるように道が造られていた。ところがこの道のせいで堆積物が押し寄せ、海に浮かんでいた幻想的な島はただの陸続きの土地となってしまった。再び工事をして道を取り除き海流が堆積物を押し流すまでかなりの時間がかかったが、今では潮の満ち引きで完全に島となる時間がある。

「行くぞ」
荷物を肩に掛けた。蝶子もベンチから優雅に立ち上がった。残りの二人が後ろから続いてくる様子がないので振り向くと、レネがぽうっとした様相でバス停の方を見ている。

「何よ。また美人でもみかけたの?」
「ええ、パピヨン。いまそこに、本当に素敵な女性がいたんですよ。長い金髪で青空のような澄んだブルーのワンピースを着ていて……」
「はいはい、わかったから。ここにいたなら、その女性も間違いなくあの島に行くだろうから、早く行きましょ。ところでヴィルはどこに行っちゃったのかしら」

「え。さっきまでここにいたのに。あれ?」
レネはキョロキョロとドイツ人を探した。二人は同時に少し離れたところでかがんでいるヴィルを見つけた。

「何してるの? 早く行きましょうよ」
蝶子が覗き込むと、ヴィルは顔を上げた。それで、彼の足元にいた白い仔犬が見えた。

「ひゃっ。可愛い!」
レネが叫ぶ。つぶらな目をまっすぐに向けたその仔犬は、ヴィルが背中を撫でるままにさせていたが、レネの賞賛に嬉しそうにするわけでもなく、蝶子の「あら」という冷静な反応に反発するようでもなかった。つまり、尻尾も振らなければ、唸りもしなかった。

「ここにいたんだ。親犬か飼い主とはぐれたのかもしれない」
ヴィルが無表情のまま言った。レネと蝶子は顔を見合わせた。人間の赤ん坊が泣き叫んでいても、いつものヴィルなら無視して横を通り過ぎるだろう。その彼が、仔犬の心配をしている。びっくりだ。

「おい、お前ら、いったいいつ来るんだよ」
先を歩いていた稔も戻ってきた。そして、ヴィルが仔犬から離れられないでいるのを見て目を丸くした。

「意外でしょ? 犬の方は、そんなに困っているようには見えないんだけれどね」
蝶子がささやいた。稔は宣言した。
「いいから犬ごと来い。早くしないといつまでも島に行けないぞ」

 その言葉がわかったかのように、白い仔犬はすっと立ち上がり、稔の側まですたすたと歩いてからヴィルの顔を見上げて「早く行こう」と言わんばかりに頷いた。ヴィルが呆然としているので蝶子とレネはくっくと笑った。

 カトリックの聖地として、サンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼地の一つにもなっているモン・サン・ミッシェルだが、もともとここはケルト人たちが「墓の山」と呼ぶ聖地だった。ここから遠くないブルターニュ地方では、今でも人びとはケルト系の言語を話している。

 遠くから見るとまるで一つの建物のように見えるが、実際には頂上に戴くゴシック様式の尖塔を持つ修道院へと旋回して登っていく門前町だ。路地は狭く、そこに観光客がひしめくので曜日と時間帯によってはラッシュアワーのパリの地下鉄のような混雑になってしまう。幸いまだ朝も早いので、それほどの混雑ではなかった。

 四人と一匹は朝靄が晴れたばかりの清冽な時間をゆっくりと進んでいった。島内のホテルに宿泊した観光客たちはまだ朝食にも降りてきておらず、普段は観光客でごった返す名物のスフレリーヌを提供する「la Mère Poulard」の店の前にも誰もいなかった。とはいえ、そんなに朝早く食べる類いのオムレツでもなく、それに観光客が大挙して押し寄せるところを毛嫌いするヴィルとレネに配慮して、蝶子と稔は目を見合わせて肩をすくめるだけで前を素通りした。

 人出の少ない石造りの道は、どこか中世を思わせ、サン・マロ湾から吹く潮風が時の流れすらも吹き飛ばしていくようだった。一番前を行くヴィルの足元を時には追い越し、時には後ろになりトコトコと歩いていく白い仔犬は静かだった。

「ねぇ、妙な組み合わせじゃない?」
蝶子が囁くと、レネは頷いた。
「犬好きだなんて今まで一度も聞いたことなかったですよね」

 それが聞こえたのかヴィルは立ち止まって三人を見た。それから仔犬を抱き上げて頭を撫でながら言った。
「子供の時に唯一の友達だった犬に似ているんだ」

「うわっ。やめてくれ。何だよその暗いシチュエーションは」
稔がびびった。ヴィルは肩をすくめた。

「なんて名前だったの、そのお友だちは?」
蝶子が訊いた。
「クヌート。シロクマの子供みたいだったからな」
「じゃ、この子もシロクマですかね」
レネが仔犬を覗き込んだ。わずかに馬鹿にしたような顔をされたように感じたが、氣のせいだろうと思った。

「シロクマじゃないだろう。どっちかって言うと、白い狼って感じだぜ。それにしても小さくて可愛いのに変わった目してんな」
稔が首を傾げる。
「変わっている?」
犬に詳しくない、というよりもほとんど興味がないために近寄ったことのない蝶子が訊き返した。

「うん。なんかさ、目だけ何もかもわかっている老犬みたいだ。今もテデスコに甘えているっていうよりは、撫でさせてやってる、苦しうないって風情だろ」
「ふ~ん。あれじゃないの。大天使ミカエルが化けているのかも」
「パピヨン、妬けますか?」
「ふふん。そんなわけないでしょう」
そういいつつ、蝶子は仔犬を肩に乗せて歩いていくヴィルをちらりと見てから、ぷいっと別の方向を見た。

 修道院についた。中を見学しようと入口に行くと、ペット持ち込み禁止のサインがついていた。三人は黙ってヴィルを見た。ヴィルはまったくの無表情のまま白い仔犬をつまみあげると自分の上着の中に入れてファスナーを閉じた。蝶子はしょうもないという顔をして頭を振った。仔犬はまったく抵抗していない。稔とレネは肩をすくめて何も見なかったことにした。

 修道院の中はゴシック式のアーチの連なりが美しく、天井に近い窓からこぼれる光が射し込んで荘厳な雰囲氣を創り出していた。今のように観光客のアトラクションとなる前は、多くの人びとが祈りを捧げてきたのだろう。その前は、ケルトの民が海に浮かぶ特別な山に祈りを捧げてきたはずだ。信仰や歴史のことはわからなくても、特別な場所に立っていることだけはわかる。

「天使か……」
蝶子はぽつんとつぶやいた。
「多くの人たちが祈りを捧げてきたんでしょうね」
レネが並んで上を見上げた。
「後で、外で奉納演奏していくか、いつものように」
稔が言うと、ヴィルも横に並んで黙って頷いた。

 外に出ると、ヴィルは上着を脱いで、白い仔犬を外に出してやった。仔犬は黙って四人を見つめていた。稔はギターを、蝶子とヴィルはフルートを取り出して、モンの頂上に立つ剣と秤を持った大天使ミカエルを見上げてから息のあったタイミングでフランクの「パニス・アンジェリクス」の伴奏をはじめた。レネが澄んだテノールで朗々と歌い上げる。

 白い仔犬は体を伏せて両前足の上に頭を載せ、目を閉じて四人の奏でる楽の音にじっと耳を傾けていた。
「敬愛する神よ、どうか私たちを訪れてください。あなたの道へ私たちを導いてください。あなたの住みたもう光の許へ私たちが行き着くために」

 いつの間にか、彼らの周りには人垣ができていた。人びとは天使の砦に捧げられた「天使の糧」のメロディに心とらわれて立ちすくんでいた。レネが最後の繰り返しを歌い終え、三人が静かに演奏を終えると、しばらくの静寂の後に拍手がおこった。

 四人はお辞儀をした。人びとがアンコールを期待して拍手を続けるので顔を見合わせた。
「どうしましょうか」
レネが稔をつついた。
「さあな。その仔犬も期待しているらしいな。しっぽ振ってるぞ」

 蝶子は片眉を上げてヴィルに言った。
「ですって。あなた、『こいぬのワルツ』でも吹けば?」
それを聞いて、レネと稔も笑いながらヴィルを見た。ヴィルは肩をすくめてからフルートを持ち上げると、ショパンの「こいぬのワルツ」を吹いた。
仔犬はじっとヴィルの顔を眺めながら流れるような調べに耳を傾けていた。

 その曲が終わると、人びとが再び拍手をした。ヴィルは仔犬に手を伸ばしたが、仔犬は観客の後ろかに聞こえてくる別の声に耳を傾けていた。
「フェンリル? どこ?」

 白い仔犬はさっと立ち上がるとその声のする方に猛スピードで走り出した。びっくりした観客がさっと道をあけた。すると道の向こうに青空色のワンピースを身に着けたほっそりとした美しい女性が見えた。

 レネが「あっ、あのひと」と言った。稔と蝶子は顔を見合わせた。ブラン・ベックのいつものビョーキが始まった、と無言で確認したのだ。

 女性めがけて一目散に走り、途中まで行ったところでフェンリルは振り向いた。手を伸ばしたままで無表情に見つめているヴィルのところに戻ってくると、その手をそっと舐めた。それから再び全力で女性の許に走っていき、その細い腕の中に飛び込んだ。

 去っていく女性に見とれているレネと寂しそうに立っているヴィルを、稔がぐいっと引っ張った。
「ほら。飯食いにいくぞ」
「お腹空いた。わたし、ブルターニュ風のそば粉のクレープが食べたい。シードルつきで」
蝶子の声で我に返った二人は顔を見合わせて頷くと、荷物を肩に掛けて、女性とフェンリルが去っていったのと反対側にあるレストランに向かって歩き出した。

 尖塔のてっぺんのミカエル像は微笑んでいるようだった。

(初出:2014年6月 書き下ろし)

追記

作中に出てきた曲の紹介です。

Andrea Bocelli: Panis Angelicus


Chopin: “Minute Waltz”for flute and piano - Valzer op. 64 n. 1 - S. Zampetti, fl - C. Zampetti, pf
関連記事 (Category: 小説・大道芸人たち 外伝)
  0 trackback
Category : 小説・大道芸人たち 外伝
Tag : 小説 読み切り小説 リクエスト キリ番リクエスト コラボ いただきもの

Comment

says...
こんばんわ~(*´∀`*)

リクエスト作品ありがとうございました! あの4人とまた会えたし、フェンリルもいい味出しててとても嬉しいです(^ω^)

リクエストしたあとで「わたしの小説読んでる人いなさそうだし、ちょっと早まったかな・・」て思ったんですが、これなら読んでいなくても全然大丈夫だから安心しちゃいました(;´∀`) さすが八少女さん><

ヴィルの子供時代の唯一の友と、稔の「苦しうない」表現にはちょっとフキました(笑)
シロクマみたいな・・・確かに仔犬もクマの仔も狼の仔も、紙一重なんですよね。描き方をちょこっと誤るとどれにも転がるほどに(笑)
前にアライグマの下描きを見た友人が「よく描けてるね、タヌキ」と><;

音楽と蝶子さん以外には興味を示しそうもないヴィルに気に入ってもらえて嬉しいです(^ω^)
おそらく稔にもなつくと思いますw 苦手なのはレネだろうなあ~w

フェンリルいいな~彼らのナマ演奏聴けて><!

自分の小説のコラボ小説、書いてもらえて嬉しかったです(*´∀`*) どうもありがとうございました~。
2014.06.22 17:25 | URL | #mQop/nM. [edit]
says...
こんばんは。

フェンリル、これで大丈夫だったでしょうか!
可愛い仔犬モード、大好きなんですけれど、中身は仔犬じゃないので、ラブリーだけにすると違うかなと悩みました。単純に四人が呼んでも、ついてくるわけないし、キャラの一人にフェンリルだけが友達だったリッキーさんの子供状態に近い感情があったら、「しょーがないなー」とつき合ってくださるかなあと。

シロクマのクヌートは、もう死んでしまったのですが、ドイツではものすごい人氣だったのですよね。で、ドイツ人のヴィルが可愛がっていた(自分のではなくて近所で飼われていた)白い仔犬はそれに馴染んだ名前をもらっていたってことにしました。

でも、現実にそこにいるのに「シロクマですか」とか言われたら、そりゃあ、フェンリルは氣分害すると思います(笑)
ヴィルは暗い子供時代だったので、こういうシチュエーションには弱いです。実は面倒見もよかったりするし。稔とは別ベクトルで。

コラボさせていただいて、とても嬉しかったです。いつも素敵なイラストを描いていただいているのに図々しい言い草ですが、加えていずれはそちらでもコラボできたらいいなあ、なんて思っています。

楽しいリクエスト、またフェンリルとリッキーさんを貸していただき、本当にありがとうございました。
2014.06.22 19:08 | URL | #9yMhI49k [edit]
says...
犬の趣がでていて良いですね。
犬と言うのは確かに少し表情が乏しいところがありますからね。
そういう微妙なところにも着眼点があって、
とてもリアリティのある一説のお話になってましたね。
ありがとうございます。
参考になります。

(*^-^*)
2014.06.23 23:35 | URL | #- [edit]
says...
こんばんは。

オリキャラのヴィルもさらに無表情で、困ったヤツなのです。
ユズキさんにお借りしたキャラ、設定上は「本当は仔犬ではない」なのですが、この四人には仔犬として映っていて、その枠から飛び出ないように書きました。そういう意味でリアリティを目指しましたので、コメント、嬉しかったです。
自分のキャラだと、いかようにでも書けるのですが、お借りしているキャラだとどこまで書いちゃっていいのかいつも悩みます。

コメントありがとうございました。
2014.06.24 19:33 | URL | #9yMhI49k [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:https://yaotomeyu.blog.fc2.com/tb.php/857-df1d3f97